第18話:初パーティクエスト
「なぁなぁ、この学校に何人か留学生が来たって噂、知ってるか?」
王立魔法学校の生徒であれば普段から見慣れてなにも感じることの無い少し綺麗な普通の教室。そんな第五クラスの教室で、ある男子生徒は授業の終わりを告げる鐘の音を聞くと、そばにいる他の男子生徒に話しかけた。
「へぇ~、この時期に珍しいもんだな」
「とはいえ、そいつらは一度も学校に来ていないらしいぜ」
「なんじゃそりゃ、なら何で留学してきたってわかんだよ。ぜってーガセだろそれ」
「んま、噂だよ。う、わ、さ、別に信じろとは言ってない…だ…ろ……ーー」
噂について話していたその時、彼は信じられない光景を目の当たりにした。
「ーーおいっ! あれはなんだ!?」
「は? いきなりなんだよ……って嘘だろ!?」
「……な、何で……」
「……何かの間違い……だよな」
「誰か俺を殴ってくれっ!! 」
その後、第五クラスの教室はかつてない程の混乱に見舞われたという。
□■□■□■□■□■
同じクラスの男子達の騒がしい声を聞きゆっくりと瞼を開けると、カズオの視界は徐々に鮮明になっていった。真っ先に目の前に映ったのは真っ白な天井であり、視線を移し前方を見ると何も書かれていない黒板。左を見ると、白を基調としたシンプルな清潔感溢れるカーテンと窓があり、右を見ればもちろんそこには教室からの唯一の出口である廊下へとつづく扉があった。そのままぼやけている眼で辺りを見回していると、クラスの皆が何故か自分を凝視しているという異常な状況にカズオは気がついた。そして、同時に彼のよく知った顔が目の前にあることにも気がつくのであった。
カズオの席の前と左右を3人の美少女達が囲い、さらにその周りを囲うようにして他の生徒達がクラス関係なく立っていたのである。そんな状況を目の当たりにしたカズオは、何とも言えない微妙な表情を浮かべ口開く。
「……なぁ、ルナ」
「なに? カズオ」
「何でこんなことするんだ?」
「こんな事って何よ」
「……」
「……なぁ、マリア」
「何ですか~? カズオくん」
「おかしいと思わなかったのか?」
「う~ん、そうですか?」
「……」
「……なぁ、エル」
「なに? カズっちー、ってか怒ってるのー?」
「……いや、一応大丈夫。まだ寝起きだから」
「そう、なら良かったよー」
「……」
カズオは教室での間接戦闘の授業中、アリス先生の「魔法の歴史」という催眠術に掛けられ意識を失っていた。そして、授業の終わりを告げる鐘の音が鳴りしばらくすると、彼は催眠を解く事に成功し、解放されたのかと思い目を開いたのであった。そして、そこに映ったのはこの学校で男子の人気を三分するうす茶色の肌に水色目で白髪のウサミミ系少女。金髪で薄い緑色の目のおっとり系少女。桃色の髪に桃色目の少女であったのだ。つまり、カズオが目を覚ました途端、この学校の人気を三分するエルレンシア、マリア、ルナの3人が彼の目の前にいたということである。
周りを囲っている他の生徒達は、その学園のアイドル的存在のルナ達が第5クラスに集結しているという話を聞きつけ、何事かと思い駆けつけたのであった。そんなことを知らないカズオは、とりあえず注目されることは避けなければならないと考えた。
「とりあえず話がある。3人とも来い」
席を立ちながら、カズオが低い小さい声でそう言うと、ルナ達は彼のいつもと違う雰囲気を感じ取ったのであろうか、彼女達は小さく頷くと、席を立った彼の後に続くようにしてついていく。
その様子を何が起きているのか理解できない生徒達は、遠い憧れの存在であるルナ達3人が、自分たちより劣っているカズオという存在に声をかけているという状況を目にし、複雑な表情を浮かべていた。そんな状況の彼らは、教室の出口へと向かってくる4人に何もすることが出来ず、ざわめきつつも道を開け、カズオ達が教室から出る様子を見守ることしかできないでいた。中にはこの状況を理解したのか「これは悪い夢だぁ!!」と叫びうなだれていた者もいたが、カズオ達はそんなことどこ吹く風といった様子であった。
カズオは実際には、多くの人に注目されたことにより内心かなり動揺してはいたが、とりあえずここから離れることが先決だと考え、ルナ達の先頭を歩き校舎を後にしたのであった。
□■□■□■□■□■
「カズっちー? どうかしたの?」
校舎の外。先程教室から脱出したカズオがルナ達3人を連れ、人気のない道を無言で先頭を歩き続けていると、そんな雰囲気が我慢ならなかったのかエルレンシアはカズオに声をかける。
カズオは辺りの気配を探り、誰もいないことがわかると、ルナ達の方へ振り向く。
