表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

第六話 伝説 ①

 ラムダとオメガが初めて出会ったのは彼らが四歳の時であった。二人の住む集落自体は小さかったが、ラムダはその頃から引き篭もりがちであった為にその日まで会った事が無かったのだ。

 その日は村の収穫祭であった。村の全員が中央に集まらなければならず、それ故ラムダも外に出なければならなかった。見知らぬ人々を避ける傾向にある彼女は父の背後に隠れ、なるべく誰とも顔を合わせないようにしていた。しかし集まり場中央にある焚き火が大きな爆発音と共に天へと舞い上がり、人々が大きな声を響かせると、ラムダも次第にどれがどんな物かを気になり始めた。そしてハイターの背後から顔を出した瞬間、目の前には、黒髪の少年が立っていた。目尻は吊り上がっており、眉は短く整えられている。鼻は厚く高く、口は薄く閉じられている。前髪を額に下ろしただけの髪型ではあるが、それがむしろ精悍な彼の顔付きを目立たせている。燃え盛る炎を背後に持つ彼の顔は影に覆われており、どんな表情を浮かべているのか分からない。ラムダは急いで隠れようとしたが、その直前に彼が手を掴んできたのだ。手を通して伝わってくる彼の熱に、鼓膜の奥で鼓動する心の臓。ラムダは紅潮した頬を父の背中に埋めると、それ以降の記憶は曖昧になった――。


 暗黒の正午の光は、物の輪郭だけを赫く縁取っていた。青いドレスはその縁取りの中で異様に沈み、布の揺れだけが生き物の様に見える。

 南の島に群生する巨大都市。その片隅にて対立するラムダとオメガ。聳え立つ超巨大樹の足元、赫星のノームが照らす夜影の中、二人の視線が重なり合う。

 最初に仕掛けたのはオメガであった。彼は地面を蹴り飛ばし、ラムダ目掛けて一直線。一撃目を入れる直前に拳を握り直し、狙い定めるは彼女の仮面。しかしオメガの自らの拳を振り終わる頃には既に、ラムダは彼の背後に回り込んでいた。彼がそれを理解するより前にラムダより放たれた白光の一閃は、空中にて赫に変色し、彼の背中に激突した。背後にジンジンとした痛みが広がり、視界は一瞬真っ黒に。

 その一撃が致命傷になった訳では無い。しかしそれでも、オメガは頭の中で理解した――後数発、いや、魔法によっては一撃でもまとも喰らえば、命まで持っていかれると。そして詳細は不明だが、ラムダにつけられた仮面は彼女の意識をどこかに追いやると同時に、彼女本来の力を遺憾無く引き出している。

 ならば超範囲の炎魔法を引き起こしラムダの身を焼くか。否、それは不可能である。炎魔法の扱い方を知ると言う事は、炎魔法への耐性を得ると言う事。氷魔法の扱い方を知ると言う事は、氷魔法への耐性を得ると言う事。そうでなければ炎魔法の術師は自らの炎に身を焼かれ、氷魔法の術師は自らの氷に身を凍らせられるからだ。彼らの世界には一万を超える魔法が存在し、ラムダはそれら全てを極めている。その為オメガの魔法はラムダには効かない。故にオメガの魔法は彼女には通らず、彼女の魔法のみが一方的に彼に通る。これは戦闘にすらならない一方的な暴力。

 今際の際。彼は、自らの心臓のすぐ横に掛けられた鎌の形が容易に想像出来た。

「侮るなよ……」

 オメガは日々の修行を怠らない。しかし彼の潜在的な才能が花開く瞬間はいつも、決まって自らの命が脅かされる戦闘時である。サイエンとの戦闘の際に見せた炎の羽衣、ラムダとの戦闘の際に見せた超火力の炎の花弁。そして今回は――。

 ドン、と空気が唸る音が森中に響き、周辺の枝葉が叫び声を上げた瞬間、オメガはラムダの目の前に立っていた。彼はラムダの呼吸を感じられる程の目の前にて、彼女の杖の先を逃さぬよう握りしめている。もはや残像すら発生しない、ラムダの瞳には彼が瞬間移動したかの様に見えた。何が起こったか理解出来ないラムダは杖を手放し後方へと下がった。

 彼らが住む世界において、火炎と爆破は同種の魔法である。炎の術師が一定以内の魔法速度、魔法総量で魔力を放つとそれは炎に、それ以上で放つと爆破になる。直前にオメガが起こした物は爆発魔法。それを自らの後方にて発生させ、その推進力を使用して自らを前方に押し出したのだ。爆破により生み出される推進力は、彼を亜音速の世界へと導く。故に、他者の目からは彼が瞬間移動を起こした様に見えたのだ。

