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第三話 胸中 ①

 ラムダとオメガは互いに奇妙な感情を抱いている。それは例えば、互いの視線が触れ合った瞬間に鼓動が一つ早まる様な、相手の傷を処理する際に手が触れそうになると理由の無い慎重さが体を走る様な、友情と言うにはあまりに素っ気なく、家族と言うには甘っぽい感情である。片方が根っこで半歩遅れればもう片方は景色を眺める振りをしながらさり気なく速度を落とし、再び二人肩を並べて道を歩く。無意識の内にボートの揺れに合わせて同じ呼吸になる。巨大樹の影で片方が前を視る時、もう片方は後ろを視る。

 しかしそれを多くの者の脳裏に過った『その感情』と呼ぶには、彼らの集落があまりにも原始的すぎた。それ故二人は、名付けさえすれば二人の間に芽生えるはずの物を、『奇妙な感情』と言う名の蓋をしてそっと持ち歩いているのであった。


 巨大都市・バーレーンの街中を歩くオメガとサイエン。そこの道路はまるで木の年輪の様に層を重ねており、道の真ん中には定期的に引かれた白線、その左右には完全な対称を奏でながら大きく広がる黒色の道。その外側には背丈の低い木々が広がっており、更にその外側には二人が歩く比較的細い道。そしてその外側には、先程説明した摩天楼がびっしりと。

 舗装された道は硬く、足裏へ返ってくる反発が森の土とはまるで違った。油と金属の匂い、遠くで一定のリズムで鳴る機械音、灯りが作る影の輪郭の鋭さ――それら全てが文明と言う言葉を、感覚として突きつけてくる。

 しかしオメガはそんな物に一切の興味を示さない。視界に入れるは突如現れた謎の男ただ一人。取り敢えず現在は彼の後ろを付いて行ってはいるが、一切として油断は出来ない。彼の信念が、思惑が、行動原理が分からない以上、いつ彼とその仲間達が襲ってきてもおかしく無いからだ。

 一体何から聞くべきだろうか。ほんの少しの逡巡を挟んだ後、彼は最も聞きたかった質問を一つ選んだ。

「……それで、ラムダは無事なんだろうな」

「当然だ。彼女は少し鼻血を出していたがそれも既に治っている。それに君を傷付けるつもりは一切ない、安心してくれ。警戒をする必要もない。この世界には、君とラムダを殺せる程に強力な力を持った人物も機械も存在しないからな」

 サイエンは一切の間もなくそう言い切ったが、オメガは未だにその視線を彼に向けている。もしサイエンが一瞬でも怪しげな挙動を浮かべると、刹那の内に彼の首を刎ねるつもりなのだ。そんなオメガの様子を見たサイエンは笑いを含めながら、

「まあ、そんな事言ったって、私の言葉なんて信頼出来ないだろうな。だが取り敢えず話だけでも聞いてくれないだろうか?」

 オメガはサイエンの言葉を溜め息と共に無視すると、

「……それで?何なんだよ、この街は」

「この街……と言うよりはアスフォーダルを除くこの世界は、見ての通り君達の住む島とは大きく異なる。君達があの島に閉じこもっている間にこの世は工業化を果たし、情報社会へと変わり果てた。高い建物、人間の代わりとなる機械達、ここ数年で生まれた新たな概念…それらにより世界は一つになり、更に発展した」

 サイエンがそう説明する最中、正面からやってきたのは摩訶不思議な機械であった。幅の広い灰色の道の上を、轟音を撒き散らしながら走る物体。黒色の輪を四つ侍らせ、その上には磨かれた金属の様な塊が。人間の鼻先に相当する部分には鋭い目の様に硝子が二つはめ込まれており、そこから白色の光を発している。少し視界を上げてみると、その内部には人間が黒い輪を持っているのが見えた。胴体の下では四つの輪が唸りを上げ、その道を小刻みに揺らしている。

 そんな機械が道を滑りながら煙の臭いを残して彼らの横を通り過ぎていった。それが何だったのかを考える間もなく、再び似た様な物体が正面から。オメガはすっかりサイエンへの警戒も忘れ、

「今のは何だ?」

「車だ。人や物の輸送に革命をもたらした技術の一つだが……まあ、あれも『人間の代わりとなる機械達』の例の一つだと思ってもらって良い」少し間を置き、「要するに、君達が孤立している内に世界は発展を遂げた。そうすると当然、君達に啓蒙をもたらそうとする者達が現れた。君達の島を観光地にしようと計画していた者もいたな。だから私がアスフォーダルへの上陸を禁止して、君達を世界から守る監視体制を築いた。言い換えるならば、私が君達をこの世から無知でいさせたと言う事だな」

 オメガは少し声を荒げて、

「待て、お前が禁止をしたのか?お前はこの島において何か高い役職に就いていると言う事か?それに何故俺達を世界から遠ざけたんだ?」

「ああ、言い忘れていたな。私はこの国の大統領だ。勿論私が一人でありとあらゆる物事を決定できる訳では無いが、まあ多くの物事に影響を与えられる。君達を世界から守っていた理由は……そうだな、この世界で未だに漁や狩りで生活をしているのは君達だけなんだ。だからそんな貴重な文化と伝統の保護をしたかった。君達の様な原始的な民族は、君達を除いて現存していないのだよ」

 サイエンがそう言うと、オメガは自分の手元に目線を落とした。そこに映るは赤く光る指輪。金属加工された鉄の輪に埋め込まれたトパーズの指輪は、紛れもなくこの島から来た物である。それはつまり――。

