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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第三章 仮面舞踏会の夜
15/52

3ー1

仮面舞踏会の日、朝からサハラは張り切っていた。

彼女は私が洗顔を終えるなり化粧のノリが良くなるという、私が見た事が無い液体を顔に塗りたくり、小さなナイフ片手に私の首筋や肩、腕のムダ毛の処理に余念が無かった。


結婚式当日の新婦になった気分だ。


「顔は仮面で隠れるから、そんなに気合いを入れなくても…」


「油断大敵ですよ、エリ様。それに、ずっと仮面を着けてる訳ではありませんよ。何か食べたりなさるでしょう。」


そうか。なるべく飲食は控える事にしよう。


夕方になるといよいよドレスに着替えた。サハラが用意してくれたドレスは淡いピンク色で、切り返しが高めに入っていて脚長効果が抜群だった。襟ぐりはV字に深めに空いていて、膝から裾にかけては金色の刺繍がされていた。私はサハラに何度もお礼を言いながら、思わず鏡の前でクルクル旋回して、馬子にも衣装を我が身で確かめた。


温めた金属製の棒を用いて髪にカールを付け、アップにして、念入りに化粧を終えると、サハラは満足そうに幾度も頷いた。


「さあ、エリ様。素敵な殿方達を捕まえて、楽しんでいらして下さいね!」


拳を握ってガッツポーズをするサハラに見送られ、私はカイと舞踏会が開催される王宮の大広間へ向かった。王宮への入り口はいつも私が使う、トンプル宮側ではなく、城門側の正面入り口から入らなくてはならないため、私達は王宮をぐるりと半周して城門側へ行った。

城門は舞踏会の招待客を乗せた馬車を次々に飲み込んでいた。私は王宮の入り口でカイと分かれ、そこから大広間までは他の招待客と一緒に案内役の女官に連れられていった。

大広間に着くと私はその絢爛さに息を呑んだ。高い高い天井からは数え切れないほどの金とクリスタルのシャンデリアが掛かり、壁は全体が彫刻と絵画で埋め尽くされていた。

既に仮面をしたたくさんの招待客で溢れており、彼等の煌びやかな衣装が大広間を更に華やかな場にしていた。

正面奥には玉座が設けられ、そこに座る二人だけは仮面をつけていなかった。

遠目で良く見えないが、国王夫妻なのだろう。初対面の印象が悪過ぎる。あまりあのエリアには近付かない様にしよう。


大広間からは大きな庭園に出られるようになっていて、トンプル宮の前にある物より遥かに大きく豪華な庭園が広がり、そこにも料理や飲み物が並んだテーブルがたくさん出されていた。

ダンスは大広間の真ん中でするという決まりがあるのか、弦楽器の生演奏が始まる度に男女のペアが真ん中に自然と集まり、ダンスをしていた。

色とりどりのドレスを着た女性達がクルクルと動くダンスを見ていると、まるで巨大な万華鏡を見ている様だ。


私は初めての社交界デビューに胸を高鳴らせながら、大広間の中をうろうろした。気分だけは絵本の中のお姫様だ。例え実際は『壁の花』と言われようが、仮面舞踏会を眺めるのはそれだけで楽しかった。


意外にも暫く大広間をうろついていると、何度かダンスのお誘いを受けた。私も捨てたものじゃない、と嬉しい反面断らなければならないので、ダンスを知らない事が大変残念で仕方なかった。


大広間にも休憩をする為にソファが並べられている箇所があり、そこには女性達が自然と集まってお喋りをしていた。どうやらどの男性が一番見栄えが良いか討論しているようだった。私も足を休めようとソファに座ると、彼女達は気さくに話し掛けてきた。

