第12話:雪山道中
雪山の中であることを考えるとそこは不自然といえる暖かさであり、外から打ちつけるような風が側面の頑丈な布の様なものを揺らしていた。そんな雪山に張られた薄暗いテント中で、ウサミミ少女エルレンシアは上半身をおこし、伸びをしていた。
「うっ、うーーーんぅ………よく眠れたよカズっち」
エルレンシアはカズオの反応が無いことに気が付き、隣りの様子をうかがってみると、彼が眠っていることに気がついた。
(それにしてもこのテントの中まだあたたかい…ずっとフレイムであたためてた? ………いや、さすがにそれは無いよね)
テントの中が未だにあたたかいというそんな不可解な現象が、何故起きるのかと考えるが、その答えは見つからなかった。
そんな事を考えているときエルレンシアは自分がいま、彼を騙すような事をしているという立場を忘れかけていたことに気がつく。そして、自分がもし本当に故郷の村を早く救いたい人間であったのなら、こういう行動するであろうと予想する。
(やっぱ、普通なら、はやく村を助けたいって思うよね)
すぐさま、行動をおこためエルレンシアは隣に眠っているカズオの側に四つん這いの状態のまま寄った。
「おーい、カズっちー! 朝になったよ! いつまで寝てるのー、早くみんなを助けにいこうっ!」
そう言いながら、少し後ろめたい気持ちもあるが、側に寝ていたカズオを大きく揺さぶった。こうしなければ、逆に不自然に思われてしまうのだからしかたない。
すると彼はゆっくりと起き上がった。
「……あ、おはようエル。よく寝れたか?」
カズオは無理やり起こされたのにも関わらず、まず先にエルレンシアのことを心配したということが、彼女にとっては以外な反応であったようだ。
「ふぇ? あ……おはよ、カズっち、よく寝れたよ……」
そして、エルレンシアは自身のやっている演技のような行動は、意味があるのかと思いさらに虚しくなるのであった。
カズオは目を覚ますと「どうにか朝まで続いたようだな」と独り言を言う。さらにギミックワールドを唱え、影の中から用意していた朝食を取り出し、エルレンシアと一緒に食べる。そして、テントを仕舞い、今時入学したての学生でも装備しないような運動着という最弱装備のまま外に出た。
その装備を見たエルレンシアは「今からスライムとでも戦うつもり!?」と言いたそうな顔をしていたが、カズオはこれより強い装備を持っていないので仕方がない。
そのエルレンシアはというと、すでに自身の装備になっており、準備という準備はもう済んでいた。
「それじゃあ、エル、ここから先は地図もあてにならないから案内を頼むよ」
そう言いながらはテントをギミックワールドの中にしまう。ここにそのまま置いてても良いのだが、風で飛ばないとも限らないので一応しまったのである。
「オッケー。あたしに任せといてっ」
そう言うと、吹雪が止み朝日によりキラキラと輝いて見える雪道を2人は急ぎ進み出した。
エルレンシアの移動速度は普通に考えたら相当速いが、カズオも一定の距離を保ちながらついて行った。この雪山に来るまでの速度から、彼女も彼の移動能力はもうわかっているのだろう。
傾斜が急なところもあったし、雪が溶けて固まり滑りやすいところも多々あったが、そんなことは普段の整備された道と言わんばかりに、2人の速度は変わらなかった。そのまま移動を続けているときだった。
「ーーーエル、止まるんだ」
カズオのその言葉に従い、先頭を走っていた少女は足を止め、こちらにやってきた。
「どうしたの? カズっち、何かあった?」
カズオは彼女の質問に答えることなく、無言のまま右手を右前の方向に向けた。他の人から見れば、ただ何もないところへ向けて腕を伸ばしているように見る。
直後、魔力を右手に集中させると赤い光が彼の右手から発せられ、直径1メートル程の魔法陣が現れた。
「ーーーー『エクスプロージョン』」
火属性上級魔法の詠唱後、その魔法陣から炎の竜が出現した。
「え? カズっち!?」
するとその竜は加速度的に速度をあげ、風圧により周囲の雪を吹き飛ばし、遙か遠くにその姿を消した。エルレンシアは、しばらく驚きのあまり固まっていた。
そして数秒後、彼女はそのウサミミで遠くから爆発のような音がすることに気が付いた。
「今のは何なの!?」
だがそんなことを言う彼女にも、先ほどのカズオの行動が意味するものはとっくにわかっていた。
ーーただ敵を見つけ、魔法で排除した、それだけである。
だが彼女は思っていた。彼が上級魔法が使えるということもかなり凄い事だが、自身の獣人という種族が故に、かなり優秀である索敵能力を凌駕することはおかしいと。
「あぁ、すまない、急ぐんだったな」
キョトンとしていたエルレンシアに構わず、カズオは話を続ける。
