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第二話

「これは薬草。これは違う、これも……違うな。くそっ分かりづらいな」

 ぶつぶつと独り言ちながら、背中にしょった籠の中に見分けた薬草を放り込んでいく京介。単純作業は好きな方だが、この作業は腰と目に対する負担が想像以上に大きい。

 意外にも植物に詳しいアイリーンに簡単な見分け方を教わってからというものの、何とか薬草とその他の植物に分けながら作業を続けるもいい加減疲れてきた。

 小休止するか、と京介は腰を下ろすと周囲を見渡した。

 京介とアイリーンの二人は現在、鬱蒼と茂る森の中で労働に精を出していた。

 アイリーンからギルドカード作成資金を借りた京介は、なし崩し的にアイリーンを伴って薬草採集のクエストに出かけていた。

 アイリーンは割のいいモンスター討伐のクエストを受けたがったが、京介が「最初は簡単な方がいい」と難を示したのと、受付嬢が「二人ともクエスト経験が無いのにいきなり討伐クエストは認められません」すげなく断られたため、現在に至る。

 当初は散々ぶー垂れていたアイリーンであったが、根は真面目なのか今では黙々と薬草採集に励んでいる。

 なんとはなしにアイリーンの横顔を眺めていると、時折彼女の目が光るのに京介は気づく。

「アイリーン、何だそれ? なんか目が光っているんだけど」

「何って鑑定のスキルだけど?」

「スキル?」

 さも当然のように返され、京介は頭上に疑問符を浮かべる。

 RPGをプレイしていた記憶から推測した京介は念のため尋ねる。

「それってもしかして相手のステータスが見えたり、情報が浮かんだりするやつか?」

「それ以外に何があるの? 汎用スキルで誰でも覚えられるし、珍しくも何ともないでしょ? …………え、もしかしてキョウスケってば使えないの?」

 無言が肯定も同じだった。申し訳なさげに視線を逸らす京介にアイリーンは困惑の表情を浮かべる。

「あれ、てっきり私、キョウスケも私と同じような境遇だと思っていたんだけど。着ている物も上等だし、きちんとした言葉遣いも出来るし」

「何の事かさっぱり分らんけど、俺はスキルなんてものは持っていない。その辺にいる一介の学生だよ。ただの男だ」

「何をバカな事言ってるの。あんな凄い体術使っていて、そんなわけないじゃない」

 アイリーンは訝し気に京介の全身を眺めると、再び目を光らせる。これがスキルの発動した合図なのだと京介は何となく理解した。

「名前はサカキキョウスケ。クラスは『格闘士(グラップラー)』。なーんだやっぱり、職業(クラス)持ちじゃない。そんなのが市民にいるわけ――ってええ!? キョウスケ、あなた固有能力(ギフト)も持っているじゃない!!」

「ギフト?」

 また聞きなれない単語に京介は小首をかしげる。贈り物、という英単語の意味なら分かるが恐らくそうではないのだろう。

「ギフトも知らないの!? どれだけ箱入りだったの……。まあいいわ、ざっくり説明してあげる」

 アイリーンが説明した事の概要は以下の通りだった。

 この世界では職業(クラス)というものが存在し、大抵は自分が修練を積んだもしくは高い適正を持った者にあてがわれ、その職業でステータスが大体決まる事。

 スキルと魔法は修行と適正次第で習得出来るが、固有能力(ギフト)と呼ばれる者は生来の物であり努力では手に入らない、まさしく『天からの贈り(ギフト)』である事。

 アイリーンの鑑定などは努力で習得出来るものであり、汎用性の高さから冒険者や熱心な学生は進んで取得するのだとアイリーンは語る。

 自分が特別な能力を持つ事に京介は俄然興味が湧いた。

「それで? 俺のスキルはどんなもんなんだ?」

「んー、あなたのステータス何だかモヤみたいなのがかかっていて凄く読みにくいんだけど、えーっとなになに……。『身体能力を2倍にする能力』みたいね」

「2倍!? すげえじゃん!!」

 京介は思わず相好を崩し、色めき立つ。京介のいた世界で言えば、筋量を2倍にするのは骨格から考えて常人のほぼ限界値に等しい。それを可能にしてくれるとは素晴らしい能力ではないか。京介の喜びようはアイリーンにも伝わったらしく、小さく拍手してくれた。

「地味だけどなかなか役に立つ固有能力よ。戦士職ならばかなり優遇されるからどこかの国の兵士にでも志願したら? 将来安泰よ」

「あー、それは考えておく」

 頭の片隅に入れておくことにした京介はさっそく固有能力の使用を試みる。

「それで固有能力はどう使えばいいんだ?」

「どうって言われてもね。人によるから何とも言えないけれど、私の時は『感情が昂るような事を想像する』か『やるぞ! という気持ちを出す』のが分かりやすいって聞いたわ」

