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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第四章 春迎祭
27/52

4ー7

大佐の部屋に着き、ケインが扉をノックしている間、私は就職活動の最終面接の時よりも緊張していた。

ベッドで目を覚ましたら自分の隣に招いた覚えの無い女がいたーーー通常、間違い無くこの女は痴女と呼ばれるだろう。

大佐から軽蔑に満ちた眼差しを向けられるのも、間違い無い。

この期に及んで私は、大佐がもう出掛けてしまっていて、部屋にいないかもしれない、と何しに来たのか分からない様な希望まで考えた。


扉が開き中から大佐が出てくると私はケインの後ろに隠れる様に半歩下がった。勿論、何かあったらケインを遠慮なく盾にするつもりだ。

大佐はこれから仕事があるのか既に青色の軍服に着替えていた。

私は大佐を前にまごつくケインのスネを蹴って、やるべき事を思いださせてやった。弾かれた様にケインが頭を上げる。


「あ、えーと、おはよう。じゃないか、こんにちは、あー、お休みのところすまないね。じ、実は…」


ケインがモゴモゴ話し始めるのを最後まで聞かずに大佐が口を挟んだ。


「ドーンズウィル殿、何故私の私室に?」


大佐に話す時は簡潔に要点を述べなければならないのを迂闊にもケインは知らなかったらしい。


「ぼ、僕はエリをこちらに案内しに…」


「そうでしたか。それはお疲れ様でした。」


ならば用は済んだのだろう、さっさとどこかへ行け、とばかりにケインをあしらう大佐の気迫に負け、ケインが後ずさった。

案内より大事な役目を果たしてくれなければ困る。私は再びケインを蹴った。


「実は…」


「私はお前の気持ちを受け取ろう。」


大佐はケインの話と存在自体を無視し、私を真っ直ぐ見てそう言った。


「…えっ?」


「公爵邸での私の半端な心情の吐露を申し訳なく感じている。私が臆病だったのだな。……私を許してくれるのか?」


いつもに増して脈絡が分からない。

なんだって大佐が私に許しをこいているのか。大佐が臆病だと思った事など一秒たりとも無い。そんなツワモノがいるなら是非紹介して欲しい。

ケインが目を白黒させながら横にずれ、私は人間盾を失った。私と向き合った大佐は優しい笑みを浮かべた。

見た事を後悔させられる様な極上の笑顔だった。人智を超越した神々しいほどの美しさに、私の思考は虹の彼方へ飛んで行きそうになった。

私はつられる様に笑み返していた。


「女性があの様な事をしてはいけない。」


「はあ。」


「湖へはもう行ったか?」


私は首を横に振った。すると大佐は満足そうに頷いた。


「では明日私に案内させてくれ。今日はこれから仕事があるのだ。」


一体どこからそんな話になるのだろう。湖がどうしたんだ。

なんだかおかしな空気だ。

私はケインと戸惑いの視線を合わせた。


「それとも明日はお前達は神殿へ行くのか?」


するとケインが否定した。

確かに位置と場所軸はつかむ事ができたし、私は移動実験にはもう当分協力しない、とさっき宣言したばかりだけど。ちょっとこの妙な空気を読んでくれないかケイン。


「では明日部屋まで迎えに行こう。楽しみにしている。」


首を洗って待っていろ、と言われなかった事に軽い驚きを感じつつ、私は話が明後日の方向へ向かって行くのを正す為にケインの袖を引っ張った。


「エリ、カイはどうした。」


途端にいつもの冷たい大佐の声が降り注いだ。豹変ぶりに私は目を疑った。さっきまで永久凍土も瞬時に溶かせそうな笑顔を見せてくれていたのに。

カイは城に着いた後別れてしまっていた。


「私が公爵邸で釘を刺した事を忘れたのか。」


私はケインと二人きりになるなと言われてたのを思い出し、引きつった。

