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第四話 嫉妬 ②

 そして朝食後、三人は街へと足を向けた。バーレーンの街では相も変わらず高いガラスの塔が空の先を目指して背を伸ばしており、輝かしい光をその側面にて反射している。車が道路を交差するたびに砂埃が舞い上がり、摩天楼の下では人々の忙しそうな足が行き交う。オメガが初めてバーレーンに来た時には人の姿は薬物中毒者を除き全くなかったが、サイエンに聞いた所、それはどうやら彼が外出禁止令を敷いていたかららしい。

 彼らが最初に辿り着いたのは『杖』を取り扱う店であった。ただの杖では無い。それは魔法を放つ事が可能なマーナにとって、戦闘時に必須となる補助具である。もしマーナの手元に杖ないしはそれに類する補助機械が無ければ、魔法の指向性と変換の効率性の両面において著しい低下が見られる。それは天性の才を有するラムダも例外でなく、それ故彼らは杖の定期的な手入れが必要なのである。

 その店の外観は他の建物同様高く輝いているが、中に入ってみるとそこは見事であった。床は一面が厚い赤の絨毯で埋め尽くされており、一歩一歩の音が床下に吸い込まれていく。壁にはたっぷりの余白を残して棚板が並ばれ、その上には製品が展示品の様に互いに距離をおいて鎮座している。シャンデリアからは柔らかいダウンライトが落ち、店内全体を昼でも夜でも無い時刻に閉じ込めている。その光はショーケースのガラスで一度反射してから商品へ届き、並び立つ杖に控えめなハイライトを乗せる。その杖はラムダの杖の様に木から掘り出された物もあれば、魔獣の血肉から作られた奇怪な物もそこにはある。

 その中でサイエンが選んだのは鋼鉄の手杖であった。全身は彼の肩程度。素材は艶を抑えた鋼で、色は黒とも灰とも言える鈍いグレー。持ち手は微かに膨らみ、滑り止めを兼ね備えた浅い堀が一本の螺旋になって刻まれている。先端部分は渦巻く様にゆるく曲がり、一周する直前で断面を見せている。反対側のそこには厚めの鉄輪が嵌められており、地面につくと芯のある高い金属音が響き渡る。細身ではあるが持ち上げれば見た目以上の重さがあり、一突きで石畳さえ粉々にしそうな密度を感じる。そんな武具と道具の中間に佇む杖をサイエンはラムダの前に持ってくると、

「君は思ったよりも力があるからな、こんな杖が似合うんじゃないか?」

 ラムダはその杖をジロジロと見渡すと、うんと頷いた。

「良い感じだね。気に入ったよ」サイエンに目を移し、「それより、サイエンも魔法を使うんだよね。何で杖を持ってないの?」

「私の場合は全身に補助具を付けているからな。ネストの中で君達と戦っていた際に付けていたアレだ。あの補助具は私の固有魔法である空間の屈曲のサポートだけでなく、新たな二種類の魔法……炎の術と戦闘相手の意識の一時的な強奪を可能にしてくれる」オメガの方を向くと、「オメガ、君もマーナなのだろう?君にも杖を見繕ってやろうか?それとも君も私の様な補助具が欲しいか?」

「要らん。魔法なんて狙いを定めずに火力で押し切れば良いだけだからな。第一俺は魔法を使わん」

 ラムダは不思議そうな顔付きを見せ、

「オメガも昔は使ってたじゃん。何で使わなくなったの?」

「お前が魔法を使っている理由と同じだよ」

「……そっか」

 ラムダはそう呟いて俯いた瞬間、ショーケースの中で光を放つ結晶に目が入った。その中心にある芯は細い柱の様に真っ直ぐ伸び、その周辺からは何本もの小さな棘が斜めに芽吹いている。断面はきっちりと揃った六角形。表面はガラスよりも硬質な光沢を持っており、内部には色がない代わりに空気と光の筋が封じ込められている。細かな亀裂と気泡がその結晶内に疎に散らばり、光の線を乱反射させる。覗き込む角度を変える度に透明な迷路の中を細い虹が一筋走り、反対側の世界を歪めさせる。

