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第四話

瞼に差し込む朝日が意識の覚醒を促し、京介は微睡みの海から解放される。

体育座りの姿勢に学ランをかけた状態で見張りを行っていたが、自分も相当疲れていたらしくそのまま寝入ってしまった。

……寝入ってしまった?

事実を認識するなり、冷や水を浴びせられたように心臓が跳ね起きる。油断のならない状況で睡魔の誘惑に負けたのも勿論だが、それよりも最悪のシナリオが脳裏をよぎる。

京介は学ランを羽織ると急いで洞窟内部に戻る。

 そこには閑散とした空洞が広がるばかりだった。

「馬鹿野郎っ…………!」

 アイリーンの姿は既になく、京介の独り言がむなしく響くばかり。

 念のため周囲を見回すと、風で飛ばないように石ころで抑えられていた紙片を見つけた。

 達筆ながらも丸みを帯びた女性らしい文字でこう綴られていた。

 

 キョウスケへ

 あなたが眠っている間へ出ていくのを許してください。

 あなたは優しいから私の宝物を探すのを手伝ってくれるのかもしれないけれど、それでもそこまであなたを巻き込む訳には行きません。

 あれは私にとってはある意味命よりも大事な物なのです。

 だから私はなんとしてもあれを取り返しに行かなければならないのです。

 少ないですが迷惑をかけたお詫びにお金とゴブリンからとった魔石は置いていきます。

 どうか、私の事は忘れて素敵な仲間を見つけて頑張ってください。


 アイリーンより


「馬鹿野郎っ…………!」

 再度、同じ悪態をつく京介はそばに置かれていた魔石と財布を握り締める。

 何が迷惑だ。

 何が私の事は忘れてだ。

 あんな表情を見せられて、今さら他人のフリなど出来るものか。

 しかし、急速に理性は歯止めをかける。

 アイリーンは他人だろう?

 自分は魔王を倒して妹を救出すのが目的のはずだ。

 それをたかだか会ったばかりの女一人に、命を懸ける必要があるのか?

 京介は自問自答する。

 自分に囁く弱音という名の悪魔はなるほど心理を突いている。

 確かに彼女は昨日会ったばかりで友人どころか知人と呼ぶのもおこがましい浅い関係だ。

 自分は特別なヒーローなどではない。少し腕に覚えがあるだけの高校生。

 事実、低級呼ばわりされていたゴブリンにですら殺されかける有様だったではないか。

 次に無策で突っ込めば紛れもない死が待っている。

「――だから何だってんだ!!」

 パン! と京介は両頬を強く張ると無駄な思考を振り払う。

 一人で心細かった自分に声をかけてくれたから?

 無知な自分に色々と教えてくれたから?

 どれも違う。

 瞼を閉じれば彼女の顔ばかり浮かぶ。起こった顔、拗ねた顔、あたふたする顔。本当に感情表現が豊かな少女の顔ばかりだ。

 理屈はいらない。

 ただ、アイリーンに傷ついて欲しくない。死んでほしくない一心で京介は弱い自分を立ち上がらせる。

 財布と魔石をポケットにしまうと、京介は足取りもしっかりに目的地を目指す。

 その歩みに迷いは無く、京介は言い放つ。

「こっちこそゴメン、アイリーン。お前のお願いは聞いてやれそうにねーや」


 〇


 息を殺し、慎重に草木を分けながらアイリーンは進む。

 見よう見まねのスニーキングで先日訪れた場所へ舞い戻ったはいいものの、ゴブリン達とレイピアは既に姿を消していた。

 ゴブリンは殺した人間から奪った道具を使いこなす程度の知能はあるため、武器を自分達の物にしている可能性は高い。

おまけにゴブリンは拠点を作り、そこへカラスのように奪った宝物をしまい込む習性があるため、急いで追いかければ回収できる可能性もあると踏んだアイリーンは再びかの地へと足を運んだわけであるが。

「最悪……っ!」

 既にそこにゴブリン達の姿はなく、アイリーン額に汗が浮かぶ。

 汗でふやけた脳みそを無理やりフル回転させ、周囲を見渡す。

 何か、何かないのか。

 盗賊(シーフ)斥候(スカウト)のクラスであればわずかな手がかりから追う事もできるが、軽戦士(フェンサー)である自分にそのような追跡スキルはない。

 思わず歯噛みするアイリーンだが、ある一点に着目した。

 ゴブリンの足跡は周囲を散策するようにぐるりと広がっていれば、よく見ると北の方角、すなわち京介と共に一晩を過ごした洞窟のある方角と同じ方向を向いていた。

 ――まさか近くまで追いかけられていた?

