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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第二章 トンプル宮
8/52

2ー4

「エリか。いたのか。」


そう言いながら王太子は手すりに身を乗り出して下を覗いた。


「驚かせてすみません。あの、もしかして笛が落ちましたか?」


私もつられてベランダの下を覗くが、ここが二階とはいえ外はもう暗くなりかけているので、視界は良好ではない。私のせいだ。私が急に声を掛けたりしたから……。


「待ってて下さい。私、探して来ます。」


「待て。もう暗い。明日人に探させる。」


そう言いながらも王太子はまだ手すりに貼り付いている。大きなベランダを一つ挟んでいるので表情は分からないが、声に焦りを感じるのは気のせいだろうか。

あんなに心のこもった演奏をする笛なのだ。大事な笛に違いない…。落下の衝撃で壊れていたらどうしよう…。


「まだ少し明るいですから、見て来ます。」


「良いと言ってるだろう。……どうせ罪人に貰った物だ…気にするな。」


二人の間の距離のせいで後ろの方が良く聞こえなかったが、罪人、という言葉は聞こえた。

罪人………?

流罪になったという王太子のお母さんの事ではないだろうか?

とても大切な笛だったのだ。

私はそう思うとベランダから部屋に戻り、ランプを片手に廊下へ飛び出して一階へ降りた。外へ出てベランダを見上げると王太子がまだいた。


「よせ。良いと言ったのに。エリ!」


王太子の立つベランダの真下は植え込みになっており、私は左手にランプを持ちながら右手で茂みをガサガサとかき分けて探した。

見つからない。

茂みの奥まで入念に見たがなかった。転がったのかも知れない。私は立ち上がって後ろを見た。トンプル宮は池に囲まれている。建物から数メートル先は池だ。

そういえばベランダにいる時に水音が聞こえたではないか!

私は池に駆け寄り水面を照らした。水面がランプの明かりを反射してしまい、逆に良く見えない。ランプを置いて両手をつき、身を乗り出して池を覗く。ベランダから王太子が何やら叫んでいるが、私は無視した。

その直後。


ドサッ、ガシャ!

とすぐ後ろに何かが落ちる音が聞こえたかと思うと、地面に王太子が転がっていた。


「いってぇ…。」


足首を押さえて悶絶する姿にギョッとした。ベランダから飛び降りたのだ。


「大丈夫ですか!?」


王太子は痛みに顔を歪ませて私を見上げると、私の腕を乱暴に掴んだ。


「肩をかせ!捻挫したかもしれん。…明日で良いと言った筈だ。俺に何度も同じ事を言わせるな!池に落ちるかと思ったぞ。」


ごめんなさい、とひたすら謝る私を宮の中に引っ張っていきながら、幾らか声を和らげて王太子は続けた。


「明日明るくなったら人に探させるから、もう忘れろ。俺の不注意だ。」


私は未練がましく池を見つめたが、確かに暗くて探すのは無理そうだった。

明日、朝起きたらすぐに探そう。


「足、痛みますか?誰か呼んで来ましょうか。」


「必要ない。これでも昔は良く飛び降りたんだ。久々にやるとこたえるな。」


でも、と反論しようとした私の肩を王太子はギュッと押さえた。手が、とても熱かった。


「誰にも気づかれたくない。また脱走しようとしたと思われたくないんだ。分かったな?」


私を覗き込む強い瞳に気圧され、私は大人しく頷いた。


部屋に戻ると落ちた笛と王太子の言った事が頭を離れなかった。『また脱走しようとした』とはどういう事だろう。

だって彼の事を私は何も知らないのだから。ここには暫くの間滞在するだけのつもりだったから、関わるのが何となく怖かったのだ。

でもそんな風に考えた私は、嫌なやつなんじゃないかな?王宮の謁見の間でデカい事まくし立てたのに、人ときちんと関わるのを避けるのは都合が良すぎるだろうか。しかも仮にも一つ屋根の下に住んでいる人だというのに。王太子との付き合い方が分からない。踏み込んではいけない気がしていたのだ。


翌日、朝日が昇ると私は直ぐに池へ向かった。早朝の池と庭園は静寂に包まれ、吐く息もまだ白い。


「あった!」


池を覗き込むと鈍く銀色に光る笛が沈んでいるのが見えた。見つけられた事には安堵したが、さてどうやって取ろう。手を伸ばして拾える深さではない。棒か何か欲しい。クマデがあれば丁度良さそうだったが、人に頼むのも申し訳ない。私の責任なのだから自分でどうにかしなくては。


橋を渡り庭園をぶらついてみた。手入れが行き届き過ぎて、木の枝一つ落ちていない。


「しょうがない。」


庭園の低木の一つに目星をつけると、私は腕を伸ばし、えいっ、と枝を折った。長さにして90センチほどの太い枝だった。…まあ、このくらいなら取っても怒られないだろう。枝の先に葉がワサワサと付いていて邪魔だったが、むしるのも手間だ。

私は池に戻り、枝を手に屈んだ。一度顔を上げると庭園の向こうにある、王宮の前を通る道に青服剣士集団が見えた。近衛隊が王宮の周囲を行進していたのだ。

こんな早朝からもう出勤しているのか。一体彼等は何時に起きているのだろう。

彼等に見つからないうちにサッサと済ませよう。枝を水面に突っ込むと、私はにやけた。イイ感じだ。長さがピッタリだった。

ホッとしたのも束の間、水中で枝がしなり、反動を受けた笛が更に遠くへ行ってしまった。チッ、と思わず舌打ちしてしまう。

腰を動かし、細心の注意を払いながら枝をもっと遠くへ動かした。葉が水を吸い、予想外に重い。ふと視界の端に青服剣士集団が映った。庭園を横切ってこちらへ向かって来ているではないか。気づかれたか。朝早く池の端で木の枝を振り回している異世界の女はさぞかし不審なのだろう。

一旦水中から枝を引き抜こうとした私は、その思わぬ重さに重心がぐらつき、

落ちる!!

と思った瞬間にはもう水面は目の前にあった。


あまりの水の冷たさに、私は一瞬気を失うのではないかと自分で思ったほどだった。痛みにすら近い水温から早く逃れようと池のふちに手を掛け、思い直した。

今笛が取れるじゃないか。

笛はすぐ足もとにあった。人工池とは言え、池の水が綺麗だとは思えないので目をギュッと閉じると、水中に潜り手で笛をまさぐった。顔を襲う冷たさに以上に頭皮が感じる冷たさの方が強いのは不思議だ。ダメだ、息が続かない。

私は一度水面から顔を出し、酸素を補給すると再び潜り、指先に触れた筒状のそれを鷲掴みにし、浮上した。


「何をしている。」


頭上から池より冷たい声が降ってきた。




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