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秋のガーデン・ティーパーティー当日――トルテュフォレの空は澄んだ薄青を湛え、またその大地は一面の落ち葉で黄金色に彩られていた。
朝、城外へ出たエレノアはひとまず胸をなで下ろす。このところはずっと小雨続きだった。
馬車が逗留する車寄せ、馬車回しを備えたフロントガーデンなど、客人を迎えるエリアをくまなく巡り、不手際がないかチェックする。御者や客人仕えの使用人たちが待機するスモールハウスの中にも入り、彼らの空き時間を十分に満たすものがあるかを確認。幸いなことに、手癖の悪い使用人や乱痴気騒ぎを起こすような使用人はエレノアの知る者の中にはいない。だからこそワインやビール、煙草や本など、一般的にはまだ少し高価な嗜好品も用意できる。さらにそこにウィシュカの料理が加わるのだから、きっと満足してもらえるだろう。
そこから庭園を囲む吹き抜けの回廊へと続く小路に足を向ければ、両脇に植えられた黄葉樹が空さえ黄色に染め上げていた。秋風に重なり陽光に照る葉は、それだけで雅やかだ。この光のトンネルをくぐる客人の喜ぶ顔が、今から思い浮かぶようだった。
ブーツの先で軽く葉の絨毯を荒らせば、ざかっと耳触りのよい音が届く。葉の下からは赤い木の実が覗いて、思わず笑みがこぼれた。
本当はスカートを持ち上げて、端から端まで駆け出したい。赤い木の実を手のひらいっぱいに拾い集めて、この黄色の空めがけて投げ出したい。そのくらいに楽しみたかったが、それはこれからやってくる子供たちのために取っておくことにした。
最後の最後まで庭園のチェックを行っていたトローエルにも、ねぎらいの言葉を掛ける。
「ご苦労さま、トローエル。いい秋晴れね――ここ数日、小雨に降られてしまっていたから心配だったのだけど」
「いや儂も一安心です。黄葉樹たちも洗われたように鮮やかで、ジャンティアナの花もいつにも増して色濃く、綺麗に咲いてくれましたよ。色の対比が実にいい」
「本当に――」
庭園を埋め尽くさんばかりのジャンティアナの花は、ちょうど見頃を迎えている。イエローがメインカラーだったトルテュフォレの庭がブルーに染まる、唯一の季節だった。
「おかげで今回も無事にお客様をお迎えできそうです。ありがとう」
「いやいや、礼を言わんといかんのはむしろ儂の方ですよ。毎年お偉い方々にお声掛けいただいて、エレノア様も、本当にありがとうございます」
「雨の日も風の日も、あなたが時間も手もかけて造ってくれた綺麗なお庭ですもの。造った人間が一番に評価されなくてどうするのです」
「そうおっしゃっていただけるだけで嬉しいもんですよ、職人という生き物は――まあでも、今年は水捌けも上手くいったし、フィオ君が頑張っていってくれたおかげかなあ」
しきりに蝶ネクタイを気にしながら、トローエルはやわらかに笑う。
「ふふ、よくお似合いよ。トローエルだって、まだまだ現役で頑張れそうじゃない」
「いやこればかりは、毎回どうも窮屈で……こういった服はやはり、ヘンドリック様のような堅物がお召しになるように作られとるんですな」
「堅物で申し訳なかったな」
「おっと、聞こえとったか」
ヘンドリックは髭の下で笑いながら、テーブルセッティングの手を止め片手で何かをひねるような仕草をする。エレノアが蝶ネクタイを直してあげれば、トローエルは面目ないと頭をかいた。
ガーデン・ティーパーティーの影の主役でもある、庭師のトローエル。
庭師は同じ男性使用人である執事などと比べてとかく軽く見られがちな仕事であるが、実は非常に知識を求められる仕事でもあった。植物はもちろんだが、天候や土壌、地理など自然に関わる知識、水や肥料の性質や取り合わせなど錬金術にも通ずる知識、幾何学や紋章学、色彩学など数学的、美術的なものから、その国ごとの歴史や哲学、その移り変わりを庭に見る庭園史など、あらゆる知識を用いて庭という広大な芸術品を仕上げる。
フィオレロがトローエルを、トローエルがフィオレロを引き立てたのは、おそらく互いにその深さを認めたこともあってのことだろう。
ということで、いつもはお気に入りのキャスケットとオーバーオールを身に着けている彼も、今日ばかりは接客用のタキシードに身を包み、早朝から誰かしらに声をかけられては、照れくさそうに庭をうろうろとしていた。どれだけ知識があっても、やはり土をいじり植物と向き合う時間が何より楽しいのだという。
「年に二日だけだから窮屈なのは我慢してもらうとして、トローエルも今日は楽しんでくださいね」
「それはもちろん」
トローエルは返事とともにキャスケットを持ち上げようとして、しかし今日はそれがないことに気付く。エレノアがくすりと笑えば、気恥ずかしそうに頭を叩いてまた庭を回り始めた。
一方、微笑を浮かべながらそのやりとりを眺め、茶葉やティーフーズ、カップを並べるロングテーブルの準備を進めるヘンドリック。彼の前には、季節に合わせた柄や色の陶器のティーセットがすでにずらりと並べられていた。
「ヘンドリックの方は、わたくしが口を出す隙もないわね。寸分の狂いもない。見事だわ」
「ありがとうございます」
磨き抜かれたシンプルな白のセットは、秋の満たされた空気に相応しい優しい丸みを帯びたもの。潤みを帯びた白に光溜まりが浮かび、花を愛でれば花の影が浮かぶ。
