第17話:神聖武装
最初は、ルナ、マリア、エルレンシアがカズオの『リンク』により見えた情景です。
また、本の内容は勇者パーティー発足当時の時代の資料です。
まるで自分が実際にそこで見ているのではないかと錯覚するほど鮮明であるが、なぜか音の無い映像だけの世界。
そこには王立魔法学校の生徒がよく利用する老舗武具店が映っていた。
扉を開けて中へと入っていくと入店と共に、中年の店の男は明るい笑顔で挨拶をしてきた。数秒後には、その店の男は店の奥へと姿を消し、そして映像は棚に並べられた武器を見下ろすように変化する。
その時、その映像を共有ている彼女達が感じたのは彼の何かを疑うような感情。
そして、何かを見つけるために辺りの気配を探ると、見つけたと思った瞬間に首の後ろから今まで感じたことの無いような、薄くとも確かにわかる強者の気配を感じた。
そこにはマントを纏い、フードにより顔の見えない男がいた。その男は何かを話すと、後ろを振り返り、すぐにその姿を消したのであった。
その男が振り返ったときに見えた神秘的な盾は、術者であるカズオによって意識的に強調されていたものだ。故に彼女達にはより鮮明に見えたであろう。
そこで彼女達の頭に浮かび込んだ映像は、夢から目覚めたかの如くうっすらと消えていき、目に映る景色は見慣れた女子寮の一室へと戻った。
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「…これって…… 」
カズオがリンクを発動してから時間にして1秒もない間に、彼女達は彼の映像記憶を共有し理解すると首を傾げた。しかし、エルレンシアは何かに気が付いたのだろうか、一際驚いた様子であった。
「エル? どうかしたのか 」
エルレンシアは驚いているというより、何かに血が騒いでいる様な表情をしていた。
「カズっち……さっきの男が装備してた盾って……もしかして、“アイギス”!?」
その言葉を聞いた瞬間、ルナとマリアは目を見合わせると「まさかっ」と声を合わせて、信じられないといった表情に変わった。
「エル、アイギスって……まさかあのーーー“神聖武装”の神聖楯アイギス?! 」
「……なにそれ?」
カズオにとってそれは全く聞いたことの無い名称であった。
「カズオくん。神聖楯アイギスといえば、あの勇者パーティーが所有していると言われる伝説の盾ですよ~!」
「へ、へぇ~……」
どうやらカズオ以外の三人は知っていたようである。
だが、その時カズオは思った。いったいあのマントの怪しげな男が装備していた盾がなんだというのだろうかと。確かにただ者ではなかった。気配の無さからしてかなりの魔力操作であり、カズオが会ってきたすべての人の中で最強クラスであったのだ。しかし、それでもカズオは、彼女達の反応が大袈裟に見えて仕方なかったのである。
「ってか、その神聖武装って何なんだ?」
「え!? カズオくん、それも知らないんですか~?」
そんなマリアを筆頭に、ルナとエルもカズオに「知らないの!?」と言いたそうな顔を向けた。だが、気を使ったのか彼女達はそれぞれ知っていることをカズオに詳しく教えた。
マリア曰く神聖武装とは、この世界最強のSランク装備の総称であり、武器使用のスキルLvが高い者が装備した場合は無類の力を得ることが出来るのだということ。それに武器使用のスキルLvが低くても使用することは可能であるという。
そして、盾や剣に詳しいというエルレンシア曰く、カズオの記憶から見たあの映像からこの男が装備していた物がそのうちの1つ神聖楯アイギスであることはおそらく間違いないということ。
ちなみに見た目だけ真似た模造品といった可能性がないわけではないが、一般的にそのようなことをしてもあまり得をすることが無いということや、先程の男から感じられた実力からしてその可能性の方が低い。
そしてルナ曰く、現在発見されている神聖武装を所持しているのは東西南中の4ヶ国であり、国が管理しているものと勇者パーティーが所持しているものだけであるということ。つまり、この不審者がもし本物の神聖武装を持っていたとすれば、間違いなく勇者パーティーの者であるというのだ。
「なるほど、良くわかったよ。ありがとう。でもそれはそうとして、何でエルはさっき見ただけでそれがアイギスだってわかったんだ?」
一通り話を聞き終えると、カズオはエルレンシアに疑問に思ったことを尋ねた。
