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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第七章 再び、王宮へ
44/52

7ー2

「私は、ケインさんが会いに来たら、オトリとしてどう振る舞えば良いんですか?」


「ケインに従う振りをしてくれれば良い。後は我々が善処する。」


もはや私がオトリである事を否定する気すら無いらしい。


「聞いても良いですか?大佐は初め、私に王子達と関わるな、と言っていたのに、いつから私を全面的に利用しようと方針転換したんですか?」


「全面的に利用しているつもりは無い。だが結果的に利用している事実は否定しようが無いな。」


大佐は言葉遊びをしているつもりか。


「……そうだな。お前が、王太子の好意に無邪気に応えようとしているのを見せつけられた時から、私の中でお前を遠ざけたいという意識が変化した。………つまらぬ嫉妬だ。気にするな。」


ここがこんな場所でなかったら、私も別な反応が出来たかもしれない。が、私はつまらない事を言われたとでもいう様な、能面顔で話を聞くしかなかった。

二人きりで見つめ合っていると、どうしてもはっきりと確かめたい衝動に駆られるーーー大佐にとって、昨夜私達が関係を持った事はどれくらいの意味を持っていたのかを。

私だけが身も心も一方的に翻弄されているのは、フェアじゃない。

けれど他方では、自分が傷つくだけの結果になるのが怖くて、あの夜の行為を話題にする事に怯んでしまうのだった。


「妬く様な気持ちを持てる女性を、……大佐はこんな場所に押し込められるんですか?……ここは底冷えするし、汚いし、こ、怖いです。っていうか、牢屋だし!一秒だって長く居たくありません。」


まずい。不覚にも涙が出て来そうだ。

良い年をしてそれはちょっとイタいぞ、私。

それに大佐は女々しい女が嫌いそうだからな。

でも私だっていい加減、文句を言ったって良いはずだ。

すると大佐は目尻を少し下げ、こどもに優しく言い聞かせる様な口調で言った。


「無理をさせているのは重々分かっている。だがこれが一番自然で危険が無い方法なのだ。」


大佐は一歩私に近付いてから、一転して鋭い眼光で私の目を捕らえた。その逸らす事を許さない強さに私は幾らかたじろいだ。


「私は望んでいるものを一つたりとも諦めるつもりは無い。強欲となじってくれても良い。………だが、もうエリにも後戻りはさせない。その機会は過ぎたのだ。」


私はとんでもない男に惹かれてしまったのかも知れない、という考えが頭をよぎった。或いは、目を付けられたのが最後だったのか。


「ケインにはくれぐれも注意してくれ。」


「ケインさんだけでなく、大佐も相当危険な人だと、今更分かってしまいました。」


もうそう言わずにはおけなかった。しかしながら、大佐は私の嫌味を聞くや目線を緩めて、美の化身かと思わせる凄絶な笑みを私に披露した。


「それは遅きに失したな。」


ああ、もう本当にその通りだ。振り返るタイミングはいくらでもあったのに、私が自分でそれを悉く潰してきた気がする。私もメルティニア王女を非難する資格なんて無かったのだ。

恋は盲目だ、なんて。


大佐は私を地下牢に一人残して出て行った。

そうなってしまえば、私にできることは目下ケインを待つ事だった。やる事が無いので寝台に座り、暇潰しの代表格である一人しりとりをして遊んだが、やるほどに虚しさが募った。何というか、鬼ごっこを一人でやる様な感覚に似ていた。

もしかするとケインは来ないのでは、とやきもきし出した頃、足音一つ立てずにケインが地下牢にやって来た。例の黒ずくめの全身黒マントの装束が、薄暗い地下牢に非常に良く馴染んでいた。

私は背筋を伸ばし、全身に緊張感をみなぎらせた。


「参ったね。実に困ったね。もう少し君は賢くやってのけてくれると思っていたのに。」


地下牢にちょこんと座る私を見るなり、ケインは言った。


「何だって近衛兵なんかに捕まってしまったのかい。全然待ち合わせ場所に来ないから、何があったのかと思えば。」


私は道に迷ったのだと弁解した。するとケインは口を尖らせ、不服そうに言い募った。


「しかも王太子はまだしぶとく生きているそうじゃないか。いくら彼が毒に慣らされて育っているとは言え…。君、ちゃんと全量使ったのかい?」


「使いましたよ。ただ、パンに混ぜたんですけど、不味くて半分しか食べてくれなかったんです。」


私がなけなしの女としてのプライドを捨ててまでついた嘘は、真実味があったらしい。ケインはようやく納得してくれた様だった。


「振り出しに戻ってしまったね。僕は出たとこ勝負とか、臨機応変っていうのは苦手なんだよ。こうなったら、仕方が無い。」


そうブツブツ呟いてから、ケインは鉄格子をガチャガチャと開け始めた。なぜケインまで鍵を持っているのか。ここの警備はずさん過ぎやしないか。

私の疑問をよそにケインはそそくさと扉を開けると、その鍵を私の手に押し付けた。私は反射的にそれを受け取った。


「さあ、君もこんな所には居たくないだろう?予定通り元の世界に戻してあげるから、一緒に来てくれ。これは最後にして最大の好機だよ。」


ケインはそう言うなり私の右手首を掴み、鉄格子の外へと私を引いた。異様に冷たいその手に、私はゾッとした。男の癖に、冷え症か。

私を掴んだままケインは地下牢の廊下を小走りに進み、引っ張られる格好で私はついて行ったが、手首を握るケインの力は半端無く、骨が砕けそうなくらいだった。

地下牢の出口に差し掛かると、私は牢番の存在が気になった。

しかし、出口を通るなり先を行くケインが唐突に左へ方向を変え、強く私の体をそちらへ引いたので、私はバランスを崩し、おまけに足元に転がる何かにけつまずいて転んだ。

ケインが、私が転ぶなり手を放してくれたお陰で私は野球のスライディングの手本の様に見事に転んだ。支えてくれる優しさは、小指の先ほども無かったらしい。

苛立ちながら床に手を付き、起き上がろうとすると、石畳みの上をズルリ、と手が滑り再び突っ伏した。ああもう、こんな場所に何が落ちてるんだ、と私がけつまずき、今は体の下にある何か柔らかい物体を見た。


「ーーーっ!!!」


そこには、血溜まりを作る牢番の体が転がっていた。

私は服に、手に染み込む彼の生温かい血液と、無残に横たわる物言わぬ死体から離れようと、声にならない悲鳴をあげつつ飛び退いた。


「君を脱獄させる為に必要な措置だったんだよ。」


措置!?人を殺傷した事を、措置だなんて。その上ケインはまるでそれが私の責任だと言わんばかりの非難じみた眼差しをこちらに向けていた。私は血を脱ぐおうと服に半狂乱で両手を擦りつけていた。手を洗いたい。服を着替えたい、今すぐに。ケインは私が転んだ時に落とした牢の鍵を拾い、再度私に持たせると、そのまま私の手を掴み、小走りで先を急ぎ出した。


「時間が無いんだ。立ち止まらないでくれ。」


「け、ケインさん、どこへ…?」


ケインは振り向きもせず言った。


「地下倉庫だよ。あの日を、やり直そう。三人で。」


三人?他に誰がいると言うのか。

大佐はどこにいるのか。ちゃんと近くにいるんだろうか?

私は走りながら暗い地下の中を、目を彷徨わせた。


私達はすぐに目的地に到着した。

落ち合うはずだった、地下倉庫に。

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