第12話 反攻
和平協定が正式に発効して以降、雲南へ通ずる幹線道路では、支援部隊の戦車や装甲車が長蛇の列をなしていた。沿道に集まった人々は手や旗を振りながら歓声を上げていて、すっかりお祭り気分だ。
「君たちパイロットにも仕事が与えられる」
私たちを飛行場に招集した基地司令はそう告げた。
「インド洋に米海軍の第七艦隊が展開中だ」
君たちには雲南の支援とは別の仕事を与える、と基地司令が続けて、
「雲南の中国人たちが反攻に転じたことで、今後の『群体』戦が激化していくことは必至だろう。その火の粉がこちらにふりかかる前に、我々の領内の残留外国人を速やかに本国へ送還させねばならん。第七艦隊の米空母からステルス機と共に輸送機が発艦し、我々の飛行場で残留外国人たちを回収するらしい。その後、輸送機の護衛任務に我々も協力する」
この飛行場に米軍機が飛んでくるなど、これが最初で最後だろう。次々と飛来してきたのは最新鋭のステルス戦闘機で、非番のパイロットや整備員たちまで一目見ようと飛び出してきた。滑らかな機体の輪郭と、主翼とコックピット下に描かれた星の国籍マーク。
そのうち数機の尾翼に、デフォルメされた蜜蜂が低視認塗装で描かれていた。空中で羽ばたきながら毒針を突き出す、勇ましい蜜蜂のシルエット。
「イラク戦争の時代から続く、我が飛行隊のシンボルです」
アメリカ人パイロットは誇らしげにそう紹介してくれた。
「さすが、貴国は潤沢な装備をお持ちですね」
隣にいた宣春燕が放ったその言葉には含みが感じられた。アメリカのような在りし日の大国ですら、今や独力で軍事力を維持することはできず、CCASを始めとした大手の民間軍事企業に支えられている。
小銃から空母まで、新兵訓練から士官教育まで、民間軍事企業がなんでもサービスしてくれる時代だ。彼らは、人類社会に張り巡らされた毛細血管のような存在になりつつあった。ありとあらゆる領域で、私たちに活力を与え続けている。戦争だけではない、インフラ整備や産業基盤の維持ももはや彼らなしには不可能だ。残された私たちは手を取り合い、世界は一つに繋がりつつあった。越えなければならない障害はまだ沢山残っているけれど……。
雲南とミャンマーに点在していた私たち龍族は「群体」戦争が始まると同時に二つに引き裂かれた。同時に、それまでミャンマー国内で対立していた少数民族同士が共同戦線を張り、私たちもその輪に加わったのはなんとも皮肉な展開だった。
「群体」に抗うために、私たちは新たな共同体を、国家をつくった。「同胞」であるか否か——選別基準はシンプルだった。雪菜が言った通り、人間の国家と「群体」とに、さほど差異はないのかもしれない。
飛行場の彼方に、ずんぐりとしたシルエットの輸送機が駐機していて、両手いっぱいに荷物を抱えた帰国者たちが次々と搭乗していく。その最後尾に、雪菜がいた。すらりと細い足が伸びた長身に、改めて見惚れてしまう。
十秒だけ数えてから、出撃準備のために踵を返した。
護衛任務と言うより、見送りと表現した方がしっくりきた。シャン空軍の戦闘機が航路を共にするのは私たちの領空内だけで、その先は米軍機に護衛を任せる形になる。ステルス機が御供につくのなら私たちの出る幕はない気もするけれど。
計器類に目をやりながら、ブリーフィングで確認した航路を飛び続ける。二時方向に雪菜たちを乗せた輸送機。数千フィートほど下方はすっかり雲海に覆われていて、黄昏時の太陽が茜色に照らしていた。そういう空の景色を雪菜にも見せることができたのだと思うと嬉しくて、喉元まで込み上げていた寂寥感をどうにか中和することができた。
《Sting flight, RTB.》
(スティング編隊、帰投する)
予定通りに領空の端に到達。次々と離脱していく友軍機を追って翼を傾けると、輸送機はあっという間に空の彼方へ消えていく。帰投コースに乗ったとはいえ、まだまだ気を緩めるわけにはいかない。
雪菜への想いは、とっくに地上に置いてきた。
彼女をいつまでも、ここに引き留めておくわけにはいかない。
《All players.》
(全機に告ぐ)
輸送機から離れて早々に、早期警戒管制機からの無線が入った。
《Two Groups Range 15. Lead Group Bullseye 225, 60, 18 thousand, hot, hostile——》
(15マイル間隔で二グループの反応あり。先頭グループは基準点から方位225、距離60マイル、高度18000フィート、そちらに向かって接近中の敵機だ——)
「群体」の奇襲攻撃か。
油断のならない奴らだ。
マスターアームオン、空対空モード。敵機の方位に機首を向けつつ中距離ミサイルを選択。レーダー画面上の敵機の光点をカーソルでバグ、STTロック。敵機が射程圏内に入る。すかさず発射。
《Sting 4-1, Fox 3.》
(スティング4-1、フォックス・スリー)
友軍機も次々とミサイルを放った。ミサイルの中間誘導が終わり、内臓シーカーが起動したタイミングで反転、戦闘空域から離脱。十分に距離を取ってから、再び空域に進入しようとした瞬間、レーダー警報受信機がけたたましく鳴り響く。敵の地対空ミサイルだった。
「このクソ忙しい時にっ」
対レーダーミサイルを積んでいた友軍機がすかさず SAMを発見し、反撃。 RWRが鳴りやむ。来襲した敵機も今の攻撃で全機撃墜されたようだった。相変わらず人騒がせな連中だ。
SAMの再攻撃を警戒しつつ、敵の地上戦力を捜索せよと命令が下る。空軍はこういう事態も想定して、私たちの機体に誘導爆弾と照準ポッドを搭載させていた。ポッドのカメラが起動して、モノクロの映像が映し出される。幹線道路が一本、地上に伸びていて、カメラの倍率を上げていくと、走行中の複数のトラックを捉えることができた。
敵の輸送車両だろうか、と思ったのはほんの数秒だった。妙な違和感を抱きながら倍率をさらに上げていくと、トラックの姿が見慣れたものに変わっていった。信じがたい思いを抱きながら、食い入るようにポッドの映像を見つめた。
「インフラ整備のおかげで、出荷量が昔と比べ物にならんくらい増えている」
父はたしか、そう言っていただろうか。
「道路工事が始まったおかげでトラックが何台も来ていた——」
その道路がどこへ続いているのか、トラックはどこへ走り去っていくのか、父には一度も尋ねたことがなかった。ずっとこの「国」で生きてきて、なぜ今まで疑問に思わなかったのか、我ながらあまりにも不思議だった。
世界との交わりを絶たれた世界で、何者かが私たちの暮らしを支えている可能性を考えたことがなかった。
ましてや、「群体」が私たちの生活に介入している可能性など、微塵も。
雪菜は知っていたのだろうか。知っていても言えなかったのか、それとも、言わないでいてくれたのか……。
「つながりを守るための戦い、でしょ?」
そうだ。私はシャン空軍の戦闘機パイロット。この地で生きぬくためにつながり、手を取り合う人々の守護者。この地で生きぬくために……。
けれど誰も、愛する隣人とばかり手をつなげとは一度も言わなかった。