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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第五章 腕環
33/52

5ー1

私は大佐を探していた。


タラントの城はさほど広くないとは言え、国王のそば近くまでは私の立場では行く事ができないので、行ける範囲には見当たらなかった。


ウィンゼル王子は術者の死を予言した後で朗らかに笑った。


「それにしても、それは小さな子供の為の術なのに、大人の君がしていると少し面白く思えるよ。メルティニア王女の話から推測するに、くれたのは差し詰め近衛隊長かな?随分と過保護な事だね。…だとすると早まったかな。あの男が自分の術のしっぺ返しを受けるところを見るのも、それはそれで一興だったな。」


そんな恐ろしい事を軽やかに微笑みながら言う王子のどこまでも澄んだ青い瞳を、私は凍りついたまま見つめていた。

エーゲ海色の一点の曇りも無い瞳は、澄み切り、…どこまでも何もうつしていなかった。透明度の高いその双眸に私は今まで勝手に何を読んでいたのか。

澄み過ぎたその色に私は、初めて狼狽えた。

王子の美しい笑顔は、何の感情も籠っていない。私は今まで気付かなかった、王子の新たな一面を垣間見てしまった気がした。


城の中を探しながら、私は同時にある事にも気付いた。

本当は王太子もこの腕環が何かを知っていたに違いない。ウィンゼル王子と同じく子供の時分につけていた筈だからだ。

あの時、唐突に大佐の事を好きかと聞かれたのを違和感と共に覚えている。王太子は全部お見通しだったのだ。

そして、大佐が私に腕環の説明をしていない事が分かると、古代文字と図書室の話を持ち出して、私が自分で腕環の使い方を調べる様に仕向けたのだ。呪いの腕環の話などわざわざ持ち出して。

なんて回りくどい。

もっとも、大佐がくれたと素直に言わなかった私も人の事は言えた立場ではないが。

つまり王太子は大佐の意図に反する事をしたくなかったのだろう。

大佐への嫌悪を日頃露わにしていながら、大佐が王太子派だととっくに認識していたのではなかろうか。

国王のもとで忠誠を見せる振りをして、実際は大佐と王太子はずっとつながっていた。


会社だってそういう人間関係が裏であるのだから、権力の集まる王宮では尚更、陰で色んな思惑が乱れ飛んでいる。それくらいでなければ容易に蹴落とされるのだろう。


私は誰を信用すれば良いのか。

問題はそこだ。



私は大佐が見つからないので、最終手段として彼の部屋の前で待ち伏せする事にした。

まるでストーカーみたいな手段だと我ながら苦笑しながら、待てど暮らせど戻らぬ大佐を待ち疲れ、家の鍵を忘れた小学生の様に大佐の部屋の扉を背にして寄り掛かり、体育座りをしていた。


《名は輝き通じ道を開き呼び寄せる。》


迷い子が術者の名を呼べば、腕環は一直線に光り輝き、術者にその居場所を伝えるという。

確かに私は日頃大佐を名前で呼んだりはしない。

が、大佐はなぜ迷い子札だと教えてくれなかったのか。

それ以上に、ケインの術の完成真近になってもこの腕環を解除しないのは、まさか自分の命を盾に、私に自分の出世計画への協力を迫る予定だったのだろうか?



何時の間にか寝ていたらしい。

はっと膝の間から頭を起こすと、目の前に人の膝が見えた。

この青服は……首がもげるほど上を見上げると、待ち侘びた大佐が腕を組み、私を見下ろして立っていた。


「また人体移動術か?」


「これでも大佐を探し回ったんです。お疲れのところ待ち伏せしてすみません。この腕環を外して貰いたいんです。迷い子札の腕環というらしいですね。」


大佐は微かに眉を吊り上げた。


「やっと分かったのか。毎日王宮で文字と術の研究にいそしんでいた割に、時間が要ったようだな。」


「回りくどいんですよ!あんた達…」


大佐の発言に腹が立ち、声を荒げると大佐は唇に人差し指を当て、素早く辺りを窺う素振りを見せた。


「取り敢えず中に入れ。」


えっ、大佐の私室には二度と入りたく無い…と棒立ち状態の私を引きずって大佐は部屋に押し込んだ。

大佐は部屋にあった椅子に私を座らせると、自分は立ったまま腕を組み、私を威圧する様に正面に来て妙な事を言った。


「では、お前の事が心配でずっとついてやりたい。それは不可能だから第一部隊のカイをわざわざ警護につけてやる。それでも気になって仕方が無いから、腕環で守らせてくれ、と言えば良かったか?困ったらいつでも私の名を呼んでくれ、と?」