「……なあ、お前は俺の島への上陸を禁止したんだよな。ならお前の見てない所でそれを破っている奴がいるぞ」

 サイエンがこちらに振り返ったのを確認すると、オメガはその指輪を彼に見せた。

「俺は十二年前にとある魔獣に連れ去られ、この島に来た。この指輪はその時にそいつから渡された物だ。その時に俺の両親はその魔獣に殺された。だから俺はそいつを殺す為にこの島に来た。黒い体毛に覆われていて、顔面が鳥みたいになっている奴だ。アイツがラムダを倒して連れ去り、お前がラムダを保護してるって事は……お前がその魔獣を従えているか、最低でも友好的な関係にいるんだろ?教えろ、そいつは今どこにいる」

 オメガがそう言い切るとサイエンの視線は左右に動いた。表情はサッと暗い物になり、彼の声は喉の奥につかえる。両手を軽く振るわせ、諦念の溜め息を一つ付くと、

「まあ……隠し通す事は不可能だよな……」仏頂面に戻し、「……物事には順序がある。先ずは私達と魔獣の関係から話していこう。君も知っての通り、リフォストの北側には広大な森・ネストが広がっていて、そこには大量の魔獣が巣食っている。かつて彼らは我々人類にとっての脅威であったが、化学兵器の進歩と共に彼らは徐々に興味、研究の対象となっていった。魔獣達は動物園や研究所へ移住していき、終いには自然にいる魔獣とネストを保護しようとする団体も現れた。だが……そうだな、単刀直入に言おう」

 サイエンはオメガの両目を真っ直ぐ見た。その視線にはあらゆる躊躇いが取り除かれている。彼は断固とした口調で、

「人間と魔獣が交わる事は無い。つまり人間が魔獣を従える事は不可能であり、十二年前に君を連れ去ったのは人間だったと言う事だ」

 淡々とした口調で要領を得ない事を語り続けるサイエンにオメガは痺れを切らした。しかし頭のどこかで彼はその答えを理解していたのだ。そっと目を瞑り、可能な限り落ち着いた口調で、

「……それで、俺達を攫ったのは誰なんだ?」

 晴天の昼間。秋の終わり際に降り注ぐ太陽はいくらかマシになったが、摩天楼に並び立つ窓に反射する光は未だに強い。その時吹いた一陣の風も身を竦ませる程には寒いが、街路樹は楽しげに揺らめいている。

 長い間サイエンは何も言わずに自らの足元に目を落としていたが、どこかで車のクラクションが鳴り響いた瞬間、彼は遂に口を開いた。

「私だ。あの日、私が君達を連れ去り、君の両親を殺した」

 刹那、オメガの拳がサイエンの顔面にめり込み、木の枝が折れる様な気持ち良い音が鳴り響いた。激しい勢いで後方に吹き飛ばされ、十メートル後ろにあったショーケースに激突したサイエン。ガラスは粉々に砕け散り、彼は倒れた状態のまま店内に佇んでいたマネキンに辛うじてもたれ掛かっている。粉塵が辺りに充満し、後方からは瓦礫が崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 サイエンの鼻腔と口内からは血が滝の様に溢れ出し、彼の視界は薄い膜一枚を通した様に曖昧に。朦朧とした意識の中で脳髄は安定せず、体は指先一つ動かす事が出来ない。顎を通って鼻血が地に付いた瞬間、すぐ正面にオメガが立っている事にサイエンは気が付いた。

「次の一撃でテメエを殺す。十秒以内に遺言を残せ」

 オメガは拳を丸めてそう言った。しかしサイエンは動じない。彼は冷静な口調で、

「言ったろう、物事には順序があると。そうだな、次は私が十二年前に君達を誘拐した理由を――」

「死ね」

 ふらりと上空に向けられたオメガの腕。そこで彼の拳は丸く握り直され、手首に血管が浮き出てくる。そして腕が振り下ろされた――ドン、とまるで何かが爆発したかの様な音と共に衝撃波が発生し、歪められた空間が建物にヒビを走らせる。頭上からは破片が降り注ぎ、雨の様に二人目掛けて打ちつける。しかしオメガの拳に激突したのはサイエンではなかった。

 彼の手は、空中で止まっていたのだ。オメガが自分の意思で止めたのでは無い。まるでオメガとサイエンの間に見えない鉄の壁があるかの様に、そこには確かな存在感があったのだ。サイエンは変わらず倒れたマネキンに背中を預けたままだが、それが彼の魔法である事は理解するに易かった。オメガは奥歯を噛み締め、

「テメエ、さっさと――」

「オメガ、聞いてくれ。あの時君達を連れ去り、君の両親を殺したのは、全て私の独断で行った事だ。当時の私は幼稚で、愚かであった。とある研究が上手く行かず、その腹いせに君達を誘拐してしまった。全て、愚かな私のせいなのだ」

 サイエンはふらりと立ち上がった。両足を細かく振るわせながら、それでもバランスを取りながら自らの足で立とうとするその姿は、さながらこの世に生まれ落ちてすぐの魔獣の様である。そのまま彼は片膝から順に崩れ落ちる様に腰を落とし、両手を床へ。手の平は指をきっちりと揃えて前へ滑り出し、背中の線を綺麗に折り曲げる。そのまま深く頭を下げると、呼吸を押し殺した。

「私を殺しても構わない。だが私にはまだ使命がある。少しの間で良い、どうかそれが終わるまで、待ってはくれないだろうか」

 額を床に落とし、肩を小さく振るわせるサイエン。彼のその様な姿勢が何を意味しているのか、オメガには分からなかった。謝罪の動作も、懇願の言葉も、彼の文化には存在していないからだ。しかしそれでも、彼の大統領としての熱意が自らの目の前で燃え上がっている事は彼にも理解出来た。オメガは拳を下げ、舌打ちを一つ鳴らすと、

「……もう良い、早くラムダのいる所に案内しろ」


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