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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第四章 春迎祭
25/52

4ー5

昼を済ませて再び馬車に乗り込み、幾度か休憩を挟みながら私達は北上した。

私はサハラとお喋りをしながらも又寝てしまっていたらしく、舟を漕いだ頭がガツンと窓にぶつかる衝撃で目を覚ました。

外を見ると雨は止んでおり、馬車の横にびったりと馬を寄せて正面を見据えて馬をはしらせてるカイの姿が視界に入った。彼はふいに私の視線に気付くとにっこり笑顔を向けてくれながら進行方向を指差した。

そちらに視線をずらすと、私達の前には絶景が広がっていた。

なだらかな緑深い山々の麓に色とりどりの屋根が連なる街並みが広がり、その街並みに沿う様に大きな美しい湖が横たわっていた。湖は豊かな水をたたえて銀色にキラキラと輝いていた。街並みの中心には黄色い外壁が印象的なお城がそびえていた。

タラントは自然に抱かれた可愛らしい街だった。


春迎祭の間、私達は国王所有の離宮であるタラント城に滞在することになっており、馬車は黄色いお城に入っていった。外見よりも中はひろびろとしており、普段は使用されない為に余計な家具や調度品といった類の物が王宮に比較すると少なかったが、内装は柔らかなクリーム色が主体の女性が好みそうな雰囲気にまとめられており、居心地が良さげだった。


到着して荷解きが済み、窓の外から見える湖の景色を楽しんでいたところ、私の部屋にケインがやって来た。早速神殿へ一緒について来て欲しい、と頼まれた私はカイを道連れにケインの馬車に乗り込んだ。

ケインの馬車は霊柩車かと見まごうほどの黒ずくめで、可愛らしい街並みにいかにも不釣り合いだった。どうやら彼は黒を己のテーマカラーに決めているらしい。


タラント神殿は街の外れにあった。立派な大きい建物であったが、壁はかなり黒ずみ、内部も埃っぽく、随分な年代物であると私にも分かった。

神殿は信者達が集い、祈りを捧げる為の長椅子がたくさん並べられた大きな広間が中心に位置し、その広間を囲む様に有力貴族の家族専用の小さな祈りの間がいくつかあった。カイは私達の邪魔にらならない様に広間の入口近くで待機していた。

ケインは長椅子の列が途切れる広間の奥のスペースへ行き、私をじっと見た。


「いいかい、今から異なる空間を開くからね。僕が集中できる様に、静かに見ていておくれ。」


ケインは目を閉じ、前に右手を掲げると呪文の様なものを唱え始めた。カタカタと空気全体が揺れている錯覚に囚われ、私は一瞬地震かと思った。

何の前触れも無く、ケインの右手の先に漆黒の空間が表れた。半径一メートルほどのそれは、まるで彼の前に真っ暗な穴を開けたようだった。息を呑んで私が見つめる中、その闇の中に砂を散らした様な星に似た輝きが瞬き、やがて赤や黄色のイルミネーションが表れ、再び完全な闇に戻った。