「大佐…?」


「元の世界に帰る帰ると言っているのに、私の好意をぶつけられたくはないだろう。お前が私を嫌っていた事くらい分かっていた。街に連れて行ってやると言った時のお前の顔ときたら…。」


「私を慮って敢えて腕環の目的を言わなかったという事ですか?それじゃ、いざという時使えませんよ。それこそ論理矛盾です。……それとももしや、私が万一の時は、術を知らなくても大佐の名を呼ぶ自信でもお有りだったんですか?まさか!」


「試す機会がなくて幸いだった。」


そう吐き捨てる様に言うと大佐はぎこちなく目を逸らした。

…もしやこれは照れだろうか。

所在なさげに腕を組み替えた大佐を眼前に、私まで恥ずかしくなってきた。


「大佐のお気持ちは非常に分かりにくいです。王太子を救う為に私をサイコロどころか捨て駒にしようとなさっているんですよね?なのに。」


「コマにするつもりなど毛頭無い。だが、そうだな。私は揺れている。エリが望むなら帰してやりたいが、そうさせたくない自分もいる。しかしそれはエリも同じではないか?」


分かりにくい。質問に質問で答えないで欲しい。


「大佐は私の味方なんですか?誰を信じれば良いんですか。ケインさんも王太子もウィンゼル王子も、私の周りは一癖も二癖も有り過ぎて分からないんです。」


「エリ。まずは自分の見たものを信じろ。人の目を通じて見るな。だがこれだけは覚えていてくれ。王太子は何の咎無く幽閉され、11年が経とうとしている。それを正すという重要な役割を背負ってお前はここに来たのだ。」


私はこの世界の救世主か。いや、やはりそれは体良く言葉をかえた賽なのではないか。

違う、今はそんな事が聞きたいんじゃない…。

私は急に立ち上がって、言った。


「これ以上混乱させないで下さい。私の事、結局どう思ってるんですか?」


大佐は私の腰の後ろに手を回し、一気に私を引き寄せ、耳元で囁いた。


「帰したくない。ずっと私の近くにいろ。」


思わず背中がぞくりとする声だった。

全て投げ打って飛び込んでしまいたくなる様な。

それを聞いてどこかしら軽い満足感があった事に自分で驚きながら、私は体を離した。


「今は大佐の計画に協力するか断言できません。ケインさんを陥れる事によって、帰る手段を失ってでもかと言うと、それでも分かりません。…私は、凄く帰りたかった筈なのに…。迷うなんて、自分でもびっくりなんです。長くこちらに居過ぎました。」


大佐は静かに頷いた。

マントを軽く払って流れる様に私の前に跪くと、腕環のされた手を取り、私には理解出来ない囁き声を唱え始めた。

耳に心地良いその詠唱が終わると、腕環の文字が内側から光を当てられたみたいに輝いた。大佐が手を放すと光は消え、何事も無かったかの様に元に戻っていた。


「術を時限式に組み替えた。ひと月すれば単なる腕環に戻り自然に外せる。それならば不都合はないだろう?…せめて最後までお前を守らせてくれ。」


「ひと月以内に元の世界に戻ってしまったら、大佐はどうなります?術が行き場を失い、危ないと聞きました。」


「私の名を呼びさえしなければ術は発動しない。畢竟、術が行き場を失う事はない。」


それなら安心だ。

私は頷いた。

私がこの腕環に頼る様な事態は、こちらにいても無いだろうから。


まさかひと月以内に二度も大佐の名を腕環に向かって唱える事になろうとは、この時の私は露ほども予想していなかった。





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