 ラムダが着地した瞬間には既に、その杖は赤白く光っていた。オメガが握っている周辺は白く、そこから外に行くにつれ赤く。そうかと思うと杖は徐々に姿を変えていき、まるで粘度の高い液体の様に、ドロリと地面に落ちた。千六百度。それは、彼女が持つ鋼鉄の手杖の主要構成物である鉄が融解を始める温度。極度に集中状態のオメガならば、十秒を待たずしてそれに必要な温度を与えられる。

 ラムダの杖は完全に液体へと化し、地面に溢れ落ちた。これにて彼女は魔法の放出が不可能になり、同者同条件の殴り合いが開始される。そしてそれはオメガの優位性を示す――訳では無い。

 事実、オメガはラムダと殴り合いの喧嘩を過去に二度行っているが、そのどちらも彼女に圧敗している。それはオメガが手を抜いた訳でも、ラムダが自身に強化魔法を掛けた訳でも無い。オメガは二度、全身全霊を掛けて勝負を挑み、そして成す術無く敗北しているのだ。ラムダが強者たる所以。彼女がオメガからの殴打を受けても多少の傷で済んでいる理由。それは、彼女の稀有な体質にある。ラムダの筋肉密度は常人の十三倍。故に彼女の腕は細く見えても、実際にはその十三倍もの膂力をその内に隠し持っているのだ。

 ラムダは両の手を握りしめると、胸の前に持ってきて八の字に。続け様に右脚を半歩、後ろに下げた。対するオメガは両手とも広げ、右手は前方に、左手はへその辺りに。右足も大きく前に出し、左足は半歩後ろ。二人は極限の集中の中、余計な物の一切を自らの視界から削ぎ落とし、瞬きすらも捨て去った。二人の呼吸が、同じ速度に揃っていくのが分かった。互いの癖も間合いも、動き出す予兆も、誰より知っている。だからこそ一瞬が致命的で、だからこそ一瞬が美しい。

 周辺は、存外静かなものであった。終末の世界では風一つ立たず、雲も完全に動きを停止している。ネストにて暴れ狂う魔獣達は二人の気配を察知すると同時に襟を正し、小さな蟻一匹すら彼らの領域に入ろうとしない。

 澄んだ空気の中、二人は見つめ合う。勝負は一瞬、決着は刹那。

 瞬間、空間が薙いだ。ラムダの腕がオメガの胴体を貫いたのは、それと同時であった。彼女の腕先は赤く染まり、おびただしい量の血が滴り落ちる。オメガは口から滝の様な血反吐を吐き出し、続けて咳き込んだかと思うともう一度血反吐が。視界は赤く歪み、耳がどこか遠く。意識は朦朧とし、喉の奥には血がベッタリと。

 貫かれた感覚は痛みより先に冷たさとして来た。内臓が風に晒された様な空白が広がり、そこへ遅れて灼ける熱が流れ込む。鉄の匂いが口の中に満ち、舌が重くなる。オメガは膝を折りそうになるのを意地で堪えた。倒れれば終わりだ。倒れれば、彼女を救う手が届かなくなる。視界の端で世界が揺らぎ、赫い輪郭だけが滲んでいく。

 致命傷を負った彼はゆっくりと、緩慢な動きの中、ラムダの頭に腕を伸ばすと、彼女の頭を両手で挟み込む様に掴んだ。そのままふらりと後方へ自らの頭を仰け反らせると、彼女の仮面に頭突きを一発。金属が擦れ合う様な音が響き、頭蓋骨がミシミシと振動する。続け様に二発。更に三発。

 頭突きの衝撃は自分の頭蓋にも返ってきた。金属の冷たさ、割れる音、震える骨。痛みは一瞬で、すぐに痺れへ変わる。

 ラムダは急いで腕を引き抜き後方に下がったが、その時には仮面の端にガラスを落とした様な線が一本入っていた。ヒビの入った仮面の隙間から、風が鳴った気がした。ほんの僅かな音。だがオメガには、その音が彼女の呼吸に似ている様に聞こえた。

「俺の過去も、未来も、全てここに焚べる……だから……」オメガは曖昧な視界の中、彼女を真っ直ぐ見つめ、「ラムダ、お前を絶対に助けてやる」

 最後の勝負はまだ、始まったばかりであった。


 その時、ラムダは深い夢の中にいた。暗い深海の中をゆっくりと沈み込む様に全身を包まれ、瞳の奥と脳全体が何だか重たい。音は何一つ聞こえず、匂いも何一つしない。彼女の瞼の裏に流れる映像は、プロジェクター越しの映像の様に隅は暗闇に包まれており、中心に向かう程光が強い。

