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ドラゴンホール 〜お前らの穴は、このオレがいただく!〜

作者: 紫月 一七

 ドラゴンが大好きだ。狂おしい程に好きだ。

 ドラゴンはいい。あの巨体。鋼の皮膚。力強く天を舞い、陸に降り立てば大地を震わせる。吐き出す炎は、全てを焼き尽くす。あれほど格好いい生物など、空想上にすら存在しない。

 まあドラゴン自体が空想上の生き物ではあるが、そこは置いておこう。

 オレはそんなドラゴンに魅入られたドラゴンマニアだ。 

 名前からして龍川竜吉たつかわりゅうきちときてるので、もうドラゴン好きになるべく生まれたような男だ。

 知識量も半端じゃない。古典、伝記、伝承、絵本、漫画、アニメ、ゲーム、その他ドラゴンに関することなら、何でも押さえている。

 おかげでただでさえ狭い部屋は、ドラゴンで埋め尽くされている。足の踏み場もありゃしない。だがここを竜の巣窟と思えば、そんな些細なことは気にならないのさ。

 それにしても今読んでる、この『ドラゴンホール』とかいう資料本が実に興味深い。読み漁ってきた他の資料とは違い、オレも知らない設定が盛り込まれている。

 この本曰く『レジェンド級のドラゴンには尻尾の下辺りに小さな穴』が存在し、そこが交尾するための部位らしい。

 しかも。しかも、だ。


 なんと……人間にも交尾が可能だと!?


 や、やるじゃないか……十八禁でもないのに危うく興奮してしまうところだったぜ。はあはあ。

 これは新しいな。竜が美少女をピーするものや、竜を美少女に擬人化した薄い本なら視覚情報から経験済みだが、竜そのものと交尾するとは革命的だ。実に素晴らしいな。はあはあ。

 冷静に本を読み終え、感慨に耽る。

 竜と交尾とは斬新だった。新説すぎるが、オレはこういった意欲的な設定も支持しよう。

 決して自分がやってみたい、などといった他意は無く、ひたすら純粋に面白いと思ったからだ。

 よし。最後にもう一度だけ、純粋な気持ちで穴についての復習だな。

 本を広げた。そのときだ。

 穴が出てきた。何もない空間から突然に。

 しかもオレの身体が一瞬にして、穴に吸い込まれていく。


「え? なんだこれ! ちょ……アッーーーーーーーー!」


 そんな穴の復習なんてしてません……。



 地面に激突した。

 いてぇ……最悪だよ。一体何が起こったんだ?

 辺りは森。さっきまで居た竜の巣は消え去り、四方が木々で囲まれている。

 おいおい、これはまさか……。

 異世界トリップってやつかぁー!?

 いやいや、冗談じゃないぞ。ラノベ等々でこんな展開あったけど、まさか現実になるなんて。

 しかも、なぜオレなんだ? オレなんて取り立てて非凡なもののない一般人だぞ。こんなの有り得ないって。

 そうか。

 ここはあれだ。グンマーとかだな。

 さすがはグンマー。日本最後の秘境と言われるだけあって、日本とは思えない!

 百歩譲っても外国だろう。空が綺麗だなー。

 見上げた空を、何か巨大な物体が猛スピードで横切っていった。風切り音が響き、風圧がオレを押さえ付けた。

 んん? 今のは鳥か、飛行機かな? いや鳥にしてはでかいし、明らかに飛行機でもない。

 あれはどちらかというと、オレのよく知っている飛竜ではなかっただろうか。

 飛竜とはドラゴンの亜種みたいなもの。腕自体が翼となっていて飛翔能力に特化した生物を指す言葉だ。ワイバーンとも言う。

 そんな竜まで……グンマーぱねぇっす。

 なんて言ってる場合じゃない。やっぱり異世界だ。

 どうしてと考える前に、飛竜らしき物体でピンときていた。

『ドラゴンホール』だ。ワープの仕組みとか全く解らんが、あの本が原因としか考えられない。

 とにかく立ち上がる。

 地面が固くて痛い。そういえば素足だった。参ったなー、靴が欲しい。

 ……え?

