1・猫の儀式
ある夜一人の男が、集会所に面した道を通りかかった。すると数メートル先の空き地から、話し声が聞こえてくる。
「今日は、儀式の日だ」
老人のような声だった。こんな夜中に誰だろうと思い、急いで行ってみると、空き地には何十匹もの猫が集まっていた。
一匹の猫をぐるりと取り囲んで、様々な猫達が人語を喋っている。男は好奇心から木の陰に隠れ、そのまま様子をうかがう事にした。
「皆やり方は解っているな? どんな奴でもいいから、人間の肉を食べるんだ。そうすれば、明日の朝にはもうすっかり、猫又になっている」
どうやら、最初に聞いた声の持ち主は、その真ん中の猫らしい。
遠目にも、年老いているということがはっきりわかった。そしてその猫は、すでに猫又であるらしい。尻尾が、二つに分かれていた。
それを見た男は、途端に恐ろしくなって、その場を去ろうと木から離れた。しかし、慌てすぎて足がもつれ、その場に転んでしまった。
「おい、人間だ! 皆、あそこに人間がいるぞ!」
それに気付いた猫が、大声で叫んだ。すると、我先にと猫が押し寄せてくる。男はすぐに起き上がり、助けてくれと泣き喚きながら逃げ出した。後ろからは、猫達が自分を引き止めようとする声が、次々に迫って来る。
なんとか猫達を撒こうと、男は方向かまわずでたらめに走り出した。しばらく走ると不意に、追ってきているはずの猫の声が、しなくなった。そこでようやく、男は足を止め、今来た道を振り返った。しかしやはり、どんなに目を凝らしても、どこにも猫の姿はなかった。これは助かったと思い、男は自分のアパートに帰った。
玄関に入る前に、ポストに手紙が入っているのに気が付いた。取り出して、中に入ってからその白い便箋を良く見た。すると差出人欄には「猫の集会所より」と書いてある。
急いであけてみると、手紙には…
「お帰りなさい、待ちくたびれましたよ。私はもう、すっかりはらぺこです。」
その時だった。背後から、手紙と同じ内容の、小さな声が聞こえて来た。振り返ると、そこには一匹の三毛猫が、じっとこちらを見つめながら立っていたのだった。
その後、この男の姿を見た者は、誰一人としていないという。