まずい。大佐のお怒りランプが点灯し始めている。さっきまで奇跡的に怒ってなかったのに。


「ドーンズウィル殿、まだ私に何か。」


大佐が剣呑な視線をケインに向けた。どうやら本格的にケインの存在を再認識したらしい。


「え、えーと、怒ってないのかい?」


「私が何に?」


一瞬の沈黙の後、ケインは軽く会釈するとどもりながら別れの挨拶を述べて、引き返して行ってしまった。


いやいや、待て待て。違うでしょ。あなた何も説明してないでしょ。

舌打ちしながら、私はケインを追いかけて行った。なんて使えない男だ。


「逃げる気ですか?ちゃんと移動実験の事を説明しなくちゃ誤解が解けませんよ。なんか意味不明な解釈されてるみたいだし…」


「誤解を解いたら近衛隊長はきっと怒るよ?分かってるのかい?」


解いたら怒るとはどういう意味だ。私が眉間にシワを寄せるとケインは訝しげな表情を見せた。


「…君は、その、疎い方なんだねえ。僕でさえ分かったのに。」


ケインみたいな男にそんな事は言われたくない。自慢では無いが私は地元じゃ優秀なお嬢さんで通ってるし、仕事も評判が良かった。


「と、とりあえず明日は湖に連れて行って貰うと良いよ。それで彼の気が落ち着くなら。…きっとさっき彼は君の夢を見ていたんじゃないかな。術者の夢は力を持つというからね。移動術で部屋に入った事を話したりしたら、彼に恥をかかせる事になるんじゃないかな。…その時こそ身も凍る事態になりそうじゃないか。」


とりあえず一緒に湖へ行こう、と軽いノリで受け止められる相手ではない。

しかしなんだか分からないが余計なお怒りも買いたくはない。足音に気づいて振り返ると大佐がいた。


「じき昼食の時間だ。カイと食堂へ行っていなさい。」


大佐が私の昼の心配をしている。不気味だ。

私は開いた口が塞がらないまま頷いた。




食堂へ行こうとカイを誘い、席につくと彼は心配そうに聞いて来た。


「隊長とのお話は穏便に済みましたか?」


私はカイに助けを求めた。


「なんだか話がこじれたみたいなんです。」


そもそも、私の気持ちを受け取ろう、という大佐のしょっぱなの発言からして真意が謎だ。謝罪と弁解の気持ちの事では無さそうだった。

そう言えば、私にも似た体験がある。以前夜に目を覚ましたら王太子が枕元に立っていた事があった。私はその時、夜這いかと勘違いして絶叫寸前だった。

…………そうか。


私の頭の中で渦巻いていた嵐が急に去り、晴れ渡った。

脈絡の無いところは一つとして無く、綺麗に筋が通っているではないか。


大佐は私が恥をかき捨て夜這いに来たと思ったのだ。正確には夜では無いけれど。そして、私の気持ちは分かった、受け取ろう、と。で、ついでに律儀に湖デートに誘ってくれたのだ。

ケインの推察では、大佐は私を思うあまり、夢に私が出て来たらしい。

大佐からすれば、以上の流れを以って極めて勝手に相思相愛と理解したのだろう。短気な上に思い込みも激しいらしい。


ようやく私にも事態が飲み込めて、スッキリした。思わず笑顔がこぼれそうになり、直後に血の気が引いていく。


大佐は私の心情を甚だしく誤解している。しかも男性の寝室に忍び込む変態的な犯罪行為を私が行ったと勘違いされたままなのは、確実だ。


私の名誉と誇りはどこへ行った。

この一連の過ちを正してこなければ、と私は勇ましくすっくと立ち上がり、けれどもその場でタタラを踏んだ。

ケインの言う通りではないか。あそこまで大佐に言わせておきながら、誤解を解こうとする行為は、大佐のプライドを盾も持たずに柄の無い剣でひと突きにしようとする様なものだ。今度こそ無事では済むまい。


カイは私の百面相を興味深そうに見つめていた。




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