傷隠し化粧
ベースメイク、ファンデーション、コンシーラ、傷隠しはお手の物。
どんな傷跡もたちまちにして消せるわ。
眉の上を走る細い傷。
二針縫った傷跡は指で引っ張ると浮き上がってくる。
幼なじみとは、何かにつけて張り合い、自転車を両手離しで自慢そうに乗りまわすのが癪に障った。
そして、女の子の顔に傷が付いたのだから責任を取ると少年は言った。
バレンタイン、プリクラ、渡せなかった紫色の封筒。
彼は、幼いころの約束を二度と口にしなかったけれど、
「卒業しても、いつも、遠くから、君を見守っているよ」
と目を合わせずに言った彼の台詞とともに胸にしまい込んでいる。
ベースメイク、ファンデーション、コンシーラ、傷隠しはお手の物。
どんな傷跡もたちまちにして消せるわ。
ふとももにある薄茶の火傷の跡。
幼いころ、父はよく家族をハイキングに連れて行った。
朝食も食べずに半分うつらうつらしながら、車に揺られた。
そして、あっと言う間に山からおりてバーベキュー広場に直行する。
分厚い肉、串刺しの椎茸、立ち込める煙。
あの時の火傷の跡は、今では、もうすっかり薄くなったけれど
「お父さんが結婚するわけじゃないのよ!」
という私の捨て台詞が、父に言った最後の言葉になった。
ベースメイク、ファンデーション、コンシーラ、傷隠しはお手の物。
どんな傷跡もたちまちにして消せるわ。
手首の薄紅の傷は誰が見てもためらい傷のように見える。
ある日、それを見つけた新人が私も同類ですとこっそり傷を見せてくれた。
おそろいの傷と言って、彼女は嬉しそうにしていた。
そして、最後まで本当のことを言えなかった。
寝ぼけていて、缶詰のふたで切ったなんて。
もっと親身になってあげればよかったと思ったのは、救急車が来た後。
「主任はできる人なんです。だからできない人の気持ちなんてわからない!」
という彼女の最期の叫びは決して消えない。
ベースメイク、ファンデーション、コンシーラ、傷隠しはお手の物。
どんな傷跡もたちまちにして消せるわ。
お腹を縦に走る盛り上がった傷跡
あの人も義母もよく頑張ったと悔しがる私を慰めた。
次第に薄くなる赤みと盛り上がりを素直に喜んでいた。
そして、あっという間に物心がついた幼子。
メリー、小さな布団、母子手帳。
思い出も、壊れたおもちゃも皆置いてきたけれど
「私がしっかり育てるから、あなたはせいぜい立派な仕事に励んでくださいな」
という義母の最後の皮肉は決して許さない。
ベースメイク、ファンデーション、コンシーラ、傷隠しはお手の物。
どんな傷跡もたちまちにして消せるわ。
手の甲に残るシミのような傷跡。
クリームが肌に合わず、かきむしった跡が残っている。
勧めた親友が申し訳なさそうに頭を下げた。
文字だけのやり取りは、時として真逆のニュアンスを伝える。
きっとあの時は、互いにイライラしていたのだと思う。
ちょっとした誤解が、永遠だと思っていた絆にいとも簡単にひびを入れる。
「あなたのような人は、誰からも信用されないわ!」
という私の失言は、悔やんでも悔やみきれない。
ベースメイク、ファンデーション、コンシーラ、傷隠しはお手の物。
どんな傷跡もたちまちにして消せるわ。
無傷の聖女を夢見ている乙女でもないし、
今更、傷跡が残ると騒ぐほど若くはない。
傷跡をさらして、同情を買うほど落ちぶれてはいなし、
傷跡をさらしてもいいと思える王子様なんていない。
ベースメイク、ファンデーション、コンシーラ、傷隠しはお手の物。
どんな傷跡もたちまちにして消せるわ。
今日も私は入念に傷隠しの化粧をする。