 驚いた。オレの願いが叶ってしまったよ。足には先程までなかった、黒いブーツが装着されていた。

 金属製のようだが、軽くて履きやすい。ブーツ同士を強く当てても、足に衝撃がこない。かなり丈夫なブーツのようだ。

 理屈は不明だけど、もうファンタジーってことにしておこう。害もなさそうだしな。

 それよりも、この世界のことだ。

 オレは一つの確信を得ていた。さっきの飛竜といい、ここはもしや竜が実在する世界ではないかと。『ドラゴンホール』が引き起こしたこと。きっとそういう世界なんだ。

 だとしたら。そうだとしたら。


 生ドラゴンが見られるじゃないかっ!


 やっべ、漲ってきた。見知らぬ世界には一人ぼっちの不安とかより、今や興奮のが大きくなってきやがった。イカれてやがるぜ、オレ。このドラゴンフリークめ。

 とりあえずもっと詳しく状況を把握するために人を探そう。原住民からドラゴンのことを聞きたいし、ついでに元の世界へ帰る方法も考えないと。

 でも、この世界に人間はいるのか? もしや無人だったり?

 そんなことになったら雌のドラゴンと所帯を持つ未来しか見えない。うん、最高だ。


「きゃああああああ!」


 ドラゴンとの夫婦円満な家庭を脳内再生していると、そんな平和な日常を壊しそうな悲鳴が。

 人の声だったな。しかも女性。これはまさか襲われてるのか? これは一大事だ。早速ドラゴンが見られるかもしれない。

 全速力で声のした方向へ進む。

 その速度は、自分でも驚くほどに速かった。自分の足じゃないみたいに、速く走れる。これはブーツの効力なのか?

 一気に森を駆け抜ける。

 先が開けた空間になると、そこに逃げる人影と発見した。

 そして、それを追う三つの物体。

 うわ……萎えた。

 オレが見たのはドラゴンではなく、青いトカゲのような生物だった。小さな恐竜の類だ。

 違うんだ。オレが見たかったのは、これじゃないんだよ。もっと、でっかくてすごいの! 失望のあまり意見が幼児退行してしまった。

 おっと。そんなこと思ってる間に、転んだ人が追い詰められている。

 しかし、どうする? どうやって助ければいい?

 颯爽と乱入して、三匹ともワンパンKOしてやるか。いや、それだと二コマ目くらいには、オレが食われてるな。

 この固いブーツでもぶつけてやるか? でも首尾よくいっても二匹しか倒せん。それだと最後にオレ特攻して、食われるもんな。

 どう考えても、あれしかなかった。

 実行する。距離を詰め、両者の間に割り込む。


「おい、おまえら! こっちのが肉付きよくって、うっまいぞ〜? インドア産、温室育ちの贅肉豊富な一級品だ!」


 ご馳走アピールからの、ポーズをキメる。

 これでこいつらを引き付けてから、全力ダッシュで逃げるしかない。

 格好悪い。とてつもなく格好悪いが、これしかないだろ。

 ブーツ先生の出番かと思われたが、状況を見て逃げようとした足を止める。

 こっちが逃げる前に、相手が逃げ出していた。三匹とも何かに恐怖するように、一目散に森へと消えていったのだ。

 なんだ? いかつい容姿の割には、随分と臆病な奴らだな。

 それとも何か? 逃げ出したくなるほど、オレのことが嫌いなのか? 恐竜モドキとはいえ、これは傷付く……。ドラゴンには勿論のこと、動物には好かれる方だと自負していたのになぁ。くすん……。

 身体を丸めていじけていると、


「あのぉ……?」


 なんだろう。綺麗な声が、背後からくる。

 顔だけ振り向く。

 そこには、美少女がいた。白銀の長髪に黄色の瞳で、竜を模した銀色の髪飾りをつけていた。身体は小さく、少女ではなく美幼女だったかも知れない。

 目が合うと、少女は小さな身体を大きく揺らして頭を下げ、


「た、助けて下しゃって、ありがとうございましたっ!」


 丁寧だが、微妙に舌足らずだった。

 それにしても何と言うか、傍から見たらいじける大人の背中に幼女が頭を下げてお礼をしている、という変な構図になってるんだろうな、今。


「それと、あの……」


 幼女には、まだ何か用があるようだ。


「うん? なんだい?」


 いつまでもこうしてるのも決まりが悪いので、立ち上がって向かい合う。

 幼女はモジモジしている。何か言い出しにくいことがあるのか。ってか、その仕草可愛いなぁ。

 堪能しつつ待っていると、モジモジ幼女のターンになった。


「もしかして貴方様は……」


「ん?」


「伝説のゆうさしゃ――」


 あ、噛んだ。

 幼女は自分の言い間違いにビクッとしてから、一度深呼吸して、


「伝説の勇者しゃま!」


 言えてないっ! 言えてないけど、可愛いから合格!

