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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第七章 再び、王宮へ
45/52

7ー3

その地下倉庫に足を踏み入れたのは、私がこちらの世界に召喚された日以来だった。

石造りの壁にはランプ台が等間隔で埋め込まれ、ケインが準備したのか灯りが既にともされていた。相変わらず様々な大きさの木箱が並べられており、私はその中に当初投げ捨てられた事を思い出した。


「あの日、ウーバを呼び寄せるはずが、君が現れたから、本当に驚いたよ。」


感慨深く口を開いたケインに私は心の中で答えた。

あの日、安眠を貪る金曜日の夜になるはずか、ここに誘拐されたから、本当に驚きましたよ。


ケインは宙に向けて右手を構えると大きく深呼吸した。


「今から、ウーバをここに呼び寄せるからね。気を乱さない様に静かにしていておくれ。」


ウーバを呼ぶ?

ケインは人体移動術を又ここでやるつもりだろうか。

さっき言っていた三人とは、その暗殺者を入れた人数だったのか。

私の心の準備が出来ない内に、ケインはブツブツと低い声で呪文を唱え始めて、やがてカタカタと空気が震える様な感覚があった。肌に、鼓膜に、骨に伝わるその細かな振動が突然消えたと同時に、ケインの右手の先に例の暗い穴が出現した。

さながら地下倉庫の闇をかき集めて作り出した様な、ぽっかりと開いたその奥行きの見えない空洞に、私が見惚れていると、ケインはこちらを振り向いた。

その表情はかなり奇妙だった。ケインはまるで私を初めて見る人の様な、一種軽い驚きを含んだ顔で私を凝視していた。

なんだろう…。又何か私がよこしまな妄想にふけったせいで、術が定まらない、とか言いたいのだろうか。指摘される類の事は何も考えていなかったと自覚しているけど。


「君は…。」


動揺からか、やや間の抜けた声でケインは何かを言いかけてから、軽く首を振って口を閉ざしてしまった。そのまま気を取り直したかの様に呪文を唱える。

なんだったんだ。気になるじゃないか。

ケインは呪文を終えると、その右手を穴へと差し込んで行った。険しい顔で右手を肩先近くまで深く差し入れると、ふいにその手を穴から引き抜いた。

その手に手首を掴まれ、穴から引きずり出される格好で一人の男が現れた。私は思わず後ずさりした。同じこの場所に、少し前にこうして自分も石畳みの上に、這いつくばっていたのだ。男の驚愕に満ちた顔は、いつかの私のそれと全く同じものだった。

男は茶色い長髪を後ろで簡単にまとめ、あまり王宮では見かけない、浅黒い肌をしていた。なぜかその手に、フォークが握られている…。


「なんだ!?こ、ここは、どこだ?」


「イルドアの王宮へようこそ。久しぶりだね。」


男はフォークをケインに突きつけながら、立ち上がった。武器がわりなのだろうか。

立つと男のボディビルダー並みの体格が、私に威圧感を与えた。


「……あんた、以前依頼にきた魔導師じゃないか。これはどういうつもりだ?」


「あの依頼は僕の失敗のせいで流れてしまったからね。今、依頼を受けて欲しいのさ。約束通り、謝礼はここにあるよ。全部純金コインだよ。僕ですら集めるのは容易じゃなかった。」


「こんな風に突然依頼を実行しろと言われても困る。俺は最低でも実行日の一週間前までしか受けない主義だ。しかも俺の都合は無視か?こちらはまだ夕方で食事中だった。」


怒りを隠さぬウーバにケインは長い服の下から、黒い布袋を取り出して振って見せた。硬貨がジャラジャラと鳴る音がした。


「又と無い機会なんだ。王太子は毒を盛られて重体で医務室にいる。その上、犯人は地下牢に既に捕らえられているから、警備は甘い。急で済まないけど、礼は本当に弾むよ。」


犯人、と言うくだりでケインは私を顎で指した。一瞬ウーバの鋭い目がすぼめられ、私を訝し気に見つめた。


「誰だ、この女は。南の民か…?」


「君の代わりに王太子暗殺の罪を被って、絶対に捕まらない場所に行く予定の人だよ。王太子に毒を持った罪で投獄されていたんだけど、牢番を殺して脱獄してね。」


私は自分の足が震えるのをどうにか抑えようと踏ん張っていた。ケインは脱獄と新たな殺人の罪まで私に全部着せるつもりなのだ。……救い難い悪人だ。

私はまだ牢の鍵を自分が握らされていた事実に気付き、血のついたそれを床に落とした。


「だが武器が無い。フォーク一つでは仕事はできん。」


ウーバはそう言って肩をすくめた。


「ぎゃーっ!何するんですか!放せスケベ…っ!!」


ケインがおもむろに私にしがみついてきて、ドレスを腰のあたりで絞っている飾り紐をほどき出した。脱がせる気かっ!?ついに頭がおかしくなったのか!?

私のパニックをよそに、ケインは飾り紐を私から強奪すると、私の体を解放した。


「この紐でやってくれないか?病人の首をやるには充分だろう?」


私はその飾り紐が寝ている王太子の首に絡みつく光景を思い浮かべてしまい、首を激しく横に振った。

ウーバは紐を受け取ると、いいだろう、この依頼を受けよう、と低く呟き、パッと顔を輝かせたケインに背を向けて、地下倉庫を飛び出して行った。


残された私とケインは重苦しい沈黙の只中にいた。私は余りに恐ろしく、尋ねずにはいられなかった。


「ケインさん、ウーバを召喚して大丈夫なんですか?王宮にいる他の術者に気取られたりしないんでしょうか。」


「ああ、このくらいなら平気さ。異界との空間を開けたわけじゃないからね。」


私は自分の呼吸の音がこれほどうるさいものだと感じた事は無かった。指先まで緊張感で張り詰め、動けなかった。ケインは語るに落ちていた。私を元の世界に戻せば気取られる、と断言したのだ。

私の逃亡を助けた罪を背負ってくれる覚悟がケインにあるとは思えなかった。この男は私をどうするつもりだろう。


ケインにバレない様に、倉庫内に並べられた木箱の蓋を一つ、そっとズラして中を覗いてみた。

空っぽだった。

術の成功に必要不可欠なはずの日本の雑誌達は、やはり無いらしい。


ウーバが戻るのを待つ地獄の静けさの中、私はもし王太子に本当に何かあったらどうしよう、と不安で仕方なかった。

ケインと二人で地下倉庫でジッとしているのは途方も無く苦痛で長く感じた。

もう夜が明けるのでは、とさえ思えた頃、前触れも無く地下倉庫の扉が開き、私とケインが素早く顔を上げるとウーバが立っていた。


「うまくいったかい?」


ウーバは表情一つ動かさず、ケインの前へ進んだ。


「ああ。あんたの依頼通り、王太子を絞殺してきた。謝礼を頂こうか。」


嘘だ。

私はこんな展開は信じたくなかった。

両手を握りしめて、後ずさりし、木箱の一つにぶつかった。意外と重いのか、木箱は全く動かなかった。

ケインは謝礼をウーバに渡すと、私の方へやって来た。


「さあ、では君を元の世界に帰してあげるよ。」


ケインが手を構え、空間を揺さぶり、もう何度目撃しているか分からない虚無の穴を広げる様を、私は微動だにせずに見ていた。





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