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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第二章 トンプル宮
11/52

2ー7

夜が明けなければ良いのにと思う私の願いも虚しく、無情にも朝が来た。

私は正午までに大災害が発生するか、我が身を病魔が襲ってくれる事を期待したが、どんなに念じても腹痛一つ起きなかった。代わりに昼近くなると震える両膝が私の抱く恐怖のほどを露呈していた。


サハラは王宮の図書室に向かった。私の伝言ーー第二王子と知り、畏れ多くてお誘いをお断りする、との旨をウィンゼル王子に伝えに行ってくれたのだ。

正午になると、遂には大佐が私との約束など忘却してくれている事に一縷の望みを抱いたが、果たせるかな大佐はトンプル宮に現れた。


「待たせたか?……今日の服装は大変結構だ。」


心底全然待っていない。……大佐のお怒りを無駄買いしない様、露出の少ない服にして本当に良かった。

いつもの青い近衛兵の制服ではなく、私服の大佐を初めて見た。髪も後ろで一つに括っているだけだ。簡素な服を着ると大佐は顔の派手さが余計に目立つ。


私達は王宮の近くから馬車に乗り、街へ出るべく王宮を取り囲む城門へ向かった。

軽快な馬の蹄の音を聞きながら、窓の外を流れる景色に釘付けになった。城門は分厚く、上を人が歩ける造りになっており、正面にある大きく開かれた木の扉からはたくさんの馬車や人々が列を成して出入りしていた。通行する際は門番に何やら書類を見せている。

私達の乗る馬車は大佐が窓から顔を見せると、何の審査もなく門番が道を開けてくれた。大佐は顔パスらしい。触らぬ神に祟りなし、と言ったところだろう。


城門を抜けると眼前に広がる素晴らしい景色に私は口元をほころばせた。

トンプル宮のベランダからは一部しか見えなかった街並みが遮るもの無く広がり、私は自分が絵本の中に飛び込んだ錯覚を覚えた。ひしめく白い家並みと赤茶の屋根が生み出すコントラストは、どこまでも広がる街並みに統一感を与え、一つの広大な芸術作品のようだ。

城門からは太い下り坂となっていて、しばらく進むと街中に入った。その中心部の広場とやらまでいくと私達は馬車を降り、私は街の賑わいに水を得た魚の如く生き生きとした。大佐を忘れて、広場に立ち並ぶ屋台の食品を覗いたり、道行く人々の様子を興奮気味に観察した。街中にはアジア系っぽい顔立ちの人もチラホラいるではないか。今まで感じていた疎外感がふっと軽くなる。


「はぐれる前に私とそんなに手を繋ぎたいか。……まずは昼食を取ろう。」


私は二度と大佐から不用意に離れまいと、本体に引きこまれる掃除機のコードよろしく勢い良く大佐の傍に戻ると、そのまま気をつけの姿勢で大佐の後について行った。


大佐が何の躊躇も無く店を決め入って行くと、私はその高級感溢れる店内の様子に、ポケットの中に入れてあるお小遣いが足りるのかが心配になった。昨夜カイがあの憐れみに満ちた面持ちで私にいくらかくれたのだ。私のせいで非番が消えたというのに、聖母の慈愛に溢れた近衛兵だ。


席に着くとウェイターが持って来たメニューに目を落とした。

しまった。サハラの文字表を持参すべきだった、と心の中で自分を烈火の如く恫喝していると大佐が又も僅かな逡巡も無く次々注文をした。

明らかに私の分も頼んでいる。

まずい、お金と相談したかったのに。

大佐と向かいあって食事をするのは異常な労力を要した。余計な発言で自分を窮地に追い込みたくないが、気まずい沈黙に耐えつつ食事を取るのもいかがなものか。無い頭を総動員させて私はサハラとの毎日について話したり、この世界について逆に質問したりしてやり過ごした。

料理は絶品だった。トンプル宮の食事もかなり質の高い物だったが、この店の料理はその上を行った。繊細な盛り付けの前菜は色鮮やかで、香ばしいパイに包まれた肉はとろける程柔らかい。黄金色のスープはシンプルながらも深いコクがあり、合間に出されるパンは噛めば噛む程味が出た。デザートは最早何で出来ているのか分からない未体験の味がするジュレだった。


