第4話:危ない刺客
次回は土曜日22:00に更新します。
下はサラサラとした砂地で、壁際には頑丈な黄土色の壁が辺りを囲うように配置されている。そんな王立魔法学校の闘技場に、突然入り口を塞ぐように現れた男達。どうやら、普段学校で見かけるヴォルザーク軍団とはかなりメンツが違うようである。
するとその10人の男達の中から9人のそこそこ体格の良い男達が前に出てきた。見たところ、後ろに待機している1人の男はヴォルザーク軍団の者である。前回の食堂の時にカズオは見ていたのだ。
「おーい、お前が例の“魔法学校の恥”っていうカズオとかいう奴かぁ?」
9人の内のリーダー的存在であろう男が馬鹿にしたような口調でカズオに話しかけた。そして、彼らはカズオの返答を待つことなく言葉を続けた。
「あー、そうだったねぇ、黒い髪に黒い目。お前がカズオか……。んまっそれでだ、わかっているとは思うがお前にこれからすることを話しておくぜ? 」
そういうリーダーらしき男が話すと、マリアは何も言わないが嫌な顔をしている。リーダーの男は続ける。
「まぁ俺達は、別にお前に恨みがあるわけじゃねぇが、依頼主にお前をこらしめてくるよう言われててよぉ。とりあえず、この学校から消えるまでやれって言われてんだ。」
徐々に話し続けているリーダーの男の表情が、魔物であるかのように凶悪な表情に変わりはじめる。人の悪という感情を表現するには十分すぎるほどに。そして、狂気に満ちあふれるリーダーの男は話しを続ける。
「ってことで、大人しく学校から消えるまでいたぶってやるっつーことだ! んま! 手が滑って、命消してしまうかもしれんけどなーー!」
そう、リーダーの男が言うと一斉に男達は、下品な笑い声をあげはじめた。
カズオは、まるで魔物の集団と対峙しているのだという感覚に陥った。とはいえ、彼は不快な発言に一言も答えることなく、こっそりと集団の中で最も強いであろうその男に無属性魔法サーチを掛ける。
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[ステータス]
name:ギルタス ♂〈28歳〉
種族:ヒト
level:46
HP:16000
MP:150
攻撃B+:189
守備C:85
魔力G:15
魔坊E:56
速さC:88
運 D:78
体術Lv2
武器使用Lv1
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ちなみに守備と魔防は防具に依存していて、防具の性能がそのまま反映される。種族によっては防具無しでも能力値が高かったりする事もあるが、ヒトは基本的に0に等しい。
それに体術などのスキルは最大レベルが5であり、Lv1でも戦闘力はスキルの無い者と比べるとかなり違う。素人と1、2年その技術を磨いた者くらいの差になるのだ。Lv2となれば冒険者としてはそこそこ腕が立つと言えるだろう。Lv3となると相当な腕利きといえる。Lv3から先へと成長するには、相当な努力と才能を持ってしても到達することが困難な高い壁がある。そんなLv4ともなると達人クラスと言えるのである。よってその道を極めんとするものがその域に達する事が出来るのだ。Lv5となると勇者パーティーのメンバーや人の域を凌駕するような者が会得することが出来るとか。
とはいえ、ギルタスというこの冒険者のステータスを見たところ、HPと攻撃力が高いようである。スキル持ちということも考慮すると、接近戦においては、なかなかの手練れといえる。
だが、カズオが彼のステータスを見ると、ある疑問が見つかる。
(……28歳?、ってことはこいつここの生徒ではないな)
「お前、どこの冒険者だよ」
カズオの言葉に、男は開き直ったかのようにして笑い声をあげる。
「ハハハハ! 気付かれたかー! ……何でわかったんだ? まぁ、確かに気付かれたのならマズいが、そんなことお前を殺せば言いふらす事は出来なくなるよな!?」
どうやら、生徒でないというカズオの予想は、的中していたようである。この男とその他の8人も皆どこぞの冒険者か何かなのだと彼は確信した。
「はぁー…。あんたらみたいな部外者が学校の敷地に入り、生徒に手を出したとなれば、決して甘くない罰を受けることになるんだぞ? そんなこともわからないのか?」
そんなことは承知の上での行動であろうが、カズオは今回の黒幕の大体の目星を付ける為の手がかりを得ようと、冒険者に軽い挑発をしてみた。
「そんなことはわかってんだよ! わかんねーのか? そんな咎めなんぞ屁でもないような大金が手に入るんだよ!」
