第6話:間接戦闘の時間
心地良い風が吹き、太陽の暖かな光が降り注ぐ広い闘技場の中には、運動着の上にローブを纏い、皆さまざまな種類の杖をもつ第5クラスの生徒計30名が集まっていた。中には規定のローブではないものを纏っている者もいるが、茶髪のおしゃれなボブヘアーのアリス先生は、そんなこといちいち気にとめない。
「はいはーい、皆さん、静かにしてください! そろそろ始めますよー!」
あの闘技場での襲撃騒動から3 日経った。カズオは、あの時マリアと食堂での食事を終えた後、第1クラスである彼女とは途中で別れ、その別れ際に「何か大変な事があったら無理せず 相談してくださいねっ! 私、カズオくんの力になりますから !」とキリッとした真剣な顔で言われたのである。結局、いろいろ勘違いが払拭されなかったが、カズオは仕方がない事だと思っていた。
そして次の日には、彼はクラスメートであるルナから「襲撃のことマリアから聞いたよ。大丈夫なの?」などと心配され、その後いろいろ詳しく聞かれて大変な思いをしたのであった。
するとその日、学校長が生徒達を集め、昨日の冒険者9名が、生徒1名の協力の元、校内に侵入し、生徒を襲撃したという事件が全校生徒に語られた。そして、事件が大きな問題が起こらず解決された事と、その犯人の冒険者達と生徒は憲兵団に送られ、生徒はさらに退学処分を受けたという事も、その時校長から語られたのだった。
その後「“魔法学校の恥”が生徒を襲った荒くれ者達を退治したらしい」などという噂が広まったが、そんなことは有り得ないとのことからガセネタであると結論付けられ、噂は影を潜めたというそんな出来事もあった。
それと、案の定、ザインは何も処分を受けることなかった。今も第1クラスで普段と変わらぬ学校生活を送っているのである。とはいえ、あの一件から、カズオに対してのザインからの接触は無くなった。よってこの事件は、とりあえず解決したという流れになったのである。
「皆さん、おはようございます。それでは授業を始めます。ステータスボードを忘れた人はいませんね?」
今から始まるのは午前中の授業“間接戦闘”である。この王立魔法学校の授業は“近接戦闘”、“間接戦闘”、“総合技術”の3つで主に構成されている。そして、その日にある授業は午前と午後2つの教科だけであり、定期的に行われる“実力試験”でそれなりの成績を残せさえすれば、たとえ授業にほとんど出ていなくとも進級することが出来るのである。
ちなみに、たまに試験と関係のない“特別授業”というものをする時があるのだ。そういったこととは別に、入学してから数日間は、特別な説明やそれなりに重要性の高い授業が多いので、通常の授業も数日間は欠席は許されないのだとか。
「では、忘れた人もいないようなので、今から皆さんには魔法の適性を調べて貰おうかと思います。それでは早速ですがステータスボードを用意してください 」
そうアリス先生が言うと、ここにいる生徒達はステータスボードを取り出した。
「それでは皆さん、魔力をステータスボードに込めてみて下さい。魔力の込め方がわからない人は、そんなイメージをするだけでもいいのでやってみて下さい。……………どうですか?それでステータスボードのスキル欄の上に何か属性の表示が現れたら成功です 」
アリス先生が説明すると、生徒達は皆自身のステータスボードに魔力を込めようとする。
カズオは、スキル“魔力感知”のおかげで誰が魔力の込め方が上手か下手かはすぐにわかる。やはり第5クラスと言った所か。ルナはごく自然な流れで魔力を込めているが、半数以上は魔力の込め方を知らないようである。