「あのなー……何か用があるならもっと目立たない方法で俺に伝えてくれたら良かったんじゃないか?」
カズオは今更ではあったが目立ちたくはなかったのである。やっと魔法学校の恥と言われ罵られることも少なくなり、最近は落ち着いてきた所であったのだ。そんな平穏になりつつあった学校生活に、些細なことではあったが、注目を集められるようなことをされ、彼はあまり良い気はしていなかったのである。
そんな彼の溜め息に混じりの言葉にルナが答える。
「確かに用事があったのも本当だし、目立ってしまったのも悪かったとも思ってるよ……」
でも、と彼女は続ける。
「でも、闘技大会まであと2日だし、カズオは私達のパーティーの一員なんだから、私達と一緒にいるところをある程度知られてないと大会の後に余計に目立つ事になると思うの」
「………」
そこでカズオは考えた。おそらくこの学校で入りたいパーティーNo.1である彼女達3人のパーティーに、所属していることが他の生徒達に知られれば相当目立つことになるだろうと。それにそのことを初めて知られる時が闘技大会本番であれば、さらにとてつもなく注目を浴びることになってしまうだろうと。
そして、カズオは今回のルナ達の行動の目的はカズオが彼女達と連んでいるということを学校の生徒達に知らしめ、闘技大会の後に起こるであろう混乱、あるいは自身に対する批難を和らげ、あわよくば無くすことであるのだろうとも思った。
とはいえ彼は、そう言うことなら事前に言って欲しかったと思っていた。エルレンシアの加護の力で詳しく伝えることは、加護の発動時間の関係で難しくても、同じ第5クラスであるルナを介して簡単に事情を説明することは出来たはずであるのだから。
「でも、前もって教えて欲しかったな」
そんなカズオの言葉にマリアが申し訳なさそうに答える。
「私達もこの事を前もって伝えたかったんですけど、時間的にそれも難しかったんです」
「マリア、それはどうしてだ?」
「……えっと~、カズオくんをクエストに誘おうと思ってたからです」
すると、今度はエルレンシアが付け加える。
「あのね、順追って話すとね、まずあたし達は、カズっちと闘技大会の練習をしたいって考えてたんだよ。それで、闘技大会の練習なら闘技場で模擬戦をしようって話になったんだけど、案の常、闘技場は授業とかで使ってて使えなかったんだよねー」
「ほう、そうなのか」
「だからね、あたし達で話し合って闘技場が駄目ならもうクエストで良くない? って話になったんだ」
そこでカズオは悟ったような表情を浮かべた。
「あぁーなるほどな。つまりは闘技大会の練習でクエストをしようとしたはいいが、闘技大会本番までに戻ってこれるような近場で尚かつ難度の高いクエストがなかったってことだな?」
「おぉー、すごい。その通りだよー」
「だからこんな急に来たんだな……やっぱりそんなことだったか。まぁ、俺は別に何でもいいけど」
とはいえ3人で押しかけてくる意味はあったのかとカズオは思っていたが、そこは触れないでおくことにした。
それとは別にそもそもの問題として、カズオはルナ達が闘う練習をする必要があるのかと疑問には思っていた。彼の感覚からしてみれば、学校で成績の飛び抜けて上位のルナ達がいるのだから負ける心配をする必要はないのである。だが一般的に考えてみれば練習することは当たり前のことといえる。というのも、カズオはルナ達と4人で一緒に戦ったことも無ければ、彼女達がどういった魔法が使えるのかも詳しく知らないのである。つまり、チームワークを要する対人戦闘である闘技大会において、仲間同士が互いの情報を知らないというのは致命的な問題であるということだ。
「……それはそうとして、さっきはみんなの考えも知らずに、強引なことをして悪かったな」
そんなカズオの言葉に、3人を代表するかのようにしてルナが穏やかな表情で答える。
「いいんだよ、カズオ ……というか私達こそ勝手にいろいろしちゃって悪かったと思ってるよ。だけど私たちは同じパーティーの一員なんだから、お互いもっと気楽にいこうよ」
その時カズオは思った。俺は相変わらず人との関わり方がぎこちないのだと。問題にしたくないからすぐに謝ったり、何でもないのに疑ったり、無意識のうちに距離を開けてしまっていたのだと。
カズオは生まれた時の記憶は勿論無い。それに幼少期の記憶も曖昧である。ただ彼は、早くに亡くなった両親の代わりに育ててくれた人の教えに従い、今まで加護について自分以外の他人に隠していたのである。そして加護がどれだけ重要で尊いものか。3つの加護を持つことが何を意味し、結果何をもたらすのかということもカズオはその人物から教わっていたのである。その教えが、つい最近までのカズオの人を疑い、友達すら作らないという考えに繋がっていたのかもしれない。