 ……いや、ちょっと待て。この幼女は今なんて言ったんだ? なんか変な単語が聞こえた気もするけど、可愛さのあまり内容を聞き逃した。


「ちょっともう一回言ってみてくれる?」


 こちらの要求に幼女は頷き、もう一度深呼吸してから真剣な顔で、


「伝説のゆうさしゃま!」


 やっぱりだ。間違いない。なんてことだ……。






 ……言えてないっ!



 街を歩く、オレと幼女。

 並んで歩いてると犯罪臭がしてくると、自ら言っておこう。手を繋いでたら、即アウトだったな。

 というか、あれだ。

 幼女の案内で無事に街まで辿り着けたけど、なぜだか一向に別れようとする気配がない。お礼に街まで案内してくれと頼み、着いたらこれでお合いこってことで解散ムードまで出したのに、まだ同行を続けている。

 もしかして行き先が同じなのか。ちょっと脇道に逸れてみる。

 テクテクと幼女もついて来る。

 その様子を見ると、幼女と目線が合う。ニコッと笑う幼女。

 可愛すぎだろ、この幼女!

 あ、そうだ。道中で名前聞いたんだった。いつまでも幼女じゃかわいそうだな。

 彼女の名前はサフィーというらしい。

 そのサフィーに、それとなく促してみる。


「なあ、サフィー? 案内はもう平気だから、今日はもうお家に帰った方がいいんじゃないかな?」


「そんな……まだ勇者しゃまに恩返しができてませんっ」


 そんな瞳を潤ませながら言われると罪悪感が……。

 もっと恩を買わないとダメなのか。じゃあ折角だから、この世界の情報を聞いてみるか。


「なら教えて欲しいことがあるんだけど……」


「はい! なんでも聞いてください!」


 とびきり笑顔で対応される。

 ん? いま何でもって言ったよね? では教えてもらおうか。君の知り得ることの全てを余すとこなくだぞ、ぐふふ。

 そう。知りたいのは当然ドラゴンのことだ。それもただのドラゴンじゃない。そうだ。あのドラゴンのことだ。


「レジェンド級ドラゴンって知ってる?」


「はい、知ってます。『さすが』は勇者しゃまです」


 その単語を出すと、サフィーの眼差しが一段と輝きを増した気がした。

 ところで、その『さすが』っていうのは一体。


「レジェンド級ドラゴンが近いうち、この街に現れるって噂があるんです。勇者しゃまはそれを聞き付けて、駆け付けて下さるなんて……尊敬しますっ!」


「ええ! そうなの!? 伝説なのにそんなひょっこりと? ってかやばくね、ここ!」


「街の危機に、我が身を顧みず勇敢にドラゴンに立ち向かう勇者しゃま……憧れますっ!」


「もうすでに戦うことになってる!」


「そして勝利した勇者しゃまは、静かに街を去ります。残る六匹のレジェンド級ドラゴンを倒して、この世界に平和を取り戻すために!」


「とんでもない責務を押し付けられようとしている!」


「最後のドラゴンとの死闘で、瀕死の重傷を負った勇者しゃまを、少女サフィーの涙が救う!」


「さりげなくヒロインポジション確保した!」


「こうして世界は平和になりました。全ては勇者しゃまのおかげです。勇者しゃまの伝説は、長く語り継がれることでしょう。少女サフィーは思います。勇者しゃまはきっとこの広い青空から、わたしたちのことを見守ってくれてるって……」


「完全に死んでるじゃないか、オレ! 涙で救われたんじゃなかったのか!?」


 サフィーがこんな妄想幼女だったとは……。でも人をいきなり勇者扱いするからな。意外とそういうタイプなのかも。

 というか長い台詞喋っても噛まないのに、『勇者しゃま』はデフォなのか。

 まあ、いいか。レジェンド級は全部で七匹ってことも解ったことだし。

 そしてレジェンド級って言葉が通じる。そうなると『ドラゴンホール』に書いてあった穴とやらも存在する可能性がある。

 本によれば、その穴はこの世のどんな快楽も及ばないほどの魅力があるようだ。もしも本当ならばドラゴンマニアとして放っておけない。

 だってそこに穴があって、人間にも可能ならば、男ならやるしかないだろ!

