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レッドドラゴンの飼い方2 モンスターにも羞恥心はあります。配慮してあげましょう。

 手がめっちゃ痛い。

 時刻はとっくに夜となっていた。

 夕方から今まで俺がなにをしていたかと言うと、ずっとラスボスの頭を撫でていた。

 レッドドラゴンは固い鱗に覆われたモンスターだ。

 その質感は金属に近く、しかも鱗の表面はヤスリのようにザラザラしている。

 ……撫で始めて二秒ぐらいでそのことには気づいたので、実は内心で〝早めに撫でるのをやめよう〟と決意していたのだが……

 撫でるのをやめようと手をのけると……


「……なんじゃ(あるじ)よ、もうやめるのか」

「ふん……ま、よかろう。そちらも他にやることあるじゃろうからのう」

「先ほどの小さい者どものところに行くのじゃな。子供はいいのう、かわいくて。儂はかわいくはないからのう……」

「気にするな。もともと主にねぎらわれたいなどと思ってはいなかったのじゃ。早く行くがよい」


 なんていう風に言うものだから、離れるに離れられなかった。

 なにコイツ……かわいすぎるだろ……

 象サイズの爬虫類なのに……


 俺とラスボスはまだ広場にいた。

 シロは帰ってきていない。

 子犬どもは小屋にひっこんだままで、たまに様子を見に来るものの、ラスボスと目が合うと、怖がって小屋に引っ込んでしまう。

 なので、まだ広場は俺とラスボスの二人だけしかいない状態だった。


 で、さすがに我慢できないレベルで手が痛くなったので、撫でるのをやめさせてもらった。

 ラスボスが心配そうに俺の手をのぞきこむ。


「……そんなになるまで、ねぎらわんでもよかったのじゃが……」

 取り繕うこともなくあからさまに意気消沈している。

 罪の意識があるのだろう。

 ……まあ、たしかにやめがたいオーラを放ったのはラスボスのほうだが、撫で続けたのはあくまでも俺の意思なので、彼女の責任ではない。

 そういえば。

 ふと思い出すことがあった。


「なあラスボス」

「な、なんじゃ……」

 怒られると思っているのだろう。気弱な声だった。

 俺は安心させるように笑う。

「そんなにビクビクしなくても大丈夫だよ。撫でたのは俺の勝手だし。怒るわけじゃないぞ?」

「び、ビクビクなどしてはおらんわ! ただ、その……ちょっと声を出すのに疲れたのじゃ」

「そうか……じゃあ、話はあとのほうがいいのかな?」

「声を出したい気分じゃ!」


 うん、嘘だよね。知ってる。

 しかし……ラスボスと話していると気分がドSになっていくな。

 クセになりそうだ。ヤバイヤバイ。


 俺は咳払いをした。

「たしか前に俺と一緒にいた時は、人型だったと思うんだけど?」


 ゲームの〝モンスターテイマー〟において、育てきった(信頼度がMAXになった)モンスターは人間形態を見せてくれる。

 そして、俺は所有するすべてのモンスターの人間形態を見ている。

 当然ラスボスだって例外ではない。

 今の姿だと鱗が痛くて頭を撫でるのも一苦労なのだが、人間形態であれば平気だろうと思ったのだ。

 もちろん、人間形態は命令などで強制して見せさせるものではない。

 だが、ゲームの通りであるならば俺とラスボスのあいだにはたしかな信頼関係があるはずだし、再会してから今までずっとモンスターの姿で通すというのは、おかしく感じる。


 ラスボスが目を細めた。

「……それはつまり、人型になれということか?」

「命令じゃないけど……人型のお前を見たことはあったよな?」

「もちろんじゃが……うぐうぐ……」

 なにかを悩んでいるようだった。

 俺は首をかしげる。

「不都合でもあるのか?」

「……あるといえばあるし、ないといえばない」

「どういう意味だ?」

「……今、小屋には子犬どもがおるじゃろ。で、儂が行っては怖がらせるじゃろ」

「たしかにそうだろうけど……なんで急に小屋の話を?」

「……他に、儂の体を隠せそうな建物がないでな」

「たしかになあ」


 モンスター小屋は他の建物よりだいぶ大きく作られている。

 それは、ドラゴンのような巨大モンスターを収容する目的もあるからだ。

 当然、調教師室や調理室などは中にモンスターを入れる目的がないために、手狭になっている。


 俺はたずねた。

「体を隠すのはなんでだ?」

「……本気で聞いておるのか?」

「え、そんなにおかしい質問だったか……?」


 ゲームには〝人型になる時には体を隠せるぐらいの建物が必要〟という設定はなかった。

 ……日光があるとダメとか、星の下だと無理とか、そういった不思議設定がこの現実にはあったりするのだろうか?


 ラスボスがボフッと口の端から炎を漏らす。

「たしかに、主は儂をここまでに育てた。評価をしておる。信頼もしておる。しかしな、いや、だからこそ、じゃな……うぐうぐ……心の準備というか……」

「……まあ、三ヶ月ぐらいだっけ? 離れてたしな」

「離れていた時間は問題ではないのじゃ……いや、その時間によって主への信頼が損なわれたということもなく、むしろ会えない時間が長かっただけになんというかその……わかれ!」


 ドゴォン! と尻尾を地面に叩きつける。

 だんだん慣れてきたが、やっぱりちょっとビクッとしてしまうな。

 しかし――なんなんだろう? どういうツンデレだ?

