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完結です。
正直アーデルハイドがあんまり動かせなかったです。
私の話が終わると殿下は一瞬考え込んだ。
「なるほど、この事は兄君は承諾済みかい?」
「はい、兄は私の好きにと」
「・・・了承した。では委細は追ってセドリック卿より伝えさせる」
「承知しました」
そう言うとお二人は席を立ちその場をあとにする。
私はカーテシーで礼をとり見送った。
「きゃああああ」
屋敷に毎日のように金切り声が響く。
俺はうんざりとしつつ無視して執務室で仕事を続ける。
声の主はいつまで経っても来ない俺に痺れを切らしたのか叫ぶのをやめてドスドスとこちらに向かってくる。
俺はため息をつき机の書類を引き出しにしまう。
バンッ
「あなた何故来てくださらないの!」
ズカズカと俺の机の前に来て机を叩く。
書類をしまっておいて良かった。
厚塗りの派手な化粧に娼婦のように胸元の開いた下品なドレス。
鼻息を荒くして部屋に入ってきたのはそんな格好を纏った過去の美しさをなくしたセシリアだった。
互いに騎士として高めあった日々など嘘だったかのように堕落な生活から太り、肌も荒れ、無理矢理化粧で隠して。
「はぁ、今日はどうしたんだ」
「私がわざわざお茶会に行ったのに伯爵家風情が断ったのよ!」
ふんふんと怒りばかりで話の意味が分からないが恐らく誘われてもいない伯爵家のお茶会に出向き断られたのだろう。
家格差を考えれば非常識とはいえ、普通なら断られないだろう。
それでも彼女が断られたのは、場にそぐわない格好もあるがここ数年の彼女の蛮行が広く知れ渡っているからだ。
勝手に参加しては好き勝手に振る舞い、苦言を呈されれば身分を振りかざす。
親子でそれまた勝手に参加した夜会で好みの男性に既婚問わずベタベタとあからさまな態度。最初は俺も浮気と怒ったがもう彼女が大人しくするならどうでもいいとすら思ってしまった
最近ではさすがに相手する貴族男性もおらず、ヒモのような怪しげな男をどこから見つけてきたのか離れに呼び立てているらしい。
「ちょっと聞いてますの」
バンバンとまた丸くなった手で机を叩く。
「聞いているよ、しかし何度も言っているだろうもう女主人の仕事をしろとは言わないがせめて余所に遊びに行かず大人しくしててくれと」
呆れたように言うと顔を真っ赤にして「ひどいわ!妻が傷ついているのに慰めてすらくれないなんて!」とまた金切り声をあげた。
そしてもういいと言って部屋からドスドスと出ていった。
また部屋で暴れるのだろう。
俺は頭を抱えて深く息を吐く。
「アーデルハイドならーーーー」
「旦那様ほどほどになされませんと」
そう言いながら俺の傍らにお茶を差し出される。
窓に目をやると既に日が沈んでいた。セシリアに邪魔をされたせいで遅れた分を取り戻そうと集中していたせいで気付かなかった。
「あぁ、そうだな」
淹れたての紅茶は身体を温め癒やしてくれる。
一息つくとドッと疲れが襲ってくる。
目のかすみに固まった身体。
一度立ち上がって身体を伸ばす。
椅子に座り直し先程まで万年筆を握っていた右手を眺める。
かつてこの手で毎日振っていた剣を握らなくなって今ではペンだこしかない。
鍛えていた身体も見る影もない。
現在俺は騎士団を退団していた。
領地で領民の暴動が起こり、表向きは当主としての対応の為という形だが実際は、管理不足の責として退団を陛下直々に命じられた。
断ることなど到底出来なかった。
俺が指揮をとりまもなく暴動は鎮圧した。
暴動の原因は、叔父だった。
