番外編一話『ヴィレネッテの雪薔薇』
「ヴィレネッテ!
顔だけの貴様とは婚約破棄だ!
私は、貴様と違って心も温かく
顔も美しい、レアと新たに婚約する!」
「承りました。
それでは失礼いたします。」
「!?こっ、婚約破棄なのだぞ!?」
「はい、ですから“承りました”と
お伝えいたしましたが?」
皆様ごきげんよう。
私はリュゼーヌ王国がシルバード公爵家の
長女、ヴィレネッテ・シルバードと申します。
ええ、私はまだこの頃、アーヴェンではなく
シルバードという姓でしたの。
今?見ればお分かりになりますでしょう。
婚約者を放置して、他の家の令嬢を腕に抱く
心も顔もお粗ま…貧しい第二王子殿下から
婚約破棄を申し入れられた所でしてよ。
あぁそうそう、頭も貧しい第二王子殿下、と
付け足しておきましょう。
本日は、17年前に起きたアルサフによる
シュラージュ侵攻の犠牲者を弔う式典。
アルサフは卑怯にも、竜域に生息する
通常種の竜や魔獣の群れに興奮剤を使い、
一般兵達を犠牲にしながらシュラージュに
誘導、攻め入らせました。
その結果、双方の兵、民間人共に
数えきれないほど多くの犠牲者が出たのです。
そしてその戦争には当時王太子でいらした
現国王、スティーギス陛下も前線に
赴かれていましたのよ。
陛下達の奮戦により、掴めた勝利を祝う
パーティーの真っ最中でしたのに…。
婚約破棄だなんて、ご自身の誕生会で
行えばよろしかったのでは?
だって第二王子殿下は人望が
ありませんもの。
皆様、参加しても顔見せ程度で
最後までいらっしゃる方はまばらですものね。
壇上でギャーギャーと騒ぎ立てる
第二王子殿下、本当になんなのでしょうか。
国王ご夫妻を始めとする王族の方々は
まともな方ばかりですのに、
何故この方だけここまで愚かなのでしょう。
私との婚約は、側妃様が必死に
シルバード家に頼み込んだ結果結ばれたもの。
私共シルバード家のうま味は薄く、
破棄であればこちらとしても
全く構いませんわ。
第一、王子の浮気相手も最悪です。
どうして我が家と双璧をなす、と
呼ばれているゴールディオ公爵家の方を
選ぶのですか。
周囲の貴族達による派閥争いを
加速させたいのですか?
しかも次女…それはそうですわね。
ゴールディオ家の長女は
トリス王太子殿下の婚約者ですもの。
あれだけ兄の婚約者に気持ちの悪い視線を
向けていながら、次女で我慢なさったのね。
でもあの姉妹、色以外は似ていないのに
どうして代わりに選んだのでしょう。
私は第二王子殿下に恋心どころか
親愛もございません。
あの方の、どこを好きになればよろしいの?
大変はしたなくも、後始末はお父様に任せて
さっさと会場を後にしましたので
他の方から聞いた話ですが…。
シルバードとゴールディオが
この件で争う事はない、と両公爵家当主は
判断しておりました。
しかし、両家の周りにいる貴族達による
政争を恐れた王家は、即座に
第二王子殿下は切り捨てたそうですわ。
当然、あの方有責での婚約破棄に
なりましたの。
幸い王子も令嬢も“スペア”ですから。
お二人がどうなったか?さぁ…。
そして、問題は私にも発生しましたわ。
不出来な方を支える為、私は
学業、王子妃教育共に優秀な成績を
修めていましたの。
ですが、第二王子有責とはいえ
婚約が破棄になってしまいましたから…。
国内のめぼしい貴族の子息は、
既に婚約者は決まっておりましたのよ。
それに、シルバード家やゴールディオ家は
幾人もの王妃を輩出し、更には王家から
降嫁や婿入りもある名家。
勿論釣書や婚約の申し込み自体は
山ほど来ましてよ。
ですが、私と釣り合いの取れる方は
ほとんど国内に残っておりませんでした。
そう、“ほとんど”。
私はとある方と結婚する事を望まれ、
養子の打診を受けました。
その話を持ってきた方の名は、
アルフレド・アーヴェン。
シルバード家の遠い親戚で、
アルサフとの戦闘で多大な被害を受けた
シュラージュ領を治めていた、
辺境伯様です。
彼は常々、シュラージュを守った大英雄、
ジョン様をシュラージュの顔にしたいと
