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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第四章 春迎祭
22/52

4ー2

カナヤの王女を見て立ち尽くす私の側に、騎乗したカイが寄ってきて馬上から話しかけてきた。


「王妃様たっての強いご希望で、今回メルティニア王女もご招待されています。我が国最大の祭ですので、他国の王族を招待する事は珍しくないのですが……」


カイがその先を言い淀んだ。

王妃はウィンゼル王子とカナヤの長姫を婚約させる事をまだ諦めていなかったらしい。

純白のドレスを着飾った可憐な王女の視線の先を辿ると、馬を操りながらテキパキと部下に指示を出している大佐がいた。

抜ける様な快晴の下、かっちりとした近衛兵の青い軍服が良く映え、栗毛の背の高い馬に、背筋を綺麗に伸ばして騎乗している大佐の姿は思わず見惚れてしまうほどサマになっていた。

カイが溜息をついた。


「王女様は大佐が初日から同行するなら春迎祭にご自分も行く、とご注文を付けられたそうで…。本来なら隊長は国王の警護をされるので最終日にタラント入りするのですが…。」


それでなのか。

さっきから大佐の目が完全に据わっている。いつも以上にご機嫌がお悪いらしい。私は大佐の視界に入らない様、さっさとサハラと馬車に乗り込んだ。


出発の時刻になってもなぜか隊列は動かなかった。どうしたのかと馬車の窓から首を出すと、カイが馬を寄せて来た。


「実は先ほどからユリバラ王女とメルティニア王女が少々揉め事をされてまして。」


私はハッとした。まさか二人の若い王女が大佐を取り合っているのか!?なんて面白そうなんだ。ぜひ離れた場所からじっくり見学したい。


「メルティニア王女が、ご自分の馬車がユリバラ王女より後ろになるのが納得出来ないとお怒りで、馬車に乗って下さらない様です。」


なんて下らないんだ。私は喧嘩の理由に深く失望した。

窓から首を伸ばして王女達の方を見ていると、痺れを切らした大佐が彼女達のもとに駆け寄るところだった。何事か二人を一喝した様だ。すると二人は納得した様子で互いの馬車に引き下がっていき、やがてようやく皆で出発する事ができた。


王宮を出て街を抜けると私達は田園地帯に入った。

この世界の初めて見る景色を前に、私は流れる車窓に目を輝かせて見入った。

森や平原、畑が次々に表れては後ろへ通り過ぎ、合間に小さな街や村が点在した。

昼まで休み無く走り続ける為、車内の時間潰し用にカードゲームも持ち込んでいた。

馬車の中でサハラと二人で簡単なカードを使ったゲームや、お喋りをしてやり過ごした。


サハラの実家は下級貴族ではあるが、商売に成功していてかなり裕福なのだと言う。彼女は13歳の時に王宮に侍女として上がったらしい。


「王太子様付きの侍女になれた事を、両親はとても喜んだのですが。たった数ヶ月でラムダス殿下はトンプル宮に移されてしまって。両親は嘆き悲しんで、私に離宮勤めなんて辞めて実家に戻って早く結婚するよういつも手紙で催促してくるんです。」


「結婚かあ。もしかして、サハラは婚約者とかいるの…?」


思いついて聞いてみると、サハラはパッと顔を赤らめた。


「親が勝手に決めた婚約者ならいます。でも、全然好みじゃないんです!」


「じゃあ、余計に実家に帰り辛いね…。」


「それに、王宮で素敵な殿方をたくさん見慣れてしまうと、私の婚約者なんてとても相手にする気は無くなります。」


そう言うとサハラは馬車を守る様に駆けている近衛兵達に視線を流した。

再び私に視線を戻す。


「何より、私はエリ様がいらしてから本当に楽しくて、トンプル宮仕えで幸運だったとすら感じているんですよ。」


「本当に?そんな事言われたらサハラに私惚れちゃうよ~。」


惚れても結構ですよ、とサハラが言うと私達は爆笑した。



昼食を取る為に馬車は風光明媚な村で一旦停車し、王女や侍女達は草原にめいめい大きな布を敷いて座った。その周りを下働きの女達が忙しく動き、カゴに入ったパンや果物等の食べ物を配膳したり、湯を沸かして茶を入れていた。

近衛兵は一部が食事をとり、残りは休まず辺りを警戒し続けていた。

私は木組みの可愛らしい建物が草原の中に立つ村の景観を楽しみながら、ピクニック気分で昼食を食べた。ここの生活は常に上げ膳据え膳で申し訳ない。


食事を終え、青空と草原を渡る心地良い風に吹かれて、出された茶をすするとなんとも言えない優雅な気持ちになった。

私は道中のオヤツがわりに、例のなんちゃってアンパンのミニバージョンをたくさん焼いてきていた。お茶受けにサハラと二人で食べていると、カイが馬で通りかかったので、アンパンを勧めてみた。

