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第8話:ザイン・ヴォルザークという男

月光に静かに照らされる夜の王都セントラルの中心街には、城のような屋敷が立ち並び、一般人をその区域に寄せ付けないでいた。


そんなただでさえ大きな屋敷の建ち並ぶ中心街の中で、一際巨大な屋敷の一室。その薄暗い書斎の奥には、趣を感じさせる焦げ茶色の大きめ机に、立派な肘掛け椅子が1つ置かれており、そこに灰色の髪の1人の若い男がグラスを片手に椅子に腰を落ち着けていた。


端から見れば、それは貴族の優雅な一時に過ぎないと思うのであろうが、実際はそうでなく、ただその男は、自身を落ち着かせようとしているだけであった。


「………クソっ!」


この灰色の髪の男の名はザイン・ヴォルザーク。


彼の焦燥とも憤怒ともとれるその発言の元凶にあるのは、わずらわしくも1人の同じ学校に通う生徒であった。


□■□■□■□■□■


ザインという男は、傲慢で自信家でプライドが高い。


そんな彼は、自身の容姿と優秀な能力と公爵家という肩書きが揃えば、叶わない願いなど無いと本気で考えていたのである。


数日前、彼は、王立魔法学校での入学試験で学年5位という好成績を叩き出した。


それは、彼にとっては失敗と言えるものであったが、冒険者や魔道士を志す様な優秀な生徒が合計500人はいたであろうあの中で、しかも、今年は過去の試験の最高記録を遙かに凌駕した、あの“3人の天才”がいたということを考慮すれば、尚更その成績は十分優秀なものと言えるのであった。

 

そして、ザインはその入学試験の時、1人の少女と出会っていた。


さらさらとした清潔感あふれる長い桃髪に綺麗な桃色の瞳。可愛らしさの中にも気品を感じさせる整った顔立ち。彼にとって、その容姿は正に女神の様であった。


そして、後にザインは、彼女が入学試験総合成績1位の天才と名高いルナ・シャンデリアであるという事を知る。


気が付くと、ザインは彼女に心を奪われていた。公爵家という肩書きに惹かれ、寄ってくる有象無象の女とは違い、ザインに目もくれず、圧倒的な魅力を放ち続ける彼女を、自分のものにしたいという欲求に駆られたのであった。


ザインは初めて王立魔法学校の教室に行く際、そこに着いたら彼女と話をしようと決意し、そして、あわよくば自身の気持ちを打ち明けようとも思っていたのである。彼は自身の気持ちを彼女に伝えれば、必ず受け入れてくれると確信していたのであった。


 ーーーだが、彼女はザインと同じクラスにいなかった。


ザインはこの学校のクラス決めの制度をよく知っていたので、何故あの優秀なルナ・シャンデリアはここに居ないのかということが不思議であった。だが、彼はここに居ないのであればどこに彼女がいるのだろうかと考え、そしてすぐにザインは自身の傘下の男子生徒数名からルナ・シャンデリアの情報聞いた。


その時、彼らの口から出たその内容はザインには理解できないものであった。


「ーーー何故、あんな肥溜めに……」


ザインは何故ルナ・シャンデリアが第5クラスなどという所にいるのか、全くわからなかった。そして同時に、その理由をどうしても直接会って訊きたいと思ったのである。


だがザインは第5クラスというところを酷く嫌っていた。故に、直接会いに行こうにも、そこの扉を開け、中にいるであろう憧れの女性を見たくは無かったのである。


そして、その数日後、最近よく彼女が闘技場へ向かっているらしい、という情報を聞きつけ、ザインは日を改め闘技場へ会いに行くことにした。


それは早朝であった。故にザインは、こんな朝早くから闘技場で魔法の鍛錬をする彼女の純粋な魔法に対する熱意を感じ、そして更なる憧れを強めた。


ザインがルナ・シャンデリアに会う為、闘技場に着く直前であった。彼は闘技場の中にもう1人誰かがいることに気づいたのである。


ザインは、それが誰だか確かめたくて、いてもたってもいられなくなった。優しい彼女はクラスメートの誰かに魔法を教えているのであろうか、それとも真面目な彼女は先生から、教えを請うているのであろうか、そんなことを彼は予想した。


そして、その直後、気がつけば闘技場から数百メートルも距離をとり、自身の持つ魔法道具のスコープで遠くから闘技場の中を覗き見ていた。


本来ならそんな覗きなどという行動は彼のプライドが許さないし、普通に中に入ればなにも問題ない筈であった。だが彼は好奇心か、はたまた別の何かの感情が故に中を覗き見たのである。


ザインがスコープを覗くとそこには、レンズ越しに桃髪桃目の彼女がうつっていた。それと同時に、彼女の顔が見え、その表情から、そばにいるであろう誰かと楽しく話しをしていることがわかった。


そして、ザインはその隣にいるであろう誰かの顔を見ようとスコープの画面を横へとずらした。















ーーー男と目が合った。















ザインはこの遠距離なら気づかれるなんてことはありえない、あの男がたまたまこちらを向いていたのだと、そう考えた。


だが、その黒髪黒目の男の目は真っ直ぐとこちらを捉え続けているのだった。

そして、そこでようやくザインは理解した。


ーーーあの男はこちらに気づいているのだ。


寒気が走った。

自身の汚点を(さら)してしまったのだとザインはそう思った。


直後、ザインは走り、その場から逃げるようにしてさらに遠くへ離れていた。そして、何故、あんな事をしたのであろうかと彼は自己嫌悪する。だが、もう後悔してもおそかった。



