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精霊の幸う国の古城管理人【第一部完結済み】  作者: 橘 佐和
第四章 残してきたもの

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 フィオレロとヴァイスの服が仕上がってきたのは、それから二日後のことだった。

「――へえ、すごいな。ぴったりのサイズだ」

「私の方もです。動きやすくて、むしろこちらの方が着心地がいいくらいです……!」

「それはよろしゅうございました。ナーデルは王都の仕立屋テーラーやドレスメイカーにも劣らぬ腕前の持ち主と、あるじとして自負しております。他にご希望がございましたら、何なりとお申し付けください」

本当に服にはこだわりがないようで、フィオレロは嬉しそうに他の服も見比べている。ヴァイスもまた、何かを検分するようにひっくり返したり裏返したりしながら一着一着を確かめていた。売る気かもしれない、とは思ったが、黙っておいた。

 あれから結局フィオレロとヴァイスは譲らず、双方が本当に了承済みならとエレノアはナーデルに仕立て直しを命じた。

 ただしもう一点、それならばと、男性陣の考えも及ばぬ策を打って出たのだ。

 それは最初、エレノアの単なる思いつきから始まった。だがそれをふとヘンドリックに漏らしたところ、かなり深くまで話し合いを求められ――結果、エレノアの意を汲んだヘンドリックは颯爽と各所で調整を行い、実行可能な位置まで話を進めてきてくれたのだった。

 ――あとは、二人の決断次第。

 ちょうどノックの音が聞こえてきて、そちらも準備ができたのだろうと、エレノアは笑顔で迎える。

「どうぞ、お入りになってくださいませ。リリアン様」

「あの……でも、あの、やっぱり変じゃ……! あの、やっぱり私、着替えてきます!」

「ダメです~! ちっとも変じゃありませんよ、素敵です~」 

「ささ、フィオレロ様を驚かせて差し上げましょう!」

「リリアン?」

廊下に響く、何かひどく狼狽うろたえているようなリリアンの声と、やけに浮き足だったメイドたちの声に、フィオレロたちも扉の方を見遣る。そしてなかば強引に部屋の中に押し込まれたリリアンの姿を見て、フィオレロは目を大きく見開いたまま固まってしまった。

 一方で、リリアンの背後に控えたメリッサとナーデルはいかにも自信たっぷりといった笑みを浮かべ、迎えたエレノアもリリアンを隣に揚々と語り始める。

「いかがでしょう、フィオレロ様。これからの秋口にぴったりのライトベージュのブラウスにチョコレートブラウンのハイウエストワンピースを重ね、アクセントにパープルのクロスラインタイツを挟み、お靴はブラウスに合わせた明るめのキャメルのロングブーツをご用意いたしました。胸元やお帽子のリボンはタイツに寄せた重ね染めの紫系統のお色で、リリアン様のキャラメル色の髪にも映えますし、全体的に色が浮かないように……あら?」

「……」

男二人は相変わらず固まったまま、今までとは明らかに異なる姿形のリリアンを眺めている。

 それもそのはず、現れたリリアンは髪を綺麗にセットし、メイクまでして、普段とは異なる上等な服を上から下まで纏っており――どこからどう見ても、良家のご令嬢といった雰囲気の女性に変貌していたのだ。

 その予想だにしなかった出来事に何も知らないフィオレロたちは思考が凍りついてしまい、その視線に耐えきれなかったリリアンが小動物のように震えだしたところで、ようやくヴァイスが我に返った。

「――驚いたな。まるでどこか、大きな商会のお嬢様みたいじゃないか。よく似合ってる。なあ?」

「えっ……あ、ああ。うん……」

ヴァイスにひじで小突かれてようやく動き出したフィオレロは、照れたように視線を泳がせ、綺麗だ、と呟く。

「フィオ……」

それでようやく安心したように、リリアンも肩の力を抜いた。

「わたくしが十代のときに着用していた、よそ行きのものを仕立て直しましたの。ただ少しシンプルな作りのものでしたので、リリアン様の雰囲気にも合うよう、少々手を加えさせていただいて――たとえばワンピースの袖口や裾にあしらわれたレースは城の女たちが編んだものでして、せめて数少ない、トルテュフォレの思い出になればと」

「だが――これはどういった趣向なんだ? あんたの指図なんだろう」

「はい。実はフィオレロ様とリリアン様に、とても大切なお話がございます」

エレノアは二人をテーブルへと促し、メイドたちにお茶を頼むと、先を話し始めた。


「実は街の商会の一つが、アルマスルス山脈を越える隊商キャラバンの編成を現在行っているそうで――内々にご相談させていただいたところ、近くまでならお二人をお連れできるというお返事を頂戴いたしました。途中の隊商宿なども、同行の事務方で対応してくださるそうです」

「え――ほ、本当ですか!?」

「はい。出発は特に問題がなければ、十日後になるそうです。トルテュフォレとも長く取り引きのある信頼の置ける商会ですので、もしよろしければ、わたくしたちの方でお取り次ぎいたします。少し時間もありますし、リリアン様の体調ともご相談なさって、ご決断いただければと」