アーデルハイドがいた頃はその実権を取り上げていたそうで俺の再婚後にお祝いとともに改めて当主に代わって管理するので返して欲しいと言ってきた。
俺は親である父より、時折遊んでくれていた叔父を信用していたし言われるままに代理として再び実権を渡した。
定期的に連絡は来ていたし何の問題もないと思っていた。
俺自身も子も産まれ、遊び回るセシリアに手を焼いていて騎士と家の事で慌ただしく。
まさか領地で叔父が領民に重労働を強いて税を多く吸い上げているとは思ってもみなかった。しかもそれを己らの贅沢の為だけに消費しているとは。
幼子が飢えに倒れ、その子を抱きしめ泣き叫ぶ母親、減税を求め申し立て鞭打ちを受け血塗れの父親、領外へ逃げようとして捕らえられた若人。
地獄のなかで彼らは最後の希望に暴動を起こしたのだ。
鎮圧後、叔父を含め汚職に手を出した役人は炭鉱へ奴隷送りにされ。
俺は領民への贖罪と賠償を国から命じられた。
それが終わった後は公爵位から男爵位へ降爵されることが決定している。
貴族位剥奪でもおかしくはなかったが本家が関わっていなかったこと、父が国へ多大な功績を残していたことを考慮されこの結果となった。
セシリアは、まだ知らないがまもなくこの王都の屋敷も売却され賠償にあてる予定だ。
領地の叔父が使っていた屋敷はすでに暴動の折りに焼き討ちされているため父が隠居していた小さな屋敷に移住する。
父は叔父に実権を渡して間もなく病に倒れ、そのまま没した。
領民曰く、証拠はないがそれも恐らく叔父が薬を盛ったと思われるが俺が特に疑いもせずにさっさと葬儀を執り行ってしまったため調べようがなかった。
領民の扱いに抗議すると出ていった日に叔父の屋敷で倒れたと父の使用人が証言していた。
それまで病のやの字すらなかった父が。
何故、何故、何故なのよ。
彼と将来を誓った日私は全てを手に入れたと思った。
ペイジ子爵家の次女として産まれ母に似た美しい見た目が自慢だった。
母は元は平民だったが父に見初められた妾として屋敷の離れに私とともに住んでいた。
生活に不足はなかったけど私達に自由はなかった。
それは本邸の本妻と私の異母姉にあたる長女によるものだ。
母が父に宝石などをねだってもどこから知るのか勝手に散財するなと叱られる。
私だけ本邸に呼び出しては姉とともに教育を受けさせて出来ないのを姉と比べて馬鹿にする。私達に甘い父も本妻の言うことには逆らえず、幼い頃から肩身の狭い思いをしていた。
「あなたは誰かの本妻になって私を救って」
何度も母に言い聞かされた。
この家で唯一の味方の母に逆らうことはできなかった。
けれど姉の目がある場所では好きに動けないと悟った私は父に騎士になりたいと伝えた。
女で騎士は、と渋られたが姉の近くにいて迷惑をかけたら申し訳ないし、女性騎士は珍しいから上手くいけば王国騎士団にもなれるかもしれないと伝えると渋々納得してくれた。
予想外に私には剣の才がそれなりにあった。
勉強では姉の教師にたいそう馬鹿にされたが剣の教師は何度も褒めてくれた。
学園に入学する年になると私はさらに美しくなっていた。
女性の少ないのもあるが私は剣の実力もあり、その上で美しいと学年問わず注目されているのを感じた。
様々な誘いはあったがそのほとんどは遊び目的や本気でも家格の低い男ばかり。
母を救うにも、本妻達を見返す為にも、そんな奴らに構う暇はない。
そんな時一つの視線に気付いた。
それがレイモンド。ロイゼンベルグ公爵家の長子。
けれどすでに結婚しているため私の目的にはあわない。
母のように妾なんて絶対いやだ。
私を、私だけを愛してくれる絶対的な味方を。
けれどレイモンドは見てくるだけで他の男達と違い一歩引いて私に接してきているようだった。