思っていらしたそうです。
荒れた辺境の地に、ジョン様の噂を
聞きつけた屈強な方々が集まって、
修行や筋肉のトレーニング代わりに
修繕や建築を手伝った結果、
驚異のスピードで復興が進んだとか。
しかも、腕自慢ばかりなので魔獣が来ても
あっという間に沈静化してしまう、と。
ジョン様は元々、戦争の前は周辺の民から
迫害されていたそうです。
ですがその迫害していた者達が皆死に、
ジョン様を英雄と呼ぶ声しか残らなくても。
ご友人のアルフレド様の要請に
応じて街に来て、稽古や別地域での討伐に
参加したり…はしているそうですが、
あの方は爵位も報奨も全て蹴り、
森に帰って一人で暮らしている…と
アルフレド様は仰っていました。
しかし辺境伯として、自身が
そのままこの地位に就き続けるのではなく、
ジョン様にこそシンボルになってほしいと
思ったアルフレド様。
貴族といったしがらみをとても嫌っている
ジョン様を、どうにかシュラージュの
顔に据えるべく。
アルフレド様は、英雄を支えるのではなく、
支え合える相手を選ぶ事になさったと。
“次期女辺境伯”にふさわしい女性を
養子とし、ジョン様と婚姻させようと
お考えになったそうです。
その為に選ばれたのは、私。
由緒正しき公爵家、シルバード家の長女
ヴィレネッテ・シルバードでございました。
王子妃教育により私が知る事になった
国の秘密を聞き出そうとしたり、
悪用したりしようとせず、尚且つ
公爵令嬢に相応しい立場を持つ相手…。
ウフフ、ジョン様はピッタリでしたの!
それに、貴族とはいえ娘の未来を案じた
シルバード公爵…お父様の親心と、
英雄に相応しい相手を探す
アルフレド様の思惑が一致したのですね。
婚約破棄の数日後、私は
シュラージュへ向かう馬車に
乗っていましたわ。
でも正直、ジョン様は
乗り気ではなかったそうなのです。
なぜならあの方は当時約40歳。
(正式な年齢が分からないそうです)
そして私、ヴィレネッテは17歳。
白髪交じりのボサボサとした茶髪に、
これまた平凡な茶色の目をした
垢抜けない男で、親子ほど歳が違う相手。
こんな男は嫌だろう、と仰っていたそうです。
そんな事ありませんのにねぇ…。
ですが、アルフレド様に頼み込まれた
ジョン様はしぶしぶ、辺境の地まで
訪れた私に一度だけ会う事にしたのです。
(会ったらすぐ断って魔獣の討伐に
赴こうとなさっていたらしくて…素敵)
ですが、この私ヴィレネッテは
そんな英雄様に好意を抱きましたわ。
先程も申し上げた通り、私は
婚約破棄した後に“相応しくない”相手から
多くの釣書が来ましたの。
素行が悪く、未だに婚約者が決まらない
次男三男の方や、ジョン様より
もっと歳の離れた裕福な商人の方…。
まぁこういったものは全て、
私に瓜二つのお母様が恐ろしいほど
美しい笑顔を浮かべながら、
嫌味たっぷりのお断りのお手紙を
書いて送り返したそうですが。
美しい女性、でも公爵令嬢、でもなく
この“ヴィレネッテ”に対して向けられた
真摯なお言葉。
自分のような歳の離れた男は嫌だろうし、
この地は魔獣もいて危険だ。
自分からアルフレドには断っておく、とまで
ジョン様は仰いましたの。
それが、とても嬉しくて嬉しくて嬉しくて!
ヴィレネッテ・シルバードは
アルフレド・アーヴェンの養女となり。
ヴィレネッテ・アーヴェンとしてジョン様に
それはそれは熱烈なアプローチをいたしました。
あまりの熱烈っぷりに、
「辺境の雪薔薇が全て溶ける」とまで
言われた程でしたのよ?
雪薔薇は辺境の地で見られる特殊な薔薇で、
とても美しいのです。
ですが雪が降る日にしか開花しない事、
そして体温程度の熱でも、感じると花びらが
溶けるように縮んでしまう事。
その二点から、人工で育てる事が難しく、
自然に咲いた花を遠目で楽しむしかない
貴重な花なのです。
ええ、やれと言われれば溶かしてみせますわ。
ジョン様への愛で。
結果、ジョン様が折れ、私達は結婚。
三男一女の子宝にも恵まれ、
孫も既に五人いる仲の良い家族となりました。
私、ヴィレネッテ・アーