グッドラック
“終わりの火山”頂上部。破滅の呪文を唱えれば世界を焼き尽くすといわれる火山。煮えたぎる溶岩で溢れそうな火口のすぐ傍で二人の男が火花を散らしていた。一人はUSFのリーダー、ハーレーハリウッド上院議員。もう一人は邪悪なるエンパイア皇帝。
エンパイア皇帝は謎に包まれた男であるが、上院議員はこうして対峙してすぐにその正体に気付いた。
「大統領……どうして……」
エイブラハム・ワシントン大統領。戦場で、議場で上院議員とともに戦った高潔なる英雄。上院議員がエイリアンの母船での戦いの最中、命がけで地球へと逃がしたはずの大統領は、人々を苦しめるエンパイアの皇帝として今、上院議員の前に立ちはだかっていた。
傍らにUSFホワイトハウスより誘拐した上院議員の秘書エミリーが縛り上げられていた。
エイブラハム大統領は手招きのジェスチャーで上院議員を挑発する。
上院議員の心を占めるのは困惑の感情、しかし目の前に容赦なく突きつけられた現実はただ一つのことを指し示していた。
大統領を倒さねばならぬ。
任務において戸惑うことは数えきれないほどあった。政界でのパッシングに心を病みそうになったこともあった。しかし、それでも上院議員のスピリットは立ち止まらなかった。今回もそうだ。
上院議員は右肩を前に突き出す姿勢で大統領、いやエンパイア皇帝に向かってダッシュする。一撃で打ちのめし、立ち上がれなくしてから事情を聴く。
しかし、その機関車のようなタックルは大統領を捉えることは無かった。
多くのエンパイア兵士を葬り去ったタックルは、いともたやすく躱された。それどころか、大統領は躱すその瞬間にバスケットボールによる痛烈な一撃を上院議員に与えていた。上院議員は急ブレーキをかけ反転、もう一度タックルを放った。しかし、
「ハル、君の自慢のタックルとやらも当たらなければ意味がないな!」
元プロバスケ選手の身体の能力を生かし、チーターのような俊敏性で上院議員のアメフト仕込みのタックルを躱すエイブラハム大統領。
タックルには体力を使う。重いアメフトアーマーを着こんで走り回るハーレー上院議員が不利だ。ましてやここは火山の火口だ。溶岩の熱もまた上院議員の体力を奪っていく。
「さぁ、魔法はもうすぐ完成する。完成すればこの“終わりの火山”は噴火し世界は火に包まれる」
「何故、何故なんです大統領! あなたはそんな人ではなかった!」
「全ては人の愚かしさゆえだよ」
「人の……愚かしさ?」
大統領は溶岩の炎を背景に両腕を広げ、語り始めた。
「エイリアン戦争後、私は世界大統領として職務に励んだ。私が救わねばという決意があった。戦争によって傷ついた社会を、国を、人々を救うために奔走した。初めのうちは上手くいっていたとも。しかし傷が癒え豊かになるにつれて人同士で争いあい、地球という星を破壊し始めた。人は豊かになれば隣人を思いやることができなくなるのだ。私は失意のうちに孤独な死を迎えた。だからこの世界で私は、人々を追い詰めることで真に隣人を思いやれる社会を作るのだ!」
ハーレー上院議員はこぶしを握り締め、震わせる。それは怒りではなかった。大きな失望の表れであった。
「ハル、お前一人では何もできない。そのままこの火山に飲み込まれ死ぬ最初の人間になるがいい」
「……確かに私一人では何もできないでしょう」
上院議員は皇帝の眼を正面から見つめ返す。
「おや? えらく簡単に認めるのだな」
「当然ですよ」
火山の火口で対峙する二人の元へ、風の流れに乗って懐かしい歌が聞こえる。
ママとパパはベッドでゴロゴロ ママが転がり、こう言った お願い、欲しいの・・・ しごいて! お前によし オレによし うんん、よし
「人民の、人民による、人民のための政府」
日の出とともに起き出して 走れと言われて一日走る ホーチミンはクソッタレ
「合衆国の大統領から議場の末席に至るまで一人で戦うものはいません」
アンクル・サムが大好きな オレが誰だか教えてよ 1、2、3、4、合衆国の海兵隊! 俺の愛する海兵隊! 俺の軍隊 お前の軍隊 我らの軍隊! 海兵隊!
「常に、心強い味方がいるのです」
上院議員の元にアメフトアーマーで身を固めた一団が駆けつける。USFマリーンズ。USF最強の部隊。彼らは上院議員の前にラインディフェンスを作る。
「「「セット!!!」」」
皇帝はそれを見てたじろぐ。皇帝のバスケ由来の俊敏性は人類最高レベルであり、たとえ至近距離でショットガンを撃たれたとしても回避するだろう。実際に在任中、回避して見せた。
「「「ハット!!!!!」」」
しかし、皇帝の目の前には隙間なく固められたラインディフェンス。これがそのまま突進してくるとすれば回避しようがない。
「大統領、リコールです」
合衆国には存在しない制度を上院議員が告げると同時にアメフト海兵隊が猛烈な勢いでスタートする。一糸乱れぬダッシュ。それはさながら大山脈が迫りくるような錯覚を覚えるものであった。
皇帝は横に逃げられぬ以上、上に跳んで逃げようとした。自分の身長の何倍もの高さの塀へ飛び上がる猫のように軽やかに舞い上がった皇帝は、大山脈を飛び越えた。そのままスラムダンクを上院議員に決めようとしたが、その目論見は同じくラインディフェンス上を飛び上がってきた上院議員を目にして潰える。
軌道修正の効かぬ空中でタックルを正面から受けた皇帝は火口へと堕ちていった。
バシッと、溶岩へ落ちていく皇帝の手を掴むものがいた。上院議員である。
「なぜだ、ハル。私は……」
「大統領、あなたは道を間違えた。本当ならこんなことをするはずの人ではない。もう一度、やり直しましょう」
「ハル……地球に私の味方などいなかった。やはり私とともに戦えるのは君だけだったようだよ……」
「大統領……」
「しかし、君の提案は飲めない。私はもはや取り返しのつかないことをしてしまった。火山の噴火はもはや止められない。たった一つの手を除いて」
大統領は右手を掴まれたまま、左手の親指を立てる
「大統領!?何を!?」
「私の命を生贄にすれば止められる。それと、大統領と言うのはやめてくれないか。この世界の大統領は君だ」
エイブラハムは上院議員の右手を振りほどく。上院議員の右手から、重みが消える。
「さようならハリウッド大統領。Good luck」
「大統領!エイブ!!AAAAAAAAABE!!!」
エイブラハムの体は左手を高く掲げたまま溶岩に飲み込まれ、見えなくなった。