やはり、後ろで糸を引くのはこの学校の金持ちの誰かの可能性が高いようだ。やはり後ろにいた男達の1人が本当にヴォルザークの一味であるなら、これはザインが関係している可能性は高いと言えるだろう。
すると今度は、リーダーとは別の冒険者であろう男が前に出てくる。
「なぁーそこの金髪のお嬢ちゃん? 黙ってないでこっち向いてなんか言ってくれよぉー、なぁ?」
「………」
この男達が闘技場に来る寸前、カズオはマリアには出きるだけ相手を刺激したくないという理由から、しゃべらないでくれとお願いをしておいたのである。よってマリアは約束を守り、反応せずにいてくれたようだ。
「ここからじゃよくわからんけど、相当な上物でっせ? 兄貴」
後ろの子分がリーダーの男にニヤケた顔をして話しかけた。
「ありゃ、どこぞの貴族だろうな、やめとけやめとけ。後々面倒になるぞ、……まぁ、今回は男の方だけをヤる、今は目の前の大金の入る仕事のことだけを考えとけ」
へい、という返事をすると、そのまま男達は、おもむろに刀を取り出して矛先をカズオに向けながら近づいてきた。
「そうか……。そこまでの覚悟があるんだな」
そう言うとカズオは、マリアに後ろに下がるように言い、自身は男達と近づくべく、前に出るように歩み寄り始める。そして、ゆっくりと歩みを止めることなく接近していった。
本来なら魔法使いにとって接近することは自殺行為であるが、敵がもし遠距離攻撃が出来た場合、真っ先にカズオに狙いが来るようにしたかったから彼は男達に近づいたのである。
「ハハハハッ! お前、魔法使いじゃないのかよ? なんで前に出てくるんだよ、組み手の試験の最下位のくせに馬鹿じゃねーの!?」
どうやら男達は、カズオの入学試験での組み手試験最下位という情報を知っているようだ。
「構わねえ! 手始めに腕の1本や2本刈り取っちまえ!!」
男の怒号を合図に男達は一斉にカズオの元に走った。だが彼は速度を変えず、迎え撃とうと歩みを止めず、そのまま歩き続けた。
(ーーーん? )
彼が迎え撃とうとした時であった。背後のマリアがいるであろう位置から、風属性の魔力を感知したのである。異変を感じたカズオは、危険を回避するために火属性の魔力を背中から背後の魔力の発生源と思しき場所にめがけて送り込んだ。
それと同時に彼は右手を前の男達へ向け、歩み寄りながら頭の中で唱えた。
(『ホーリー』)
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カズオくんって本当に綺麗な黒瞳と黒い髪をしてるんですね~。
闘技場で会った私の第一印象は、全くその通りでした。
私の大親友の1人であるルナちゃんが気にかけている人。私も興味があったのです。私はこの前、寮のベッドの上でいつものようにルナちゃんとエルレンシアちゃんと三人で話していた時に「私、カズオくんと会ってみたいです~」と言ったことがあります。そしたらルナちゃんったら、「マリアはダメよぉ……そんなに可愛いんだし……胸だって…。」とか言って俯いていたんです。ルナちゃん、そんなつもりはありませんよ~?
話がそれちゃいましたね。とにかく、ルナちゃんにいろいろ聞いてみたら、カズオくんは毎日、朝と夕方に闘技場で魔法の練習をしているということと、黒い髪に黒い目をしていることを渋々教えてくれましたんです。その時は知らなかったんですけど、黒い髪に黒い目といったらあの噂になってる人ですよね~。
とはいえ、今私の側にいるこのカズオくんがそんな“魔法学校の恥”なんて言われるのはおかしいと思います。試験は散々だったみたいですが、そんなのこれからの頑張り次第じゃないですか。現にカズオくんは毎日闘技場で魔法の練習をしているじゃないですか。素晴らしいことじゃないですか。それに話をしてても楽しかったですし「お友達になって下さい」なんて言ったときの反応なんてとても可愛いかったんですよ~。
とはいえ、今はそんなことを思っている場合じゃありませんね~。
私マリアはどうやら運が良かったみたいです。なんたって、たぶんこの後、ルナちゃんのお友達、いいえ私の友達を助けることが出来るのですから~。
というのは私は、闘技場でカズオくんへ因縁をつける集団と出会ってしまったようなんです。カズオくんには事前に喋らないでくれと言われたので、信頼に答えたいのでしゃべりませんよ~。
でも、危なくなったら助けますからね~
こう見えて私強いですからっ。
どうやら、相手の様子から戦闘は避けられないようです。私は後ろに下がりましたが、十分援護可能な距離です。カズオくん見ててね下さいね~。私は頼れるお友達ですよ~。
剣を持った男が9人走ってきてます。ここは魔法戦闘の常識通りに下がって遠距離攻撃ですよ~カズオくん。
あれ?
