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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第七章 再び、王宮へ
43/52

7ー1

どうして大佐がここにいるのだろう。

今、逮捕と言ったか…?

目を丸くして私が大佐を凝視している間に、近衛兵達は私を取り囲んだ。

王太子の描いたシナリオを逸脱した、近衛兵の早過ぎる登場に、理解に苦しむ。


冗談だ、別れの挨拶をしに来ただけだ、と大佐が言ってくれるのを期待してみたが、大佐はお得意の冷酷な視線を私に投げたまま、部下達に命じた。


「捕らえて地下牢に投獄せよ。」


本気か!?

話が違うじゃないか!

ここで逮捕されたら何にもならない。

大佐は地下倉庫で、ケインを張り込むはずじゃなかったのか?

動揺する私の左右に近衛兵が一人ずつはりつき、両腕を抱えられた。ガッチリと押さえられて、身動きできない。私は彼等に連行されて地下への階段を下らされた。

まさか本当に地下牢に?

険しい表情で剣を構える男達に護送されて地下の廊下を歩くのは、まるで極悪犯罪人にでもなった気分だ。

混乱の極みの中、本当に連れて行かれる先に牢らしき物があるのを目にし、私は言葉を失った。

薄暗い地下室の奥に、小さな入口があり、その前に牢番らしき男が槍を構えて立っていた。男は突然現れたたくさんの近衛兵達に明らかに困惑していた。


「王太子殺害未遂犯だ。絶対に逃がすな。」


大佐が牢番にそう伝えるのを、信じ難い思いで私は聞いた。

入口の先には、狭い直線の廊下が伸びており、廊下の右側には鉄格子の扉が付いた部屋が並んでいた。部屋には簡素な寝台が据え付けられ、独房を思わせた。

私は入口近くの部屋まで行かされると、背中を押され、足を踏ん張りちょっとした抵抗を試みてはみたものの、抵抗虚しくあっさりその中に放り込まれた。言葉を失ったまま振り返ると、無情な金属音を響かせて鉄格子でできた扉が目の前で閉められた。

私はどうやら囚人になったらしい。

尚も説明を求めて大佐を見つめたが、なしのつぶてだった。


万一どこかで何らかの失敗があれば、誰かの首が飛ぶ、と確かに大佐は予言していたが、大佐自身が積極的にシナリオをぶち壊しているのはどういう事か。この大佐は常に説明が後手に回るフシがある。それは熟知していたつもりだったが、ここまで振り回されると話の合わせ様が無い。


「大佐…。あの、これは…?」


私が迷子になった幼児の様な心細さで大佐達を見上げる中、彼等は現れた時と同じく、瞬く間に地下牢からいなくなった。

こんな状態で私を放置して、どこへ行くのか。

私はどうしたら良いのか途方にくれて、動物園の檻の中の猛獣の様に、部屋の中を無意味にぐるぐると歩き回った。ここに放り込まれて一つだけ分かった事があるとすれば、猛獣の気持ちだろう。彼等は他にやる事がないから、檻の中を延々と回っていたに違いない。


時間が無情にも過ぎて行った。

ケインはまだ地下倉庫で待っているのだろうか。

暗い地下室は粗い石畳みの床で、下から来る冷気が私を芯から冷やしていった。私は少しでも暖かい所へ行こうと、備え付けの寝台に上がった。それは折りたたみ式で壁に立て掛けられるタイプの物で、私が乗るとギシギシと激しく軋んだ音を立て、私の不安を煽った。簡素な寝具をめくるとなんだかカビ臭かった。囚人の為の寝具をいちいち天日干ししたりはしないのだろう。私はその中に入る気になれず、寝具の上に横になり、自分の両膝を抱いて丸くなった。

目で部屋の中を窺うと、ゴツゴツした石の壁に黒っぽいシミがたくさんある事に気付いた。黒いというか、赤黒い。ーーー血だ、血文字があちこちに書き殴られている、と分かって更に陰鬱な気持ちになった。この部屋の前の住人からのメッセージが愉快な物だとは決して思えず、敢えて読まない様に顔を背けた。

