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第11話:優男

雲一つ無い青い空。辺り一面には薄い緑の背の低い草が風の姿を表すように揺れており、北へ向かう道の先は見えないが、遙か遠くにそびえ立つ北の山脈の方へのびていた。


「おーい 」


「うわぁっ!! ……びっくりしたぁ、どこからきたの? あたしさっきここに着いたばかりなんだけど、早すぎない?」


「まぁ、そんなことはいいから、はやくその馬を王都に帰させてからさっさといくぞ? ちょっと降りて来てくれ」


カズオのその言葉に、疑問を抱きながらもエルレンシアは馬から降り、帰るよう合図をし王都へ向けて帰らせると、彼の前にやってきた。 


「えっ? ええええーっ!? ちょっとー、カズっち!?」

 

突然、カズオがエルレンシアをお姫様抱っこのようにして持ち上げると、彼女はそのことに驚き、頬を真っ赤に染めた。


なぜカズオがこんな行動に出たのかというと、彼女が以前、移動手段を任せてくれると言ったから、任せてもらったまでである。


「ーーーー《エグゼドライブ》」


カズオがエルレンシアを持ったままそう唱えると、体内から膨大な魔力が放出され地響きが起こり、そして、彼を中心に風が発生するようなとてつもないオーラを帯び始めた。


(これがカズっちの力なのね……)


エルレンシアがそんなことを考えている時であった。


「よし、じゃあ急いでいくぞ?」


「え? ちょっとまっーーーーー」


カズオは強化された自身の最高速度で移動するために地面を蹴り、加速度的に速度を上昇させた。跳躍時、本来なら地面に小さなクレーターが出きる程の瞬発力で蹴り出すことが出来るが、今は抱きかかえている少女の為に、徐々に速度を上げている。


「カズっちーっ!?」


たぶん、エルレンシアはこの早さに驚いているのだろうとカズオは思った。しかし、実際には、彼女は恥ずかしくなり動揺しているだけであるが。


そのまま移動し続けて数秒後、エルレンシアは何故か異常な程の速度の割に、風が当たらないことと揺れが全くといってよいほど感じられないことに気がつくのであった。


(あれ? ……風が来ない………もしかして、カズっちが防いでるの?)


それと同時に感じる暖かい風。たぶん火属性魔法も使っているのだろうかと彼女は思う。同時に魔法を発動するという困難極まりないことを平然とやってのけるカズオに、エルレンシアは驚きを隠せない。そして同時に、こんなにあらゆる魔法を同時に使う彼のMPは、なぜ無くならないのかとも疑問に思うのであった。



水色の瞳で、すぐ近くにある男の横顔を見つめながら、エルレンシアはその時、彼を騙すようなことをしたことを後悔する。


□■□■□■□■□■


夜になると満天の星空となった。暗い中でもわかる真っ白な景色は今の寒さを表現するかのように風と共に粉雪が舞い、彼らの出発前の王都とは打って変わって景色は一変していた。


王都を出発してから半日といったところである。本来なら3日はかかる道をこの短時間で、しかも少女を1人を抱きかかえながら、尚かつ抱きかかえていた少女の為の休憩も何度か挟みながら、目的地のある程度近場に到着したのである。


そして、そこでカズオは抱えていた獣人の少女を降ろす。 


「きゃっ、ありがとっカズっち…それにしても、まさか……ここまで早く着くなんて、思ってなかったよ」


「おいおい、大丈夫か? エル顔色悪いぞ。少し休憩した方がいいんじゃないか?」


「いや、ちょっと寒いだけだよ……温度変化が激しくてねー」


なんで雪の降るような場所にそんな露出の多い格好でくるのかとカズオはツッコミたくなったが我慢した。たしかに、獣人は割と寒さには強い方だが、それでも寒さは全然大丈夫という訳ではないのである。


彼は、すぐさま寒そうなウサミミ少女を暖める。


「ーーーー『フレイム』」


火属性初級魔法フレイム。直後、カズオの右手に現れた魔法陣から魔力操作により程よい暖かさの火の玉が出現し、そしてそれは、エルレンシアの後ろに丁度良い距離をあけてついて回った。とはいえ彼は、移動中には別の方法で違和感の無い程度に彼女をあたためていたが。