 俺、あんまりツンデレに詳しくないんだよな……


 信頼度は足りている。

 離れていた時間で下がったということもない。

 必要なのは心の準備。

 ……どういう理由で人型になれないのか……


 ラスボスが鱗を真っ赤に光らせる。

「しかし、しかしじゃな……まあ、主がどうしてもというなら、その……うん、やぶさかでもないぞ。もとよりおかしな話じゃからな。今はこうして普通にしておるというに……いやいや、しかし人間にはわからんかもしれんが、鱗もない柔い体をさらすというのは信頼云々ではなく……その、なんじゃ……」

 まるで照れているようだな、と思った。


 ………………あっ。

 気づいた。

 ていうか、思い出してしまった。

 シロ、ツン、ロッチ、ネム、クウ……

 彼女たちはあまりにも普通にしていたので、すっかり失念していたが……



 モンスター状態から人間状態に移行した瞬間、彼女たちは全裸になる。



 つまり今の俺は「服脱がないの? なんで? 俺の前でしょ?」とラスボスに迫っていたも同然というわけだ。

 うわあ……こんな変態野郎は死んだほうがいいなあ……

 というか〝「服脱がないの?」とラスボスに迫っていた〟ってものすごい言霊だな。


 ラスボスがなおも言葉を続けている。

「一応、一応な、服も持ってきてはおるのじゃ。しかしじゃな、目の前で着てみせろというのはいかんとも……いや、人間である主の基準では、今こうして見ている姿もまた裸ではないかというのはまったくもってその通りと思うのじゃが……鱗がないのは……うぐうぐぐ……しかし求められて引き下がるのはドラゴンとしてどうなのじゃと……」


 ラスボスの精神が〝今ここで人型になる〟方向にかたむいている気がした。

 ヤバイ。

 止めなければ。

 しかし、どうやって?

 いやいや、なにを混乱してるんだ。ただ言葉で言えばいいだけじゃないか。

 俺は切り出し方を模索する。


 頭を働かせて言葉を探していた時だった。

 ラスボスによって照らされた夜の闇の向こうから、なにかが駆けてくるのが見える。

 月明かりを受けて輝く、白銀の体毛の狼だ。

 シロが帰って来た。


 彼女は俺を見つけると一目散に駆け寄ってくる。

 ぶつかったら交通事故って感じの速度が出てるのだが……

 そのままの勢いで、彼女は跳んだ。

 ラスボスの横を通り過ぎ、俺にのしかかるように着地する。


 そして、ノータイムで人型になった。


 ノータイムで人型になった。

 人型(全裸)になった。

 大事なことなので三回言いました。


 シロが女の子形態(裸)のまま、俺の首筋を舐めながら言う。

「ご主人様! あなたのシロが戻りました! ちゃんとみんなに連絡してきましたよ! 褒めて褒めて!」

「褒めるから落ち着け! 服! 服! 俺との約束を忘れるんじゃない!」

「だってにおいが! ご主人様からドラゴン臭がするんです! はやくシロのにおいをつけないとラスボスさんにとられちゃう! ハッ! ご主人様を土に埋めれば解決する……?」

「犬の習性は犬の姿でやれ!」

 しかし〝ドラゴン臭〟ってすごい言葉だなと思った。

 それ以上に、人間の姿をした相手に〝土に埋めれば〟とか言われるのはそら怖ろしいなと思いました。


 ラスボスがうなる。

「うぐぐぐぐ……やはりそれが普通か。グレイフェンリルに度胸で負けたとあってはドラゴンの名が廃る……」

「早まるな! シロは色々おかしいんだ! お前が正しい! 節度ある距離感がほしい!」

「慰め不要じゃ! いざやるぞ!」

「やめろォォォォ!」


 願いはむなしく、ラスボスの体が縮んでいく。

 太く短い後ろ足は、枝のように細長い白い足へ――

 手も細く長い。胴体部分も小作りで、シロと比べればまるで子供のようなサイズだ。

 蛇の胴じみて長かった首も人間サイズに縮んだ。

 顔立ちは、気の強そうな幼い少女という感じに変化する。

 さすがに子犬どもほどではないが、人間で言えば中学生になるかならないかという見た目だ。

 鱗は消えて、代わりに燃えるような長く赤い髪が燐光で夜の闇を照らしていた。

 爬虫類のような縦線のある黄色い瞳が俺を見る。


 人型となったラスボスが、腰に手を当て堂々と胸を張った。

「どうじゃ! グレイフェンリルには負けんぞ!」

 顔が赤い。

 目もどことなく泳いでいる。

 無理をしているようだが、これ、かなり恥ずかしいんだろうな……


 俺は顔を逸らした。

 逸らした先にはシロがいた。

 ……とりあえず、グレイフェンリル以外と話してみてわかったことがある。


「なあ、シロ」

「はい!」

「……お前、服を用意しないで人間形態になるの絶対に禁止な」

「なぜですか!? この姿はご主人様への信頼の証なのに!?」

「他の子の教育に悪いからだよ!」


 モンスターにも個性がある。

 もちろん、羞恥心や人間基準での〝常識〟を持ち合わせている子もいるようなのだが……

 シロがこんなのである限り、真似する子があとを絶たない気がした。

 禍根を断つ。

 そのためにも、このおバカな大型犬の調教が急務であると、改めて心に誓った。

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