カイは馬を降りると私達のところまで歩いて来て、カゴに積まれているアンパンを優しい茶色い瞳で見つめると草原の上に膝をつき、笑顔でアンパンを食べてくれた。


私達三人の和やかなアンパンタイムは馬上から降り注いだ、陽光も蹴散らす冷たい声に一掃された。


「カイ、勝手に持ち場を離れるな。」


カイは浮気現場を妻に見つかった亭主の様な慌てふためき振りで立ち上がり、残ったアンパンを口に押し込み、大佐に詫びた。

大佐はカゴの中のアンパンを凝視した。


「何だその胡乱なパンは。」


う、うろんなパン!?なんて言い草だ。


「誰が持ち込んだ。」


どうやら大佐は王宮側で準備されていた食糧を全て把握していたらしい。大佐の大容量の記憶バンクに当然ながら保存されていなかった私のアンパンは、たやすく大佐の不審物探知レーダーに引っかかったらしい。

カイが大佐に説明してくれた。


「以前、エリ様が王太子殿下に、故郷のパンを作って差し上げた事を大佐にご報告致しました。これがそのパンです。イルドアでは食べた事が無い、不思議な味がします。」


どうやらカイはトンプル宮での出来事をいちいち大佐に話しているらしい。これは要注意だ。

大佐はカゴ入りアンパンを見つめたまま動かないので、渋々私は申し出てみた。


「大佐もお一つ如何ですか。」


心にも無い事を言ってみたところ、大佐は無表情のまま馬を滑り降りてこちらへやって来た。では頂こう、と呟きながらアンパンを一つつまみ上げると食べ始めた。

パンの中の餡に到達したのだろう。大佐の顔がふいに険しくなった。


「お口に合いませんか?」


「王太子はなんと仰った?」


なんとも屈辱的な質問だった。


「…食べれない事は無い、食えと言われれば食う、とか……。」


「妥当な感想だ。」


この大佐は私に喧嘩を売っているのか。

カイがそっと私の肩を押さえてくれなければ、さすがの私も大佐につかみかかっていたかも知れない。


「王太子の口に入る物をお前が作るべきではない。どちらにも毒にしかならないと心得ておけ。」


私は空いた口が塞がらなかった。想像を超越した中傷ぶりに返す言葉もない。


「どうした耳が聴こえなくなったのか。それとも口がきけなくなったのか。」


「わ、分かりましたよ!そんなにマズイなら、もう、今後一切、誰にもあげたりしません!一人で食べれば良いんでしょう!」


興奮し過ぎて息が上がった。

すると大佐は一転して極上の笑みをたたえてサハラとカイを見つめた。


「諸君、命拾いしたな。」


どういう意味だ。さらに腹立たしい事に、サハラは『ええ、本当に』と大佐に答えかねない表情でうっとりと大佐に視線を返していた。


今日という今日は、今度こそ、私は本気で大佐に対して怒りを感じた。昼の休憩が終わり、敷いていた布を畳む私の仕草から全身の怒りを察知した繊細なカイは、気遣わし気にこちらへ来て、私に声をかけてきた。


「…エリ様。もしや隊長の仰った事にご立腹でいらっしゃいますか?」


「勿論そうですよ。かねてから嫌な人だと思ってましたけど。街に一緒に行って、少し思い直した矢先にまた胸ぐらビリビリされて、今度は何ですか、私の手料理は殺人的にマズイだなんて。」


私は怒りのあまりまくし立てた。カイは驚いた様子で言った。


「エリ様、それは誤解です…!もっとも言葉の足りない隊長に責任がありますが…。王族の食事は作り手から給仕、毒味に至るまで細心の注意がされています。トンプル宮も例外ではありません。万一王太子殿下が食当たり等を起こされた場合、エリ様に無用な疑いがかかる事態を憂慮されての隊長のご発言なのです。」


「そうなんですか?全然そう受け取れなかったんですけど…。」


カイは私が馬車に乗るのに手を貸してくれながら、真摯な眼差しをこちらに向けて言った。


「隊長はエリ様に対して厳しい態度を貫かれてますが、全て隊長なりにエリ様を思ってされているのだと思います。…男は嫌っている相手を街に連れ出したりはしません。それに、隊長の先ほどの言葉をかりれば、エリ様にとってこの世界にいらしてから一番の『命拾い』は、誰よりも隊長に地下倉庫で捕らえられた事ではないでしょうか。こちらの言葉が話せるのは、隊長の術の結果なのですから。」


痛い所をカイに突かれた。

そうなのだ。私は馬車に再び揺られながら物思いに耽った。

異世界で人権を主張できたのは、歴史上に輝く偉人達の教えの力もあったが、何より私がこちらの言葉を解し、話せたからだ。更に言えば、その術も相当高度な技術が要求される類のものなのだと私はこの頃には分かっていた。

だがしかし。

いくら大恩があろうと、その後の紆余曲折が甚だし過ぎて、もはや笑顔で大佐に感謝の意を表明する機会は完全に失われている様に思われた。




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