「これは何?」とラムダ。

「……クリスタルだ。綺麗だろう?この内部には大量の魔法が封印されているからな、魔力が切れている時に破壊すれば相当の魔法を得られるぞ」サイエンはやけに早い口調で、「それよりも他の話をしよう。君達の文化には金銭なんてないだろう。欲しい物を言ってくれれば買ってやるぞ」

 その後、ラムダはサイエンの言葉に甘えて様々な物を買ってもらった。その一方でオメガは何も言わずに二人の後ろを付いていくのみであった。


 そして三人は日が沈むまで買い物を続けた。店から店へ渡り歩く内に空の色は徐々に黒く塗り替えられ、宇宙の色彩がそのまま街の上に舞い降りる。足元に伸びていた三人の影はすっかりと建物の暗がりに飲み込まれ、今では足元と地面の境さえ曖昧に。初冬の冷ややかな夜風はビルの谷間から三人に吹きかけ、その度に薄い鳥肌が彼らの腕を駆け上がる。冷風はこめかみの奥にまで入り込み、じわじわと頭全体を覆う頭痛へと化学変化していく。

 今やサイエンの両手には大量の紙袋が絡み付いている。白や茶色の紙袋にはそれぞれ違う店のロゴが印刷されており、取っ手の部分が指に食い込んではいるが、本人はさほど苦にしていない様子で肩の力を抜いて歩いている。ラムダの杖は先の店で購入した鋼鉄の手杖に成り変わっており、歩く度に金属特有の澄んだ高い音が少し遅れて夜気の中に溶ける。

 ラムダとサイエンの顔は笑顔で満たされている。ラムダは紙袋の口からチラリと覗く服や小物を何度も確かめ、頬を紅葉でうっすら赤く染め上げた。サイエンもまた、少し疲れた息の中に楽しさを滲ませている。その一方でオメガの口角は下がり切っており、彼の周りだけ別の空気が纏わりついている様であった。蔑んだ両目で視界に入れるのは楽しげに笑っているサイエンの後頭部ばかりだ。

「今日は楽しかったよ、ありがとう」とラムダ。

「それは良かった。私も楽しませてもらったよ」

「紙袋、やっぱりいくつか持とうか?殆ど私の為に買ってもらった物だし」

「いや、良いよ。この程度ならわざわざ君の――」

「おい、いい加減にしろよ」

 サイエンの言葉を、オメガの苛立った口調が鋭く遮った。足を止める音が一つ乾いたアスファルトの上に刻まれる。サイエンは歩みをぴたりと止め、紙袋をぶら下げた両腕はそのままに顔に浮かべた笑みだけを残してオメガへと視線を向けると、

「……いい加減、というと?」

「いい加減本題を話せ。お前が十二年前に俺達を連れ去った理由は?俺の両親を殺した理由は?俺達にして欲しい事は何だ?」

 夜風が二人の間をすり抜けていく。通りのざわめきはまだ続いているのに、この一角だけ音が少しだけ遠ざかったように感じられた。

「朝も言っただろう。今日は休日――」

 その瞬間、オメガは躊躇いなくサイエンの首を締め上げた。全身全霊の力を搾り出し、彼の骨を折ろうとするように指に力を込めた。サイエンの身体は軽々と宙へ持ち上がり、両足はふらりと宙に浮いてつま先で空に円を描く。腕から滑り落ちた紙袋がばさりと地面に散らばり、中の服や箱が石畳の上で鈍い音を立てて跳ねた。首元に溜まった血液はじわじわと顔全体を真っ赤に染め上げ、口元には深い皺が刻まれていく。その皺の間から白い泡がにじみ出て、その口の両端には白い泡が溜まっていき、タイヤの空気が抜けた様な声にならない声が喉から漏れ出る。サイエンの顔は更に赤く染まっていき、額にはミミズの様な血管が浮き出てきた。