ちなみに、王立魔法学校のクラスは第1~第5クラスまであり、入学試験で成績の上位な者から第1クラス、第2クラス、第3クラス……と順になっていく。カズオと同じ落ちこぼれの第5クラスであるルナだが、ルナは入学試験でも成績優秀であり、本来なら第1クラスに行くはずであったのだが、本人が学校長に詰め寄り、第5クラスにして欲しいと願い出たのである。カズオにとって、わざわざ授業のレベルの低い第5クラスに来る意味がわからないが、本人の要望により、結局ルナは第5クラスになったのである。詳しい理由とかは彼は知らない。
そんな事はともかく、カズオもステータスボードに魔力を込めた。すでに魔法の研究(試し打ち)以前から己の使える属性は知っているが、一応だ。
カズオが魔力を込めると、ステータスボードに「炎 水 雷 土 風 光 闇 無」を表すマークが表示された。どうやら彼自身の予想通り、綺麗な全属性であるようだ。
そんな感じでカズオが自分の適性を確認しているとき、彼はこちらに向かってくる人の気配を感じた。とはいえ、無駄のない洗練された動きから誰だかすぐにわかったようであるが。
「カズオー、適性どうだったの? 」
いつ見ても綺麗に靡く(なびく)桃髪と、ぱっちりと可愛らしい桃瞳にこの白い肌は、カズオの友達のルナ・シャンデリアである。キラキラとしたエフェクトがかかりそうな程華麗な走り姿は、生徒達みなの目を惹くことであろう。そして、ルナはカズオの目の前に来ると、いきなり彼のステータスボードを覗こうとした。
「ちょっ、何するんだよ 」
「いいじゃん、見せてくれたって。いじわる……それにマリアが言ってたよ? カズオのステータス見たって」
(マリアーー!! )
「あっ、でも安心して。詳しい事はきいてみても何も答えてくれなかったから。ただ、マリアが驚いていたということはわかったの………そういうわけだから、私も見たいんだよ?」
本当にマリアは能力の事は教えていないのだとカズオは思った。だが、同時に、マリアがステータスを見たと言えば、ルナも気になるのは当たり前だろ?と彼はツッコミたくなった。
「ステータスは見せられないけど、属性の適性教えれるから。ルナ、それで勘弁してくれ」
カズオがそう言うと不満そうに「えー……わかったよー…… 」としょぼんとして、そう言い返してきた。そして、すぐに「じゃあ、はやく属性の適性何があったか教えてね! 」と元気を取り戻した。
それとは関係ないが、カズオは、やけにさっきから生徒達に視線が向けられていることに気が付いた。ルナは羨望の眼差しが向けられているが、カズオの方は、なんか嫌な感じであったのだ。
「……なぁルナ、結構みんなが俺達の方見てて気になるからこっそりと教えるぞ?」
ルナはカズオの耳打ちを大人しく聞き、彼の適性を知ると「えっ!?全部?」と驚いたような顔をしていた。だが、後から適性を教えてもらったときにカズオは、彼女が全属性適性者であったということを知り、人の事言えたものじゃないかと思うのであった。
「ーーーはいはーい! 皆さん注目して下さい!」
アリス先生の言葉に皆が注目する。さっきまでカズオ達をちらちら見ていた人たちも、そちらを注目する。
「では、今から、魔法の適性があった人はその属性の魔法がどれだけ使えるか測って貰います。……おっと、言い忘れてました。魔力の適性が全く無かった人は、もう帰ってもらって結構ですので。各自帰ってお好きな武術の鍛錬に励んでください」
アリス先生の言葉に結構な人数の生徒たちが帰り始めた。というもの第5クラスは、魔法でなく比較的接近戦を中心とする冒険者の卵が多く居ると言われている。とはいえ、接近戦が魔法に劣っているというわけではないが。
とにかく、残ったのは始めの半数といったところである。
「はい、それではいいですか? 皆さんあちらを向いてください」
皆が、後ろを向く。カズオも同じ様に後ろを向くとそこには見慣れた物が並べられていた。
ーーー魔法威力測定人形。
「皆さんはもう既にあの人形を知っているかと思います。入学試験で使いましたよね。ですが、あの試験の時は皆さんは自身のステータスの適性をよくわかっていなかったのではないですか?」
