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この物語は「エッセイ村 春の収穫祭」にて、プロット交換を行い、七草せり様のプロットで物語を書かせていただきましたものです。
短編にしきれず、連載という形になりました。
まだまだ、文章構成などうまくないですが、温かい目で見守ってください。
西暦2000年
今や世界に希望などない。全ての人が悲しみと絶望に染まり、生きることに唯々必死になっていた。
起こしてはならなかった戦争。核戦争が勃発し、今や核を使うことは当たり前。「核を使ってはいけない」そんな言葉がもともとなかったかのように、消えていた。
核シェルターを買えるほどの裕福層の人たちは、まだ幸せだと言ってもいい。私たちのような普通の家庭では高すぎてとても買えなかった。そして、いつ家族が被爆するかと怯えていた。
私はいつものように学校に行き、放課後シェルターのあるお屋敷でメイドとしてバイトをしていた。両親は今日は仕事が休みで、家でゆっくりしていると言っていた。だから今日は早めに帰らせてもらうつもりだった。
私が担当しているのは5歳になったばかりのお嬢様のお世話。いつものようにお嬢様と遊び、絵本を読んであげていた。時計をちらりと見やり、そろそろ時間だなと思った直後、部屋にサイレンが鳴り響いた。
核兵器を積んだ飛行機がやってきた合図だった。私は両親のことを思い駆け出していた。部屋を出る直前、お嬢様の泣き声が部屋に響き渡り我に返った。「任された仕事は全うしろ」と言う父の言葉を思い出し、お嬢様のもとへ行きシェルターへと向かった。
どうか、どうか、両親がシェルターのある場所に行けていますように……。
あれから一夜明け、私はクビにされた。理由は簡単だ。こんな時にバイトを雇って、これ以上の出費をしないためだ。
私は急いで家に帰った。空は厚い煙の雲に覆われ、太陽など見えなくなっていた。
裕福層の住宅地を抜けると、そこは何もなかった。もともと家があったはずの場所にはやはり何もなく、私はその場に立ち尽くした。
何もかもが信じられず、涙も何も出なかった。ただ、握りしめた拳から、かみしめた唇から、血が滲んだ。親類は誰もおらず、独りになった。まだまだ元気だった、いつも私を励ましてくれていた両親を、あっけなく、糸をほどくよりも簡単に殺してしまった。ただ自国の勝利のために、どの国も行っているその行為を、初めて身近に感じ、初めて怒りを覚えた。両親がいなくなってしまった私はどうやって生きていけばいいのだろうか?何を希望にして生きていけばいいのだろうか……?
何もわからず、何も考えれずに、とぼとぼと歩いた。
自分がどこを歩いてきたのかなどわからなかった。でも、そこは見知らぬ土地で、まばらながら人がいた。
泣いている人や呆然と立っている人、座り込み頭を抱えている人がいる。反対に家族との再会を喜んでいる人や家族の生存が確認でき喜んでいる人もいた。
私はそんな人を見ながらも、生存確認掲示板へと向かった。そこには思ったよりの多くの人の名前が書かれていた。私はゆっくりと一語一語確かめていった。何度も何度も読み返したがそこには両親の名前は記されていなかった。
そこでも私は泣くことはなく、踵を返すとまた当てもなくとぼとぼと道を歩いた。
ほどなく日が暮れ、あたりにはまばらながら光がともっていた。その光も掘立小屋のような家から洩れてくる、小さくて、淡い光だ。小さいながらも笑い声が聞こえ、とても楽しそうに過ごしているようだった。
……まだあれから、2日しか経っていないというのに。
そんな思いが頭の中を駆け巡り、首を振ってその考えを頭の端に追いやった。
ガッ
思いっきり家であっただろう木片に足をぶつけ、痛さのあまり思わずうずくまった。目尻が熱くなり、ジワリと涙がにじんできた。頬を伝うそれは、止めようと思えば思うほど、どんどんあふれてくる。そしてついには、何もかも耐えられなくなり、人目も気にせずに、声をあげてわんわん泣いた。
「どうしたの?」
突然かけられた、優しい温かい声を聞くと、どうしても止められなかった涙がぴたりと止まった。
声がした方には、1人おばあさんが立っていた。
物腰の柔らかそうな、優しそうな人だった。その人は、私の前まで来るとそっと手を差し出し「泣かないで」と言った。その姿がなぜかいつの日かの母の姿と重なり、またジワリと涙がにじんだ。おばあさんは私の前へきてしゃがみ込むとそっと私の涙をすくった。
「あなたはかわいいんだから、こんな人前で泣いたらたくさんの人が心配するわよ?」
私は「たくさんの人たちが心配する」という言葉で、涙をぐっとこらえた。おばあさんは満足そうに笑うと何もかもわかっているような様子で立ち上がり「ついてきなさい」というと私の返事も聞かず、さっさと歩いて行った。わけもわからず、でもなんだか「この人は大丈夫」だと思え、急いで立ち上がるとおばあさんの後を追った。
おばあさんはそれから私を養ってくれた。やっと訪れた平穏の日々に、私の心に余裕が出てきた。
両親の死も受け入れることができ、遺骨はまだないけれど、小さなお墓を作った。そこに私は毎日欠かさずに足を運ぶ。そして、少し話した後、おばあさんの元へ行く。それが、あれからの私の日常。
今日もいつもと変わらぬ朝を迎え、お墓に足を運んだ。
「今日も一日が始まりました。おばあさんの助けになれるよう、頑張ります」
手を合わせ小さくつぶやくと私は立ち上がり、一礼してから踵を返す。
「風ちゃん。ご飯できましたよ〜」
おばあさんの呼びかけに返事をして、小走りに家へと戻った。
小さな平和は長くは続かなかった……
人々も落ち着きを取り戻し、元の生活……とまではいかないが、それなりに生活できるようになってきていた。人間の慣れとはすごいものだ、と改めて思う。
何万という人が死んでしまったというのが、もうどこか遠い過去のように思える。けど、私の周りを囲む光景がそれを許さなかった。
そんなことを思いながら、おばあさんに頼まれていたものを買い、ゆっくりとけれども道を踏みしめて楽しかった頃の思い出に浸りながら、おばあさんのもとへ帰った。
私の家の前に人だかりができているのが見える。嫌な予感が体中を電撃のように駆け巡る。持っていた荷物をぎゅっと抱きしめながら、急ぎ家へと帰った。
「どうしたんですか?」
近所に住んでいた美咲さんに尋ねると、青白い表情で私を抱きしめた。わけがわからずかたまってしまっている私に向き合い、震えた声で私に告げる。
「おばあさんが……亡くなったわ……」
口元を押えおえつをこらえながらも、ぼろぼろと涙をこぼす美咲さんの姿がぐにゃりと歪み、気が遠くなった。けれど、美咲さんの弟である颯天君に支えられ、気を取り戻した。
疑うわけではなかったが、認められずおばあさんの部屋へ行った。
簡素なつくりのベッドの上にいるおばあさんは、笑顔だった。だけど、血の気がなく肌は冷たくなりかかっていた。
後日、近所の人と仲の良かったおばあさんはその人たちに見送られた。
その時美咲さんが、おばあさんが亡くなった時のことを教えてくれた。
おばあさんは美咲さんを呼び出し、私に伝言を残したのだという。
「諦めないで、前を向いて生きて」と………。
人のいなくなったおばあさんのお墓の前で、私は泣き崩れた。私の泣き声が響き渡り、私はそのまま糸の切れた人形のように気を失ってしまった。
温かく、穏やかな風と小鳥の静かなさえずりで、私は目を覚ました。最近では全く見なくなっていた、太陽の柔らかな日差しとたくさんの緑に目を疑う。おもわず何度も瞬きを繰り返し、目をこすった。何度見ても変わらない光景に、私は夢を見ているのだろうか……?と疑ってしまった。だが、疑う余地もないほど見慣れた光景でもあった。風の感触も、木々の香りも、鳥たちのさえずりも数年前まで、毎日のようにあった光景だった。
とりあえず起き上がると、自分の身の回りの状況を確認する。危険なものもなさそうだったため、私は懐かしさを胸の奥に押し込め、歩き出した。
しばらく歩き回ると、どこからともなく歌声が聴こえてきた。透き通るような美しい声だった。声のするほうへ導かれるように私は歩いて行った。
すると、少年が一人、切り株の上に座りながら歌っていた。
少年の周りには森の動物たちが集まり、歌を聴いているようだった。
ガサリ、と私の立てた物音に驚き動物たちは四方へ逃げて行った。少年もこちらを振り向き,