だが現在のカズオの心境には変化が起こっていた。もう自分一人で孤独に生きていく必要は無いだろうと。学校で独りの俺を、複数の加護を持つ俺を、リンクを使わなければ他人と関わることが怖い俺を、ルナ達はすんなりと受け入れてくれたのだからと。
カズオはそう考えると、何とも言えない安心感を覚えた。そして、ルナの言うとおり、気楽に考えてもいいのだろうと心の底から思うことが出来た。
「そうだな、気楽にいこうか」
「うん、カズオはその方がいいと思う」
カズオはそのとき、彼女達であれば本当の意味での仲間になれるのだろうと思った。
「えっと…じゃあ、今からクエストに行くってことなんだよな?」
「はい、そうです~。カズオくんが良ければ、出発時刻はいつでもいいですよ~」
「相変わらず用意が良いんだな……ちなみにそのクエストはどういった達成条件なんだ?」
すると、エルレンシアが待ってましたと言わんばかりに答える。
「そりゃもちろん、モンスターの討伐に決まってるじゃん」
「まぁそうだよな、なら場所は?」
「えっとー、西の岩石地帯だよ。結構近いでしょ?」
「まぁ、岩石地帯はかなり広いから、近いとは言い切れないんだけどな」
そこで、相変わらずのお転婆娘のエルレンシアが口を開く。
「ちなみに、このクエストのランキングはBランクだよー。カズっちには物足りないかもしれないけど、すぐに帰れる近場じゃこれが一番ランクの高いクエストなんだよねー」
「なるほどな……まぁ、Bならちょうど良いと思うぞ?」
カズオのその発言に、話を聞いていたルナ達は、珍しい物でも見るような目で彼を見つめた。
「なんか予想外だね。カズオなら物足りないとか言うと思ってたんだけど」
確かにルナの言う通りクエストランクBは、カズオ達のパーティのランクに対しては難度が易しすぎるのでだろう。前回エルレンシアとカズオが難なくクリアした緊急クエストでさえ、クエストランクAであるのだ。決して一般的にBランクが弱いというわけでは無いのだが、事実としてはカズオ達にとってBランクはそれでも易しいのである。しかし、今回は、彼らはレベルあげをしたいわけではない。パーティーの連携の確認というのが最も重要な目的であるのだから。
ちなみにカズオは、自分の持っているCランクの装備でBランクの敵と戦うことにより、世間一般的な冒険者の強さについていろいろと検証してみようとも考えていたが。
「あの。カズオくん。もっと前もって言うべきだったんですけど」
「どうしたんだマリア?」
マリアのおどおどした様子でカズオに声をかけると、カズオも同様に彼女に話かけた。するとマリアはまたしても申し訳なさそうにして口を開く。
「あの……今回のクエストは正式にはカズオくんは受注した事になってないんです。今回のクエストと難度に対して、カズオくんの冒険者ランクが足りなかったので、ごめんなさい……」
「あぁー、やっぱそうなるよな。まぁそれは仕方ないと思うよ」
カズオは少し間を開け、思い出すかのようにしてそう反応した。
今から数日前、エルレンシアとの緊急クエストを達成し、冒険者カードを発行した時の事である。カズオは受付のお姉さんから冒険者カードや冒険者ランクについて、いくつかの決まり事を聞いていたのだ。
そして、その一つに「冒険者カードに記されたランクより低いランクのクエストしか受注できない」というものがある。例えば、Bランク冒険者ならBランク以下のクエストしか受けれずB+は受けれないということだ。つまり今回の場合、カズオはAランクである彼女達のクエストにクエストとは関係ない形で同伴するということになっているのである。
「別に問題ないんじゃないか?」
「そ、そうですか~」
カズオもそのことは想定の範囲内であった。とはいえ彼の目的もクエストの報酬というわけではないので、気にするほどではなかったのである。
「そんなことは気にしないで、今からクエストに出発しようか!」
「 うん! 」
「 はい~! 」
「 オッケー! 」
闘技大会まであと2日、カズオ達は自分たちの能力や戦闘スタイルを互いに確認するために、近場で出来るクエストに出発したのであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
誤字・脱字のご指摘やご感想もありがとうございます。




