5・ハンカチ
お久しぶりです。更新が遅れてすみませんでした(><)
後姿の美しい、ワンピース姿の女が夜道を歩いていた。
彼女はバックから水色のハンカチを取り出し、額を抑えた。
確かに、今日は外に出て動くと汗ばんでしまうくらいの気温だ。昼間よりだいぶましにはなったのだが。
前を行く女をちらりと見てから、何気なく空を見上げた。
それから視線を戻して、また無意識に視界に女の姿を入れようとしたときには、ただ道路にハンカチが落ちていただけだった。
「お前、馬鹿だなぁ。そんな出会いに期待してハンカチ拾ってきたの」
事の次第を話すと、彼は真っ先にニヤついた顔で冷やかしてきた。
だって、と控えめに言うが、控えめな発言がこいつの耳に届くはずがない。
「でも、なんかこれ高そうだし、無くしたらあの女の人ショックかなーなんて……」
「だったら何で拾って来たんだよ。もしかして途中で気付いて戻ってきたかもしれないだろ。あーっ!? やっぱお前、それで素敵な出会いを狙ってるんだろ」
違うよ、と、これまた控えめな発言は奴の笑い声にかき消されてしまった。
四辺には小さなレースが付いている。淡い水色と白のボーダー柄。隅には小さな黒猫の刺繍。
こういうハンカチ、クラスの女子なんかが見たら欲しがるのだろうか。
「それで昨日は何時に通りかかったんだ」
「は?」
「だから、それを拾ったのは何時ごろだったのかって」
「なんだ、結局協力してくれんの」
「違ぇよっ。もし可愛かったら、俺がそのお姉さまナンパすんだ」
というわけで、この高校生二人組みは部活後に校門の前へと集合し「お姉さま捜索」を開始するのだった。
昨日より少しだけ涼しくなったためか、夜は肌寒いくらいだった。
大通りを一本入ると、途端に静けさが襲ってくる。聞こえるのは、隣を歩く彼が自転車をひく音だけ。
そういえば、小学生の時はこの道を歩くのが、まだ明るい夕方でも怖かったくらいだ。今考えると、一人になって考え事をするのにはトイレや風呂なんかよりも遥かに良い。
「てか、お前の家この道に面してんじゃん」
「だから拾ったんだよ。もしあの人が家の脇を通りかかったら、俺が気付くかもしれないだろ」
「ふーん、なんか凄く硬派な意見ですね。だから彼女できないんじゃないですかぁ?」
ニヤニヤしつつ、下から人の顔を覗き込んでくる。
これがなんとも不愉快で、初めてやられた時は彼の顔面にパンチしてしまったことがあった。やっぱり小学生の頃だ。
ギャグのわかんないやつだなぁ、お前。このセリフにかなりショックをうけた。そうか、自分は冗談も理解できないカタブツなのか、と。
「俺も進歩したんだなぁ……」
「だよな。まさかこんな漫画みたいな展開を密かに思い描いちゃってるような、そんなドリーマーになっちゃうなんてな」
昨日ハンカチを拾ったところまで来て足を止めた。
しかし自転車をひく友人の足は止まらず、そのままニ・三歩進んでからようやくこちらを振り返ってくれた。
「もしかして、ここで拾ったん?」
「そうだけど」
「つーか、ここがどこだかわかってないだろ」
彼が指差す方を見る。そこには、小さな子どもがサッカーなんかをして遊べそうな広場があった。
実際、自分も小さな頃はこの広場で何度も遊んでいる。
「よく猫が集まってるんだよな、この広場」
「だから、やばいってこの広場!」
やけに深刻な顔で言うのが可笑しくて、思わずふきだしてしまった。
すると彼は怒って、
「笑ってる場合か、ここは猫の集会所だよ! やばい噂が……」
『あら、やばい噂って何かしら』
突然女の声がした。
すると間もなく、ポケットに入っているハンカチがもぞもぞと動き出す。
急いで出してみると、隅に確かにあったはずの黒猫の刺繍がぽっかりと消えていた。
「おい……猫が……!」
友人の声が震えている。彼の視線の先には、一匹の黒猫がいた。
『君達がハンカチ拾ってくれたのね。ふふふ、なかなか良い具合だわ』
そう言うと、黒猫はみるみるうちに人間に──昨日と同じ、ワンピース姿の女になった。
二人が呆気にとられていると、彼女は綺麗な歯を見せて笑いながら自分達の腕を掴んできた。
「あの、どういうつもりでしょうか」
『君達は、猫になる素質があるわ』
「え、俺はこいつに付き添って来ただけだよ」
『大丈夫、心配ないわ。このハンカチが見えてるってことは、猫になる素質があるっていう事だもの』
自分達は猫になるつもりなんかないと、まずは遠まわしに言ってみた。しかし上機嫌の彼女には、何を言っても無駄だった。
『よし、じゃあまずは山にこもって猫になるための修行ね! はい出発!』
”高校生男子二人組み、謎の失踪事件発生!!”
──これが、翌日新聞の一面を飾った記事である。