 ああ、それと元の世界に帰る方法も探さないと。街を見たところ高層の建物とかもあるし、文明的にも期待できるような気がする。たぶん、帰れるでしょ。

 研究とかしてそうな施設をサフィーに案内してもらおう。


「なあ、サフィー。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」


「はい、勇者しゃま! 何でもします!」


 またもや、とびきり笑顔で対応される。

 ん? また何でもって言ったよね? 言ったよね? ではやってもらうじゃないか。このオレの欲求を満たすために、君の持ち得るものの全てを使ってな。げへへ。


「今からオレの言葉を聞いてね? あとでサフィーにも言ってもらうから、ちゃんと覚えるんだよ?」


「はい!」


 いい返事だ。では、いくぞ。


「笹のササニシキササッと食べる佐々木さん!」


「えっと、ささのさしゃに……あ」


 難しくないがサフィーにはどうだろうなぁ、くくく。

 サフィーはこれまでになく真剣になっている。身構えて呼吸を整え、小さな声で何度か復唱していた。実にいい気概だ。

 目を閉じ、精神を集中している。

 それが開かれると、


「いきます! ――しゃしゃのしゃしゃにすきしゃしゃっとたべゆしゃしゃきしゃん!」


「言えてないっ!」


 しかも初っ端から『しゃ』で始まってオール『しゃ』だったぞ! ハードル走で、ハードルを全部蹴飛ばして爆走するスタイル!

 いや、でもこれでオレの中のサフィーに対する欲求が、十割は解消された。次もあったら頑張ってくれサフィー。

 謎のやり取りをしていると、前方が騒がしいことに気が付いた。


「勇者しゃま、飛竜です! 街中に飛竜が……」


 飛竜と言われ、最初に森を横切った竜を思い出した。

 だが実際に見てみると、それとは違ったようだ。灰色の小型飛竜が二匹いただけだ。それでも充分に怖いけど。


「でも街に飛竜が出ることなんて、今までなかったのに……」


 サフィーが怯えながら言ってから、オレを見た。すると何かを思い出したようにパァーッと明るい笑顔になる。おいおい、サフィーさんあんたまさか……。


「勇者しゃま!」


 やっぱりかぁ……!

