再会
「風、起きなさーい。電車乗り遅れるよ」
お母さんの声にゆっくりと意識が覚醒していく。ひどく長い、悲しい夢を見ていたような気がする。それがなんだったのか、いまいち思い出せない。カレンダーを見て違和感を覚えるもそれがなんなのかもわからない。時計を見て、もうあまり時間がないことを確認して、急いで支度をした。
学校の代休と三連休が重なり、四連休となったので、一人で祖父の家へと行った。もう祖父はいないが、お父さんが時々やってきて、家を綺麗に保っている。私がこの家を好きだということを知っていて、取り壊さず、売らず、そのままにしていてくれているのだ。もちろん裏の森にある小屋もそのままである。
何もかもいつきても同じ光景で、ここにくると安心する。書斎の本棚の中で倒れていた一冊の本が目につき、元に戻す。よく見るとそれは本というよりは手帳に近いのかもしれない。中が気になり、ゆっくりとページをめくる。どのページも真っ白で、なにも書かれていない。最後のページの1ページ前にようやくインクの跡を見つけ、一度深呼吸をしてからそれをめくる。なんだか悪戯をしている子供のような気分になり、変に緊張した。
「風は未来へ返すべきだ。風を守りたいならば。未来は必ず変えることが出来る」
力強い文字。私はこの字をどこかで見た。いや、どこかでじゃない。ここで、だ。この言葉はどこかで聞いた。緑がいっぱいの場所で。
ギィ、と玄関のドアの開く音が聞こえる。私はその手帳を抱え、そっと書斎をでる。ドアは開いたまま。逆光で入ってきた人が影にしか見えない。その人は後ろ手にドアを閉め小さく、驚きを隠せないように呟いた。
「風……」
「誰、ですか?」
誰、なんて聞かなくてもわかってるはずだ。心が苦しい。思い出してって叫んでる。けれど思い出せない。記憶に鍵をかけられている、そんな感じ。忘れてるか、なんて寂しそうに笑って欲しくない。そんな無理した笑顔見たくない。そう思うのに、思い出せない。言葉も出てこない。
「思い出せない……か……」
小さな小さなその声がひどく耳に響く。今にも泣き出してしまいそうな表情を見ているのが耐えられず、思わず抱きしめていた。名前も思い出せない、その人を。
「そんな顔、しないで」
声を絞り出す。抱きしめている腕にさらに力が入る。その人は恐る恐るというように、優しく抱きしめ返す。
「俺は緑。5年前ここで会った。ずっと待ってたんだ。君がここに帰ってくるのを。無事に未来に、この時代に帰ってこれたのか、心配だった」
声が震えている。ひどく安心したようにも聞こえる。懐かしい。そんなふうに思う。
「緑……守ってくれてありがとう。5年前のこと思い出したよ、緑。全部、全部。ありがとう」
緑の目を見て囁く。涙が次から次へと溢れ、とまらない。
全ての記憶が蘇り、悲しみも押し寄せた。けれど今こうして笑いあえる。
今ある平和がいつまでも続くわけではない。しがみついて、がむしゃらに守らなければいけない。
大切なものを失わないために。
長い時間がかかりましたが、ようやく終わりを迎えることができました。
自分の連載作品の中で初めての完結を迎えることができ、ほっとする一方まだまだだと実感しました。
なかなか書くことのないジャンルだったので、新鮮で楽しかったです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。