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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第二章 トンプル宮
10/52

2ー6

私は銀音笛をきれいに洗うと、王太子に返しに行った。

何やら資料の様な物を読んでいた王太子は、私の顔を見ると呆れた風情で言った。


「聞いたぞ。池に飛び込んだそうだな。どうかしてる。」


「飛び込んだんじゃなくて落ちたんです。」


私は慌てて訂正する。


「……エリは、……なんて言うか、変わってるな」


銀音笛を渡すと王太子は特に表情を変えずに受け取ったが、右手の指先でそっとそれを確かめる様に摩ったのを私は見逃さなかった。やはり、頑張って探して来てよかった。


「笛が凄くお上手なんですね。昨日ベランダで聴いた時、感激しました。」


「そうか?なら今お礼に一曲披露しよう。」


気を良くしたのか王太子はニッと笑うと、昨日とは打って変わってリズミカルな明るい曲を演奏してくれた。

曲の調子に合わせて王太子の優しい緑色の瞳が愉快そうに踊り、柔らかそうな茶色の髪がフワフワ揺れた。彼は幽閉されている割に、頑丈そうな体躯をしていた。肌の色も健康的に焼けているのが不思議だ。屋上で運動でもしているのだろうか。今度聞いてみようか。


王太子には、明るい曲が似合った。



私は日中は王宮の図書室に行くのを日課にしていた。サハラの文字表を片手に、簡単そうな本を読もうと挑戦するのだ。

しかし王宮の図書室の蔵書は白書や研究書ばかりで、私は悪戦苦闘していた。


今日は室内にかなり人がいたが、皆各々の作業に集中しており静かだ。

暖かい閲覧スペースにいると、気が付くと舟を漕いでいる自分がいる。

静まり返った快適な室温。

吹き抜けから注ぐ柔らかな太陽の恵み。

意識はひらりと後ろへ飛び跳ね、その度がくんと首が衝撃を受け、はっと覚醒する。

しかしそれも長くは続かず、再び意識が混濁する。

そんな微睡みの中で、私はいくつかある扉の内の一番近くの入り口から人が入ってきたのを認識した。資料でも取りに来たのだろう、と未だ抗い難い睡魔に身を任せていると、その人物が閲覧スペースへ迷わず歩を進め、私目掛けて歩いて来る事に気付いた。

霧が晴れ渡るが如く意識が戻り、目をしばたきながら相手を見た。


見知らぬ男だ。


「やあ、お茶でもしない?」


私は今まで繁華街の駅前でナンパされた経験が二度ある。

その時と一言一句変わらぬ台詞を異世界の王宮図書室で聞く事になるとは予想外だった。

反射的に顔を背け、私は答えた。


「今、忙しいんで。」


「キミ、今、寝てたよね?」


私は目を落としていた書物から弾かれる様に顔を上げた。改めてきちんと見れば、眠気もジェット気流で飛ばされる様な美青年だった。吹き抜けから注がれる陽光を乱反射する黄金の髪は短く整えられ、同じ金色の長い睫毛が縁取る大きな瞳はどこまでも澄んだ南国の海の様な青い色。

この世界はイケメン率が高過ぎやしないか。

それとも王宮とはそういう場所なのか。止まらぬ美形のオンパレードにそこはかとなく疲労を感じ始めた。


「異世界から来たんだってね。」


誰だよ、私の正体は秘密裏にされてるとか言ったのは。

私は愛想笑いを浮かべて誰何した。


「私の名はウィンゼルという。エリと呼んでもいいかな?」


あ、あはは、と引きつりながら私は頷いた。ウィンゼルという男の着る真紅の長い上衣には金糸の刺繍がされ、片側の肩に掛けられたショールにも隙間なく刺繍とビーズが施され、腰に巻かれた太いベルトはふんだんに装飾がされていた。足下に目をやれば、ブーツはツヤツヤに磨き上げられていて、顔が写せそうだ。

王宮のオシャレ番長に違いない。

番長が私に何の用か。


番長は勝手に私の向かいに座ると話を続けた。


「こんなつまらない所で時間を持て余しているなら、街でお茶でもしようよ。私が街を案内してあげるよ?」


「街に、ですか?」


それは大層魅力的なお誘いだった。それまでの私ときたら、観光地に折角いるのにホテルの敷地から一歩も出てない様なものだったのだから。

私が食い付いてきた事が分かると番長はソファの肘掛けに肘を乗せ、身を乗り出して提案してきた。青い目は真近で見るとまるで光っているみたいに見えて神秘的だ。


「出掛けても別に平気なのでしょう?明日、昼前にここで待っているよ。」


いいのかな。番長、王宮で働いてる人なら変な人じゃないだろうし……何より、街に行ってみたい。でもカイとサハラに相談してからの方が良いかも知れない。


「行きたいんですけど、もしかしたらダメかもしれません。」


「なぜ?この国の王都は治安が良い事で有名なんだよ。何も心配はいらない。…エリを美味しい焼き菓子のお店に連れて行きたいな。」


最後の一言に私は完全に釣られた。それに悔しいが、金髪に青い目のオシャレ番長にナンパされて断るのは日本人にはかなり難しい事が良く分かった。気がつくとなし崩しに首を縦に振っている自分がいた。



