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精霊の幸う国の古城管理人【第一部完結済み】  作者: 橘 佐和
第五章 描いて、書いて、つつんで、結んで。

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「どうぞ、お入りください」

「ありがとうございます。……わあ……!」

「これは……すごいな」

 ヘンドリックに導かれて小広間に通された四人――クロシェットも含む――は、扉をくぐった瞬間にいつもと異なる雰囲気に気付く。テーブルの脇で控えていたエレノアも、その表情を見てまずは安堵して笑んだ。

 植物をモチーフにした装飾彫刻や、繊細な金工象嵌(ぞうがん)が施された壮麗な調度品を、圧迫感なく揃えた室内。落ち着いたオレンジの火を灯す木製のシャンデリアが、宵の残光とともにその古色を帯びた木と金を上品に照らし出す。

 そんなアンティークな雰囲気の中、今を一番にみずみずしく咲く花は一際あざやかに――未来に向かう旅人と、そんな旅人たちを迎えた古城の過去をつないでいる。

「綺麗だな……豪華なはずなのに、うちとは全然違う。どうしてこんなに、落ち着くんだろう」

「気にするな、準備にかけた年月が違いすぎる。これには二百年くらいはいるな」

「二百年……! それは――大樹と双葉くらいの差がありますね。清々しいくらいに、違いすぎる」

フィオレロはもう――さっぱりと笑う。

「どうぞ、お掛けになってください」

 エレノアが呼びかければ、壁際に控えていたメイドたちが皆しとやかに頭を下げ、客人を迎える。

 ヘンドリックがリリアンの椅子を引き、エレノアはテーブルの一角にセットされたミニチュアのテーブルセットに、クロシェットを導く。小さなテーブルは同じように白いクロスが掛けられ、淡い黄と薄青に吸い上げされた霞草(セレネージュ)の花と飾り葉が活けられた小さな花瓶が置かれていた。

「あら、嬉しい! みんなのテーブルとおそろいにしてくれたのね!」

「はい。皆様と楽しい時間を共有していただければと思いまして」

皆が席に着くと、ヘンドリックがボトルの入ったアイスペールを乗せたワゴンとともに、テーブルまでやってくる。

「失礼いたします。食前酒でございます。クロシェット様には、花蜜で漬けたあんずの自家製リキュールを、ソーダで割ったものをご用意させていただきました」

「――ねえねえヴァイス、あたしってばなんだか特別待遇でお姫様みたいじゃない? 腹が減ったらその辺の花から花蜜見つけて啜ってこいなんていう、とんでもなく無神経な人とは大違い。あたしだって、たまにはこんなふうにおもてなしされたって、ばちは当たらないわよね」

「無神経で悪かったな――結構だ」

「杏の花蜜って、どんなお味かしら! わくわくしちゃう!」

この季節には贅沢な、氷の塊が入ったペールからゆっくりとボトルが抜かれる。水滴が拭われ、おしゃべりの合間に銘柄の確認がなされる。

 ヘンドリックは洗練された所作で、ただただ静かにボトルを開封していく。銀のホイルを剥がし、瓶口に布巾を宛てがい、コルクを固定する針金ミュズレを緩めていく。コルクを押さえる指の感覚を頼りに持ち上げたボトルをじんわりと回し、淑女が美しいドレスを纏う衣擦れのような音とともに開栓を終える。そうしてシャンパンがグラスに注がれれば、微細な泡がきらきらと輝きながら立ちのぼった。クロシェットの小さなグラスにも、小さな泡が二つ三つと弾けていく。

「それじゃあ、いただこうか」

「はい。ああ――いい香りですね」

四人はグラスを軽く掲げ、ゆっくりと口を付ける。

「待って。杏の花蜜リキュール、甘酸っぱくてすごく美味しいの……! 今まで飲んだことない味で新体験って感じ! あたし、これだけでも満足よ。おかわり行けちゃう!」

「そういえば昔話に、人間の食べ物を食べる精霊の話がありましたが、クロシェットさんは人間になりたいと思ったことはないのですか?」

「えー、どうかしら。精霊も人間も変わらないんじゃないかって、今は思うわ」

「でも人間になったらきっと、愛嬌たっぷりの可愛らしい女の子になりそうですね」

以前自分が考えていたことと同じことを考えていたリリアンの言葉に、エレノアはつい笑んでしまう。和やかな雰囲気の中で会話が続く中、そっと目でメイドたちに合図を送れば、彼女たちも頷き、張り切った様子で次の準備に取りかかる。

 しばらくすると、数種の料理を乗せたワゴンを押し、メイドたちがテーブルまでやってきた。

「失礼いたします。お料理をお運びいたします」

メリッサら三人のメイドがそれぞれの客人につき、丁寧に配膳を進めていく。

「こちらは朝採れのフルーツトマトと柑橘シトラスのスイートマリネになります」

「こちらは、ズッキーニのお花の詰物ファルスになります。中身は、手前が魚介のテリーヌ、奥がチーズと鶏肉のミンチになっております~」

見た目にも鮮やかな、旬の野菜と果物を使用したお料理。その傍ら、清潔感のある白皿に芸術的に引かれた赤や黄のソース、付け合わせの野菜やきのこのグリルも見た目に美しい。

「見て、フィオ。マリネにお花が乗ってる。綺麗ね」

「これはもしかして、食用花エディブルフラワーでしょうか?」

「フィオレロ様、さすがでございますね。仰るとおり、こちらは召し上がっていただいても大丈夫な食用のお花ですので、ぜひお料理と一緒にお楽しみください。特にこちらは花びらに花蜜ネクターを含んだものになりますので、お花のやわらかな甘みがマリネの酸味ととてもよく合いますよ」

「へえ――お花を食べるなんて初めてです。綺麗だから、なんだかちょっともったいない」

リリアンと話していると、ちょうど新たな料理が運ばれてくる。こちらにも鮮やかな色の花々が添えられており、まるで花壇で咲き誇る夏の花のような、華やかな面持ちだった。

「牛フィレ肉のポアレでございます」

「いいタイミングでよろしゅうございました。リリアン様、こちらに添えられているお花はマスタードの風味がいたしますの。ぜひお肉やソースと一緒にお試しくださいね」

「すごい――お花づくしのお料理なんて。フィオ、なんだかすごく嬉しいね」

「本当に――最後の夜にこんなお気遣いをいただいて、レコンフォール様をはじめ、お城の皆さんには感謝の言葉しかありません」

「皆様にお喜びいただければ、わたくしたちにとっても何より幸いなことです」

 そこでふと、ヴァイスがエレノアに問うた。

「しかしこれだけ一気に並ぶと――てっきりコース料理かと思ったら、違うみたいだな」

「はい。フィオレロ様とリリアン様におかれましては、本日がトルテュフォレでお過ごしいただく最後の夜になります。明日に備えて気構えることなく、のびやかにお食事をお楽しみいただきたいのと――メインのお料理とは別に、わたくしからぜひご提供させていただきたい特別なお料理があり、このような形にいたしました」

「特別なお料理ですか?」

フィオレロが問うのと同時に、エレノアは頷き扉の前で控えていたヘンドリックに視線を移す。

 それを合図にヘンドリックが扉を開ければ、にこやかな笑みを浮かべたウィシュカがやはりワゴンとともに現れた。ワゴンには銀のシチューポットと、丸みを帯びた可愛らしい形のスープボウルが乗っている。

 テーブルサイドまでやってきたウィシュカは、胸に手をあて礼儀正しくお辞儀をした。

「本日はエレノア様たってのご希望で、こちらのお料理をご用意させていただきました。私も最初は驚きましたが、なればこそ力を尽くしてまいりましたので、皆様ぜひたっぷりとお召し上がりください」

蓋を開ければ真っ白な湯気が立ち、コクのある甘やかな、しかしどこか懐かしさのある、優しい香りが漂った。ウィシュカは自らスープボウルに盛り付けると、メイドたちにそれを託す。

 全員の前にそれが並べられると、エレノアはウィシュカの隣に並ぶ。また配膳を終えたメイドたちもエレノアの背後に控え、テーブルの様子を見守った。

「――夏野菜の、クリームシチューでございます。ボウルもお熱くなっておりますので、お気を付けください」

「クリームシチュー? ……ああ」

「夏には不思議な感じですが、野菜が色とりどりで綺麗ですね。パプリカにかぼちゃ、いんげんに。……リリアン? ……リリアン!?」

「……」

 あのとき、エレノアと一緒にいたヴァイスはそれ以上を何も問わなかった。そして直後、それに気付いたフィオレロが慌ててリリアンにハンカチを差し出す。

 リリアンはただスープボウルを前にして、無言のままそれを見つめ、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。そしてそれをぬぐうでもなく、自分でも気付いていないように、自然とこぼれ落ちていくそれを享受きょうじゅしているようだった。

「どうしたの――大丈夫?」

「……あ。……うん、ごめんなさい。なんだか、胸がいっぱいになっちゃって……」

頬を涙の筋で濡らしたまま、ふわっと笑うリリアンに、フィオレロは戸惑ったようにちょんちょんと涙をふいてあげる。それでようやくリリアンもハンカチを受け取り、顔を上げた。

 ウィシュカの隣でほほえむエレノアに、リリアンは泣き笑いの表情で語りかける。

「ありがとうございます――エレノア様。あんな他愛もない私の話を、覚えてくださっていたんですね」

「他愛もないだなんて、とんでもございません」

「なにか――思い出の料理なんだね」

「うん……」

フィオレロの言葉に、リリアンは頷く。顔はほころんでいるが、涙声で、言葉が詰まって出てこないようだった。代わりに、エレノアが穏やかに言葉を接ぐ。

「……フィオレロ様の仰るとおり、こちらはリリアン様にとって思い出深い、大切なお料理になります。その思い出はとても温かく、嵐の中にあってもひたむきに伸びて咲く、花のようなリリアン様の今日までの人生を形作るきっかけにもなりました。季節のお料理とは言いがたいかもしれません。……思い出の中の味とは、異なるかもしれません。ですがまた、明日より新たな人生のステージにお進みになるリリアン様、そしてフィオレロ様へ――僭越せんえつながら、わたくしどもからのはなむけのお料理として、選ばせていただきました」

「……っ」

一度はぬぐったはずのリリアンの涙が、再びあふれ出す。それは、リリアンにとって救いの言葉だった。愛する人とともにいる、ただそれだけのことで否定されてきた自分の人生を、存在を許された言葉だった。

 まさに感極まるといった様子で涙を流すリリアンに、隣にあったフィオレロも、慈しむようにその背をさすってあげていた。それはきっと、いつかリリアンにしてもらったように。

「――さあさあ、お料理はまだまだありますよ。執事バトラーおすすめの美味しいワインに焼きたてのパン、特製のデザートワゴンも、今か今かと出番を待っています。シチューもぜひおかわりを。クロシェット様には、日々丁寧に丁寧に管理してまいりました、二十年ものの熟成花蜜エイジド・ネクターをご用意しております。料理人として、淑女の嬉し涙は最高の賛辞と栄誉ではありますが、ぜひジェントルマンと精霊のお嬢様にも、その舌でご賞味いただければと存じます」

「二十年!? あたしが生まれる前に採れた花蜜があるの!? すごーい!」

「……私も生まれていません。すごいですね」

おどけたように言うウィシュカと底抜けに明るいクロシェットに、リリアンも目を真っ赤にしながら笑う。そしてヴァイスの、まるで「やったな」といわんばかりのまなざしを受けて、エレノアは一度頭を下げ、その言葉を紡ぐ。

「それでは皆様。我がトルテュフォレのシェフご自慢のお料理を、ぜひ温かいうちに、ご存分にご堪能ください。そして本日の一夜が、皆様の明日の人生の糧になりますよう――あるじ無き城のあるじより、祝福を」

「――祝福を」

深々とお辞儀をするエレノアに、ヘンドリック、ウィシュカ、そしてメイドたちも続く。

 そして彼らが再び顔を上げたとき、若い恋人たちもまた、立ち上がって寄り添いながら、同じように頭を下げていた。

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