 サフィーのキラキラした瞳が言っている。勇者よ出番だぞ、と。

 無理だって、むりむり。小型飛竜といっても、さっきの恐竜モドキの二倍くらいの体格だし。

 ほら、もう衛兵らしき人達が戦ってるし、彼等に任せよう。一般人だからね、オレたちは。

 ダメだ。オレの関わりたくないオーラを、サフィーのキラキラ尊敬の眼差し光線が浄化していく。

 激しくイヤだが、仕方がない。

 邪魔にならないよう、こそこそと衛兵の背後から姿を出す。

 街の人達と兵士の間くらいでポツンと立ち尽くすオレは、物凄く目立って浮いてるんだろうな。

 そこで飛竜と目が合った。

 すると、どうだろう。飛竜の様子がおかしくなった。羽をばたつかせ、奇声をあげ始める。

 やがて飛竜は戦意を失ったようで、二匹ともどこかへ飛び去っていった。

 ……きっと兵士たちに抵抗されて疲れたんだろう。

 兵士たちも街の人もぽかーんとしている。

 その中でサフィーだけが、オレへの揺るがぬ尊敬の念を送ってきていた。

 いやいや、オレのおかげじゃないよ、たぶん。



「すごいです、勇者しゃま」


 飛竜との一件が終わってからまだ十分と経ってないが、サフィーのこの台詞はもう何十回も聞いている。

 度重なる誤解から、サフィーの中では伝説の勇者=オレの公式が完成しているようだった。

 やはりここは一度真っ向から否定しておかないと。本当は勇者じゃないし。


「あのさ、サフィー」


「なんですか、勇者しゃま?」


「その勇者の呼び名のことなんだけど、オレは勇者じゃないんだよね。だからその勇者様ってのは、止めてほしくて……」


「はい! 勇者しゃま!」


「呼び名だったら、リューキチとかでいいからさ!」


「はい! 勇者しゃま!」


「竜キチガイのリューキチだよー? ほーら覚えやすーい!」


「はい! 勇者しゃま!」


「んんん? 絶対人の話聞いてないですよね? 一通幼女サフィーさん!」


「はい! 勇者しゃま!」


 これあかんパターンや。

 どうしたものかと懊悩していたが、そこでサフィーの顔に目をやった。彼女の表情に陰りが見えていたからだ。

 サフィーも視線に気付いたのか、オレと目線を交わらせて、


「ダメですか……?」


「え?」


「勇者しゃまと呼んだら……ダメですか……?」


 彼女は堪えていた。涙が流れ出さないように、必死に堪えている。

 心が痛むのを感じた。心臓を強く握られているような、感覚もしてくる。

 彼女はきっと不安だったんだ。

 一見して平和なように見えるこの世界の裏側は、絶えずドラゴンの脅威に晒されているという事実がある。

 いつかこの街も、ドラゴンによって焼かれるかもしれない。知らないうちに、そんな拭えない恐怖を抱いて過ごしてきたのだろう。

 だからこそ『勇者』を欲したんだ。どんなドラゴンをも打ち倒す、伝説の勇者を。

 彼女も自身もそんな存在はいないと、心の何処かでは思ってたんだ。それでもオレのことを、勇者だと信じてくれている。こんなオレのことを。

 確かにオレは勇者ではない。自分の器の小ささだって知っている人間だ。勇者なんか柄じゃないし、とてもじゃないがなれない。

 だけど――


「ごめんね、サフィー。サフィーがそう呼びたいなら『勇者しゃま』って、また呼んでくれていいから」


 そう言って頭を撫でてやる。

 サフィーは泣きながら笑った。泣こうとしたのか、嬉し涙なのかぐちゃぐちゃな状態になっている。

 流れる涙をハンカチで拭いてやると、完全な笑顔に戻った。実に眩しい。


「勇者しゃまぁ!」


 抱き着いて来るサフィー。

 うほー! 嬉しいけどさ、こんな往来で人目とか気になるんだけどー!

 ……いや待て。まずいだろ。

 往来とか人目で、急に冷静になってきた。

 これどうみてもロリコンだよな。優しくサフィーを引き剥がそうにも、強く抱き着かれている。オレ、終わったな……。

 周りの人を見る。

 道行く人の冷たい視線が……あれ、なかった。

 街の人は揃って上空を見上げていた。一体なんでだ?

 そこで抱き着くサフィーの身体が異変が起こった。今も力強く腕を締めているが、彼女の身体は震えていた。

 嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感が。

 少し前からしていた。

 飛竜のときからだ。あの時サフィーは「飛竜が街で暴れるなんてことはなかった」と言っていた。

 それにサフィーが恐竜モドキに襲われたときだ。あれだって意外と街の近くで、危険そうな雰囲気のする場所ではなかった。

 あとは最初に森を横切った、あの大きい竜。

 思い返してみると、あいつが行った先は街の方角だったんだ。

 これらの出来事合わせると、一つの事実が判る。

 ドラゴンがこの街に集まっている。近付いて来ているんだ。

 何も知らなければ、馬鹿みたいに喜んだろうな。

 だがサフィーに『あの質問』をしたとき「近いうちに現れる噂がある」と答えた。

 ドラゴンは群れを成さない性質だと云われているが、これがある予兆だとしたら。

 それは、『あのドラゴン』が来るものだったら――


「ぐっ……! あ……!」


 ドクンと身体が脈打った。急激に全身が重くなり、立っているだけなのに呼吸もしにくい。心臓がありえない速度で動いていた。

 もう理解できた。これが、あいつなんだ。

 重い視界を動かし、なんとか空を見る。

 そこには一匹のドラゴンがいた。

 赤い皮膚と、眼を持つドラゴンだ。飛竜などとは比べものにならない巨体で、空中で羽ばたいている。

 こいつがレジェンド級ドラゴン……!