ザインは、後にその男が“魔法学校の恥”と呼ばれている事を知った。だが、ザインは何故、ルナ・シャンデリアがあんな男と闘技場にいたのかわからなかった。いや、心優しい彼女があの男に魔法を教えてあげていたのだとそう決めつけた。



それから更に数日後。それはザインの午後の授業が終わり帰り道の途中であった。そこには黒髪黒目のあの男、第5クラスの最下位、カズオがいた。そして、彼は疲れているのであろうか眠っているようであった。


ーーーだが、それと同時にザイン・ヴォルザークは信じがたい光景を目の当たりにしていたのである。


ーーー“魔法学校の恥”がルナ・シャンデリアに背負われながら眠っていたのだ。


少し困ったような表情をしつつも、僅かに薔薇色に染まっている彼女の頬。その表情は今まで一度もザインが見たこともないような恋する乙女の様なものであった。


そして、その時ザイン・ヴォルザークは何故、優秀なルナ・シャンデリアが第5クラスに編入したのかを理解した。


そこでザイン・ヴォルザークは決意する。自身の憧れの女性を、黒髪黒目の男に捕らわれている、可哀想な彼女を助け出すために。


ーーーーーあの男を殺す


そして、ザインはその日のうちにカズオの暗殺をすぐに計画した。


王都に蔓延はびこる虫どもは金さえ出せばすぐに寄ってきた。その者達は殺すな、と命じても殺しを犯すようなやからであることは知っていたが、そんなことは逆にその時のザインにとっては好都合であった。


そして、次にザインはこの作戦に1人の男子生徒を半強制的に参加させた。

 

襲撃という名の殺害計画の準備を済ませると、ザインは自分の恋敵であるカズオという少年に最後に見ておこうと思い、そして彼に会いに行った。


ザインはカズオと始めて会う時は、自身の殺気がバレることの無いように細心の注意を払い、配下の生徒も何人か一緒に連れていき殺意をカモフラージュし、自身はただの性格の悪い世間知らずな貴族の子を演じた。それに、以前の闘技場でのことは覚えていないのか、気づいていないのかはわからないが、何も触れられることは無かった。


だが、そんなこととは関係なく、その時ザイン・ヴォルザークはカズオという少年に、憎悪、嫉妬、怒り、といった負の感情しか抱かなかった。


そして、ザインは部下に呼び出す場所を記した紙をカズオに渡させた。


ザインは、襲撃の現場を見るのに直接出向くつもりなど無かった。それは彼には出向く必要が無かったからである。


彼の持っている“イビルアイ”というそれは“アーティファクト(古代人工物)”と呼ばれ、手鏡のような見た目である。その能力はその魔法道具に血を与えた者の視覚情報を1日そこに写しだし遠隔視できるというものであった。


大変高価な魔法道具であったがそんなの公爵家の貴族である彼なら手に入れていても何ら不思議ではない。


そして、そこにはあらかじめ、今回の作戦に参加させる男子生徒の血を与えてあり、ザインはそのまま襲撃の日である明日を心待ちにした。


ザインはカズオという男が素直に闘技場に来るであろうということは、過去のあの苦い経験から予測できていた。いや、たとえカズオがそこへ来なくとも、こちらから出向かせるつもりであったが。



ーーーーそして、襲撃の日


予定通り刺客による襲撃現場を鏡越しに見物した。


だが、予想外のことが2つ起きた。


1つは“3人の天才”の1人であるマリア・バレンティーナがそこにいたということ。


もう1つは、カズオという少年はどういうわけか、とてつもなく強かったということである。


結果、襲撃は失敗した。

だがその中には彼にとって不可解に思えるシーンがあった。それはもう1人の少女が魔法を発動しようとしたところだった。


カズオと暴漢たちが接触するとおもわれる刹那せつな、後ろの少女の魔法陣からは風魔法特有の緑色の光が見えていた。だが次の瞬間にはマリアの魔法陣が壊れたのである。そして、カズオと暴漢達が接触したかと思うと次の瞬間には別の何か強烈な光と共に、戦闘は終了していたのだ。


その後の拷問の手際良さ、切り換えの早さ。なにか異質な強さをザインは感じた。

 

だが、そんなことは関係無くザインという男はこの敗北というものを異常なまでに嫌った。故に、どうしても勝ちたいのだ。


ーーー何度やっても、何をやっても。


□■□■□■□■□■


彼は少し落ち着いたのだろうか。窓を開け、外の景色を楽しみながら、椅子に背中を倒しながらワインの入ったグラスをくるくる回し、その血のような赤いワインをゆっくりと飲み干した。


「そうだ……」



ザインはは小さな低い声でそう呟いくと不適な笑みを浮かべた。そして、筆を取り手元にある紙になにか書き、その紙を封筒の様な物に入れた。


「誰かいるか!」


ザインはそう言うとすぐに「はい」と返事が聞こえ執事と思しき白髪の歳をとった男が現れた。


「この手紙を“東国“にいる父上に届けろ」


「はい、かしこまりましたザイン様」


年老いた執事はそう言うと封筒を受け取り、一礼し、部屋を後にした。


夜のヴォルザーク公爵家の屋敷、書斎の肘掛け椅子に座りながら自身の勝利、つまりあの黒髪黒目の男の死を信じてやまない灰色の髪の男が、不適な笑みを浮かべるのであった。





いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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