「そりゃー、あたしは前衛職だし世界最強の盾くらい知ってるよー。資料でちょっと前に見たこともあるしねっ」
そこで話を聞いていたマリアが突然何かを思い出したかのように手を叩く。
「資料って言われて思い出しましたけど。そういえば私、北都ノース奪還戦の記録を持ってますよ~ 」
マリアのその言葉に皆は「なんで?」といった様な顔をする。
「……えっ、マリっち? 北都ノース奪還作戦って、アイギスと何か関係あるの? 」
エルレンシアの質問に自信を持ってハッキリ頷くと、マリアはすぐに棚から大きな古い本を取り出してきた。
「エルちゃん。それが関係あるんですよ~。この本の中には魔族と人類との最後の戦い、北都ノース奪還戦の記録が書かれているんです。つまり、神聖武装についての記述もあるってことなんです~」
その言葉にカズオは「なんでそんなもの持ってるんだ?」と疑問を口にしたが、マリアが少し困った顔をしていたので、深くは追及はしなかった。
「じゃあマリっち。折角だから、その記録ってどんな物か見せてよー」
マリアが「記録というか、ただ指揮官の日記を抜粋したものなんですけどね~」と答えると、彼女はその古い大きな本を机の上に広げた。そして、4人でそれを囲うようにして読んでみることになった。
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以下は本の中の内容である。
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魔王暦735年【神聖暦元年】
(8月1日)
およそ80年前、魔族により壊滅させられた北都ノースは、今では魔族の新たな拠点となり果てている。
私アイザックはそんな北都を奪還するために、この作戦の指揮官に選ばれたのだ。
(8月14日)
これから王都へ行き作戦の本格的な準備を始めることになった。
懐かしい西国の地とはしばしの別れである。
(8月31日)
準備の最中、北都へ向けさせた偵察部隊の報告によれば北都には50万近い魔族の軍勢がいるようだ。
数は互角。だが、負ける訳にはいかない。
この戦いはこれからの人類の命運が掛かっているのだから。
(11月28日)
来るべき大戦の準備の最中、東西南中の4ヶ国は発足して間もない勇者パーティーを作戦に参加させるよう命令してきた。
私は勇者という者がどういう存在か知らないが、たった4人を戦場に送ったところでなにも変わらないことは確かであろう。
戦争にそのような名だけお飾りなど必要の無いことだ。
(12月22日)
ついに明日、決戦の刻である。
この戦いは何としても勝たなければならない。
吹雪がひどいが重騎士の鉄壁の布陣で進攻し、北都を奪還する!
(12月23日)
まさか魔族から攻めてくるとは……全くの想定外だ。
だが問題ない。
今は重騎士部隊が善戦しているとの知らせが入っている。
作戦の進行になんら問題は無いのだ。
(12月24日)
まさか……囮だったのか。
昨夜前線に配置された重騎士部隊が魔法の大爆発とともに壊滅してしまった……
これが最高威力の魔法、エクスプロージョンの力なのか……
何故魔族にはあの高等魔法を使える者があれほどいるのだ……
わからない事をあれこれ考えても意味は無いか……
明日、重騎士の治療をし体勢を整えるとともに別働隊による奇襲攻撃を行うとしよう。
これで必ず今の不利な戦況を変えてみせる。
(12月25日)
結果から言うと奇襲攻撃は失敗に終わった。
位置がわれてしまった原因は魔族の魔法による索敵か……
これでは魔法のレベルが違いすぎるではないか。
魔族の魔法部隊があれほど強力であったとは
(12月26日)
戦線を維持出来ない。早々に勇者パーティーを向かわせるべきか…………
ハハハッ、私は何を考えているのだ。
そんなこと無意味だとわかりきっているではないか。
(12月27日)
王都め! 勇者パーティーを前線に送らなければ王都の兵を退却させるだと?
なんと身勝手な。
これは人類と魔族の戦争であるぞ。国同士いがみ合っては何も始まらないだろうというに。
……まぁ、いいだろう。
そこまで私の策が気に食わず命を捨てることを望むのであれば、勇者パーティーを向かわせようではないか。
(12月28日)
勇者パーティーを魔法部隊に対して進軍させろだと?