 圧倒的な存在感だ。羽ばたきの風圧だけで、近くの露店が破壊されていく。

 生ドラゴンを見れたのは正直嬉しいけど、それ以上に恐ろしい。

 しかもまずいことに、ドラゴンはこっちを見ている気がする。確かに往来の真中で止まって目立つけど、ロックオンには早過ぎないか。

 ドラゴンが下降を始めると、周囲の人達が逃げ出していく。

 オレはしがみついたままのサフィーが、逃げてくれることを祈っていた。サフィーだけでも逃げてくれ、と。

 情けないことに、自分の足はすくんで動かない。ろくに声も出せない。

 降下途中のドラゴンが、口を開けていた。炎を吐く気だ。

 ダメだ……。これは死ぬ……。

 最期に本当に穴があるのか確認したかった。きっと確認だけじゃ物足りない……す、すこしだけ! 先っぽだけでいいから!

 ……なに馬鹿なこと言ってるんだ。

 オレだけならいい。オレなんてドラゴンが見たいだなんて、軽率に行動して巻き込まれただけだ。自業自得だろう。

 でもサフィーは違う。

 この世界の在り方に怯えや不満を持ちながらも、こうして生きてきた。いるかも解らない勇者を信じ、平和を願って、健気に生きてきたんだ。

 そんなサフィーを、死なせたくない。

 炎が来ている。

 今になって身体が動き出した。

 逃げるためじゃない。サフィーの小さな身体を、抱き締め返すだけに取った行動だ。

 生憎と、これで精一杯だ。


「勇者しゃま……!」


 懐から聞こえるサフィーの声を噛み締め、目を閉じた。

 こういうのって熱いのか。それとも熱いとか思う前に、骨も残らず焼き尽くされるのだろうか。もうすぐ解るか……。


 ……。


 …………。


 ………………あれ?


 熱くない。もうとっくに焼かれているはずなのに。身体は何ともないようだった。

 恐る恐る、目を開ける。

 サフィーと、彼女を抱きしめる腕がある。

 オレの腕……? そう思ったのは、腕の形が違っていたからだ。

 腕全体は、黒い金属のようなもので覆われていた。

 前方を見ると、炎がオレとサフィーの目の前で防がれている。

 これは翼? ってかこれオレの背中からきてないか!? そういえば視界がヘルメット被ったみたいだし、よく見れば全身が黒くなっている。

 いつの間にか、オレの全身は漆黒の鎧によって堅められていた。


 な、なんじゃこりゃぁああああああああああ!


 サフィーもオレの変化に気付いたのか、こちらを見上げていた。

 最初は驚きに目を見開き、後に恍惚な顔をした。全体的に顔がトロンとしている。そんな雌の顔しちゃいけないよ、サフィーさん。 空から咆哮。訳解らない事態だが、ドラゴンは待ってはくれないか。

 少し強めに、強引にサフィーを引き剥がす。


「ここは危険だ。どこかへ避難していろ」


 え、何そのカッコイイ言い方。早く逃げてちょ、みたいな感じで注意しようとしたら、こんな言い方に。自分でも知らないうちに、無駄に強気になっているようだ。

 サフィーは少し驚きながらも、すぐに頬を赤くしてから、


「は、はい! 勇者しゃま!」


 パタパタと、小さな歩幅で走っていく。

 上を見ると、ドラゴンはまた口を開こうとしていた。

 まだサフィーが避難し切れてないし、地上で戦えば、街に被害が出る。

 空で戦うんだ。

 でも飛べるのか? いや、飛べる!

 その場で軽くジャンプする要領でやってみると、遥か上空まで跳んでいけた。ドラゴンのように羽ばたくイメージで高度も固定できる。

 ドラゴンはオレを脅威と捉えたのか、他に見向きもしない。

 こちらに向かって炎を吐いてくる。

 だが羽で防御するまでもない。鎧に命中した炎は、勝手に消えていく。

 更に激しい炎が直撃する。しかし何ともない。熱さも感じない。


「うおっ!?」


 炎が止んだと同時に、ドラゴンが眼前まで迫っていた。

 太い腕で叩き落とされる。

 地面にぶつかり、衝突音が響く。

 すごい音がしたけど、身体はどこも痛くない。おいおい、まさかこの鎧……。

 鎧の推察をしてる暇はない。

 巻き上がる砂塵を裂いて、ドラゴンが突っ込んできた。

 避けられない。牙に掴まり、高度が上がっていく。

 そのまま噛まれた状態で空の散歩を強要され、やがて高層の建物に叩き付けられて停止した。

 止まった後も、全力で押し付けてくる。

 意地でも、こちらを破壊するつもりだ。

 建物が軋む音が聞こえる。ドラゴンと建物の間に潰され、圧力を受けながら思う。

 やばい。やばすぎる。

 こいつの攻撃、全然効いてないぞ……!