 そこで、気任せにベッドに座りながら話を聞いていたヴァイスが呆れたように口を挟んだ。

「それでその格好か。たしかに相手は『貴族のお坊っちゃんと旧市街の貧しい娘』の二人連れを捜しているからな。逆さにして隊商に紛れ込ませれば、商家のお嬢様とその使用人だ」

「左様です」

「アイディアは悪くない。だが本当に大丈夫か? 無事にあの馬鹿どもをやり過ごして目的地に辿り着けたとしても、隊商の中にいつもと異なる客人がいたことは人の口に上るぞ」

「そればかりは致し方ありません。ですが山越えの隊商ですので山賊対策に人を雇いますし、それに便乗する旅人も毎回結構な人数がいらっしゃるそうです。紛れ込むには十分かと」

「商会の人間から、二人の素性やあんたの手引きが漏れることは」

「まず、お二人の詳しい事情は伏せてあります。ただ城の者に所縁ゆかりがある方で、訳があってアルマスルス方面に向かわなければならない、とだけ。もちろん、トラブルに見舞われる可能性があることも、お話だけはしてあります。それでもお引き受けいただけたのは、多少の金銭のやり取りもありますが――それ以上に、長年の信頼関係があってこそです」

「は、信頼なんかなんの根拠もない」

「……」

試すように見つめてくるヴァイスに、エレノアもじっと視線で返す。それを渦中の二人がはらはらとした様子で見守っていたが、先に折れたのはヴァイスの方だった。

「ない――が、なぜだろうな。街でのあんたや城の話を思い出すと、多少は信じられる気もする。街の奴らは皆が皆、トルテュフォレに恩義があると言っていた。だからあんたのことも、大切にすると。――何があって、そうなってるんだ?」

「それは……わたくしも、詳しい事情は存じ上げません。おそらく二十年ほど前に発生した流行病はやりやまいに関係しているとは思うのですが、なにせわたくしもその頃は二歳か三歳でしたし、両親も同じ病で亡くしておりますから……」

「……〝黒き精霊のえやみ〟か」

「……はい。特別に秘されているわけではないと思いますが、当時は精霊さえも病み、国までもが傾く情勢だったと聞き及んでおります。亡くなられた方も多く、自然、口が重くなる話題でもありますし……。ただその前後、運悪く穀物の不作も重なっていたというので、もしかしたら祖父が城の備蓄を放出したのかもしれません。あるいは有事の際、城や領館などは病院として国に明け渡す場合もありますし――。その辺りは昔の資料や文献などを紐解かないと、何とも申し上げられませんが――」

「いや、いい。……すまなかった。あの時は――たしかに、クローマチェストも周辺諸国も、国難に見舞われていたからな。各地の有力者の対応にも、かなりの差があったと聞く。トルテュフォレは、良い方に働いたんだろう」

 ヴァイスは立ち上がり、テーブルの紅茶へと手を伸ばす。それ以上を責める気はないという意思表示だろうと、エレノアも安堵した――のも束の間、

「なんなら俺が最後まで送ってやろうか」

その次の台詞に、含みかけた紅茶をあやうく噴き出しそうになった。

「突然なにを言い出すかと思えば……!」

「荷物は預けていくから、俺の部屋にそのまま置いておいてくれ。護衛に混じるのに、剣が一振りあればいい。――大体、隊商から離れた後はどうするんだ。獣だって孤立した奴から狙うんだぞ。俺ならクロシェットもいるからな、多少の人数ならどうとでもなる」

「え、よろしいのですか? 私たちも心安く、旅慣れた方がいらっしゃるのは本当にありがたいのですが……」

呑気に答えるフィオレロに、エレノアは慌てて問いかける。

「フィオレロ様――本当に、よろしいのですか? リリアン様は?」

「私も構いません。ヴァイス様のお人柄は、滞在中にわかっていますし……何くれとなく私たちのことも気遣ってくださって。ただ……お礼ができないのだけが、申し訳なくて」

「礼なら交換した服で十分だ。一着でも売りに出せば、しばらく路銀には困らない」

「いえ、お待ちください。そもそもヴァイス様は――護衛に混じると仰られても、剣や弓矢は扱えるのですか……?」

「まあ護身程度だが、なんとかなるだろう。城と取り引きがあるような商会なら護衛に素性の知れない人間も雇わないだろうし、腕っぷしにも信頼のおける馴染みの人間がいるだろう。そういう隊商は裏切りもなく、統率も取れているからな。よほど馬鹿な賊でなければ、隊列を見て相手を選ぶぞ。襲われたところで、たかが知れている」

「はあ……。それならば、ご用意だけはいたしますが……」

 ――なんだか、上手く丸め込まれている気がする。

 不満げにヴァイスを窺うエレノアに、ヴァイスは事もなげに続ける。

「帰ったら、また飯を食わせてくれ」

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