 もし、あのまま逃げ場の無い洞窟でゴブリン達に攻め込まれていたらどうなっていたか。最悪のシチュエーションを想像してアイリーンは背筋をぶるりと震わせた。

「それでも行くしかないわよね」

 手がかかりは現状、この足跡しかない。これで見つからなければいよいよ手詰まり。

 お願いだから、そこにあって。

 半ば祈るような気持ちでアイリーンは再び駆け出した時、それは目に映った。

 四頭身ほどの背丈の小鬼。紛れもなくゴブリンだった。

「っつ!」

 反射的にアイリーンは木々に身を隠す。背を樹木に預け、息を殺して顔だけを覗き込ませて対象をつぶさに観察する。

 彼らの後を追えば拠点が判明する可能性は高い。彼らの一挙手一投足を見逃さないように凝視すると、愕然とした。

 ゴブリン5人の内、頭一つ高いリーダー格らしき一人の腰に帯びたレイピア。その華美な装飾は自身の腰に収まっているべき剣。

「ああっ!!」

 思わず声が漏れた。ゴブリン達が振り向くと同時に口を抑えたが時すでに遅し。

 ギャッギャッ! 耳障りな叫びを上げるとアイリーンを包囲する。

 こちらは丸腰、片や相手はこん棒やさび付いたナイフなどで武装した集団。アイリーンに体術の心得はほとんどない。

 それでも、やらねばならぬ時がある。

 震える手足を叱咤して拳を構える。呼吸を整え、リーダー格のゴブリンに狙いをすます。

「やあああああっ!!」

 叫びと共に軽戦士のスキル『隼突き』を発動する。急な加速に反応が遅れたゴブリンの向かって左側へ飛び込むアイリーンは、勢いのままレイピアをゴブリンから掠めとる。

 ――やった。

 上手くいくか五分五分の賭けに買った。

 背後で喚く声が聞こえるが無視してアイリーンは走り去る。軽戦士の身軽さは全職業の中でもトップクラス。逃走のみに注力すれば余裕で逃げ切れる。

 しかし、全力疾走で走り出すアイリーンの耳に無慈悲な詠唱が響いた。

「『睡眠(スリープ)』」

 〇


「ひーふーみー、はい毎度ありい。在庫処分だから安くしとくよ」

「ありがとうございます。おじさん」

 アイリーンの置手紙を読んだ京介は、すぐさま彼女の下へ駆け付けたい一心であったが、ひとまず京介はククリの街へ戻っていた。

 彼女の残した魔石を換金し、それなりの資金を元手にひとまずは救出の準備に取り掛かる。露天商にちょうどのお金を渡し、目当ての物を袋にしまう。

「ところでボウズ。そんなもん、何に使うんだ? まだシーズンじゃねえだろ。季節外れの寝坊助でもいたのか?」

「そうであったらどんなに嬉しいでしょうねえ」

 はぐらかすように京介は苦笑と共に肩をすくめるが、店主は首をかしげるだけだった。

 これで目当てのものは大体揃った。

 内心の焦りを必死に抑え込み、次に必要なものを買いそろえるために動き出そうとしたとき、通行人の嫌な噂話が耳に飛び込んできた。

「なあなあ知ってるか? 最近この辺にやたらゴブリンが出現するらしいぞ」

「あれー? この辺じゃあんまり見ないよなアイツら? ほかの凶暴なモンスターから逃げてきたとか?」

「いや、それが何だか様子がおかしいらしい」

「おかしいってどんな?」

 聞いたら決心が鈍ると知りつつも、京介は耳をそばだてる。そんな京介の胸中もお構いなしに、二人は他人事のように駄弁り続ける。

「それがさ、そいつらまるで人間みたいにやたらと統率されたような動きをするんだと。それで近々、冒険者に討伐依頼が出されるとか出されないとか」

「なんだそれくっだらねえ噂だなあ。あいつらにそんな知能あるわけねえだろ」

 それもそうかと二人はゲラゲラと笑い、京介とは反対方向の雑踏の中へ消えていった。

 それが単なる与太話ではない事を身をもって知っている京介は、さらに早く歩を進める。

「本当に急がないとやべえなあ」


 〇

「んんっ……?」

 黴臭い刺激と、肌寒さでアイリーンは目を覚ました。

 手首に固く冷たい感触。それが鎖付きの手錠だと気づくと同時に、意識がはっきりとしてきた。

 薄暗い周囲を見渡すとごつごつとした岩肌が目立つ空間に、いくつかの燭台で炎が揺らめいていた。どうやら洞窟らしい。

 首の可動範囲ぎりぎりに回し、周囲を見渡すと自分は吊り下げられるように両手を拘束され、足の指先は地面に辛うじて接地している。今更ながらに肩と手首に来る圧痛にアイリーンは顔を顰めた。

「――お目覚めですか?」

 暗闇の向こう側から、突如人影がぼう、と現れた。

 ただでさえ暗い洞窟内で黒いローブを被っているため素顔は分からないが、体格と声から成人男性である事だけは読み取れた。

「あなたっ誰っ!」

「質問するのはこちらなのですがね」

 男は質問に答えずアイリーンに近づくと、吐息がかかりそうな距離まで肉薄する。

 そこでアイリーンははたと気づく。この男の声は意識が落ちる瞬間に聞こえたものと同一のものだ。

 睡眠の魔法を使えた事と、呪文の書かれたローブから魔法使い職なのは明白。武器を取られ、身体を拘束されたアイリーンはまな板の上の鯉も同然だった。

「困るのですよ。この大事な時期にあなたみたいな連中にこそこそと嗅ぎまわられては。いったいどこから情報が漏れたのやら」

「あなたいったい何を言って……。私は何も知らないわ。私はあの剣を返してほしいだけ。あなたたちは今初めて見たもの」

 男の話に要領を得ないアイリーンは困惑の色を浮かべると、男の声が僅かに曇る。

「とぼけても無駄です。だったらこれは何ですか」

 ローブ越しでも男が忌々し気にしているのが漏れてくる。男が眼前にかざしたのはアイリーンのレイピア。柄の部分に白いバラの意匠があしらわれたデザインを指さし、男は詰め寄る。

「っ! 返して!」

「うおっ!?」

 アイリーンは唯一残った右足で男の顎を蹴り上げる。しかし、男はすんでのところでそれをかわす。しかし、かわし切れなかったつま先が男のローブを掠め、男の顔が露になった。

 猛禽類を思わせる鋭い眼光は鈍く光り、こけた頬と痩せぎすな体躯は不健康そうだ。

 男はしまったという表情を浮かべ、アイリーンの視線がこちらの顔を凝視しているのを確認すると軽く嘆息した。

「本当に無関係なら見逃すのもやぶさかじゃあなかったんですが。顔を見られた以上、生かして返すわけにはいかなくなりました」

 手遊びのようにレイピアをくるくると回し、切っ先をアイリーンの喉元に突きつける。

「もう一度聞きますよ。この紋章が入った武器をなぜあなたが持っているんです? 何が目的で我々を嗅ぎまわっているんですか?」

「……知らないって言っているでしょ」

 切っ先が首の薄皮を突き破り、血の玉が肌に浮かび上がる。しかし、それでもアイリーンは震える声で突っぱねる。

 瞬間、みぞおちに痛烈な衝撃が走った。男の左拳が腹部にめり込み、不意を突かれたアイリーンは堪らずえずく。

「げほげほっ……! ぶっ、おええええええええええっ!」

 未消化の胃内容物を盛大にぶちまけ、酸っぱい匂いが食道から鼻を突き抜け、周囲に充満する。口元から胸元、足元まで伝った吐瀉物で全身が汚れた。

 男はよだれを垂らしながらせき込むアイリーンの髪を引っ掴むと、どすの効いた声ですごんだ。

「いい加減吐いてください。いや、ゲロじゃなくて情報ですよ? あなたに残された選択肢は2つ。情報を吐いて楽に死ぬか、それとも意地を張って拷問の末に死ぬのかどちらかです。私は断然前者をおすすめしますがね」

「知らないわ」

 言うなり男はアイリーンの頬を張った。パアン! という乾いた音が洞窟内に響き、アイリーン顔に紅葉型の痕が出来る。しかし、アイリーンに萎縮した様子はなく、きつく男を睨み返す。

「強情ですね、それならこっちにだって考えがあります」

 男はアイリーンのレイピアを持ち直すと振りかぶる。その剣先が振り下ろされるのを想像し、さすがのアイリーンも目を閉じる。

 しかし、剣はいつまで待っても振り下ろされなかった。

「…………?」

 恐る恐るアイリーンは薄目を開けると、男は苛立った様子で空中に向かって喋りかけている。

「侵入者? ああ、この女と一緒にいたガキですか。あれくらいお前たちで……なに、今なんと?」

 徐々に男の声から余裕の色が消え失せ、苛立ったように声を荒げる。

「ゴブリンがほとんど全員やられた!? もうすぐここへやってくる!? 見張りは一体なにをしていたのですか!? 何が起きているんです?」

 男の悲鳴にも近い叫びが響く。男以上にアイリーンが困惑する中、闖入者が現れた。

 扉を蹴り破り現れたのは、見知った黒い短髪の少年。


「何ってそりゃあ――――緊急事態だろ」


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