入学試験での魔法威力測定試験では、皆それぞれに武器の所持を許可されていた。そして中には武器の力だけで魔法が発動するといった物まで存在していた。故に、アリス先生の言ったことは正論であり、適性の属性魔法を使えば、それ相応の威力が出るのもあり、武器で無理やり発動した魔法の威力を越える事も十分に可能であるのだ。
ちなみに、試験での魔法武器の使用は不正とはならない、武器もれっきとした能力の一つと考えられているからだ。
「では、今からそれを証明しましょうか。
それでは、えっとー……それじゃあ、カズオさん、前に来て下さい 」
なんと、ここでカズオにアリス先生のお呼びがかかる。すると、彼は呼ばれたので仕方なく前に出た。さっきまで横にいたルナは、天使の笑顔で「カズオ頑張って!」と手を振ってきていた。
「カズオさん、早速ですが、先生になんの属性の適性があったか教えてくれませんか?」
アリス先生はどうやらカズオに模範となって人形に魔法を掛けさせたいようである。彼はあまり悪目立ちするので言いたくは無かったが、相手は先生なので正直に答えることにした。
「…………全部です」
声を発した時、カズオは思っていた。我ながら、絶妙な声量だったと。隣のアリス先生には聞こえ、最前列の生徒達には聞こえない。目立ちたくない彼にとって完璧であるのだ。
「全部無いのですか? それならお帰りしても良いとーーーー」
「……いや、そうじゃないです」
どうやらアリス先生が、何か勘違いをしているのだと考え、カズオは先生の言葉を途中で遮り、否定の言葉をなげかけた。するとアリス先生の頭にハテナマークが浮ぶが、だが次の瞬間、突如として先生の顔が驚愕の表情に変わった。
「全部ですかっ!!」
気づいたかのように叫ぶアリス先生。その声は後方にいるルナにも聞こえたことであろう。というより、この場にいる全員に聞こえたはずである。よって先ほどの折角のカズオの絶妙な声量が台無しにされてしまったのだ。
「ハハハハ……、先生まさか、冗談ですよ。そんな訳ないじゃないですか」
カズオは、苦し紛れの冗談であるという言い訳しか浮かばなかった。周りの生徒達の中には「引っ込んでろ! 魔法学校の恥め!」などと野次を飛ばしてくる奴もいたが、彼はそこまで気にかけない。
直後、先生は気づいてくれたのか「すみません」と小声でカズオに誤った。というのも、以前にアリス先生が襲撃事件で駆け付けた際、カズオのことをすでにただ者でないと知っていたのだ。故に全属性に適性があるということを信じることができ、そして彼が冗談だと伏せたことで、彼がこのことを隠したいということを察したのである。
「えっとー…そ、それではカズオさんは自分の最も得意とする魔法を人形に撃ってみて下さい。測定器はこちらにあるので、私が測りますから 」
そう言うアリス先生は、ステータスボードとは少し似ているボードを取り出した。これがいわるゆ測定器である。見慣れぬ魔法が付与されていることからアーティファクト(古代人工物)であると言われてもいる。魔法威力測定人形とセットで使われるこれは、人形のHPのみを写し出すことが出来る不思議な板なのである。
ちなみに、学校に測定器は数枚しか数は無い。勿論、入学試験では全機導入したが、数が足りないので試験官のサーチに頼らざるを得ないのである。
閑話休題。
カズオは、人形の前10メートル程の位置に移動した。移動途中、彼の入学試験での成績のことを知っているのであろうか、彼がなにか悲惨な結果を残してくれるのかと期待し、馬鹿にした表情で彼を見る生徒も結構いた。
負けず嫌いなカズオはそんな奴等を見返すため
ーー自身の最強魔法を発動ーーーーー
ーーーせずに初級魔法を発動することにしたのであった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます