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精霊の幸う国の古城管理人【第一部完結済み】  作者: 橘 佐和
第三章 城に棲まうもの

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「実は前々から考えていたのですが――執事を一名、新たに雇い入れたいと思っておりまして」

「執事を?」

「はい」

 思いもよらなかった提案に、エレノアは目を丸くする。トルテュフォレではもう長らく、そういった人員募集をかけていない。城は広く業務も多いが、今いる使用人たちと外注でなんとか回っていたからだ。たとえば騎士団を持たないトルテュフォレは、警備を街に外注している。その他、城内外の専門的な修復作業や清掃が必要な場合も予算をつけて人を入れており、馴染みの職人たちとはいずれも良い関係を築いていた。

 驚くエレノアに対し、ヘンドリックは端然たんぜんとした雰囲気のまま、続ける。

「今回の一件、始まりは深夜の出来事でした。あれからずっと考えておりましたが、私が何らかの理由で職務に対応できなくなったとき、深夜、あのようなやからの前にエレノア様をお一人で立たせることは――やはりできません。万が一にも間違いが起きた場合、亡くなった友や、あなたのご両親に申し訳が立ちません」

「ヘンドリック――それは」

「それはあなたの能力不足ではありません。どうかご理解くださいませ。あくまでも補佐役として、必要な存在だというだけの話です。ヴァイス様のように奔放なお客様のサポートも、時間を分けて行えば、今ほどあなたのお手を煩わせることもないでしょう。帳簿はそのままでも、ヴァイス様を含め同時期に若い男が二人増えたとなれば、多少はつじつまが合わせられます。同じ裁判は二度起こせませんから、そこだけやり過ごせば後はいかようにもできましょう。いえ、そもそも裁判を起こさせない手を打つことも。……そういった部分も、私の心根こころねを申し上げれば、エレノア様に背負わせたくないのです」

「……ヘンドリック」

 しかしそれでは、「そういった部分」をその人物に背負わせてしまうことになる。

 エレノアは自分でも、性格上そういう駆け引きが苦手であることは理解していた。上に立つ者でありながら、清濁併せ呑む――ということができない。だからといって、清の部分を押し通すだけの能力は今の自分にはない。

 一方でヘンドリックは老獪ろうかいでもあった。ヘンドリックは自分の後を継ぐ者を育てようとしているのだと、エレノアは眉を寄せ、机の上でぎゅっと手を握った。

「ちょっと……待って。考える。――ううん、やっぱりだめ。そういうのは、わたしがいや」

「エレノア様」

「わかってる。でも、それをしたらずっと心がもやもやすると思う。その方にも向き合えない。だからお願い、最初の二つの理由だけ、採用理由にしてちょうだい。それならわたしはすごく嬉しい。――当てがあるのでしょう?」

ヘンドリックは鼻から息を抜き、一呼吸置くと頷いた。

「……はい。古い知り合いのお孫さんで、年齢はたしか――二十五ほどだったかと思います。以前からご相談はあったのですが、今回のことで決定しようかと」

「そう――あなたの知り合いなら、間違いはないでしょう。お願いします。書類関係は、あとでそろえて届けてください」

「……」

そこでヘンドリックは表情を和らげ、蓄えた白い髭の下でわずかにほほえんだ。

「実を申しますと、少し安心しております」

「え?」

「あなたが誠実に、まっすぐご成長なさったことに。――その信念の土台は、きっと今後、あなたを苦しめることもあるでしょう。しかしそれがなければ、人は付いてはまいりません」

「……」

「あなたのその誇りが汚されぬには、私のような者は絶対に必要です。ですが一方で、志を同じくする者を得て、力を増していく方法もある。非常に時間のかかる険しい方法で、それがどのような力か、老いた私にはわかりかねますが――エレノア様。あなたが今よりもお強くなって、信念のまま振る舞えるようにご成長あそばすまでは、老いた私が老いたやり方で、その誇りをお守りいたします。それだけはどうか、お許しを」

「ヘンドリック……。……ええ。よろしく、お願いします」

胸の奥から込み上げてくるものを抑えて、エレノアはこうべを垂れる。それが、今のエレノアにできる、忠心に報いる唯一の行いだった。

 ――わたしはもう、十分に人に恵まれている。

それに恥じぬよう、そしてその心を無駄にしないよう、誠実に努める。それだけをしっかりと胸に刻み込み顔を上げると、ヘンドリックもまた、左手を腹に当てお辞儀をしていた。


「――エレノア、エレノア~!」

 と、その厳粛な雰囲気を瞬きの間に吹き飛ばす甲高い声が、ピンク色の光もろともに室内に飛び込んできた。

「この声と光は――クロシェット様?」

そしてそれを追うように、蒼白い光の鱗粉を纏った小さなミミズクが、扉をすり抜けて一直線に突っ込んでくる。

「助けて! こいつ、ずーっと追いかけてくるの! 食べられちゃう!」

エレノアとヘンドリックの周りをぐるぐると回るピンク色の光と蒼のミミズク。ヘンドリックは一度肩を落とすと、おもむろに白手袋を取り出して装着し、それからミミズクの行く手を遮るように片手を伸ばした。

 行き場をなくしたミミズクはそのまま伸ばされた手に衝突し、一度は光の粒となって霧散する。しかし次の瞬間にはたかの姿となって、ヘンドリックの腕に留まっていた。

「もー! もーっ! なんなのそいつ!」

エレノアの影に隠れながら、クロシェットが喚く。その声に反応するように鷹はエレノアのテーブルの上に降り立つとエレノアをじっと見つめ、エレノアが指先を差し出すと、今度は小さな駒鳥ロビンの姿に変わって、ちょんちょんとそこに乗った。ジャンプするたびに光の粒が弾けて、とても愛らしい。

 エレノアは一度せき払いをし、その小鳥に語りかける。

「アレックス。聞こえますか?」

『――ああ、エレノア様のところに逃げられましたか……残念です。城に精霊の祝い子が滞在していると聞いて、一度その精霊を観察してみたかったのですが……』

「しゃっ、しゃべってる!」

『君も人形の姿をしているのにしゃべっているぞ。お互い様ではないかね?』

「あたしはまだヒトの形してるわよ! あんた鳥じゃない!」

きいきいと耳元で騒がれて、エレノアにもヴァイスの気持ちが少しだけ理解できた。しかしヴァイス本人が「精霊は心そのもの」と言っている以上、このクロシェットもヴァイスの心の一部であるのではないか。姿形だけはまだこちらの方が愛嬌があるが――。

(賑やかでトラブルメーカーなところだけ、本当によく似ていること……)

ひとまずクロシェットをなだめ、エレノアは駒鳥を包むようにして彼女の前に差し出す。

「クロシェット様。この子は城勤めの魔術師、アレックスの使い魔です。わたくしは図鑑さんとお呼びしています。精霊を食べたりはしないので、大丈夫ですよ」

「使い魔? 図鑑さんて――図鑑? 本の?」

「そうです。この子は本で見たものならばどんな姿にもなれるのです。姿だけですけどね。使役している方も本の虫で、滅多に図書室から出てこないので、代わりにこの子が外で起きていることを、いろいろと知らせてあげているのです」

『ついでに城の中であれば、こうして伝書鳩もこなせる。優秀だろう』

小さな駒鳥が翼を広げると、それは再び姿を変えて、鳩の姿になる。が、

「元の姿はなんなのよ……胡散臭い……。あとあたしにだけ偉そう、やっぱりキライ!」

クロシェットとは相性が悪いようで、彼女は相変わらずエレノアの後ろに隠れていた。

「――でも、ちょうど良かったです。アレックス、あとで図書室に伺いますので、王家や貴族でやり取りする書簡に関する資料を用意してもらえますか」

『ふむ? 手紙でもお書きになるので?』

 そこでふと気付いたように、ヘンドリックが口を開く。

「月待鳥の羽根ペンの件でございますか。やはり、お知らせになるのですね」

「はい。さすがに一度、お伝えしておいた方がいいかと思いまして……。ですが内容が内容だけに、せめて、せめて書式やご挨拶の文などは、失礼がないようにと……」

エレノアが難しい顔をして呟くと、鳩は羽を揺らしながら愉しそうに答えた。

『それならば資料などいらぬでしょう。何日もかけて夜通し机に向かい、思いの丈を一心に、一生懸命に綴った恋文のようなお手紙を、もう一度差し上げればよろしいのですから』