 はっきり言って痛くも痒くもない。何このチート防具。

 だがディフェンスだけでは勝てない。反撃しないと。

 それはさっきから解っているんだ。

 でも、怖い。間近にあるドラゴンの迫力で、未だに震えは止まらないし、全身に鳥肌が立っている。

 恐ろしい。攻撃をされても効かないのは解っていても、この恐怖を拭えない。

 怖い。怖い。怖い。

 だけど何とかしないと。

 震えを止めるために、両腕で身体を囲おうとした。

 あ……。

 そこで感じた。

 温もりだ。サフィーを抱きしめたときの温もりが残っていた。

 それだけじゃない。サフィーの頭を撫でた感覚も、まだ残っている。サフィーの笑顔と涙だって、記憶に焼き付いて残っている。

 笑顔があって。

 泣き顔もあって。

 それを守りたいと思って。

 だからこそ手を差し延べたり、抱き締めたりした。


『勇者しゃま』


 聞こえてくる。彼女が待ち望んだものを、呼ぶことのできる嬉しさを持つ声で。

 そして呼べたことで生まれる笑顔を。

 オレは勇者じゃない。決して勇者ではない。


 だけど――


 震えが止まらないほど怖くても、本来愛でたいはずのドラゴンと戦えるのも。

 あの笑顔を見たいからだ。

 だから……戦える!


「おおおおおっ!」


 声を上げ、両手でドラゴンの牙を掴む。

 やれる、と信じる。

 力を入れ、牙を一気にへし折った。

 右腕に力を込めると、鎧の腕の部分から魔法陣が飛び出した。

 やり方は、全て鎧が教えてくれる。飛び方も。防御の仕方も。そして攻撃の仕方もな。


「竜潰す漆黒の鉄拳アンチドラゴン・ナックル!」


 怯んだドラゴンの顔面に、全力の拳をぶち込んだ。

 たったそれだけだった。

 打撃から凄まじい衝撃波が発生すると、ドラゴンは地面に激突し、それきり動かなくなった。

 ……ワンパンKOかよ。

 地面に深々と埋まっているのが、その威力を物語っている。

 終わったみたいなので降りる。

 いや待て、終わってない。ドラゴンは完全に沈黙したが、まだ終わってないじゃないか。

 戦闘の緊張で忘れてたけど、オレはレジェンド級に穴があるかを知りたいんだ。

 更にドラゴンが気絶してる今なら――


 やれるっ!


 ドラゴンへの欲望を再燃していると、ドラゴンの周囲に人だかりができていた。

 そして、


「ゆ、勇者様だ! 勇者様が街を救って下さったぞー!」


 誰の声かは解らない。

 しかし人々がその声に釣られ、歓声を上げ始めた。

 はいぃ!? 勇者だって? な、何を言ってるんだ?

 人混みの中から、小さな女の子が飛び出してくるのが見える。


「勇者しゃまー! 勇者しゃまー!」


 よかった、無事だったか、サフィー。

 彼女もピョンピョンと跳ね上がり、喜びを全身で表現している。

 そんなサフィーも可愛いが、今は他に興味が向いていた。『ドラゴンホール』は実在するのか。それを確かめたい。

 低空飛行でドラゴンの尻尾の部分に回り込む。

 ……あった! よく見ると、巨体には合わない小さな穴が、確かに開いていた。

 戦いによる緊張の連続と、未知の発見への興奮により、もう精神がおかしくなっていた。

 今すぐ試したい。我慢なんてできない。

 そうだ。オレの『ドラゴンホール』への探求は、これをやり遂げることで完成する。

 やり方は、全て鎧が教えてくれる。飛び方も。防御の仕方も。そして攻撃の仕方も。そして、そして『ドラゴンホール』の攻略方法もな!

 一度、鎧をパージする。

 鎧の下は、何かの仕様なのか裸だった。

 ひゃあ、とサフィーが自分の目を隠して俯いた。周囲からも歓声混じりに、どよめきが広がっている。

 だが、そんな些細なことは気にしない。

 外した鎧を、オレの股間へと一点集中させて作り出す。


 竜堕ちる漆黒の大剣ドラゴンスレイヤーだっ!!