まぁ、妻がいるならそれも仕方ないだろう。
けれどある日その認識は一変した。
たまたまペアとなって訓練した日にあまりに無意識に褒められ本気で照れてしまった。
彼も無意識に褒めたことに気付いてたいそう焦っていた。
そこから度々話す機会が増えると彼の妻のことを知った。
彼を放置していた父親が勝手に決めた年上の妻。
その妻も彼の事をなんとも思っておらず好き勝手遊んでいるのだという。
妾の子としての孤独を抱えていた私は同じく孤独を抱えていた彼に涙した。
彼と私は同じなんだと。
そして彼はすぐにではないが離婚して私と結婚すると誓い。
私の要望で妻との白い結婚も約束してくれた。
不器用だけど彼の真っ直ぐな気持ち本当に嬉しかった。
私は、学園での成績を認められ王国騎士となり第二騎士団に配属された。
卒業後も彼と逢瀬を重ねるためには城に務める必要もあったから。
彼は第一騎士団に配属された。
数年後には彼は第一騎士団団長、私は第二騎士団副団長に昇進していた。
正直仕事なんて結婚したらやめるつもりだったが私が彼との逢瀬を重ねるためには同じ騎士達の協力は必要だった。
「本当は愛し合ってるのは私達なの」
女のくせに騎士を選んだ第二騎士団の面々はそう言った色事には疎かった様で悲恋を思わせるように伝えれば持ち前の正義感に駆られるのか面白いほど都合良く動いてくれた。
唯一堅物の第二騎士団の団長だけは副団長就任後怪訝そうにしていたがなってしまえばこちらのものだ。
そしてあるとき月のものがきていないことに気付いた。
心当たりはもちろんある。
彼との愛の結晶。
この子がいれば堂々と彼の妻になれる。
腹をさすりながらそんな打算をしていた。
彼に報告すれば大喜びだった。
嬉しかった。
私が出来ても妾のままにした父とは違う。
やっと夢が叶うんだ。
公爵家の正妻としての幸せな日々が。
確かに最初は幸せだった。
騎士も辞め、母とともに公爵家での贅沢な生活。
子爵家の実家なんて目じゃない。
けれど子を産んだ後から徐々に変わっていってしまった。
跡継ぎになる男児を産んだことに彼はとても喜んでいた。
けれど私よりもソレを優先しだした。
息抜きに母と着飾って夜会に出掛ければ「母になったのだからもう少し落ち着いた格好を」だって。
買い物すれば「散財しすぎじゃないか」。
のんびりしていたら「少しは女主人として働いてくれないか」。
そして最後には「アーデルハイドならーーーー」
ふざけるな!!!!
愛されず捨てられた女に私が劣るわけないでしょ。
その日から私はさらに着飾って、買い漁り、遊び歩いた。
「私は幸せなのよ・・・・」
そう自分に言い聞かせるために。
母は都合良いとばかりに私についてきた。
そうかこの人は私がどう思ってるなんて興味ないんだ。
公爵家のお金が使えればなんだっていいんだ。
けれどそんな母を見捨てることも出来ずにまた私は目を背ける。
私自身も母と同じ事を我が子にしているとも気づけず。
彼の愛が離れていくのが分かるそれでももう止まれない。
ロイゼンベルグ公爵家が領地の暴動の責をとり男爵へと降爵されるとレイモンド様からつげられる。
すでに騎士も退団し、領地で領民への贖罪につとめる事が決定していること。
それに伴い私財は私のものも含め賠償にあてられること。
もし離縁を望むなら応じることが伝えられた。
「そんなの離縁に決まってるわ!私と娘はペイジ子爵家に帰るわ!」
私が答えるより先に母が憤る。
公爵家に嫁いでからさんざん実家である子爵家を馬鹿にした態度をとった私達を今更受け入れてくれるとも思えないが。
それでもこれから領民に恨まれながら確実に貧しい生活をおくる男爵家よりはマシと思ったのだろうか。