「なるほどね」

 アイリーンの指導の下、京介は精神統一を図る。

 雑念は捨てる。自分の感情の昂ぶりとは己と大切なものに及ぶ危機を弾き返す時。

 瞬間、あの路地裏での出来事が脳裏に浮かぶ。

 己の慢心が生み出した悲惨な末路。

 生兵法で守れなかった最愛の妹の亡骸が瞼に焼き付き離れない。

 奥歯が砕けるほど噛みしめ、激情の奔流を全身に流す。

 燃え盛るような熱が全身に回り始めると同時、京介の体が淡く発光した。

 体が軽い、無意識に感じている自重が抜けて、感じたことのない軽快さに思わず体が疼く。

「…………これが固有能力」

「おめでとう! まさか一発で成功させるなんて思わなかったわ! ってあれ? キョウスケ何か怒ってる?」

 再び拍手で祝福してくれるアイリーンだが京介の表情に気づき、僅かにたじろぐ。

「顔に出てたか?」

「すっごく怖い顔してるわよ」

「……そうか、悪い。個人的な事だから気にしないでくれ」

「そう。よーし、それなら休憩終わり! 日が暮れる前にサクサク進めるわよ!!」

 アイリーンはそれ以上詮索しなかった。努めて明るく振る舞おうとする気遣いが、今の京介にはありがたかった。



「ん――こんなもんでいいか」

「そうね、そろそろ終わりにしましょう。ノルマより大分多めにゲットしたわね」

 よもや薬草があふれ出しそうになる籠を地面に置くと、京介はようやく一息ついた。

 固有能力を発動した京介の活躍は、先ほどとは比較にならないほど機敏だった。身体能力の倍加には集中力も含まれるのか、的確に薬草とその他を分別し籠に放り投げていく姿はまるで工業製品のロボットさながらであった。

 おかげで鑑定スキルを持つアイリーンを上回る速度で薬草を取り終えた京介はさっさと帰り支度を始める。

「終わった終わった。これで今日の飯にありつけそうだ。アイリーンもお疲れ様」

「お疲れ様キョウスケ。これをギルドに持っていけば完了よ」

「そーか、一仕事したって感じだな」

 首をコキコキと鳴らしながら労働の喜びを嚙みしめる京介。

 固有能力やスキルなどこの世界の一端が知れて、日銭も稼げた。異世界転移初日としては幸先良いスタートだろう。

「それじゃそろそろ帰るか」

 籠を背負い直すと、京介は帰路に就こうとすると急にアイリーンに呼び止められる。

「あのっ、キョウスケ!」

「うわっ、何だよびっくりするな」

「今更だけどその……。ギルドで私を助けてくれてありがとう」

「へっ?」

 突然の謝意に京介は困惑し、やがて笑う。

「どうしたよ今になって。そんなの別にいちいち感謝する事でもねえよ。ああいう手合いが大嫌いだから俺が勝手にやっただけだ」

 ある種の代償行為だったのかもな、という言葉は呑み込んだ。

「いいの! 私が感謝したかったんだから。本当の事を言うと、私、すっごく心細かったの。初めての土地で何とかしなきゃって空回りして、受付の人にも無理言っちゃって……。だから、あなたが助けてくれた時、本当に嬉しかった」

 唐突に、アイリーンが手を握り締めてきた。男の物とは作りの違う、繊細な感触に京介は初対面の時のようにドギマギする。

 顔の紅潮を悟られまいと、必死に心を静める京介に対し、アイリーンは意を決したように言葉を紡ぐ。

「だからキョウスケ。もし良かったらだけど、これからも私と一緒に――」

「――――ッ!!」

 アイリーンが言い終わるよりも早く、京介は反射的に彼女の手を振り払う。

 そのまま素早く彼女の背後に回り、背中を合わせて死角を最小限にする態勢を整える。

「ちょっと、キョウスケ。わ、わたし、せっかく勇気を振り絞って」

(静かにしてろ、何かいる)

 小声で京介が囁くと、アイリーンは息を呑んだ。

 風が運んでくる僅かな獣臭。

 鼻腔を刺激する糞尿と汚水を混ぜたような香り。しかし、これは何かしらの生物が発しているものだと京介の直感が告げていた。

 パキ、パキと細かな木々を掻き分け、草花を踏みしめて歩いてくる気配が一つ。

 背中にじっとりと汗が吹き出し、呼吸が浅くなる。

 心音が聞こえそうになるほど早打つ心臓を、京介は深呼吸を繰り返して宥めすかす。

 京介が見つめる先は、手入れのされていない雑木林。

 深く腰を落として迎撃の構えを取ると、草木の揺れが一層大きくなった。

(来るぞ!!)

