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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第四章 春迎祭
30/52

4ー10

「それは大がかりなお仕事になりそうですね。私は帰るので、後は皆さんで頑張って下さい。」


シラけた私の態度に大佐は剣呑な眼差しを向けた。

大佐は前王妃の冤罪というからには、真犯人に心当たりがあるのだろうか。さしずめケインと言いたいのだろうか。

しかし大事な甥である王子達に毒を盛るはずがない。


「ケインが、術を完成させたら私に言うんだ。そこが肝要なのだ。」


私はムッとして大佐から顔を背けて岸の方を見た。


「さあ、どうでしょう。なんで私が大佐の出世計画のお手伝いをしないといけないんです?今日一日、散々利用されてあげたと思うんですけど。」


大佐は考え込む様に黙った。

私を利用した自覚があるんだろうか。

昨日から大佐に振り回されて散々やきもきした事が悔しくてならない。


「…怒ったのか?」


「当たり前です!目的の為に人の気持ちを利用して、罪悪感は無いんですか。」


一体どこから芝居を打っていたのか。公爵邸からか。

人をサイコロ扱いする様な信用ならない男だという事くらい、骨身にしみて分かっていた筈なのに、何時の間にかほだされていた自分にガッカリだ。


「時期と方法は詫びるが、私は偽りは言っていない。お前の硬そうな髪を今すぐ編み込んで証明してやっても良い。」


比喩の意図が不明だ。

おまけに髪質を軽く侮辱された気がするのは気のせいか。

眉をひそめて視線を大佐に戻すと、彼は腰を浮かせて私の方へ移動した。

ボートが振動でグラグラ揺れ、私は必死にへりにしがみ付いた。転覆したらどうしてくれるんだ、こんな湖の只中で!

長いマントが風に煽られて湖面を今しも掃きそうだ。


大佐は私の目の前すぐ近くに膝を付くと、私の顔色を伺う様に言った。


「では王太子の為だと考えればどうだ?それならば協力するのか?」


「彼に多いに同情はしますけど、……大佐は自分の計画の為ならケインさんの術を邪魔したり最悪潰しかねないので、やっぱり協力したくありません。」


「否定しかねるのが痛いところだな。」


嘘でも否定するかと思っていた私は呆れて言葉を失った。


「それほどまでにこの世界は居心地が悪いか?お前の様に王族並みの生活を保証され、何不自由無い暮らしができる者などそうはいない。元居た世界はここより素晴らしい場所なのか?」


確かに私の家は金持ちでは無いし、趣味は寝る事しかない。仕事は楽しく無いし、毎日の通勤の満員電車は疲れる上に苛々する。そもそも日本という国が先行き不透明だ。少子高齢化の弊害で私の世代は年金だって貰えなそうだし、けれども税金は上がる一方なのだから。


「それとも、向こうに愛しい男がいるのか?」


「いませんよ、そんなの。」


思わず力強く否定してしまってから、一抹の虚しさが胸に去来した。24歳の女子として、どうなんだ、私。

確かに友達もたくさんいるという訳じゃないし、彼氏も二年くらいいない。でも、自分が育ち、育てられた環境をポイッと捨てるなんて考えられない。


「大事な友達や、大切な家族がいますから。」


「だが友はここで、新たにいくらでも作れる。家族も然りだ。私の計画に協力してくれれば、ついでに大佐夫人の地位を提供しよう。」


どうやら功を焦り過ぎているのか、大佐の頭脳が音を立てて崩壊しているらしい。さっきから私の顔を食い入る様に眺めているから、視力も異常をきたしているのだろう。


「もっと協力する気が無くなりました。」


湖の静かな水面を渡り、街から鐘の音が響いた。耳の奥にこだまする低くゆったりとしたその音は、街に正午を告げている。荘厳な音が体の芯を揺らして余韻がようやく去ると、湖の小さなさざ波がボートの側面を叩く音だけが辺りに残った。


「仕事に戻らねば。岸へ帰ろう。」






城に戻るとケインが私を待っていた。

どうやら異世界への道標である私が近くにいないと、異空間を開ける事ができず、術の研究と練習ができないらしかった。

彼は私に、物体を異世界から呼び寄せる作業と置いてくる作業の違いを切々と語った。

王宮の近くにある大神殿という最高聖地で、ケインが今できる最大限の施術で起こりうる誤差は、最大で二、三年の前後と徒歩半日程度の距離らしい。

つまり今のままでは運が悪ければ三年前の私が存在するある日に、東京湾の沖にドボン、と落とされる可能性があるという事だ。それは勘弁して欲しい。


結局私は、ケインが闇の穴の中に石や木切れを置いてきたり、日本から雑誌を呼び寄せたりするのを手伝って春迎祭前日を迎えた。







春迎祭の前夜は国王夫妻と第二王子がタラントに到着する為に、城は朝から上を下への大騒ぎだった。

城中が念入りに清掃され、新たに真紅の絨毯が廊下全体に敷かれた。

城を守る兵の数も増え、城のあちこちで段取りを打ち合わせる侍女の姿が目撃できた。

街の賑わいもピークを迎えており、広場はひしめく屋台と埋め尽くす観光客の熱気で溢れていた。


私はサハラに部屋で髪を結い上げて貰いながら、翌日の祭本番の様子を聞いた。


「明日は城から神殿までの道を通行止めにして、陛下を先頭に王族が神殿までを行列で進むのですよ。王族を一目見ようと、国中から民が駆けつけますから、沿道は大変な盛り上がりになるそうですわ。」


これから到着する国王夫妻とウィンゼル王子を皆で城の入り口前に立ち並び、出迎える為に私は正装させられていた。

他の王女より目立つのは角が立つからと言う理由でサハラが選んでくれたのは薄いベージュのドレスだった。ヒダの少ない、細身のシンプルなデザインだったが、胸元の赤いコサージュが可愛らしかった。

素直な感想を言うと、サハラがはにかんだ。


「コサージュは、私が作ったんです。エリ様の黒い髪に赤が映えると思って……」


私はこういったときどきに、この世界を離れ難く感じた。

サハラやカイの打算無い好意や、慣れ親しんできた他の侍女達の優しさ。

彼等との他愛無いお喋り。

心地良い無言の中で、サハラと二人でベランダから眺める夕日の美しさ。

そしてなぜか、最近私を好奇心に溢れた眼差しで物陰から見つめてくるメルティニア王女がいた。

術の精度が上がり、喜ぶのと反比例して焦燥に駆られる自分がいた。

あの王太子が歩く度聞こえる残酷な金属音が、ふとした瞬間に私の頭の中を追いかけて来た。

私は葛藤していた。


城の正門前には二人の王女を先頭に、タラントを訪問中の貴族達が並び、その両側に近衛兵が整列した。

私はそのずっと後ろの方にひっそりとなるべく気付かれない様に並んだ。なぜか王妃の弟であるケインまでその位置にいた。


国王一行が着いた旨を、門番が大音声で伝えると、皆が一斉に膝を折り、頭を垂れ、私もそれに倣った。

馬車や馬の蹄の音が近づき、ややあって、久方ぶりの国王の声が響き渡った。

皆に倣って再び顔を上げると、王女達の前に国王夫妻が満面の笑みで歩み寄り、何か話していた。

ウィンゼル王子がそれに続き、王女達が軽く膝を折って挨拶する。

一部の貴族への挨拶が終わると彼等は城へ入っていった。

王子は私の前を通り過ぎる時に、麗しい笑顔を投げてくれた。仮面舞踏会以来会っていなかった私は恥ずかしさの混ざった複雑な笑顔を返した。








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