また私をどこかへ嫁がせるのだろうか。
醜く太って化粧でごまかす母によく似たこの私に。
「おかぁさま」
何も言えず固まっていた私を呼んだのはいつからか顔も見ていなかった我が子。
レイモンド様の足に隠れながらこちらを覗いている。
彼と同じの黒い瞳と私の赤毛を持った愛らしい男の子。
「・・・・・」
「セシリア、君はどうしたい」
レイモンド様から最後の問いかけ。
離縁すれば我が子とはこれが最後の・・・・。
あの日私は母の手を初めて取らなかった。
離縁を選ばなかったのだ。
母はそんな私に罵詈雑言を浴びせたあと私の荷物から宝石などを盗みペイジ子爵へと逃げていった。
噂ではお前など知らないと庭にも入れてもらえなかったそうだけど。
その後はどこで何をしているのか分からない。
レイモンド様と息子と私はロイゼンベルグ領地に居を移した。
義父が住んでいたという小さい家に住み、使用人は通いで一人だけ。
あまりの生活の変化に最初は文句をこぼしていた。
けれど息子は初めての家族での生活が嬉しいと言ってくれた。
産んでからほとんど顔を合わせず遊んでいた私を母とまだよんでくれるのか。
もうレイモンド様との愛はないのだろうけどそれでも私はこの子の本当の意味での親となりたいと願った。
それは彼も同じだったようだ。
家事を己でし、領民の冷たい目を浴びながらも生活の教えを乞うた。
彼も領民に頭を下げ、その中に混じって土地を耕した。
彼の叔父が行った事は耳を塞ぎたくなるような事ばかりで領民は表向きは大人しかったがその瞳は間違いなく今だ恨みを抱えていた。
私達はそれを受け入れるしかない。それが私達にできる贖罪だ。
息子が学園に入学する年になった。
父親ににて体格は良いが争いごとを好まないとても優しい我が子。
きっと騎士にはならないだろう。
私も夫もそれでいいと思っている。
あれから農民にまじりこの土地の為に働いた夫の肌は小麦に焼け、その手もガサガサで騎士だったころの面影もない。
私だって初めての家事をして彼とともに働いたおかげか同じく小麦色の荒れた肌。身体は痩せたがもう貴婦人としての面影はない。
けれど私は幸せだ。
最初は役にも立たなかった私達を恨みつつも受け入れ、今ではともに笑ってくれる領民たち。息子はここの領地の為になることを学んでくると王都へと意気揚々と向かった。
きっと息子なら私達のような愚かな事をしないだろう。
遠くなっていく息子の乗った馬車を見ながら思うのは私達のせいで迷惑を被った彼女への謝罪。
「なつかしいわね」
机に置かれた紙を見るとそこには一名の新入生の男児。
かつての旦那様の息子。
ロイゼンベルグ公しゃ、男爵家は今では片田舎の貧しい領地でその罪を償っているらしい。
まぁ貴族らしくない彼らにはあった生活なのかもしれないわね。
「ふふ」
私は少しだけ笑みを溢した。
あの日私が陛下へ伝えたのはこの国の教育の改革。
女たるものなどという古くさい考えの破壊だ。
夫を支える姿が悪いとは言わない。
それも一つの形なのだろう。
けれど最初から彼女達が表にたてる舞台があれば?それを支えたいという夫もいるだろう。
人口の半分は女なのだ。
選べぬことはそのまま人財の損失につながる。
だから私は学園の初の女性学園長になった。
兄からはもう家のために嫁げない事を謝罪したが好きにしていいと笑って許された。
それどころかルージュ様が女性の働き場の為と起業し、有名な商会まで押し上げてしまった。レイモンド様とセシリア様がかつて学べなかった事を息子の彼は学んでくれるだろうか。
いや、学ばせる。
彼も私の大事な生徒なのだから。




