帰るとき
やっと書けました。次で最後になるんじゃないかなと思っています。
「作戦を決行する」
ヤマトと呼ばれる反政府組織に歓迎されてから一週間も経たないうちに、市川さんは私たちにこう告げた。
市川さんは直接それを伝えるためにわざわざ私たちのところへやってきた。
「ごめんね、急にこんなこと言って。まだ状況がつかめていないだろうけど、ついてきてほしい。それと、ひとつお願いがあるんだ」
いつにもなく真剣味を帯びた瞳は悲しげに揺れている。私はこの瞳を知っている。大事な人を失い、どうしようもない悲しみにくれる。そんな瞳。理不尽に虐げられた瞳。緑とよく似ている。なぜだかそんな風に思った。今まで一度だってそんな風に思ったことはなかったのに。
「まず、君たちがまだ僕のことを信用しきっていない、と言う前提で話を進めようか」
緑も私の隣に腰掛け、興味深そうに耳を傾ける。
「風ちゃん君は、未来から来た、と言ったね。それはね僕もなんだ。……驚くのも無理はないだろうね。僕が戦争を体験したのはまだ5歳の頃だった。家族は戦争で死んだ。風ちゃんよりもずっと先にこの時代に来たんだ」
あの深い悲しみの目の意味がやっとわかった。未来を変えるために必死で必死で私よりもたくさんの苦労をしてきたのだろう。
市川さんが生まれた時代は私の記憶と一致した。緑も信じられないというような表情で市川さんの手元を見つめる。
周りの木々のざわめきが、うるさいぐらいにひときわ大きく聞こえた。それと同時に周りの景色が一変したように思ったが、もう一度見たときは目の前に市川さん、隣には緑がいた。
「どうかした?」
緑の問いかけに、なんでもないと答える。
市川さんは作戦の詳細を聞き、その日はそのまま別々に過ごした。
作戦の前日、緑はいつもより穏やかな雰囲気をまとい、散歩に行こうと言い出した。森の中を通る小道をゆっくりと歩く。緑の雰囲気に包まれて、私も穏やかな気持ちになる。
「ねぇ、風。俺らの……風たちの未来で起こる戦争を本当に止めたい? その先にある未来が、君にとって最もよかったと思えるような未来でも……」
「お父さんも、お母さんも死んで、そのあとどんなに幸せな未来でも、私はよかったなんて思えない。思わない。だから何があってもあの戦争を止めたい」
そっか、と少し寂しそうに笑って、止めていた歩を進めた。それからしばらく沈黙が続き、いつもと違う緑の雰囲気が少しだけ異様に思えた。
急に立ち止まると、緑は私の手を引いて駆け出す。されるがままになった私は、どこへ向かっているのか全く分からない。
「風、君は帰るべきだ、元の時代に。ここにいてはいけない。そのままここにいたら、君が消えてしまう。それだけは嫌なんだ。どうしてもそれだけは!! 心当たりがあるだろう? 」
何を言っているのか理解するまで数秒かかり、私は手を振り払った。緑も走るのをやめる。私が立ち止まった場所は、この時代へ来た時に倒れていた場所だった。
「最後まで、みんなと一緒に戦いたい。何もできないなんて、手が届くのに何もしないなんて、いやだ!!」
緑が私を抱きしめる。もう緑が何を考えているのか全く分からない。
「少し話をしよう。あの手帳の話を。……あの手帳にはほとんどページは何も書かれていない。けれど一番最後のページに3行だけこう書いてあった。『風は未来へ返すべきだ。風を守りたいならば。未来は必ず変えることができる』って。俺は風を守りたい。だから、君を未来へ返す」
そう言うと緑は私から離れる。私の足はその場に縫い付けられたかのように動かない。「いやだ、いやだ」と子供のように叫ぶが、緑は少し寂しそうに笑うだけ。
「未来で会おう。俺もすぐにそっちへ行く。だから忘れないで、俺のこと。次逢った時はどんなわがままでも聞くから。今は俺のわがままを聞いて、最初で最後のわがままを……」
意識がだんだんと遠くなる。嫌なのに、体はいう事を聞いてくれない。もどかしいと思いながら、私の意識は完全に途切れた。
「ここからが本番だ」
風が未来へ帰ったのを見届け、踵を返し市川大臣のもとへ向かった。