不思議そうにこちらを見やる。静かに近づいてくるその少年は、私の目の前まで来ると足を止め私にふわりと笑いかけた。
「見ない顔だね、君。名前は?」
「それよりも今、西暦何年?」
一瞬驚いたような表情を見せた後、思い出すようにして答える。
「1995年だったかな」
「1995年………5年前……?……どうして?ありえない……」
一人つぶやく私を不思議そうに見つめ、少しだけ笑った。
「俺は緑。あらためて聞くね。君、名前は?」
緑と名乗った少年に、困惑気味の頭で「……風」と静かに答えると、「いい名前だな」とつぶやいた。
緑は自分のことをたくさん教えてくれた。何が好きか、嫌いか、自分の今ハマっていることや昔から好きで続けていること、自分の歳。その代わりとでもいうように、私のこともたくさん聞かれた。
「15…一緒だね。でも、不思議だな。君が未来の人だなんて」
「信じられない?」
そう言うと、緑はゆっくりと首を横に振り、「あってもいいんじゃない」と笑った。
そんな風に受け取ってもらえて少し安心したのか、心は落ち着きを取り戻し、物事が考えられるようになった。そして、これからのことを考え始めた。
「風はここに、家がないってことだよね?」
「うん。もしかしたらあそこにきれいな空き家があるかもしれないけど……」
「あそこ?」
「そう。森の奥に小屋があるの。5歳の時のことだから、あるかどうかわからないけど……」
その小屋が気になると言われたので、あまり教えたくない場所だったが緑が誰にも言わないと約束してくれたので、渋々連れて行った。
「すごいな……。誰が作ったの?」
「私のおじいちゃん。もう死んじゃったけどね」
「ホントすごいね。今もきれいだし、つい最近まで手入れしてたみたいだ」
先に中に入った緑は感嘆の声を漏らし、いろんなところを見ていた。私も久しぶりの小屋に心を躍らせながら入る。すると緑の言った通り、中はとてもきれいでなぜか知らないけれど、布団まであった。
「ねぇ、誰か住んでるんじゃない?」
部屋をきょろきょろと見渡す。生活感があるが、毎日ここにいるわけではなさそうだった。
「あ!」
突然声を上げた私に驚きながら「いきなり、何?」という緑に対し、少し興奮気味に私は言葉をつづける。
「多分、おじいちゃんが来てたんだ。いつでもあたしがここに来れるように……」
「でも、死んだんじゃ…?」
「1週間ほど前にね…」
緑から日付を聞いたときに思い出したのだ。そしてこの小屋に来て、小さい時のことをはっきりと思いだした。私は落ち着くまでここに住むと決め、すっかり暗くなってしまったあたりを見て、緑に話かける。
「帰らなくても大丈夫なの?」
「あぁ、今日帰ってこないから、両親。だから、泊まっていってもいい?」
小さな子供の様に目をきらきらと輝かせながら、尋ねられ、私は頷かずにはいられなかった。
2人掛けの椅子には、クッションがあったので緑はそこで寝ることなった。掛布団は冬用と夏用があったので、夏用を貸した。少し肌寒いから冬用を貸してあげようとしたら「いいよ、大丈夫」と断られてしまった。晩御飯は、なかったが私も緑も何も言わなかったので、食べなかった。いろいろとあり疲れていた私は、布団に入るとすぐに深い眠りについた。
「風…。君はあの子なのかな…?」
緑のつぶやきは夜の風に溶けて消えた。
温かい太陽のまぶしい日差しで目を覚ますと、もうとっくに起きていてどこから持ってきたのか、パンを食べていた。
「おはよう。これ、いる?」
こくり、と頷くと「はい」と言ってパンを2つ差し出してくれた。一度家に帰ったらしい緑は、いろんな生活用品をこの小屋に持ってきていた。
「しばらく遠出するって言っておいた。夏休みだし、あの人たちは気にしないから、俺のこと」
私の視線をたどり、さらっと答えるとまた何事もなかったかのように、持ってきていた新聞を読み始めた。
本気でここに寝泊まりするつもりなのか、という驚きと、人が近くにいるという安心が生まれた。
そんな日々が何日も続き、私の中にはあのころの日々が薄れていった。
緑もいつも何事もないようにここで過ごしていたので、それが当たり前の日常となっていった。
中傷などはやめてください。