食事が終わり大佐が一旦席を外すと、私は待ってましたとばかりにポケットのコインを数えた。日本の硬貨より一回り大きいそれらは、金銀二種類あり、なかなか分かり辛い。


「何をしている。」


気配もなく席に戻って来た大佐が急に声を掛けてきたので、私は守銭奴の様にコインを一枚一枚数えている姿を見られ、恥ずかしかった。


「足りるか心配で……。」


「支払いならもう済ませた。私は女子供に払わせる趣味は無い。行くぞ。」


自分が女と子供のどちらに分類されているのか若干引っ掛かったが、有り難くご馳走になる事にした。



その後私は大佐とぶらぶら街中のお店を見て回った。異国でのショッピングは実に楽しい。


店を一通り見物し広場に戻ると、中央に特設舞台が設置されており、老若男女の見物客が人垣を作っていた。興味をそそられ近づいてみると、どうやら人形劇が始まるらしい。

チラっと大佐を確認すると、興味の欠片も抱いていない事は明白だったが、たくさんの見物客に釣られて私は地蔵の様にその場を離れなかった。


南の隣国リヤドの圧政に苦しむ国境沿いに住んでいる少数民族が、我が国イルドアに助けを求めて来た、というくだりから劇は開幕した。

イルドアーーー確かサハラがこの国の名前だと言っていた気がする。という事は歴史物の人形劇らしい。

イルドアが静観している内に少数民族は隣国に対して武装蜂起するが、失敗し逆に隣国軍によって激しい弾圧を受ける。そこへ少数民族救済の名目の下、イルドア軍が国境を越え武力介入する。国同士の武力衝突となり、戦いは激化するばかりでなく泥沼化していく。

そんな戦場へ突如登場したのが近衛兵だった。

私は舞台に現れた、見慣れた青い服を模した衣装の人形達に興奮した。こんな所で近衛兵を目撃できるとは。なんとなく有名人と知り合いになれた様な誇らしい気分になった。

近衛兵は破竹の勢いで隣国軍を蹴散らし、少数民族を解放した挙句、隣国から莫大な賠償金を巻き上げ、国境線を大幅に南にずらして広大な地域を併合した。

観客達は近衛兵の活躍ぶりに熱狂し、領地拡大に至るや周りにいた人同士でハイタッチをする喜び様だった。

いや、でもさ。これ軽く隣国侵略しちゃってるでしょ。現代の私の世界でやったら国連からキッツーイ制裁発動されるでしょ。

劇の舞台はイルドアに戻り、戦いで功績をあげた近衛兵の一人が大佐に昇進する場面で観客が再び興奮した。解放の英雄!正義の英雄!と口々に叫んでいる。

あれ?待てよ大佐ってまさか…。

横で腕を組んで冷めた表情を浮かべた自分の連れを見ると、彼は面倒そうに言った。


「陛下の能無しの側近が、戦いが終わる迄に数年はかかると進言してくれていたらしいが、実際は近衛が参加して半年足らずで終戦に至った。それだけの事だ。」


ではあの侵略の英雄…じゃない、解放の英雄とやらはあんたの事か!

再び人形劇に視線を戻すと、大佐に昇進した青服の人形を、着飾ったユリバラ王女の人形が大佐の名前を黄色い声で呼びながら抱擁するシーンで閉幕となっていた。

私は抑えきれずふき出した。膝を折り、お腹を押さえて爆笑した。

たまらない…!

人形扮するユリバラ王女が、アレヴィア~ン、と大佐人形に抱きついているのだから。しかも大佐人形は実物より数段可愛い。忠実なのは長い金髪くらいだろう。

だいぶ笑ったところで頭上を突き刺す冷気に気付き、喉元をせり上がる笑いをどうにか噛み殺した。


「下らぬ芝居だ。だから見せたく無かったのだ。」


大佐は笑いを堪えようと失敗して奇妙な顔になっている私をその場から引き剥がす様に連れ出した。


「もうすぐ帰る。まだ行きたい店があれば行っておけ。」


幾つかお店を手早くまわり、私はカイに貰ったお小遣いでトンプル宮の皆にお土産を買った。


帰りの馬車に乗り込むと私は大佐に今しがた購入した手土産のお菓子を渡した。大佐が怪訝そうに私を見返す。


「今日付き合って下さったお礼です。ありがとうございました。とても楽しかったです。」


実際今日私はこの世界に来て以来、一番笑った。主にあの人形劇で。それに女性の買い物に男性が付き合うのが大変だという事も、私はこの年なので良く理解している。


「こちらこそ礼を言おう。私も非番を満喫できた。………私からも渡す物がある。」


大佐はそう言うと急に私の左手首を掴み、私の指先から手首に向かって何か光る物を滑らせた。放された自分の手首を見ると、金色に輝く腕環がはめられていた。

まあ、素敵!大佐ったら小粋な!と乙女の恥じらいに浸る間も無く、私は妙なモノを目撃した。

はめられた腕環がグ二ーッと縮んだ様に見えた。そんな馬鹿な。

目の錯覚かと瞼を擦り、念の為腕環を外してみようとした。

と、取れない!!

はめられたのだから抜ける筈の腕環が、どう見ても私の手首の最大周囲より小さくなっていて、手首に溶接して着けた様に抜けなかった。


「あれっ、おかしいです。大佐、なんか外せないみたいなんですけど?」


「気にしても無駄な事は気にするな。」



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