坂東蛍子、花を埋める
以下、板東蛍子の日記から本文を抜粋する。
五月二十八日。晴れ。
最近日記に書くことがないから、下校前に本校舎の裏へ寄り道してみた。緑化委員の花壇の前を通ったら一つだけ白い花が咲いていた。凜と背筋をのばして顔を上げて、私みたいな花だ。顔を近づけたら春の匂いがした。あれ?夏の匂いだったかな?忘れたから明日また確かめに行こう。
五月二十九日。晴れ。
花壇に行ってマーガレットを見てきた(自信がなかったから昨日調べた。人に訊かれた時大変だから、花の名前も勉強しとかなくちゃ)。夏の匂いだと思ったけど、水をあげた後だったから日を浴びた土の匂いだったのかも。よくわかんない。
五月三十日。晴れ。
先生の手伝いの途中に、花壇に寄り道して花ちゃんと会ってきた。今日も花ちゃんは超可愛い。私が嫉妬しちゃうぐらい。
そうそう、マーガレットの花言葉って「胸に秘めた愛」なんだって!片思い中の私にぴったりよね!
・・・もう明かしちゃってるんだけど。
私もお水上げてみたいなぁ。今度緑化委員の子に頼んでみようかな。
五月三十一日。雨。
なんだか気になって花壇を見に行った。すっかり習慣になりつつある。
雨で花びらが落ちちゃったりしてないかなと思ったけど全然元気。むしろいつもよりツヤツヤしてた。
結構本気で心配して早足で向かったから、ちょっと肩すかしだったけど。まぁホっとしたことでチャラね。
やっぱお肌に潤いは必要。今日は早めに寝よっと。
六月一日。曇り。
服を買いに行ったけど、欲しかった服は売り切れてた。昨日まで二着はあったのに。最悪。こんなことなら休みまで待たずに買っておくべきだった。
気分転換したくて帰りがけに学校の前を通ったけど、花壇が見えなくて結局やきもき。
そこにあるって思ってたものがないと、心に穴が開いたようになる。
六月二日。曇り。
陸上部の助っ人で遅くなったからフジヤマちゃんと帰ろうと思ったけど、まだ仕事中だったから、委員会終わるまで花ちゃんと雑談してた。
今日学校で視線を感じた気がしたから、ストーカーを問い詰めた話とか。あと理一君の話。
花ちゃんは恋とかしてるのかな?
してるよね!だって恋の花なんだもん。相手はどんな花なんだろう。私に似てるから、趣味も私に似てそう。
六月三日。超良い天気。
花ちゃんにお水をもらう権利を手に入れた。正確には、先生に緑化活動を手伝いたいってほのめかして、ボランティアの一貫として緑化委員に橋渡ししてもらったんだけどね。
これでもし誰かに見つかってもちゃんとした言い訳が出来るようになった!堂々と放課後に立ち寄れる!
今から明日が楽しみ。
なんていうか、たかが一輪の花相手なのに、どうして夢中になってるんだろうって考えてた。
はじめは私に似てると思って、それがきっかけで意識して、話してみたら聞き上手で・・・
とか色々考えてみたけど、たぶんそういうことじゃない。
たぶん、本気になることって何に対してでも通用することなんだと思う。
趣味に熱中とか、仕事が生き甲斐とか、ペットは家族とか、そういうのと同じ。価値って自分で生むものだし、それは相手を選ばないものなんだ。相手が花でも、本気で好きになったら私にとってはとても大事な物になる。
私は花ちゃんが大事。そこに理由なんて必要ないし、そんなの始めからない。そういうもんなんだ。
明日はいっぱいお水をあげよう。
六月四日。晴れ。
花ちゃんが枯れてた。
昨日はあんなに元気だったのに。なんで
わかんないよ
わかんない
六月五日。晴れ。
正直、ちょっと泣いちゃうくらい悲しかったのに、一日寝たら落ち着いちゃってる。
昨日の続き。
私、家に帰ってはじめにしたことが手を洗うことだった。
花ちゃんを埋めた土のついた指を、いつも汚れを落とす時と同じようにササっと水で洗い流した。
そのことを忘れられない。
六月六日。曇り。
死について考えちゃった。ただの自己保身じゃん。どうして私は「生」とか、「命」について考えられなかったんだろう。
こうやってどんどん折り合いをつけようとしてるのが分かる。人は考えることで色々なことに折り合いをつけて生きるんだなと思った。どうせ忘れてしまうから、せめて考えて分別して、頭の中の箱に入れて保管しようとしてるんだ。言い訳しながら生きてる。
私はそんなの嫌だから、いつもあんまり考えないけど。
なんか最近だめだめだ。
私の本気だった気持ちがどんどん本当じゃなかったように思えてきて悲しい。
十月二日。晴れ。
今日は嫌なことがあったから久々に日記を書く!!......
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