上品で深みのある藍色、翠色のセットは、特に紅茶の色を引き立てる。また黄葉樹との対比が最も美しく、かと思えばジャンティアナの花に混じり、一枚の絵のように客人を庭に溶け込ませてしまう。
精緻な絵付けが施されたセットは、まるでアートのように目を楽しませてくれる。秋色の葉が下がる細枝に留まる駒鳥、栗や木の実、茸に埋もれそうなリス。山葡萄や蔓草のスワッグ模様も、優美な曲線を描いている。
そして歴史ある、〝オータム・トルテュフォレ〟と呼ばれるコレクション。黒茶のカップの飲み口や底の縁には金彩が施され、ベルト状に真っ青なジャンティアナの花が描かれている。取っ手には繊細な蔦の金細工があしらわれており、いずれも時を経て薄れた部分はあるけれども、百年以上をこの城で過ごし、数多の客人を迎えてきたアンティークとしての威厳は他の追随を許さない。
お客様にカップやお茶を選ぶ楽しさを提供するため様々な種類を取りそろえるようになったが、やはりこのセットだけは別格だった。
「茶葉やティーフーズが並べば、さらに見栄えもいたしましょう。ウィシュカも昨晩のうちから張り切って仕込みをしておりましたし。それに、そちらをご覧ください」
「まあ――」
テーブルの片隅にはジャンティアナの花を使用した大振りのフラワーアレンジメントとともに、精巧なガーデンテーブルとチェアのミニチュアが飾られていた。椅子の一つには秋色のドレスを纏った人形が座り、花の下で佇みながらアンニュイな様子でお茶の相手を待っている。もちろん小さなティーセットも備えられており、こちらもなかなか本格的だ。
「さる客人に文句を垂れつつ、クラヴィスがどうしても、と」
「そうね――今までどうして気付かなかったのかしら。ここは精霊の住むお城だったのに」
「人というのは、当たり前のことはつい見落としてしまいがちです。しかしこれは――悪くない。変わらぬものと思っておりましたが、トルテュフォレのティーパーティーにも新たな歴史が生まれました。きっとこの辺りに住まう精霊たちも喜ぶでしょう」
「なんだかとても大切なことを教えてもらったみたい。誇らしいわ――クラヴィスにはお礼を言わないと」
エレノアは目を細めて人形を見つめる。もしもここにクロシェットがいたなら、きっと彼女の向かいに座り、ころころと笑いながら紅茶やお菓子を取りに来る淑女たちを迎えていたことだろう。親たちの目を盗んで、恋の話を耳打ちして。
(身に起こる変化がすべてこんな変化なら、いいのに。怖くはないのに――)
こんなにも優しい変化ならば。
「ではこちらの特別なお客様には、花蜜をご用意しないといけませんね。――ソワレは?」
「そろそろお料理ができあがってくる時間ですので、ウィシュカの元へ行き指示を仰ぐよう申し伝えております。茶葉やポット、盛り付けが終わったものからこちらへ運ぶようにと。ただ――」
「ただ?」
言い置いて、ヘンドリックは磨いていたカップを丁寧に列に並べる。
「朝からひどく緊張しているようで、ミスが目立ちます。先程もワゴンを柱にぶつけたり、お客様へのお土産用の花束が入ったブリキポットを倒してメリッサに注意を受けておりました。どうも視野が狭くなっているようで」
「あら――それはあまり、よろしくありませんね」
回廊の隅を見れば、そこには青や紫、名残の夏の色によって、あざやかな花の雲が作られていた。あの小さな花束の群れは、ティーパーティーに訪れた客人らに土産として渡されるものだ。少し時期を過ぎてしまった花や間引きした花で作られたものだが、それでもこれを楽しみに来てくれる客人も多い。
花のアレンジや花蜜の取り扱いに関しては特にメリッサが長けており、花束の作成は毎回彼女の受け持ちになっていた。
「一度、エレノア様からお声を掛けてやってください。この急場では、私の言葉は逆にプレッシャーになってしまうと思いますので」
「そう――わかりました」
正直なところソワレに関しては、とりあえず笑っておけばご婦人方に対してはなんとかなりそうな気がしないでもないが――。
「……いえ。それだと逆に、旦那様方の目が厳しくなりそうね」
「は?」
「いえ、なんでも――それではソワレには、わたくしの方から一度話をしてみたいと思います。ヘンドリックは例のお茶の件も含め、こちらをお願いいたしますね。ガルニエ侯爵ご一家にとって、特別な一日になるように」
「はい、お任せください」
「……ブライアおば様、喜んでくださるかしら?」
「材料集めからテイスティングまで、皆で何度も時間を重ねて作り上げたものです。ガルニエ侯爵ならば、きっと我々の気持ちを汲んでくださることでしょう」
「うん……そうよね」
穏やかに語るヘンドリックに、エレノアもほほえむ。
今日の日のために、トルテュフォレの使用人が一丸となって試作を繰り返してきた工芸茶。あの花開く瞬間の高揚を、慶事を控えた一家へ贈り、そこにいる皆で祝いたい。それだけはなんの思惑もない――エレノアの本心だった。
「さあ、エレノア様ももうあまりおしゃべりしている時間もございませんよ。お料理ができあがってくれば、あっという間です」
「大変、もうそんな時間なのね。急がないと」
「――走らないように」
ヘンドリックから懐中時計を見せられたエレノアは、慌ててスカートを持ち上げかけて、やめる。
「どんなときも優雅に、粛々と、ね」
「結構です」
そうしてヘンドリックの視界を悠々と脱したエレノアは、再度スカートをつまむと厨房へと駆けていくのだった。




