4・墓
その日は、雨がざあざあ降っていました。
僕はどうもこの雨というものが嫌いです。昔から、雨の日だけは外に出ないようにしていました。
けれどそんな日でも、僕の友達であるユキちゃんは元気良く出かけていきます。
ユキちゃんの、いってきますという声が聞こえてくると、ああ今日も一日が始まるのだなという実感が湧くのです。
ユキちゃんこそが僕の一番大好きな人です。
だからユキちゃんが死んだとき、僕の中で時間というものが止まったように感じられました。
「また君か。こんな雨の日まで良くもまあ」
一匹の黒猫が、一つの墓の前に座っているのをみると、少女は近づいて隣に腰をおろした。
傘に入れてやると、黒猫は小さく一声鳴いた。
黒猫はどうやら毎日この墓に通っているらしい。墓には大好きだった主人でも埋まっているのか、はたまた恨みを持っていた人間が埋まっていて、それを毎日あざ笑っているのか。どちらにせよ、毎日墓に通うなんて、何かよっぽどの理由があるに違いない。
「私も結構墓参りに来るけど、君も熱心だよね」
黒猫は、黙ったまま墓標を見つめていた。
“斉藤家之墓”と刻まれたそれは、冷たい雨の中、ひっそりと建っていた。
少女はむせ返るほどの雨の匂いを吸い込みながら、黒猫と一緒にしばらく墓を見つめていた。
「じゃあ、機会があったらまた会おうね」
それから黒猫を撫でると、墓地を後にした。
少女が次に黒猫の姿を見たのは、世間でちょっとした噂もたっているあの「猫の集会所」の中だった。
黒猫は木の上でじっと動かず、遠くを見ていた。
何がそうさせるのか、少女は気付くと猫のいる木の下まで足を運んでいた。
「ねえ、君でしょ? いつも墓参りしてる黒猫でしょ」
声をかけると、黒猫はちらりとこちらを見たが、すぐにまた視線を遠くへ向けた。
そこで気付いた。猫が墓地のある方角を見ているのだ、ということが。
「なるほどね、そんなにあの墓が気になるんだ」
少女はそれだけ言うと、すぐに猫の集会所を後にした。
そして季節は流れ、黒猫と再会したのはある夏の晩のことだった。
墓地の近くでは祭りが開かれ、少女は親しい友人と連れ立って、そこにやってきた。
沢山の屋台が立ち並び、少女達は祭りが終わるギリギリの時間まで楽しんだ。
そして帰り際友人と別れた後、そういえばこの近くに、黒猫が通う墓地があったという事を思い出し、寄ってみようと決めた。
夜遅くに墓へ行くのは少し抵抗があったが、不思議とあまり怖くはなかった。
だが少女は墓地に入ってすぐ、恐ろしい光景を目の当たりにした。
黒猫が、人間の子どもを食い殺そうとしている姿を見てしまったのだ。
子どもは浴衣姿だったので、きっと祭りに来ていたに違いない。大方、祭りの最中に黒猫の姿を見つけて、好奇心から後を追ってきたのだろう。
「何してるの!?」
仰向けに倒れた子どもの喉笛に、黒猫が喰らいつこうという瞬間だった。猫は声にぴくりと反応し、少女の方を見た。
「そこの君、早く逃げて!」
子どもは恐怖からか、声も出せないままよろよろと起き上がると、片足を引きずりながら走り去った。
後に残ったのは、黒猫と少女。
「何であんなことしたの」
猫はしばらくこちらを見つめていたが、仕方無さそうに口を開いた。
「僕を見損ないましたか? でも、許せないんです」
黒猫は少し黙った後、
「ユキちゃんと同じくらいの歳の子を見ていると……。どうしてユキちゃんだけが死んで、こいつらは生きてるんだろうって」
ユキちゃんというのは、あの墓に埋まっているかつての黒猫の主人なのだろう。
「人間を百人食べれば、自分も人間になれるんです。今の子どもを食べれば、調度百人だったのに……」
「だったら、私を殺して食べる?」
黒猫が驚いて目を丸くした。
「そんなこと出来ません。僕はあなたと一緒に並んで歩きたかったんだ。……由紀さん」
「そうなのね……。私、あなたのユキちゃんに似てるかしら」
「はい、とても」
「よかったら……家に来る?」
二人はしばらく見つめあい、やがて少女はしゃがみ込んで、黒猫に手を伸ばした。
黒猫は、そっと彼女に近づいた。
突然雨が降り出した。二人のこれからを祝福してくれるかのように。
二人は雨の中を、ゆっくりと家に帰った。
私であなたの心の傷が癒せるのならば