あの爆撃にやられるだけではないか!
王都の命令は理解できん。
何故わざわざ最も厄介で死人が出る地に勇者パーティーを送らせようとするのだろうか。
(12月29日)
私は信じられない光景を目の当たりにした。今でもまだ信じられない。
まばゆい光を放つ盾を持つ者が爆発に巻き込まれたのかと思えば、次の瞬間には無傷でその姿を現したのだ。
それどころではない、エクスプロージョンの直撃にもまるで見えない壁があるかのように微動だにせず、耐えていたのだ。
逃げまどう魔族。
斬撃により蹂躙される様は痛快の極みである。
私は勝利を確信した。
これが勇者パーティーの力か。
(12月31日)
勇者パーティーの力は圧倒的だ。
小細工など無意味である。
魔法だろうが、魔獣だろうが、魔王だろうが、彼らを止めることが出来る者はいないであろう。
(1月10日)【神聖歴2年】
勇者パーティーが参戦してから、人類はずっと勝ち続けている。
魔王よ、首を洗って待っていろ。
貴様の軍勢などとるに足らん。
貴様を必ず打ちのめしてやろうぞ。
( )
何が起きたのだろうか、今は何時なのかもわからない……
わかっているのは残った者が私と私の護衛兵数名、そして勇者パーティーの4名だけであると言うことだけだ。
地面が割れて……いや、流れたのか。
……兎も角、皆死んだ。
もう私は正気でいられる気がしない。
同胞が、仲間が、消えたのだ。
あれは魔法なのかなんなのかはわからない。
もう理解できない。
( )
結果として北都は壊滅した。文字通りの意味である。
私はこの戦いの指揮官だ。
真実をここに残し、私は責任を取ることにした。
人類に栄光あれ。
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本文はここまでで途切れていた。
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「勇者パーティーが凄いってことはわかったけど、なんか急に最後おかしくならなかったか? 」
しんみりとした空気の中、一通り読み終えたカズオはマリアにそう尋ねると、彼女は「私もそう思います~」と答えた。
「まぁ、まばゆい光を放つ盾を持つもの、たぶんアイギスを持つものが強かったって事がとりあえずわかったな」
カズオがそういうと彼女達もコクッと頷いた。
「じゃあ、悪いけど話を戻すぞ? ……えっと、確かあの男が勇者パーティーの人かどうかっていう話だったな」
「うん、そうだったねー。あたしとしては可能性としては高いと思うよ。勘だけど」
エルレンシアは得意の勘でそう結論付ける。
そこで、ルナが不思議そうな顔をした。
「でも、もしあれが本物の勇者パーティーの人だとして。そしたらなんでこんな時に王都に来てるんだろうね。私は、てっきり今はどこか別の国に滞在してるのかと思ってたんだけど……それに国際闘技大会も東国で開催されるから東国にいるならまだしも、王都に来ることはおかしいと思うんだよね」
確かにルナの言うとおりだろう。一般的に勇者パーティーとは、魔族や凶悪なモンスターとの戦いの最前線のにいる存在であるのだ。魔族との戦いなどもう何十年も起こっていないが、危険地帯にいるばずの戦力が大会開催国でもない王都の様な安全な場所にいること自体おかしいのである。
「うーん、もう考えても仕方ないんじゃないかな? 答えの見つからないことをあれこれ詮索しても良いことなんて無いからね」
個人的にはあの男とはいろいろと関わりたくない気がしているのだから、カズオもルナのその提案に賛成であった。
「そうだな、俺も勇者の話とかされても、よくわからないしな」
「それは、カズオくんが入学式から数日間授業を受けてなくて、勇者パーティーとかの事を知らないからじゃないですか~?」
「まぁ………そうかもな……」
たしかにカズオは入学式から数日間、かなりの時間を費やし、魔法の合成の威力を人形を使って測ったり、魔法の精度を高めたりしていた。それにマリアの言うとおり、それがサボってたということになるのも事実であろう。ちなみにそれがカズオを“魔法学校の恥”と言わせる1つの原因になったのも言うまでもないが。
