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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第一章 王宮
3/52

1ー3

言った。

言い切った。

謁見の間は静まり返り、蛙が池に飛び込む音すら聞こえそうなくらいだったが、私の頭の中ではラファイエットやガンジー、キング牧師といった、世界史上の人権運動家として私が把握している偉人達が、私に拍手喝采を浴びせていた。


「トミナガーリ殿。」


いやいや、トミナガ エリなんだけど……。

けれども私は国王の瞳が誠実そうなことに少し救われた。名前を正しく覚えて貰うよりそちらの方が大事だ。


「臣下たる宮廷魔導師が大変失礼をした事、最高権力者としてお詫びせねばなるまい。……申し訳ない。しかし元いた場所にお返しするのは簡単な事ではないとお分かり頂きたい。」


私はこくりと頷いた。

それはさっきまでの話を聞いて、なんとなく想像できたから。


「ケインにそなたを返す最善の方法を全力で研究させると約束しよう。当面の間は、王宮の隣にあるトンプル宮にご滞在いただきたい。勿論生活に不自由はさせないと誓おう。」


トンプル宮、のくだりで周囲が妙にざわめいたのが引っ掛かったが、とりあえず地下牢と『処分』は免れたらしい。

私は国王に対して丁寧にお辞儀した。

「ありがとうございます。お手数お掛けしますが、宜しくお願い致します。」


かくして私はトンプル宮に案内されることになった。

隊長兼大佐と黒豹青年という素敵な二人が武装を解除して私の案内係となり、二人の後に続き謁見の間を出た。


廊下に出るなり隊長兼大佐は私を肩の上に担ぎ上げた。


「うわーっ、何するんですかやめて下さい!」


「汚い足でそれ以上王宮の床を汚すな。」


どうやら絨毯で足を拭いていた事がバレていたらしい。


「カイ。何でも良い。トミナガーリに履かせる物を私の腕が疲れる前に持って来い。」


黒豹青年は顔色を変えてその場を離れた。短距離走のスタートダッシュが得意です、と胸を張れるスピードだった。


「隊長、大佐!」


私は担ぎ上げられた肩の上から呼び掛けてみた。

怪訝そうな灰色の瞳が私を見上げる。


「…トイレに行かせて下さい。」


隊長兼大佐の形の良い眉と眉が、これ以上無いと言うほど寄せられ眉間に深い陰を作った。


「は、はい、靴がきてからの話です。待ちます、待ちます。隊長、大佐の手はこれ以上煩わせません。」


「いちいち連呼するな。大佐で良い。」


「は、はい。たいち…大佐!」


先ほどのスタートダッシュさながらのスピードでこちらへカイが戻ってきた。手には革靴が握られていた。


「間に合って良かった。」


カイは心からホッとした様子で顔をほころばせると、私が靴を履く間肩を貸してくれた。間に合わないとはどういう状況を仮定していたのか少し気になったが、ようやく手に入れた靴という文明アイテムに私は心を良くし、重々お礼を言った。

やや大きいが、脱げそうにはない。

ピンクのバジャマに革靴という組み合わせはこの際気にする事はない。この状況ではそれは取るに足らない些細な事だ。


しかしながら。

おニューの靴を履き一目散にトイレへ行って、用を足し終わると私は二人の美形に挟まれた自分が、スッピン・ノーブラ・パジャマであることが今更ながら猛烈に恥ずかしくなってきた。

地球の美的センスが問われかねない。


王宮の建物を出ると、冷たい外気が肌を刺した。どうやら庭園に出たらしい。ランプがところどころに置かれ、暗がりの中でハッキリとは見えなくても、きちんと整備された立派な庭園であることが良く分かった。

自分の吐く白い息が庭園の冷たい空気の中に消えて行く様子を見ながら、私は自分がこれまでいた建物ーーー王宮を振り返った。幾つもの塔がそびえ、白い外壁が優美な曲線を描いた女性的な建築だった。


横を歩いていた大佐がおもむろに自分のマントを外し、私に差し出した。

え、と私は大佐と目の前のマントを交互に見た。私のポカンとした間抜けな表情に気分を害したのか、大佐はぶっきらぼうに言いながらマントをさらにこちらへ突き出した。


「肺炎になりたいか。もしその下着姿の様な装束でトンプル宮の人間を誘惑するつもりがないなら、これをさっさと羽織れ。」


軽くめまいがした。

私からカイのマントを取り上げたのはついさっきではないか。この男の思考が全く理解できない。

しかも武器がどうの、とか言っていなかったか。気の毒に私の横でカイも困惑していた。彼も上官の思考について行けてないらしい。私の無言の疑問を読み取ったのか、大佐はふん、と鼻を鳴らし言い放った。


「軽く触れば身体能力などすぐに分かる。その肉付きの悪さでマントを武器にするのはまず無理だ。」


私は目を白黒させた。

なんかもう、どこに焦点を当てて驚くべきなのか判然としなくなってきた。

大佐は私を担ぎ上げた時にボディチェックまがいをしていたらしい。

これ以上、肉付きの悪い体を晒してはいけないと自分に言い聞かせ、私は素直に差し出された大佐のマントを羽織った。


庭園を抜けると、大きな噴水がある人造池が現れた。池の中央には池を分断する様に石橋が掛けられていた。その橋を渡り切った先に、王宮よりはずっと小さいが、灰色の外壁の荘厳な離宮ーーートンプル宮がそびえていた。





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