「進行方向とは違ったけど、スノーウルフの気配を察知したんだ。だから後々集結されても厄介だと思って片付けたんだ。だけど今度からは村へ早く着けることを最優先に考えて無視することにするよ 」
「あの距離で気配を察知したのも信じられないけど、それにしても何でスノーウルフだってわかったの?」
「まあ、いろいろ……勘かな? ………そんなことよりエル、村のことが心配だ、早く先を急ごう 」
エルレンシアはまだいろいろ訊きたかったようだが、カズオの言葉に頷いて、彼女は先導を続行した。
それからいくらか進んでいくと、カズオは何度かモンスターの気配を察知して、そのたびに「西に迂回しよう」「北東の方向にモンスターが数匹いるぞ」などと助言をした。エルレンシアはその助言に従い進むと、モンスターと遭遇するどころかモンスターの気配すら感じることはなかった。
その後そのハイペースな状態のまま、雪の中を結構な時間をかけて進んでると2人は歩みを止めた。
「ーーーカズっち、あそこだよ」
目の前の谷を挟んだ先にある大きな雪山の中腹には、小さな集落のような村が見え、その村の周囲を木製のそれなりに高い塀が囲っていた。降りしきる雪ではっきりとは見えないのだが、そこがエルレンシアの言う村である。
ちなみに、この山脈はこの大陸の東端から西端までにわたる横長の巨大な山脈で、大陸の北への進行を遮っている。目の前にある標高3000メートルはあろうかという巨大な山でさえ、山脈のごく一部の小さい方の山であるとか。この山を越えた先にもいくつか山があるという。人類が到達したことのないものもあるとか。
そして、ここの山脈の大体の山は、標高に従ってモンスターのランクが極端にあがる。この目の前の山でさえも、頂上はAランクモンスターがいる超危険地帯であるのだ。
まだ標高の低い山ならいいが、高い山だと上に行ける者さえいなくて、どんなモンスターが存在しているかもわからないのである。とはいえ、雪山から降りてくるようなモンスターが殆どいないことや、わざわざ人間が危険を犯すような事はしないということも、標高の高い山に生息するモンスターの詳しい事がわからない理由の一つでもあるが。
閑話休題。
「エル、ここからあそこの村までの間にスノーウルフが……合計100体以上いる。一つ一つ潰して行くのが確実かもしれないけど、それじゃ間に合わないかもしれない」
カズオは目をつむりながら索敵に集中し、エルレンシアに今の状況を伝えた。
「100ッ!? ……いや、そうじゃなくて、間に合わないかもしれないってどういうこと?」
彼女はそう言うと不安そうな顔でカズオを見つめた。やはり、故郷の村がかなり心配なのだろう。だが、彼は現状を正直に伝えるべきだと考えた。
「おそらくだけど、あの村の中に“ブリザードウルフ”がいる」
「ブリザードウルフ? それって……あのB+ランクモンスターのことだよね。そんな、強いモンスターがどうしてこんな所に」
5、6匹の偵察隊を組織し、ここまでの統率力があるということは、群れの中にそれほどの知能があるモンスターがいることがわかっていた。故にスノーウルフの上位種、B+ランクモンスターであるブリザードウルフがいるとカズオは推測したのである。それに彼はそれと似たような話を以前に聞いたことがあったが。
「だから、もしブリザードウルフがいるのなら俺達はこのまま進んでいたら、到着する頃には村がもたないと思うんだ」
「それって時間がないってこと? なら、来た時と同じ方法は?」
カズオには、エルレンシアの表情が少し泣きそう見えた。よって彼はかなり話しずらかった。彼はあまり人との関わりを持ったことの無いので、こういう時はどう接していいのかわからないのである。だが、カズオは少し戸惑いつつも、頭を掻きながら話を続ける。
「エグゼドライブで身体能力を強化して近づく方法もあるけど、それじゃ村の外側から攻撃することになる。奴らは機動力のある強力な敵が来て、逃げ切れないと判断したら、中に篭城してる村人を必死になって殺そうとするだろう。その後、自分達が篭城しようと考えると思う。ただでさえBランクでそこそこの知能はあるけど、今はB+ランクモンスターが群れを率いてるかもしれないんだ。だからそれほどの悪知恵はあると考えた方がいい」
「え…… なら、どうすることも出来ないじゃない」
エルレンシアはそう言うと、より悲しそうな表情になった。それを見るとカズオはどうにかして安心させてあげたいと思った。
「いや、大丈夫だ、俺に考えがある。……ただし、エルにはここに残ってもらわないといけないけどな」
「あたしが残る? ……カズっち何をする気なの?」
「ーーーーここからあそこまで跳ぶんだ」
カズオは真剣な表情で答えた。
ーーーー!!!
