8・冬支度
真夜中に集会所の側を通りかかった老人は、腰を抜かすほど驚いた。
なんと集会所の真ん中に、猫が山積みになっていたのだ。老人は動揺しつつも、おそるおそるその猫の山に近づいていった。
離れたところから見るよりも、その山は遥かに高くそびえたっている。約二メートルといったところだろうか。
「死んでいるのだろうか」
他に誰が聞いているわけでもないのに、老人は声を潜めて呟いた。
そして試しに一匹の猫を抱き上げてみた。
すると。
「ちょっとじいさん! 寒いじゃないの、何すんのよ」
物凄い剣幕でその猫に怒られ、思わず手を放してしまった。
猫は上手く着地すると、なにやらぶつぶつ文句を言いながら、猫の山へよじ登り始めた。
そして元いた位置まで戻ると、隙間に顔を突っ込んでまた眠り始めた。
「ここで何してるんですか」
思わず丁寧な口調になってしまう。
何度か呼びかけた末、さっきの猫が仕方無さそうに顔を老人の方へ向けた。
「うるさいわねぇ、あんた誰なの」
「いや、通りかかったものですが」
「じゃ、口出ししないでちょうだい。あたしたちは今、冬支度してんのよ。これからが戦争なんだから」
「ふ、ふゆじたく?」
「これから寒くなるでしょ。今からちゃんと用意しておかなくちゃ」
そうですか、と妙に納得した老人はそのまま立ち去った。
次の日。
商店街で買い物をしていた老人は、福引大会で賑わう一角を通りかかった。
「ねえねえ」
声をかけられて振り向くと、小さな女の子が立っていた。迷子にでもなったのだろうか、周りには保護者らしき者の姿はない。
「どうしたんだい」
「これあげる」
少女はニコニコしながら、ピンクの紙を五枚差し出してきた。
福引抽選券。五枚で一回。と書かれていた。
それを読んでいるうちに、少女の姿は消えていた。
特に何があたるわけでもないと思い、気軽な気持ちで福引をすることにした。
ガラガラと木箱が回る。
出てきたのは、白い玉だった。
「はーい、あなたは二匹ですね!!」
そして手渡された紙には『おめでとう 猫二匹 引換券 ※交換場所は猫の集会所です』の文字が。
その晩、ためしに老人が猫の集会所に赴くと、そこには長蛇の列ができていた。
よく見ると、広場から帰っていく人の腕の中にはそれぞれ猫がおさまっている。列の先を見てみると、あの猫山があった。
「はい、さっさと並んでくださいね!」
後ろから誰かに背中を押され、気が付くと列の最後尾に並んでいた。
待つこと五分。
目の前まで迫った猫山の高さは、先日見たものと比べておよそ半分になっていた。
猫山の傍に立っていた猫に、引換券を見せるように言われる。
「二匹ですね。じゃ、どうぞお好きな猫を。春になったら逃がすもよし、そのまま買うもよし。ただし、選んだ猫の命の保障はしてくださいね。殺したりしたら、ただじゃおきませんよ」
何を理不尽な、と思いつつ猫山を見ると、昨日自分を怒った猫がいるのに気づいた。
「じゃあ、この子とこの子にします」
迷うことなくその白猫と、隣にいた三毛猫を選んで帰った。
ね、よかったでしょ。
この冬はお互いあったかく過ごせるというわけよ。
あたしは上手くえさにありつけるし、あんたはあたしを膝の上に乗せておけば良いのよ。
まさに一石二鳥というわけね。