「あたたかい……ありがとカズっち、さっきまで移動中もずっとしててくれたよね」


どうやら、バレていたようだとカズオは苦笑いする。


「えっ? ……あぁ気にしなくていいぞ、自分の為でもあったからな。そんなことより今晩はここで野宿だな」


「そうだね、この暗さだったら村の詳しい方向もわからないし、仕方ないね……」


カズオの索敵でも、さすがにかなり遠くにある村のモンスターを感知することはできないので、野宿という選択になってしまうのであった。


そして、エルレンシアがそういうと、彼は合成魔法の『ギミックワールド』を使い、影の中からテントを取り出した。


「じゃあこれで泊まろう。悪いけど一つしかないから一緒に入ることになるけど、大丈夫だよな?」


「えへへへ、カズっちと2人っきりかー。別に気にしないよ? むしろ楽しみだよー?」


そういたずらな笑みを浮かべつつも、エルレンシアはまるで酒に酔っているかのように少し頬を赤く染め、カズオが準備したテントに入っていった。中は2人並んで眠れるくらいの広さであり、彼の火属性魔法ですぐに暖かかくなった。


そこでカズオ達は、持ってきていた食料をあたためて食べ、狭いテントの中でウサミミ少女と2人っきりという何とも言えない状況で静けさと気まずさに襲われる。だが、そんな気まずい沈黙を、彼の隣に仰向けに寝そべる少女が破る。


「カズっちってまだフレイム持続してるよね? ここに来るまでもだし、今も。出発してから何回か休憩したけど、それでもMP残量は大丈夫なの? 」


その時エルレンシアは(もし本当にフレイムをずっと使ってたらとっくの昔にMPは無くなってるよね)と思い、なにかカラクリがあるのだろうと考えていた。


彼女の思うカラクリとは、装備によりMPを底上げしているとか、加護による何らかの影響によるものの事であるが、カズオの装備がただの運動着であることから、加護によるものであろうと、この時彼女は確信していた。


「あぁ、心配しなくていいぞ? ……っていうか、エルの加護で俺のMP見えてるんじゃないのか?」


ギクッとしたウサミミ少女は、勢い良く起き上がり、とても動揺した様子で答える。


「あー、そ、それね。あたしの能力でわかるのはその人の能力値だけなんだよねー。HPやMPじゃなくて、攻撃とか守備とかそこらへんだけなんだ」


カズオは、HPやMPも能力値じゃなかったっけ? とツッコミたくなったが触れないでおくことにした。


「へぇーそうだったのか。っというかそれもそうなんだけどさ、初めて俺の能力値見た時とか結構落ち着いていたよな。普通の人ならかなり驚くと思ったんだけど」


「う、うんそれもね、あたし結構いろんな人のステータス見たことあるから、変わっててもあんまり驚かなかったんだよね。それにこの前、マリアも驚いたみたいなこと言ってたから、だいたいのことは予想してたんだよね」


「え? マリアもってことは……マリアと知り合いなのか!?」


「あれ、言ってなかったっけ? あたしはルナとマリアのルームメイト兼親友なんだよ?」


直後、カズオは「知らなかった……」と恨みがましく呟いたが、エルレンシアにスルーされた。


「そんなことよりー、もう一つカズっちに訊きたいことがあるんだけどいいかな?」


エルレンシアは続けて尋ねる。


「さっきまで疑問に思ってたんだけどねー。なんで王都からここに来るまでモンスターに遭遇しても襲われなかったんだろう。途中に遭遇したDランクのモンスターのゴブリンとか特に好戦的なモンスターだよね。なのになんでだろ? カズっちが何かしたの?」


カズオは王都からこの雪山への移動途中、実際にモンスターと何度か遭遇していたのである。それに確かに彼の能力で追い払ったのも事実だ。


だが、カズオはそこで冷静に考えた。

彼女に能力値も知られてるし、加護持ちということも知られているから今更だと思う。だが言っても大丈夫なのか、と。


確かにカズオは、加護の力を隠している。だが、隠しているのは加護の力を多数持っているということだ。よって彼は1つの加護は1つ2つの能力を持つことから、多少なら知られても大丈夫だと判断した。


