Senator died in the universe
「大統領、無事ですか?」
「まだまだ大丈夫だ、ハル」
マザーシップのコントロールルームの中で二人の男が互いに声を掛け合う。二人とも仕立てのいいスーツを着ている。
コントロールルーム入り口に拵えたバリケードごしに二人の頭上を光線が何条も走る。
光の弾幕の隙を突き二人の男も手に持った、ライフル銃の先端にパラボラアンテナを取り付けたようなエイリアン・ビームガンで反撃する。
博士がマザーシップの自爆装置を作動させるまであともう少しだ。
西暦20XX年、地球はエイリアンに侵略された。
人類よりもはるかに優れた科学技術を持つエイリアンは地球に到着すると同時に宣戦布告、同時に各国要人をミューティレーションし、人質とした。その中にはアメリカ合衆国大統領エイブラハム・ワシントン、そしてアメリカ合衆国上院議員ハーレー・ハリウッドも含まれていた。
首脳陣を人質に取られ、圧倒的な軍事力の差に為す術もない各国軍であった。もはや地球は占領され、人類には滅びの道しか無いかと思われた。
しかし、マザーシップに囚われた各国首脳陣の中で唯一、いや唯二、軍属経験を持つ大統領と上院議員がエイリアンの監視をかいくぐり武器を強奪しマザーシップ内を混乱させた。要人を開放し脱出艇で地球へと向かわせた後、マザーシップを破壊するべく、以前よりエイリアン侵略の危険を訴えエイリアン研究を続け、それゆえに学会を追放されたマイケル・M・ローランド博士とともにコントロールルームを奪取した。
そして二人はM・M・R博士が自爆コードを打ち込むまでバリケードを作り、立てこもっていたのだ。
「大統領! コード入力完了しました! これより10分後にマザーシップは自爆します!」
博士の声とともに館内に耳障りなブザー音とエイリアンの言語らしき警告が流れる。
「やったなハル!!」
「ええ、大統領。すぐに脱出しましょう」
三人はコントロールルーム内に備え付けられた脱出ポッドへ急ぐ。
「ハル、よくやってくれたよ。やはり君は最高のパートナーだ。これで一泡吹かせてやったな。さぁ、地球に帰ろう」
脱出ポッドに大統領と博士が乗り込む。
「いいえ、大統領。それはできません」
上院議員がポッドの外でコンソールを操作し、ポッドのハッチを閉める。
「なんだと……!?ハル、どうしたんだ!?」
「こうするしかないのです、大統領。自爆するまでの間、誰かがコントロールルームに残り解除コードが入力されないようにしなければならないのです。」
上院議員は事前に博士からそのことを聞いていた。そして大統領に脱出してもらうために秘密にしていたのだ。
「ハル!! HAAAAAAL!!!」
「さようなら大統領。アメリカは、地球はあなたを必要としています。」
敬礼の姿勢で発射される脱出ポッドを上院議員は見送った。
ポッド内で大統領は博士を締め上げた。
「何故だ!!何故私に話さなかった!!」
「うぐっ……じょ、上院議員が秘密にするようにと……」
大統領は博士を離し、窓から見えるエイリアン・マザーシップを見つめた。
時計の針が10分経過を指し示すまで、あと5、4、3、……
マザーシップから緑色の波動がにじみ出るように溢れ、直後マザーシップそのものが破裂した。
それは同時に上院議員の紛れもない死を意味していた。
ところ変わってここは異世界ファンダージア、邪悪な帝国エンパイアの支配地域の端に位置する商業都市。
そこにはエミリーという亜人の少女が鎖につながれていた。赤みがかかったくるくるした髪の間から羊のような角がとび出しているのが特徴だ。彼女はエンパイアの奴隷狩りに捕まり、ここ、奴隷市場で買われるのを待っていた。
買われた後彼女を待っているのは過酷な労働か、はたまた……
彼女の瞳に絶望は無い。希望もない。すでに涙は枯れ果て、心は虚無が支配するのみ。
「おい、そこの奴隷!!もっと愛想よくしねぇか!!高値で売れねぇだろうが!!」
奴隷商人が鞭をふるう。エミリーはわずかに身じろぎするが、すでに何度も鞭を受けており痛覚はマヒしていた。
その態度が奴隷商人をイラつかせた。
「いい度胸だな。もっと痛い目見てぇか」
奴隷商人が指の骨を鳴らしエミリーに近づく。
「痛い目を見るのは君だと思うんだがね」
その奴隷商人の背後から声。そして次の瞬間奴隷商人は宙を舞った。背後に立つ青年が放ったラリアットによって。
すでに心の動きを忘れていたエミリーの目にもその強烈な光景は映り、脳を揺らした。
奴隷商人の背後に立っていたのは、エミリーにはただの青年に見えた。しかし見るものが見ればわかったはずだ。その青年がハーレー・ハリウッド上院議員の若き日の姿とそっくりなことに。
青年はエミリーを戒める鎖を踏み砕きながら、奴隷市場にいる他の奴隷商人をねめつける。
「本来なら海兵隊を送り込み国際刑事裁判所に引きずり出してやるところだが、今回は直接相手してやろう。覚悟してもらおうか? アメリカの、自由の敵め」
もはや疑いようはない。ハーレー・ハリウッド上院議員はこの異世界に転生していたのだ。