異世界から呼んだ勇者の捨て方
「オマエ弱すぎてつかえねーわ。もういいからどっか消えろ」
この世界を救う勇者として異世界に召喚されて一日目。
王宮からポイされる。
「おい! 状況の説明ぐらいしろよ!」
そびえ立つ王宮に向けて叫んだ。
しかし、アラビアンな城はなにも答えてくれない。
王宮前に立つ衛兵が、じろりと俺を見ただけだった。
暑い。
気温が高くて空気はどこか乾いていた。
遠くから喧噪と波の音が聞こえる。
空は真っ青で照りつける太陽はまぶしい。
あたりを見回せば、石造りの建物の建ち並ぶ街が見えた。
ところどころに葉っぱの大きな、幹の傾いた木々があった。
ヤシとかバナナとかの南国にありそうな植物だ。
街は人であふれかえっており、活気のある南国の昼下がりという感じだ。
人々は全体的に薄着で、しばらくこんな季節が続くんだろうなとぼんやり思った。
ここはどこだ?
俺はなんでここに来た?
軽く説明だけは受けている。
この世界の人間は今、魔族と戦っている。
最近始まった戦争の中で人間は強力な魔族に対抗するため〝勇者〟を呼び出す技術を開発した。
その甲斐あって、徐々に人間族は優勢になり、今では魔族を滅ぼすまであと一歩というところまで来ている。
そして俺が、呼び出された17番目の勇者らしい。
勇者というのは救世の英雄を指す呼び名だ。
だから呼び出された勇者たちはかなり丁重にもてなされるらしい。
そして俺は、「オマエ弱すぎ」と言われて王宮から蹴り出された。
なるほど〝丁重にもてなされる〟ってそういう意味かー、とただただあきれるばかりである。
にしても説明不足すぎる。
それに、俺は呼び出されるその瞬間まで、自宅でゲームをやっていたのだ。
着ているものはスウェット上下だし、裸足だし、お金も食べ物も当然持ってない。
勇者ならば強かったり特殊能力を持っていたり伝説の武器を装備していたりするらしいのだが、俺にはどれもない。
だからこそ放り出されたわけだが……
これからどうしたらいいんだ。
異世界から勝手に呼んでおいていきなり放り出すとか頭おかしい。
衛兵がじろりとこちらをにらむ。
いつまでも王宮前で棒立ちしているものだから、厄介に思ったのかもしれなかった。
アラビアンな王宮を守る衛兵は2人いる。
そのうち、近くの1人が話しかけてきた。
「おいお前、いつまでいる気だ? 用事がないのならさっさと街から出て行け」
はぁ?
頭おかしいんじゃねーの?
呼び出しておいて水も食料も金もよこさずにいきなり〝出て行け〟とか……
武装してるからって調子乗ってんじゃないか?
なんだよ薄着に槍って。蛮族かよ。
お前のことは以降〝蛮族A〟と呼んでやるからな。
正当性はこちらにあるのだ。
俺の意思を関係なく異世界なんぞに呼び出しておいて生活の保障すら一切なしとか完全に人さらい蛮族の所行だ。
ちょっと強めに文句を言ってもいいだろう。
俺は大きく息を吸いこんでから、蛮族Aに言った。
「あの、お金と食べ物をください……」
消え入りそうな声だった。
いや。
いやいやいやいや。
違うんだ。
ほら、こいつら槍持ってるじゃん。
ここ蛮族の国家じゃん。
さっき会った王様とかも、ひらひらした服着て、豪華な玉座に座って、美女を四人ぐらいはべらせて左右から大きな葉っぱで自分を扇がせてるようなやつだったし。
なにしてくるかわかんない。
つまり口調が妙に丁寧になってしまうのも、声がむやみに小さくなってしまうのも、俺に勇気がないからとかじゃなくって、単純に危険回避のためのクレバーな立ち回りということだ。
勇気ぐらいあるさ。
だって、俺、愛と勇気だけが友達だもの。
蛮族Aが鼻で笑った。
「現在、人間族は魔族との戦争状態にある。異世界から来ておいてなんの力も持っていない〝勇者もどき〟に恵んでやる資源など、ない」
お前の意見はわからなくもないが口ぶりと顔つきと声が気に入らない。
あと存在が気に入らない。
よく考えたら意見も気にくわない。
こいつ嫌い。
でもここで引き下がるわけにもいかなかった。
俺が死んじゃうから。
しかし……まさかとは思うが、こいつら、俺が死んでもいいとか思ってないよな?
この世界の一般教養もないような人間をいきなり放り出すとか、それ婉曲な殺人だぜ?
俺たち人間同士だよな?
助け合うべき同胞だよな?
