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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第四章 春迎祭
32/52

4ー11

春迎祭の最終日、神殿までの道は国王一行を拝む為にひしめく人々で溢れ返り、先へ進むのも困難だった。

沿道に陣取った老若男女は花束や旗を手にし、国の主が目の前を通るのを待っていた。


私はサハラとカイの三人で少し離れた場所から見ていた。私達は国王が見たいわけではなく、純粋に祭の熱気を味わって楽しんでいたからだ。


待っている間にも、見物人の数が膨らみ続け、皆の期待が最高潮に達した頃。通りの少し先の方から、キャー、と黄色い歓声が上がり、沿道の人々が一斉に興奮しだして旗や手を振り始めた。国王一行がようやくやって来たらしい。

人垣でチラチラとしか見えないが、どうやら先頭は近衛兵らしい。揃いの白馬に跨がり見栄えする軍服に身を包んだ兵達は、馬の歩調まで合わせた一糸乱れぬ動きでゆっくりと通りを下ってきた。

原色の青い軍服に負けないくらい、端整な目鼻立ちの近衛兵達が近づくに連れ、女性達が上げる甲高い歓声が大きくなっていった。

先頭の真ん中は大佐だった。

私は何食わぬ顔で歓声の中心にいる大佐を見て、心中穏やかではいられなかった。あの涼し気な仮面の下の非道な本性を皆に教えて回りたいくらいだ。

散々無体な扱いをした挙句に突然愛の告白じみた真似をして、直後に出世のコマ扱い。ついでとばかりに最後に加えられた人生初のプロポーズには、微塵の誠意も見受けられなかった。