「あぁ、それはな、敵と遭遇したとき、俺が加護の能力を使ったからなんだ」


「やっぱり加護!」


そういうと、エルレンシアは目をきらきらと輝かせカズオを見つめた。


「あぁ、そうだ。俺の“竜王の加護”の能力の一つ、《プライド》は魔力を使って相手を威圧する力があるんだ。それを使ったら大体のモンスターは追い払うことが出来るんだ」


「へぇー、そうなんだー。結構使い勝手が良い能力なんだねー。っていうか能力の1つってことは他にもあるの?」


エルレンシアの目はさっきより一層輝きを増し、身を乗り出す。カズオは彼女の近さが故に動揺している様子である。


「え、えっとさっきまで移動中ずっと使ってたあれだよ」


「あれって何よー。ちゃんと教えてくれないと、明日のスノーウルフとの戦いの時に上手く連携が出来なくなるかもしれないし、作戦もたてれないよ?」


「あ、その、作戦のことなんだけど……」


カズオのその言葉に、エルレンシアは首を傾げた。


「作戦がどうかしたの?」


「えっとな……エルは盾もあるし勿論前衛に職だよな。それに強い敵と戦う時には後衛職には前衛職のサポートは必須だとは思う。でも、今回だけ……」


結構後ろめたい気持ちがあったが、カズオは言うことにした。


「ーーー俺1人でやらせてほしいんだ」


「え!? そんな……たしかに、カズっちは強いと思うよ。だから無茶だなんてことは言わない。魔法の適性も全部あるし、能力値も……高いと思う。でも、あたしだって故郷を救いたいし、カズっちの力にもなりたいんだよ?」


エルレンシアはすこし悲しげな表情を浮かべた。それもそのはずである。前衛無しで1人でやりたいということは、前衛は足手纏いだからいらない、と言っているようなものであるからだ。とはいえ彼女は、単純にカズオを心配していたので、その言葉を言ったのであった。


「勘違いしないでくれ、決してエルの力が必要ないってことじゃないんだ。協力して欲しいし、もしも危なくなったら守ってほしいとも思ってる……でも、これは村に篭城している人を確実に助けるためなんだ。必ず助けるから、俺を信じてはくれないか?」


「……そうだよね。カズっちはなにか凄い作戦でもあるのかもしれないしね」


ーーーその時、彼女は後悔していた。彼はスノーウルフというモンスターの強さと厄介さを知りつつも、ここまで一生懸命になってくれて、偽りの故郷の村を助けると約束してくれている。


「とりあえずあたし、信じるよカズっちのこと!」


ーーー彼女が今回の事に至った理由は、ルナ達との勝負にこだわったからか、好奇心からであろうか。いやそうではないことは彼女はわかっていた。だが彼女は自分でも何故、彼を騙すようなことをしたのだろうか、はっきりと理解していない。


「でないとこんな大事な事をわざわざ食堂まで出向いて頼むわけないじゃないっ」


ーーー今になって、彼女は自身の行動に後ろめたい気持ちが溢れてきている。モンスターを全て片付けて、彼に知られないまま、今回の出来事は隠したままにするか。それとも今、彼に自分の過ちを打ち明けるべきか。


「エル……ありがとな。絶対、助けるからな」


カズオがエルの目を直視しながら発したその言葉を聞くと、隣に寝転ぶウサミミ少女エルレンシアは、自身の布団で顔を隠した。


「なにしてるんだ? エル。ってか耳が出てるぞ?」


ーーー言えなかった。言えるはず無かった。こんなにも優しく、そして一生懸命な彼の信頼を裏切りたくない。今エルレンシアにとってカズオという少年は、ただの勝負の素材ではなくなっていた。そして、彼女は自身の目から後悔のこもった涙が少しこぼれ落ちるのを感じた。


カズオの言葉にエルレンシアは「え……な、何でもないよっ」と返した。そして直後「あっ、明日の作戦はカズっちに任せたからねー、それじゃあ、お、おやすみー!」といい無防備なウサミミ少女は、その綺麗な足を少し布団から出しながら、彼のすぐ隣でそそくさと眠る体勢にはいった。


カズオは「あぁ、おやすみ」と挨拶を返し、しばらくしてからエルレンシアが眠ったなと思い、布団をもう一枚取り出し、彼女に掛けてやった。すると、彼は「ありがと……」と言われ、起きていたことに少し驚いたが、あまり気にすることなく、その後、隣りで眠りにつく。



ーーーカズオは眠りにつく前に、自身の能力を晒す(さらす)ことよりも彼女の故郷の村を助けることが最重要であると自身に言い聞かせた。そして、彼女からは悪意の欠片も感じ取れない信頼に足る人物であるとも思っていた。


ーーーエルレンシアは後ろめたい気持ちはありつつも、カズオを騙したことを隠し通したいと考えた。彼に嘘をつくような人であると知られたくない、失望してほしくないという一心で。そして、何事もなく事態を収拾するためには、Bランクモンスター“スノーウルフ”の群という上級者冒険者でも苦労する敵をカズオの安全の為にも、必ず倒してみせると決意するのであった。



 いつも読んでいただきありがとうございます。

来週も土曜日19:00更新です

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