彼女達の会話に登場するのは私が知らない貴族の男性の名前ばかりだったので、適当に相槌を打っていると、知っている名が出てきて思わず耳をダンボにした。


「ご存じ?ユリバラ王女様が近衛隊長と結婚なさりたい、と国王陛下に嘆願なさっているとか」


「なんですって!?あの方がご結婚なんてなさったら、王宮中の女が泣きますわ。」


「でももう三十歳になられますもの。いつまでも結婚なさらないから、アレヴィアン様は男色などという噂が絶えないのよ。」


なんと、これは聞き捨てならない。あの大佐には男色疑惑があるのか。確かにあの大佐の女性に対する態度は常軌を逸しているもんな。非常に納得できる。

私はこのネタの情報をもっと仕入れようと口を挟んでみた。


「近衛隊長は男色なんですか!?」


「単なる噂よ。でも王宮の名立たる美女達がどんなに誘ってもなびかないんですもの。女性に興味が無いと思われてしまっても仕方ないわ。」


そうか、そうなのか。

侵略の英雄・アレヴィアン大佐は男色だったのか。私は勝手に自己完結した。

突然その中にいた一人が声を潜めて言った。


「それはそうと、今日の舞踏会はウィンゼル殿下の婚約者候補の方々も全員いらしてるんでしょう?貴方がた、本命はどなただと思う?」


これは思わぬ情報を聞いた。

という事はカナヤの姫も来ているのだろうか。


「私は王妃様の姪のご令嬢だと思うわ。ウィンゼル殿下とお付き合いなさってるみたいだし…」


彼女達は口々に違う女性の名を列挙したが、メルティニアの名がのぼる事は無かった。

私は居ても立ってもいられず、思い切って言った。


「私、お父様がカナヤの姫君が候補のお一人かも知れないと仰ってたのを聞いたの。」


お父様って、自分で言うと背中のあたりがむず痒くなるな。


「あり得ないわよ!だって……カナヤの姫君と言えばラムダス様の…ねえ?」


「あの姫君は昔一度ラムダス殿下にお会いして以来、殿下一筋だと聞いたわ。」


「でも、今の状況では婚約破棄になっても仕方ないかも知れないわ。」


彼女達の意見を聞き終わると私は席を立った。やる事が出来た。メルティニア王女を探そう。姫が来ていなければ王太子の杞憂で終わるのだから。


大広間に集う人々を見ているうちに、ドレスや仮面の質の違いから、大雑把になら彼等の地位が区別できてきた。例えばどちらかと言えば質素な衣装を着ている人々の多くは、出入り口付近に固まって居た。下級貴族なのだろう、と私は推測した。


私はこの短時間で会得した独断と偏見を頼りに、周囲を徘徊してメルティニア王女を探した。それらしき女性に目星を付けては、近付いて会話に聞き耳を立て、言葉に訛りが無いか確認する。カナヤ王国ではカナヤ語が話されているはずだから、カナヤの王女がこの国の言語を流暢に話すとは考え難い。もっとも大佐の術を使っていれば別だが。


この当てずっぽうな探索を一時間近くは続けたが、疲労以外の目立った収穫は無かった。

足が棒の様になり、耳と目を駆使し過ぎて気持ちが悪くなった。第一、本当に王女がいるかも不明なのだ。いないならそれに越した事は無いけれど。


大広間に充満する飲食の匂いと女性達の十人十色の香水の香りが雑多に絡み合い、私の気持ち悪さに拍車をかける。少々人酔いしたかも知れない。私は外気を吸おうと庭園に出た。

大広間を抜け出し、庭園に行くと深呼吸して新鮮な空気を胸に取り入れた。ピリっと冷たいがそれが又今は心地良い。

私はちょっと頭を冷やそうと庭園を回ってみる事にした。日は沈んでいたがあちこちに設置されたランプのおかげで散策には苦労しない。小さな池や噴水、白いベンチの置かれた休憩スペース、真っ赤な花を咲かせた立ち並ぶ低木。レンガのパーテーションに鬱蒼と絡み付いて茂る蔦が、その前に立つ白い馬の像の足まで捉えている。


庭園の奥の方まで来るともう余り人はいなかった。ひと気が無いのを確認すると私はようやく仮面を外し、天を仰いだ。やはり着けっ放しは辛い。

風に乗って大広間の演奏がそこまで聞こえる。誰も見てないし、踊ってみようか…。

私は仮面を着け直すと大広間で見た女性達の見よう見まねで、気取って歩き、相手がいると想像して空気に向かって手を差し出し、音楽にあわせて自己流のダンスをした。

人の気配が無い、木々に囲まれた仄暗い緑の庭園は私を開放的な気分にさせた。私は音楽を口ずさみながら空気の肩に手を掛けた姿勢で軽やかにステップを踏む。

楽しかった。


突然後ろで草が踏まれる音がした。


「私で宜しければお相手させて頂けますか?庭園の妖精さん。」


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