洗っておいて貰った大佐のマントが夕方には乾いたので、私は大佐にマントを返却する為にカイと共に再び近衛兵の訓練所へ行った。

訓練所では大佐の号令で近衛兵達が長い筒状の武器を一斉に掲げたり突き出したりしており、広場を埋め尽くす程の兵達が一糸乱れず武器を扱う様は壮観であった。

私とカイは彼等を邪魔しないよう少し離れて見ていたが、大佐は私達に気付いていたらしく訓練が終わると直ぐにこちらへ歩いてきた。

手の込んだ髪型は夕方、しかも近衛兵の訓練の後だというのに、なぜか僅かな乱れも無かった。術でも使って固定してあるのだろうか。

私は挨拶もすっ飛ばして大佐にお礼を言いながらマントを押し付ける様にして返すと、さっさとその場を離れようと踵を返した。


「待て。まだ話が終わっていない。」


何だろう、とびくびくしながら振り返ると大佐はいつもの読めない表情で言った。


「ラムダス殿下と親しくするな。」


私は驚いて目をパチパチさせた。


「王太子には政敵が多い。近づき過ぎれば共に葬られる。」


恐ろしい事を随分簡潔に言われた。


「近づくも何も……同じ宮にいるのに…」


「では出来る限り近づくな。それと第二王子にも近づくな。」


第二王子。それなら大丈夫だ。知り合ってすらいない。


「第二王子なんて顔も知りません。あっ、でもユリバラ王女にはお会いしました。」


ユリバラ王女の名前が出るなり大佐は眉をしかめて不快そうな顔をした。ユリバラ王女は大佐にお熱な割に覚えはめでたくないらしい。


「お話が以上なのでしたら私はこれで…」


「待て。明日カイは非番だ。代わりにクレジェルトをお前に付ける。」


そう言うなり大佐は近くにいた兵にクレジェルトをここへ呼んで来い、と命じた。


「あのう、明日は私、街に出掛けるつもりなんですけど、その人も一緒に来ていただく事になるんですか?」


「街へ?どうやって行くつもりだ。」


まずい。大佐の不快指数を表すメーターが振り切れそうになっている。


「えっと、番ち…じゃない、ウィンゼルさんと一緒に…」


「ウィンゼル?!第二王子か?!」


えっ、と私は固まった。


「第二王子もお名前がウィンゼルというのですか?」


「王族と同じ名は二人といない!ウィンゼルを名乗るのは第二王子だけだ。何が顔も知らない、だ。直ぐに断れ。さもなくば私が街へ連れて行ってやる。」


なんて笑えない冗談だ。大佐と二人で街を歩くなんて、想像するだけで恐怖で身が引き締まる。私はカイの優しさに縋る事にした。


「お忙しい大佐のお手を煩わす訳には。それならカイと行く事にしますので結構です。」


「そうか。そんなに私と街へ行きたいか。残念だな。カイは当分非番がない。お前に明日付き合えるのは私だけだ。」


人の話を聞いていたのか。というより、さっきと言っている事が違うじゃないか。

そこへクレジェルトを連れて参りました、と先ほど大佐に命じられた近衛兵が戻ってきた。すると大佐は彼等の方を向きもせずに言った。


「クレジェルトか。もう用は無い。ご苦労だった。」


クレジェルトは湧きおこった狼狽を瞬時に押し隠し、キビキビと頭を下げると来た道を何事も無かったかの様に戻って行った。さすが大佐の部下だ。不合理な仕打ちに慣れているのだろう。気の毒な彼の後姿を目で追い視線を大佐に戻すと、大佐は口の端を歪めて笑っていた。


「明日、正午にトンプル宮に迎えに行く。首を洗って待っていろ」





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― 新着の感想 ―
おい、24歳。ちょろすぎるぞ。知らない人について言ってはいけませんとお母さんに教わらなかったか? というか、大佐。お前もよくわからん。靡かないから構うのか?ツンデレなのか?
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