そうだ、魔族と戦争しているなら、人間同士はみな仲間だろう。
俺もちょっと態度が悪かったかもしれない。
頭の中でこっそり〝タンスの角に足の小指ぶつけて犬のうんこの上に倒れこめ〟とか思ったことは謝ろう。
心の中で謝ろう。
声に出して謝るとかプライドが許さない。
なんだよそのひげ面。
蛮族かよ。
風が吹くたびに砂が目に入る呪いをかけんぞ。
……っといけない。
いきなり異世界に呼び出されて放り出されたあげく見下されながら鼻で笑われたからといって、相手をボロクソに思うのはよくないことだ。
人類皆兄弟の精神でいこう。
人は人を好きになれる。
オレ、オマエノコト、ダイスキ。
頭の中で念じながら情に訴えることにした。
「あの、俺、この世界のことなんにもわからないんで、できたらこれからの生活について……」
「早く街から出て行け。ここは魔族との戦争における最重要拠点だ。お前のような〝勇者もどき〟の居場所などどこにもない」
オレ、オマエノコト、ダイキライ。
いくら頭の中とはいえど、こういうこと思うのはどうかと思うんだが……
控えめに表現して、こいつには死んでほしいなあ、と思った。
「行かないならこの場で突き殺すぞ」
こいつ!
俺が思うことすら控えたのに、はっきり口に出して〝殺す〟とか言いやがった!
命を大事にしないやつなんか大嫌いだ! 死ね!
もう頼まねえよバーカバーカ!
俺は最後に蛮族Aをにらみつけて、アラビアンな王宮に背を向けた。
目の前には砂の一本道が広がっている。
大通りらしく、正面にはたくさんの人が見えた。
……大丈夫だ、衛兵はこんなクソでも、街には温かい人もいるだろう。
人類はみな兄弟だ。
ラブ&ピース。
なに、魔族に対抗するために一丸になっているのだったら、同じ人間である俺に対してはなんらかの温情ぐらいあるだろう……
人類滅びろ。
人間に生きる価値などない。
お前ら、俺の命1つ救うことができねーくせに、魔族に勝てるのかよ!
目の前の命を守れないやつが大勢の命を守れるわけねーだろ!
誰でもいいから俺を助けろよ!
食べ物と水だけでいいから!
ついでに宿とお金もくれ!
というわけで――
街の外に放り出された俺は、スウェット上下に裸足という状態で砂漠を歩いていた。
殺す気か。
いや、そうか、殺す気なんだな……
街の人間といくらか会話をしていく中で、わかったことがあった。
人類はギスギスしている。
俺が来るまでに16人ほど〝勇者〟を召喚して、そのお陰で魔族との戦争では優勢に立った。
終わりが見えてくる。
百年以上続いて、もう生活の一部になった戦争の終わりが、だ。
人類だって統一国家でもなければ一枚岩でもない。
魔族との戦争が終われば、次は人間同士での覇権を争い始める。
そして――人間族の各国家で〝勇者召喚合戦〟が行なわれているらしい。
今回俺も、この国における四人目の勇者として期待されていたようだ。
それが無力だった。
衛兵をはじめとした街の人から俺への当たりの強さには、期待していたのに裏切られた、みたいな思いもあるようだった。
向けどころのない落胆は、俺への蔑視や憎悪に変わる。
ようするに――
勝手に期待されて勝手に裏切ったと思われて、つらく当たられる俺いい迷惑、ということだ。
しかしここまで見事な砂漠地帯とは思わなかった。
砂漠つらい。
風は強くて砂が舞い上がる。
視界は悪いし息もできない。
まるで海水の中にいるかのようだ。口も目も開けていられない。
袖で顔をかばいながら歩いて行く。
足の裏はフライパンで焼かれているみたいにヒリヒリと痛い。
風に足をとられた。
情けなくひっくり返って、砂地に後頭部を打ち付ける。
痛みはあまりなかったが起き上がることはできなかった。
空には真っ白な太陽。
ジリジリと体が熱せられる。水分が失われていくのがなんとなく実感できた。たぶん炒め物にされる野菜がこんな気分。
まぶしさに視界がくらむ。
太陽は沈まない。
なのに、視界がだんだんと暗くぼんやりしてくるのがわかった。
もう無理だ。
もう嫌だ。
なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
乾き果てて涙すら出ない。
俺はただ、部屋でゲームをしてただけなのに。
ああそっか。
こんなん、夢に決まってる。
いつのまにか寝オチしてたんだ。
いけね、起きなきゃ。
前に寝オチした時にキーボードをめちゃくちゃに叩いたようで、意味わからない操作されてた時があったんだ。
それ以来、オチる時はログアウトしてちゃんとベッドに入るようにしてる。
だから――ベッドまで行かないといけない。
動かなきゃ。
動かなきゃいけないのに――
体が、もう、重くて、…………
浮遊感。
とっくに記憶すら消え失せたはずの赤ん坊のころを思い出す。
支えられる安堵。包まれる安らぎ。そして、誰かの体温。
ふわふわ、ふわふわと揺れて――
思うところあって一部修正しました