別の部屋の住人だろうか?遠くから、石の壁を振動させて薄暗い空間になんとも不気味な唸り声がこだました。ご近所さんもあまり愉快な人では無さそうだ。私まで唸りたくなるから、そろそろやめては貰えないだろうか。


私は両耳を手の平で押さえ、硬い寝台に突っ伏した。なんでこんな事になっているのだろう。誰か説明してくれないか。一刻も早くここから出たい。

前夜に抱いた女性を、こんな所に押し込むか、普通?

あり得ない…。

まさか大佐に二枚舌を使われたのは私だったという事は無いだろうか。本当は王妃派だったとか。こんな劣悪な環境に陥れられても人を信じられるほど私は目出度くはなかった。

冷えて行く体とは反対に、私の中で大佐への怒りが沸々と沸き起こった。

牢番だろうか、こちらへ足音が近付いて来た。耳をそば立てていると、鍵が開けられる金属音がした。

驚いて私が起き上がると、鉄格子の扉を開いて大佐が部屋の中へ滑りこむ様にして入って来た。


「泣いていたのか。」


「怒っていたんです!」


私は怒りでカッとなり、寝具を掴むと大佐の顔に向かって投げ付けた。大佐は眉一つ動かさず、ひらりとそれをよけたので余計に腹が立った。


「話が違うじゃないですか!」


「少し王太子の計画を手直しさせて貰った。」


少し!?

だいぶ変わってるだろ、と噛み付こうとした私の口を、低い鼻ごと大佐の大きな手が勢い良く塞いだ。

窒息させる気か、と私は更に逆上して腕を振り回した。


「暴れるな。あまり時間が無いんだ。エリ、頼むから心を鎮めてくれ。」


鎮まるか!本当に息が出来ない…!

自分の手が私から酸素の供給を奪っている事にようやく気付いたらしい大佐は、直ちに私の口元を解放した。

私は肩で息をしながら尋ねた。


「た、大佐は、本当は、王妃派なんですか?ケインさんがそう言ってましたよ。」


「愚か者の言う事に耳をかすな。良いか?良く聞くんだ。あれから、地下倉庫を調べた。お前の言っていた異世界の書物など、一冊も無かった。」


「えっ…。そんな馬鹿な。それじゃ、ケインさんが術をできません。」


「その通りだ。ケインはお前を帰すつもりが無いんだろう。それは私にはありがたいが、ケインが異空間を開く術を使わなければ、今夜ケインを捕らえる口実ができない。」


「でも、この毒の出どころはケインさんですよ。」


「それをどう証明する?エリの証言一つでしかない。そもそも異空間を開く術はケインしか出来ない大技だが、それゆえ実行すれば王宮中の術者という術者に気取られる。暗殺の黒幕が自分だと吹聴する行為に等しい。そんな事をするとは思えない。」


「あいつ、ケインの癖に、私を騙したんですか!」


何時の間にか私はあの黒ずくめ男を甘く見ていたらしい。


「ケインはお前に罪を全部着せるつもりだろう。今夜お前は私の手の内にいた方が安全だった。」


安全を考えてくれた結果が投獄とは、さすが侵略の英雄はやる事が違う。

本当に、私の為に…?


「今夜、王太子は重体で王宮医務室に運び込まれている。夜勤の宮廷魔導師はケインだ。あの日と、同じ状況が成立している。ケインは必ず、王太子にとどめをうつ。」


つまり、その時こそケインの捕らえ時という事か。それでは私はおとなしくここで成り行きを待てば良いのだろうか。


「それじゃ、後は大佐にお任せして…」


「ケインは必ずお前に会いに来る。我々はそれを利用するのが最も確実だ。」


どうやら私はコトここに及んで、オトリになったらしい。

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