前に出たら危ないですよ?……
あっ! そんなに出たら私の援護に巻き込まれてしまうかもしれませんよ!
ダメです。お願いですカズオくん、下がってください!
時間がありません、たぶんもう間に合わないでしょう……。
こうなったら、多少カズオくんが怪我をしてでも、魔法で援護すべきですね。でないとあの狂気に満ちた男達とカズオくんが接触してしまいます。許してください、こうしないとカズオくんがもっと危険なんですからっ。
いきますよ!風属性中級魔法ーーーー
「ーーー『ストーム!』」
???
何故でしょう、竜巻が発生……しない?
失敗?…………いや違います。……これは、キャンセルされた……?
……あっそういえば、この現象、昔お父様から聞いたことがありますわ。
ーー魔法使用時、魔法発動前の発光している状態の魔法陣に、外部から相反する属性の魔力を流し込むことで、強制的にその魔法との繋がりを切断させ無力化させる現象ーーー
「ーーーーーアンピュテーション!?」
私、聞いたことはあったけど初めて見ましたわ。普通は研究所などで合成魔法の生成を試みたときに、稀に起こる失敗の一例にすぎない現象のはずなのですが……。
魔法をぶつけるのならまだしも、魔法になる前の魔力の状態で、しかも魔法陣に直接魔力をぶつけた時にしかその現象は起きません。だからこの現象を戦闘利用するなんて不可能なはずです。
でも、もし、こんな高等技術が可能な人がいるなら、一体誰が!?
□■□■□■□■□■
「ーーーー!!」
マリアがそんなことを思っている時だった。カズオと暴漢達が接触する瞬間に、目のくらむような光りがしたかと思うと、さっきまで走ってきていた暴漢達が全員倒れたのである。
彼等は自分の足を両手で押さえて、痛みに苦しみ、もだえていた。それを見ていたマリアは、突然の数々の驚きから目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。
「カズオ……くん?」
「あぁ大丈夫だ、俺は無傷だし、それに相手も死にはしない」
彼女が聞きたいことは、そんなあからさまな答えではないのだが。カズオは話を続ける。
「ありがとうな、援護しようとしてくれただろ?」
カズオのいきなりのお礼に唖然とするマリア、それもそのはずである、彼女は結果としてカズオの邪魔をしてしまったということを理解しているのだから。
「カズオくん、そんなことより………さっきのは一体、何なのですか?」
さっきのってどれだろうとカズオは思った。
「えっと、あの冒険者どもを倒したのはただの『ホーリー』だけど。それのこと、だよな?」
「えっ!? ホーリーってあの上位属性の魔法じゃないですか!」
マリアはとても驚いたようだが、冗談でも言われたのだと思ったのであろうか、すぐに落ち着きを取り戻した。そしてそのまま話を続ける。
「あれがホーリーな訳ありませんよ~? 詠唱してなかったですし、なんたってホーリーであんな至近距離で、両足だけを狙うなんて出来るわけないです。……私が言いたいことはそれじゃなくて、カズオくんは私の魔法をーーーーー」
「マリア、そんなことより、早く先生を呼ぼう! まだ敵がいないとも限らないんだ」
マリアの言葉をカズオが遮った。確かにこれだけの襲撃があったのだ、通常であればればまだ敵がいないか考えるのが普通なのであろう。
とはいえ、カズオはもう周囲に注意を払い終え、闘技場の入り口で目を見開き怯えながら腰を抜かして座り込んでいる1人の生徒を除いて、もう敵はいないことはわかっているが。
「は……はい! わかりました!」
マリアは自身が取り乱しつつあった事を恥じ、軽く赤面しながら頷いた。
「よし、敵はいないようだし後は俺が何とかするから。マリアは部屋に戻っているんだ。大丈夫、俺が全部先生に話すから。マリアを面倒事に巻き込みたくないしな」
「えっ、でも………いや、私も残りますぅ! お友達何だから助け合わないといけませんよ~」
何か思うところがあったのだろうか。マリアは頑なにカズオの側に居ようとした。普通であれば、今回のような騒動に巻き込まれたくないと思うのではないだろうかとカズオは思った。
「えっ、なんで!?」
「いいんですぅ! カズオくんはまだ私の質問に答えてないじゃないですか~。私も手伝いますから全部終わったら私に話してくださいね~」
そう言うとマリアは、闘技場から出るように歩を進めるが、途中で止まるとカズオの方へ振り返り話を続けた。