「僕らは今、多種多様な異界を覗いたんだよ。」


呪文を終えていたケインが闇の穴を睨みながらそう教えてくれた。ケインは一歩前へ踏み込むと、手を闇の穴に差し入れた。

暑くもないのに、彼の額からは汗が滲んでいた。素人には何が起きているのか皆目検討がつかないが、恐らくかなり大変な作業なのだろう。

ケインの腕が穴の中で何かを探る動きをし、闇から引き抜かれた時にはその手には一冊の茶色い本が握られていた。


「こ、これは君の国の物かな?」


差し出されたその本は、紙の束を糸で綴ってあり、どう考えても現代の製本ではなかった。

中を確かめると墨で書かれた漢字がびっしり並んでいた。中国の書物に思えた。


「隣の国の物だと思います。時代も古いですが、前回の絵よりは私の時代寄りです。」


ケインは頷くと穴を手の平でなぞり、穴は表れた時と同じく突然消えた。


「じゃあ、仕切り直そう。」


その隙に私は質問した。


「どうしていつも紙モノなんですか。持って来易いんですか?」


「いや、違うよ。紙は人間の記録媒体だからね。時代や場所を特定するのに向いているから敢えて呼び寄せているんだ。」


再び呪文を口に上らせ、ケインは空間を開けた。


それにしてもなんと便利なのか。

彼の協力があれば古代の財宝が取り放題ではないか。紙モノと言わず、金目のモノを指標にしてくれても構わないのに。全部持ち帰って海外のオークションに出品するという夢が広がる。


「よっ、よこしまな空気がっ!」


突如ケインが叫びながら険しい顔付きでこちらを振り返ったので、私は驚いて古代中国書物を取り落とした。一体何事だ。


「君、よこしまな事を少し考えていないだろうね!?ここの神聖な気が邪念に乱されて術が定まらないよ…!」


しまった。よこしまな事しか考えていなかった。慌てて今夜の夕飯について考えてみることにした。

こちらの世界に来てからは昼と夜の食事は毎回高級レストランの様な豪華な物だったので、私は申し訳なく思いながらも密かに楽しみにしていたのだ。

しかし私の脳内の切り替えは遅過ぎたらしく、ケインの手の先の暗い空洞は歪み出し、テレビ画面の砂嵐の様に全体が点滅していた。

ケインの右手は小刻みに震えだし、早口で必死に呪文を唱えていた。


パキ、と空気が軋む様な音と軽い圧力を感じたかと思った次の刹那、ケインの体が後方に吹っ飛んだ。ケインは長椅子をなぎ倒しながら広間の反対側近くまで飛ばされ、折り重なって倒れた長椅子の山に頭から逆さまに突き刺さって止まった。

異空間へとつながっていた穴は消え失せ、私は驚愕のあまり硬直してしまい、ケインを救出しようと長椅子の束に駆け寄るカイに気付いてようやく動く事を思い出した。


まずい。

これではケインが首の骨を折っていても不思議は無い。

私の邪念のせいでケインが死んでも正直、たいした罪悪感は無いが、死なれて一番困るのは実はこの世で私だけかもしれない。

カイがケインの体を土中から作物を掘り起こす様に引き抜くと、ケインは呻きながら目の上を押さえた。

良かった。生きている。

押さえた手の平をすり抜けて大量の鮮血が流れた。


「直ぐに離宮に戻りましょう。縫合が必要です。」


カイが提案すると意外にもケインは強情を張った。


「いや、位置軸だけでも特定したい。やはり、エリが近くにいると異空間を探し出し易い。こ、こんな経験は初めてだ。面白い…!」


傷口を押さえたハンカチを瞬く間に己の血でびしょびしょにしながら言う事ではない。顔はちょっとした傷でも大量の出血をするのは知っているが、舐めれば自然に治るレベルではない。そもそも自分で舐められる位置に無い。私もカイも大金を積まれても辞退したい。


「じき夕食の時間になります。皆も心配します。戻りましょう。」


まだ未練がましくしているケインを二人で押し込む様に馬車に乗せると、私達は一路タラント城へと急いだ。

出血は収まらず、ケインはマントの端で目の上を押さえていた。


私は生じた素直な疑問を彼にぶつけてみた。


「邪念が術を妨害すると言いましたよね。あの、夜勤の最中に恋人を召喚するのは邪念だらけだと思うんですけど…。」


これくらいなら大佐も怒らないだろう。

ケインはああ、と言ってから説明した。


「術者は意思と力が強ければ内容は関係ないよ。ただ、周囲の気は邪魔になるんだ。神聖な場所は邪念が少ないからやり易いんだよ。……だいたい、術者が邪念を抱いてはいけないのなら、大半の術なんて成立しないさ。術の目的なんて大半がよこしまじゃないか?」


言われてみればその通りだ。

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