「え、恋文? ラブレター? なんの話なんの話? エレノアが送ったの? 誰に?」

「あ――アレックス!」

先ほどの威嚇と嫌い宣言はなんだったのか、クロシェットはぱっと鳩の前に踊り出て、先を促そうとする。エレノアはそれを阻止しようと両手で鳩を持ち上げ空中に放り投げるが、鳩は瞬く間に蒼い鸚鵡オウムの姿になって、ぱたぱたとその場に浮かんだ。

『エレノア様はその昔、素敵な羽根ペンをお譲りくださったことにひどく感激して、この国の王子様にそれはもう素敵な素敵なお手紙を差し上げたのですよ。一応正式な文書だったのですがね。幼い頃の、非常にほほえましいエピソードです。お返事はいただけなかったので、本人にとっては淡く儚い初恋のエピソードであるかもしれないですが』

「本人にとっては羞恥心極まりないエピソードなのです! ああ――もう。だからあれから手紙関係は昼間に書いて一晩置いて、翌日見直してから清書して発送するようにしたのに。忘れようと思って、考えないようにしていたのに……!」

エレノアは耳まで赤くして、机に伏して頭を抱え込む。しかしクロシェットは、話題に反しきょとんとした顔でその頭をつついた。

「……ねえ、王子様ってもしかしてフェイリム? あのフェイリムなの? 弟の方じゃないわよね」

「あの――って……え? ま、まさかフェイリム殿下をご存じなのですか!?」

「へえー、そうなんだ……そっかそっかぁ」

「ま――待ってください! どうしてフェイリム殿下のことを……!」

「だって――あたしはヴァイスとずっと一緒だもん。でも、いいの?」

「……いい、とは?」

エレノアがクロシェットを見据えると、クロシェットは少しだけ言いにくそうに続ける。

「あたしは詳しいことはわかんないけど、クローマチェストの王様の跡継ぎ? とか王様の子って、みんな生まれつき〝精霊の祝い子〟なんでしょう? お母さんのお腹の中から一緒に生まれて、一緒に育つって。でもフェイリムはまったく普通の人だったっていうじゃない。……もしかしたら、もう一生、王様にはなれないかもしれないのに。いいの?」

「……それは」

そもそも王位を継ぐ資格がない――。

 国王が崩御した際、反旗を翻そうと立ち上がった有力な市民層やそれに迎合した貴族たちが真っ先に掲げ、広めた話だ。それまでは王城の一部の人間が知るだけの話だったらしいが、それをリークした――言うなれば、裏切り者がその中にもいたのだろう。

 エレノアは目を伏せ、自分には考えも及ばない権力や野心の応酬と、それにたった一人でさらされてきた人間のことを想う。

「……生まれながらに何も持たなくとも、生きているうちに何かを得て、何者かになる人間の方が、きっと多いはずです。その中で知る苦悩や幸福は、決して無駄なものではないはず。むしろ、そういうものを知っているからこそ――持たざる者の力が大きくなった今の世に、必要なお方なのではないでしょうか。それは多分……王様とか王様じゃないとかに、関係なく」

わたくしが語るにはあまりにおこがましい話ではありますが、とエレノアが苦笑すれば、

「そう――そうよね。ありがと、エレノア。えへへ、いいこと聞いちゃったぁ」

クロシェットはにこっと満面の笑みを浮かべ、再びその姿をピンク色の光に変化へんげさせる。そして、

「あんたにはちょっと仕返し!」

と、同じ色の光の粉をアレックスに浴びせかけると、あっという間にどこかへ飛び去ってしまった。

 蒼からピンク色へと染め直されたアレックスは、エレノアの元へ再び降り立ち、嫌そうに羽を振りながら問う。

『――なるほど。あの精霊といい、ただの放浪画家ではなさそうだ。何者かね、彼は』

「……」

同じ問いを投げかけるようにヘンドリックもエレノアを見つめるが、エレノアは静かに首を振ることしかできなかった。



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