 この伝説の剣を、竜隠す淫靡なる純穴ドラゴンホールへと差し込む! いくぞぉ! ドラゴンスレイヤー! フェエエエエエエイドゥ、インッ!

 剣から魔法陣が飛び出し加速すると、一気に突き刺した。

 貫通すると、次に待つ竜啼かす淫靡なる穴道ドラゴンロードを通り、その先へと誘われるは最終到達点である竜昇る愛欲のドラゴンルーム

 穿て! 突き抜けろ! ドラゴンスレイヤー! ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおうおぁああああああああああああああああああああっ!!



「ふぅ……」


 終わった。これで本当に終わりだ。

 事後のドラゴンは、光となり散っていった。

 ドラゴンが消滅すると、またしても大歓声が沸き上がる。勇者の誕生を讃え、人々の勇者コールは止まるところを知らない。

 皆が遠巻きで声援を送る中で、オレの目の前に立つ人がいた。

 サフィーだ。

 息を切らし、興奮さめやらぬ様子でオレを見つめている。


「やっぱり! ゆう、しゃしゃま……! でんっ説……! ゆうさしゃまっ!」


「落ち着こうか、サフィー。意味不明だからね。こう言うときは深呼吸だよー?」


「は、はい!」


「じゃあ、サフィー! 吸ってー! 吐いてー!」


「スゥーッ! ハァーッ!」


 続けて、もう一度。

 スゥーッ! ハァーッ!

 まだまだ、もう一回。

 スゥーッ! ハァーッ!

 はい、ではサフィーさん。発言をどうぞ。


「やっぱり勇者しゃまは、でんしぇつのゆうさしゃまですー!」


「言えてないっ!」


 そんなことは関係なく、サフィーが抱き着いてきた。

 こちらもテンション上がりすぎて、サフィーを抱えてグルグル回転してしまった。

 調子に乗って回転しまくってたが、


「ご主人様ぁー!」


 初めて聞く声と、背中に飛び乗って抱き着いてきた柔らかいもので止められる。

 背中越しに見ると、それは美少女だった。赤い長髪と瞳が印象的な少女だ。

 しかも裸なんですが、この子!

 そうか。この子は、さっきのドラゴンだ。ドラゴンスレイヤーで竜としての力を奪ったときに、形となって残った姿がこの子なんだ。

 前からは、首にぶら下がって抱き着くサフィー。背後からも抱き着く赤髪の子。まさに両手に花だな。

 しかし、これからどうなることやら。

 勢いでチート能力使って、伝説の勇者だなんて……。さすがに後先考えなさすぎだったかなぁ。

 でも、あのとき。

 サフィーを守りたいと思ったとき、力を使うのに迷いはなかった。

 だったら、それが答えだと思う。

 サフィーを見ると、


「勇者しゃま!」


 彼女はニッコリと最高の笑顔で応えてくれた。

 この笑顔のために戦ったのも、決して間違いじゃない。

 だけど、やっぱりオレは勇者ではないよ。サフィーは、もう何があっても信じ込みそうだけど。

 こうして街の人に讃えられても、オレは自分が勇者ではないと言い切れる。

 しつこいようだが、言おう。オレは勇者ではない。

 けれど――


 サフィーの言う『勇者しゃま』では在りたい。


 心から、そう思うんだ。

 オレはこれから、また戦うことになるだろう。

 レジェンド級ドラゴンは、あと六体も残ってるみたいだしな。

 この世界のために……っていうのは無いな。そんなのオレには重すぎる話だ。

 何のために戦うか。

 オレはきっと、こうだろう。


 勇者を信じた、一人の幼女のため。


 なんて、くさすぎか。

 おっと、何も理由はそれだけじゃない。

 オレは今日知ってしまったんだ。『ドラゴンホール』の味を、な。

 忘れられない、あの一時。もうすでに、また味わいたくなってウズウズしてきた。

 笑顔のためにも、穴のためにも、ここで残りのドラゴンたちに宣言しておこう。

 いいか、心して待ってろよ?



 お前らの穴は、このオレがいただく!

何回勇者しゃま言うんだ…

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