「死にたくなかったら全て話せ。先ずは俺の両親を殺した理由からだ」

 オメガの声は低く潰れていた。両腕には筋が浮き上がっており。首を締める手首の先からは火傷じみた熱気さえ感じられる。サイエンは一度大きく咳き込むと、死に物狂いで喉に空気を押し込みながら、

「……彼らが死んだのは……私達の不注意だった。君達はリフォストに蔓延る病原菌に耐性が無いからな……そのせいで君の両親は病気を患い、命を落とした。本当に……すまないと思っている……」

 途切れ途切れに言葉を搾り出した。声は掠れ、言葉の端ごとに喉が押し潰される様な音が混ざる。

「そうかよ、次は――」

「オメガ、止めて」

 そう言って杖先をオメガに向けたのは、ラムダであった。彼女はその顔に悲痛な表情を浮かべており、頬には冷や汗が一筋、顎の辺りで小さな滴になっていた。唇は固く結ばれ、眉間には深い皺が寄っている。

「……何のつもりだ、ラムダ」

「サイエンの顔、真っ赤だよ。そのままじゃ死んじゃう」

 ラムダの声は震えていたが、その杖先は一切震えていなかった。オメガは舌を一つ打つと諦めたように鼻から強く息を吐き、その場で両手を広げた。掴まれていた襟から力が抜け、サイエンの身体は重力に引かれて膝から地面に落下した。石畳と膝がぶつかる鈍い音の直後、喉の奥底から大量の咳が溢れ出してきた。胸を裂くような咳が何度も何度も押し寄せ、胸郭全体が折れそうな程に上下する。収まったと思っても、すぐに次の咳が喉を抉じ開けてくる。肩が大きく揺れ、口元から荒い呼気と涎が混ざった音が漏れた。

 オメガは自分に杖を向けたままのラムダの腕を乱暴に掴むと、

「ラムダ、アスフォーダルに帰るぞ。やはり俺達はこんな所にはいられない」

「嫌だ」

 返ってきたのは、いつになく即答だった。

「……は?」

「北の島には何も無いから私は飽き飽きしてたんだ。私は全ての物事に精通した知識を持っていて、この世の全てが分かるんだって。でもここに来てからさ、今日みたいに沢山見た事の無い物を見て、食べた事の無い物を食べて、聞いた事の無い物を聞いた。なんだかとっても楽しいんだ。だから……」

 ラムダはオメガの腕を振り解くと、半歩ほど後ろに下がった。

「オメガ、あの島に帰るなら一人で帰って」

 彼女の瞳には迷いと決意が同居した様な光が宿っていた。街灯の白い光がその瞳に映り込み、細かく震えている。

「……お前は一人でいると何をしでかすか分からないだろう。お前は俺がいないと生きていけないんだ。だからお前を一人に出来ない、一緒に戻るぞ」

「嫌だ。私はここに残る」

 ラムダがそう言い捨てると、両者の間に大きな緊張が走った。風の音も、車の音も、看板の電子音も、全てが一歩引いた位置からこの場面を眺めているように感じられる。ラムダはオメガに冷たい視線を向け、彼に向けられた杖は一切として退きそうにない。

 オメガははぁ、と肩を落として、

「……どうやら、意見が別れたみたいだな」

「……そうだね」

 再び二人の視線がぶつかる。間に挟まれた冷たい空気がぱきりと音を立てて割れそうなほど張り詰める。一触即発の雰囲気が、その場にゆっくりと流れ始めた。足元には散らばった紙袋と買ったばかりの服や箱が、誰にも拾われないまま夜の光を浴びている。

「本気バトルの時間だな」

 十余年前の屈辱を経て盤石になった二人の関係。この瞬間、それが音を立てて崩れ始めた。


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