ふと私の隣に立つ私服のカイに目が行った。

彼も本来白馬に跨がり、皆の注目を浴びるあの晴れ舞台にいた筈なのに、今こうして私のオモリをしている。


「あっちにいたかったですよね?本当は。」


「いいえ、初めて祭りを堪能出来ましたから。」


カイは茶色い瞳を細めて破顔一笑した。


近衛兵の後にはパレード用の馬車に乗った国王夫妻が姿を見せた。

人々は国王と王妃の名を口々に叫び、寿いだ。

歩く様なスピードで進む馬車の中から、国王夫妻は崩れる事を知らぬ笑みを口元に浮かべ、手を振っていた。

その後はウィンゼル王子を乗せた馬車が続いた。

王子の乗った馬車が近づくと、再び女性達の歓声が強くなった。

王子は青く澄んだ瞳から無尽蔵の星々を飛ばしながら、爽やかな笑顔と愛想を沿道の人々に振りまいていた。

「ウィンゼル王子」、「夢の王子様」、「私の王子様」等好き勝手な歓声が飛び交う中、唐突に


「王太子様!ウィンゼル王太子様!」


と誰かが叫んだ。

それに呼応するかの様に、ウィンゼル王子に向かってそう叫ぶ人々がちらほらいた。

私は目の当たりにした民衆の反応に戸惑ったが、同じ様に感じた人々も決して少なくは無く、第二王子を王太子と呼ぶ歓声を飲み込む勢いで戸惑いのどよめきも広がって行った。


「お黙りなさい‼あの方は王太子様ではありません‼」


蒼白な顔をしたサハラが沿道に向かって突進して行くのが視界に入り、私とカイは慌てて追いかけた。

王太子様、と笑顔で手を振っている一人の若い女性の腕を掴むと、サハラは黙るようまくし立てた。私達はサハラを急いで引き剥がし、沿道から離れた。

サハラの立場を考えれば気持ちは分かるが、その女性を責めてもどうしようもない。


国王一行はそのまま神殿へ入っていき、そこから先は一般人は見る事が出来なかった。

私が昨日までケインとやたら地球から雑誌や出処不明の書類を召喚する実験をしていた場所では、今や国の一大儀式が行われていた。

神殿の中では国王夫妻が国家繁栄のお祈りを捧げているのだろう。


一行が神殿から城へ戻るところも見ようと、沿道に陣取ったままの人だかりをよそに、私達は最後のタラント散策に繰り出した。明日早朝にこの街を去るからだ。

私はここの黄色く可愛らしい離宮がかなり気に入っていた。

緑の山々を背景に小ぢんまりとした佇まいの黄色が良く馴染み、愛らしかった。


湖まで足を延ばしてから城へ戻ると、城では丁度王族達が、城の前の広場に集まった群衆にバルコニーから手を振っているところだった。

ユリバラ王女はウィンゼル王子の横に立ち、私が見た事もない可愛らしい微笑を浮かべて、日の光にティアラをキラキラさせながら手を振っていた。

広場が人々の喜びの歓声で満ち溢れる中、カイがはっと息を呑んだ。


「メルティニア様がお出ましになっていない…!」


そう呟いた彼の声は安堵を含んでいた。私はどういう事かカイに説明を求めた。


「本来陛下のご計画では、この場で民にメルティニア様をお披露目なさる筈だったのです。実質的にはウィンゼル殿下の婚約者として…。」


だが、カナヤの長姫は並び立つ事を拒否した。国王の意図を読んだラタあたりの助言があったのかもしれない。

私は歓声に包まれているバルコニーを再び見た。そして私も安堵の溜息をついた。






夕方になるとサハラが仕事で忙しく、また神殿ももう使えない為に、誰も私の相手をしてくれないので私は城のサンルームで読書をしていた。


「南のお姉様。何を読んでらっしゃるの?」


透き通った少女の声に顔を上げれば、駆け寄って来るのはメルティニア王女。

辺りを見渡すが、私しかいない。南のお姉様とは私の事らしい。


『高等術応用編、宮廷魔導師を目指すキミに!』


とポップな文字がデカデカと書かれた本を見ると、王女は目を丸くした。


「まあああ!宮廷魔導師を志願なさっているの。術に長けてらっしゃるのね。わたくしは、まるでダメで。……さすがあのアレヴィアン様の恋人ね。」


どこから否定すべきか。

唖然としていると更なる誤解が明らかになった。


「ねえ、ラタが、お姉様はスパイもなさっていると言ってたの。その為にウィンゼル殿下に妖しく近づいたと言うのよ。本当!?」


「その話は私も是非詳しく聞きたいな。」


背後からした声に弾かれる様に振り向くと、ウィンゼル王子が人当たりの良い笑顔でサンルームの入口に立っていた。


メルティニア王女は驚いて口を押さえると、軽く膝を折って王子に挨拶してから、逃げるが勝ちと言った様子でパタパタとその場から姿を消した。

私は王子が彼女を追うのを期待したが、王子は私を見つめたまま微動だにしなかった。


「…全部王女様の勘違いですよ。」


「どうかな。その腕環はどうしたんだい?」


王子はつかつかと私に近寄ると私の左手を掴んだ。

サンルームの暖かさに、袖をまくっていた為に大佐から貰った奇妙な腕環が丸見えだった。


「この腕環、私も子供の頃宮廷魔導師長にいつもつけさせられていたよ。迷い子札の腕環だよね?一体誰が施したんだい?」


迷い子札の腕環、というのか。呪いの腕環よりは幾分つけ心地が良さそうだ。


「街で買いました。」


「これは純金だ。そんな大金を持っていないだろう。」


「えっと、実はケインさんが私に…」


「それも嘘だ。彼の事は良く知っているつもりだよ。彼は凄まじい力を持っている一方で、この種のややこしい術が苦手なんだよ。それに彼は君の身を案じてこんな術を施す真似はしない。」


王子は私の左手を握ったまま、私を強引に立たせると、余った手を私の腰に添え、軽やかにステップを踏み出した。

まるであの夜の庭園でのダンスのように…。


「君は嘘が下手だ。」


私は王子の手を振り払って言い返した。


「殿下は嘘がお上手ですね!舞踏会ではすっかり騙されました。あの時、仮面の下が私だと初めからご存知だったのでしょう?」


「その通りだよ。だけど私の正体を明かしていたら、あの夜一緒に踊ってくれたかい?散策に付き合ってくれたかい?」


私は少しの間考え込み、首を横に振った。


「そういう事だよ。明かせば仮面舞踏会の意味が無くなる。それに、君が仮面を取ってくれたら、あの後私も取るつもりでいた。……なぜか仮面が邪魔に思えたんだ。本当だよ。」


一瞬王子が悲しそうな表情を浮かべた気がした。だがすぐに又、逃げ回る獲物を追い詰める様な気迫を瞳に湛えると、言った。


「異世界に戻る前にこの腕環は必ず外して貰った方が良い。でなければ術は行き場を失い、これを君に与えた術者は死ぬ事になる。」


この章が随分長くなりました(ーー;)

ようやくこのお話で終わりです。

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