「そんなの無茶だよっ!! ここから何キロ離れてると思ってるの! 危険すぎるよ! …………そんなに一生懸命にならないでよ」
エルレンシアは、その可愛らしい見た目には似つかない叫び声をあげ、途中で下を向いてしまった。よって最後あたりの小さい声は、カズオには聞こえなかった。
「ありがとう、エル、俺を心配してくれるのか。でもエルの家族を守るには、もうそれしか方法がないんだ。多少危険でもそれしかないんだ」
「心配だよ? 心配だけどそうじゃないよ……カズっち。あたしが言いたいのはそうじゃないよ……」
これだけ離れていたら、どんなもの者であれ、ただでは済まない。たとえ勇者であっても、数キロ離れた場所までの跳躍は不可能であろうとエルレンシアは考えていた。それに先ほどから泣きそうな表情になっていたのも、カズオがあまりにも一生懸命になっているので、申し訳なさから心が押しつぶされそうになっていたのである。
「……なにが言いたいんだ? エル」
下を向き俯いていたエルレンシアは直後、その涙で濡れた顔で真っ直ぐとカズオを見つめる。
「カズっち……ごめんなさい!!」
「え? エル、どうした?」
「ごめんね、あたし……カズっちの事騙してたの……」
「……………へ?」
数秒は沈黙していた。カズオは、何をどう騙されたのかがいまいちわかっておらず、彼女の騙したという言葉に、驚きのあまり唖然としたのである。
「カズっち……本当にごめんね……。あたし、こんなに自分の危険を省みないほど一生懸命なカズっちに申し訳なくて………実はね」
そこでエルレンシアはカズオに全てを話した。
まず、そこの村は自身の故郷ではなく、二週間程前にモンスターに襲われた自身とは関係のない村だということ、そして、つい先日緊急クエストが発行されたということ。
次にこんな事をした理由はカズオの能力を詳しく知りたかったということであること。そして、自身の加護の能力に、他の人の能力値を知るというものは無いということも。
最後に、来月、学校の闘技場で開催される闘技大会にルナとマリアと自分の3人がカズオをパーティーの一員として迎え入れたいと思って、この計画を実行したこと。そして、今回の出来事は自分の独断であるから彼女達を責めないでほしいということ。実は1人でもこのクエストをクリアできるほど強いということも言った。
カズオは状況がすぐには理解できず、しばらく思考が停止してしまった。
そして、その間、彼女は自身の軽率な考えと行動を悔やみ、彼にずっとそのことを謝り続けるのであった。
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「…ということは、今回の緊急クエストはエルがもう正式に集会所で受注しているってことだな?」
「うん……、そうだよ。出発前にあたしが準備してたときに受注してたんだよね。だから非公式緊急クエストじゃないの」
でも、と言って彼女は続けた。
「他の国が受注してないとは限らないよ。緊急クエストは重なる場合があるから……ここまで難度の高いクエストなんて、討伐隊でも作らないと相当危険だから、なかなか重なることもないし、すぐには討伐されないとは思うんだけどね……」
カズオはあの後、誠意を込めて泣きそうな顔をしながら謝ってくる少女を許したのである。とはいえ、彼はそれ以前に初めから学校の授業も嫌だったし、暇だから来ただけなので怒ってなどいないし、ましてや無駄足だったとも後悔もしていない。
それに対して、こちらのエルレンシアはそこそこ参っている様子である。
「なぁエル、折角ここまで来たんだし、この緊急クエストやってしまおうか」
「……え、大丈夫なの?」
音に反応したかのように、エルレンシアのウサミミがぴくっと跳ねた。カズオには嬉しいのか、驚いたのかはよくわからないが。
「あぁ、スノーウルフもだが、滅多に現れないブリザードウルフの素材は特に貴重だからな。エルも強いらしいから大丈夫だし、折角北の山脈までやってきたのだからやってしまおう」
「……カズっち、ありがとね」
エルレンシアは嬉しそうに目を光らせていた。
そしてその後、彼女はいつもの彼女にある程度戻ったようであった。
「おっと、その前にちゃんと能力が知りたいから、エルのステータス見せてくれよ。」
カズオがそういうと、エルレンシアは「能力でも加護でも何でもみてね」といいステータスボードを渡してくるのであった。
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