 京介が小声で合図し、振り返ったアイリーンも腰のレイピアを抜く。

 そして睨み据えた視線の先からは

 子供の背丈ほどの緑の小男が現れた。

「…………ん?」

「なんだ下位小鬼(レッサーゴブリン)じゃない。警戒して損した」

 少々拍子抜けした京介と、安堵の息を漏らすアイリーン。

「おい、アレがゴブリンで合っているか? なんつーか、あんまり強そうには見えないんだけどよ」

「弱い弱い。スライムに毛が生えた程度の低級モンスター。駆け出し冒険者の練習台にされがちな哀れなやつよ」

「ギッギッギッギッギッ!!」

 アイリーンの言葉が伝わっているのか不明だが、ゴブリンは耳障りな声を上げ、手足を振り回す。

端からよだれを垂らす口からは異臭が漂い、匂いの根本はあれかと京介はげんなりする。

背が低めの京介の顎より下の体格で、お世辞にも知能が低そうなモンスターに京介は戦うべきか逡巡する。

「どうするアイリーン?」

「1匹だけっぽいし好都合。肩慣らしついでにお小遣い稼ぎと行きましょうか」

 意気揚々と腰に差したサーベルを抜くと、アイリーンは慣れた様子で構える。

「キョウスケ、あなたには軽戦士(フェンサー)の戦い方ってのを見せてあげる」

 腰は浅く落とし、肩幅程度に開く。剣先を突き出すように右上半身で前にし、正中線を隠す。左手を顎下にゆったりとさまよわせ脱力。

 直線的な前後の動作をしやすいフェンシングに近い構えだと京介は思った。

 切っ先を見せられたゴブリンは何事か叫ぶと、臨戦態勢。威嚇の声を上げるが、ゆらゆらと突きつけられる剣先に最大限の警戒をしているのが見て取れる。

 数秒か、数十秒か。

「――――やあっ!!」

 静寂の均衡を破ったのはアイリーン。後ろ足の踵で地面を強く蹴り、5メートルは離れたゴブリンの喉元へ剣先が迫る。

 遠い間合いで油断していたのかゴブリンの反応が僅かに遅れた。しかし、その一瞬が命取り。流れるように繰り出された突きは喉元へ吸い込まれ、正確にゴブリンを刺し貫いた。

「がっ……」

 断末魔は長くは続かなかった。絶叫の代わりに溢れ出す鮮血は地面に滴り落ち、瞳から生気は殆ど消え失せていた。

「はい、一丁上がり」

 ゴブリンの躯からレイピアを引き抜くと、ポケットから刺しゅう入りのハンカチで丁寧に付着した血液を拭いとると、得意げに京介に向き直る。

「どう!? 見てくれたキョウスケ!? 私、モンスターを倒せたわ!! 私にだってこれくらい出来るんだから!!」

 飛び跳ねそうに喜ぶアイリーンとは対照的に、京介は物言わなくなったゴブリンの死体を見下ろす。

 殺した。自分たちの手で。

 無論、彼らに交渉が可能な知能などなく、いずれにせよ戦うしか道がなかったのは京介にも理解ができる。しかし、人に近い形をした生物を殺めた事を手放しで喜ぶのはまだ京介には感覚が追い付かなかった。

 京介の煩悶を知ってか知らずか、アイリーンはポーチからナイフと手袋を取り出すと、おっかなびっくりゴブリンを解体しだした。

 血飛沫が周囲の草むらに跳ね、服にかからないよう京介は近づく。

「もしかしてゴブリンって食えるのか?」

「食中毒で死ぬわよキョウスケ……。これは魔石を取り出しているの。暇ならキョウスケも手伝ってよ」

 手伝えと言われて京介はしゃがみこんだアイリーンの背後から覗くと、Y字型に切開されたゴブリンの腹部から鈍く緑色に光る鉱石のような物が顔を出していた。

「これが魔石か。けっこう奇麗だな」

「ふふん、ツイてるわね。ゴブリンにしては大きめで奇麗な魔石よ。これならちょっとしたお金になりそうね」

 アイリーン曰く、魔物には生物の(コア)となる魔石が存在していて、それをギルドに持っていくと討伐の証明となる。また、魔力を帯びているため魔法使いにも人気で、装飾品としても価値があるためけっこうな高値で取引されるのだという。

薬草集めの報酬だけではその日暮らしで精一杯。そのため初級冒険者は低級モンスターを運よく狩れるとそれを生活費の足しにする。つまり、冒険者にとっては貴重な臨時収入なのだ。

「それを目的に討伐クエストを受けるやつもいそうだけどよ」

「うーん、そういう人もいるらしいけど、魔石は必ず出るわけじゃないから不安定ねえ。それより倒したモンスターの一部を切り取って、それをギルドに提出して正規の報酬をもらった方が確実だと思うわ」

 そうそう都合よくは行かないもんだな。と京介は改めて労働の厳しさを痛感すると、今度こそ本当に帰ろうと、森の出口方向へ視線を向ける。

 そこで再び獣臭。

 ざわり、と全身が総毛だつ。

 鼻を刺すような刺激臭は先ほどとは比較にならない。木々のざわめきや、地面を揺らす足音は明らかに集団である事を物語っていた。

「くそっ! 雑談に気を取られすぎた!」

「え? え、え、え、え?」

 釣られてアイリーンも周囲へ視線を送り、みるみる顔が青ざめる。本能的なのか、学ランの裾をきゅっと握り、肩が小さく震えだす。

 京介は舌打ちしたい衝動をぐっと堪え、半ば咆哮するように叫んだ。

「囲まれている――。しかも10匹は余裕で超えているぞ!!」



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