「たしかにねー、カズっちって少しあたしと似たところがあるもんねー」
無邪気な笑みを浮かべているその表情からして、エルの言葉の意味はつまり“頭が悪い”という意味であろう。しかし、同時に自分の頭の悪さも晒すところが、彼女の素晴らしいところであるのだとカズオは思った。
だが、カズオは実戦的な魔法が学べればそれでいいと考えているのであるのだ。彼は歴史や語学や宗教的な学問にはあまり興味は無い。
「まぁ、そんなことはいいから、もうこんな時間だろ? 俺はそろそろ男子寮に戻るからな 」
カズオがそういうと彼女達3人は何か不満げな表情をし、ルナはゆっくりと立ち上がった。
「カズオ、ちょっとまってよ……」
ルナは下を見て、もじもじしつつも何か言いたそうな顔をしていた。何か言い残したことでもあるのだろうかとカズオは思った。
「ルナ、まだなにかあるのか?」
「いや、そういうことじゃないんだけどね……」
そんな様子を見かねてか、側にいたエルレンシアが会話に割って入るようにして口を開いた。
「まぁ、まぁ、カズっちー。まだ帰らなくてもいいじゃない。まだあたし達のことについても知らないこととかいっぱいあるでしょ? だからこの際、お互いに洗いざらい話し合おうよー」
「そうですよ~、私達の事だけじゃなくてカズオくんの話もしてくださいよ~。ガスオくんの昔の話とかも興味ありますよ~」
そこでマリアは何かに気が付いたのかようにして、また手をパンッと叩くと話を続けた。
「あっ、それにここに泊まってもいいんですからね~」
「っちょっとマリア! 何言ってんのよ?!」
カズオが「いいわけないだろ!」とツッコむ前にルナがツッコんだ。とはいえルナがそうツッコんだのも無理はない。カズオのような男子生徒が女子寮に忍び込み、寝泊まりしたという事が誰かにバレたら、それは確実に退学ものであるのだから。
「いいじゃないですか~ルナちゃん、エルちゃんもいいみたいですよ?」
その言葉を聞き、カズオがエルレンシアの方を見ると、彼女はニコッと笑いながらピースした。しゃべってもないのにマリアはエルレンシアの思考がわかったようだ。
「なら………か、カズオがいいって言うなら…別にいいけどーーー 」
「よくないわっ!」
さすがにそれはまずいとカズオは思った。確かにたとえ本当に泊まったとしても、カズオがバレる可能性は彼の能力からしてほぼゼロである。だが、今問題にしていることはそういうことではないのだ。
そこで、カズオは今日の所は早々に帰ろうと思い、その手段を必死に考えた。
「じゃあ、もうこんな時間だし俺は帰るからなっ。じゃ3人とも、また明日!」
カズオは半ば強引にここから抜け出すことにしたのであった。カズオは「おやすみ」一言だけ言い残し窓を開け放つと、闇夜に紛れるようにしてその場を後にした。彼女達は残念そうな顔をしていたが、また明日から会おうと思えば会えるのだから、別にそんなに別れを惜しむ必要は無いだろうとカズオは考えたのである。
カズオは彼女達の静止を振り切ると、急ぎ男子寮の自室へ向うのだった。
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「あーぁ、カズっち行っちゃったねー、残念だねっ、ルナちん」
「え? ちょっと、なんで私だけ残念って思ってるみたいになってるのよっ」
「まぁまぁルナちゃん、いいじゃないですか~。今度いつかカズオくんと一緒にお泊りできますよ?」
「わ、私が泊らせようとしたわけじゃないじゃない……」
ルナはそう言うと、茹で蛸の様に赤に染まった自身の顔を枕に押し当てて、布団をかぶり、彼女は自身の閉鎖空間へと逃げ込んでしまった。
「あ、ルナちゃんおやすみですか~? まぁカズオくんも帰ったから仕方ないですね~。こんなに遅くなっちゃいましたし、私達もそろそろおやすみしましょうか」
「そうだね、そろそろ寝よっかー。じゃ、おやすみルナちん、マリっちー」
「は~い、おやすみなさい」
その後、ルナもいつものように彼女達に布団の中からおやすみの挨拶をすると、マリアが部屋の明かりを完全に消し、3人は静かに眠りに着くのであった。
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