「では私が先生を呼んできますから、カズオくんはここにいる人達を逃げないよう見張っててくださいね~」
そう言うとマリアは闘技場の出入り口から出て行った。そしてしばらくすると、カズオはマリアがかなり遠くまで離れたことを確認した。
「ーーーよし、始めるかっ」
そう言うとカズオは、いきいきとした表情で地面に足を抱えてうずくまっている9人の男達に目を移し、近寄った。
「……クソっ! ……何をする気だ!? あぁぁ……」
「安心しろ、すぐに言えば痛い思いはしなくて済むから」
そういうと足の激痛に意識が朦朧としつつある男を尻目に、カズオは手のひらに魔力を集中させた。直後、黄色い光りが手から放たれ魔法陣が現れ、それを男達へと向けた。
「お前達の依頼主は誰だ?」
「………し、しらん。……そんな情報すら貰っていない!」
男達のリーダーはそう答えた。足の痛みからか、苦しそうな話し方である。
「そんなわけないだろ……、まぁいい、言わないなら、お前の返答が3秒遅れる度にお前の仲間を1人ずつ始末するからな。……1……2…」
「待て待て! まってくれ! 話すから撃たないでくれ!」
「やはり知らないと言うのは嘘だったか……次はないぞ? で依頼主の名前を言うんだ」
「そ、そんなこと言ったら…お、俺達の命が危な…ーードォン!」
突然の光りとともに、男の声を遮る轟音が響き渡った。中級魔法『ライトニング』の無詠唱である。直後、全身から煙りが出てピクピクと痙攣している8人の仲間を男達のリーダーは目撃した。
「ひいぃ!……なんてことだ……」
男の目には恐怖が見て取れた。
男は思っていた。目の前にいる黒髪黒瞳の少年は相当やばいと。さっきの少女が居るときには感じ取れない狂気を感じると。
「ちょっと力加減ミスったなー…やっぱ初級にすべきだったか……コホンッ。まぁさっき次はないって言っただろ? …さぁ、言えよ 」
「あ、あ、……わ、わ、わかりました! 言いますから!命だけわ!………い、依頼者はこの国の有力な貴族のーーー
ーーザ、ザイン・ヴォルザーク様です!」
カズオの予想通りであった。
しかし、カズオは、1人の生徒が冒険者を差し向けてくるとは思っていなかった。いや、あのザインという男ならあり得るかもと思ってはいたものの、わざわざあの男が手を出してくると思っていなかったのである。
そんなカズオの考えとは関係なく、先程懺悔した男達のリーダーは、足の耐え難い痛みにより直後に意識を失った。恐るべし、ホーリーの付加効果“痛覚覚醒”と言った所であろうか。
そして、そこに残るのはカズオと既に意識を手放した冒険者9名と入口で怯える生徒の男だけとという状況となった。
カズオはその男に事情を説明して欲しいので、ゆっくりと歩み寄った。その男に近寄る途中に
ーーひいぃ! く、来るなぁああ!!
ーーそ、それ以上近寄るんじゃない!!
ーーあああああ! 来ないでくれぇぇ!!
ーー俺は知らなかったんですよぉ!
ーーい、命だけはぁ!!
ーーああああああぁ………
ーー神よ……お許しください
そんな感じに話せる状態で無くなってしまっていた。そのときカズオは笑顔で近づいた事が逆効果であったのだと思った。
そんな事を思っていると、カズオは4人の人が闘技場外から近づいてくる気配を感じた。どうやら先ほど呼びに言ったマリアと3人の先生達がやってきたようである。
すると数十秒後に、闘技場入口からマリアと3人の教師だと思しき人達は入ってきた。
そこで先生達は、けろっとした表情の黒髪に黒瞳の少年とその足元転がる意識のない9人の屈強な男、そのそばに座り込み目を瞑り震え、泣きながら神に祈りを捧げている1人少年の姿が目に入り言葉を失った。
無論、その中で唯一正気のカズオに3人の目は向いた。マリアも先ほどまでその後ろに居た男子生徒の変容と意識があったはずの冒険者が意識を失っていることに驚いてはいたが。
この惨状をどう説明したものかとカズオは考える。今、カズオの発言には信憑性はほとんどないだろうと。それに先生から見たらこんなのカズオが悪役である。落ちついている人なら、そこの冒険者が悪い奴だとわかるだろうが、必ずしも落ち着いた判断ができる先生であるのは言えないのだ。
そこでカズオは、マリアの友達なら助け合うという言葉を思い出した。
「えっと、マリア、うまく先生に説明してほしいんだけど?」
カズオは、友達を頼る(丸投げする)ことにしたのだった。
カズオ:マリア、しゃべらないでくれよ?(詠唱しないでくれよ?危ないから)
マリア:はい~、絶対しゃべりませんっ!