 私が彼と初めて出会ったのは私達が四歳の時だった。私達の住む集落自体は小さかったが、私はその頃から引き篭もっていたから、その日まで会った事が無かった。それは収穫祭の日だった。誰とも顔を合わせたく無かったのでずっとパパの背後に隠れていたのだが、ふと周りの様子を見たくなり、慎重に顔を出した。目の前には彼がいた。キャンプファイアーを背後に置いた彼の姿は陰に覆われており、怖くなって急いでパパの背後に隠れようとした。でも彼が私の手を掴んだ。その手は熱かった。私は心臓を掴まれた様にドキッとして、パパの背中に顔を埋めた。彼の手はまだ四歳なのにゴツゴツとしていて、私のそれよりも遥かに大きかった。しばらくしても彼は私の手を離そうとしなかったので、もう一度ゆっくりと顔を出してみた。暗くて良く見えなかったが、彼の頬と耳が真っ赤に染まっていた気がした。私と目が合うと、彼は急いで目を右下に持って行った。それからゴニョゴニョと何かを言っていた気がするが、小さくて聞き取れなかった。でもパパには聞こえていた様子だ。彼は嬉しそうな声色で、

「そう言ってもらえて嬉しいよ。この娘はラムダ。偶には彼女と遊んでやってくれ」

 その日以降、私は彼と遊ぶようになった。

 最初は彼が私の家にやってきて、雑談をするだけだった。家の外に出るだけで、青空から後頭部を押さえつけられる様な感覚を持っていた当時の私にとって、それはとてもありがたかった。と言っても彼も私もお喋りでは無かったので、無言の時間の方が圧倒的に長かった。それでも彼といる時は胸が暖かくなる気がした。

 次第に、外に出るのが苦痛でなくなった。島の北側にある断崖で肝試しをしたり、集落の東にある洞窟に秘密基地を作ったりしたが、一番多く行った場所は、やはり南の浜だった。あそこで彼と海を見るのが好きだった。波が一つやってくる度に心が洗われていく気がした。彼と肩を並べて、ぼんやりと海に浮かぶあの島を見ていた。あそこには何があるのかな。いつか行ってみたいな。そんな事を思っていた気がする。

 その二年後、本当に南の島に行く事になるとは思ってもいなかった。怖かった。変な魔獣に首を触られたと思ったら、知らない天井を見ていた。足元から、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。体が一つも動かなくて、私は気を失ったままの振りをした。そのまま無事に帰ってこれたと思ったら、彼のパパとママが長い時間眠ったままだった。周りの人は泣いていた。寝坊は良く無い事だってパパは言っていたのに、大人がそれをしちゃダメだと思った。結局、彼らは土の中に入っても目覚めなかった。

 皆泣いていたけど、彼は泣かなかった。嗚咽を詰まらせそうになる度に下唇を噛み締め、痛みで気を紛らわせようとしていた。それを見ていると、私が泣き始めてしまった。知らない振りも幼稚な振りもしない彼の姿を見て、泣いてしまった。いつも強がっていた彼が、等身大に戻っただけなのだろうけど、なんだか小さく見えた。

 次の日、彼は修行を始めた。私も始めた。彼はすぐに、自分の魔法の才能に気が付いた。彼の姿を見て私も頑張った。私はすぐに、自分が他の人より力持ちな事に気が付いた。私の姿を見て彼も頑張った。彼の姿を見て私も頑張った。

 初めて本気ゲンカをしたのは、それから三年くらい後だったと思う。原因は……なんだったけな。多分些細な言い合いだったと思う。彼は殴り合いで決着を付けようって言ったけど、私はそれを拒んだ。彼に一生治らない傷を付けたく無かった。その時はまだ魔法なんて使えなかったから、頑張って逃げ回って石とかを投げた。当然負けた。その後、何年もずっと負け続けた。一回だけこっそりと落とし穴を作って、それに彼を嵌めて勝った事はあるけど、思い出せるのはその一回だけ。

 そんな風に修行して、喧嘩して、共闘して。そうやってずっと、一緒にいた。彼は私の人生の大部分であり、多分私も彼の人生の殆どなのだろう。私達は死ぬまでずっと一緒にいるし、私はそれを望んでる。あ……でも、彼とは私達の島に帰るか帰らないかで洒落にならないくらい大喧嘩したんだった。『あの島には何にも無い』だなんて、心にも無い事言っちゃったな。あの島には私がいるし、パパがいるし、長老がいるし、何より彼がいる。

 ごめんね、オメガ。私は大事な物を忘れていたんだ。あなたがずっと私の側にいてくれたからいてくれたから、今の私があるんだ。だから……今度会ったら……ちゃんと謝ろう――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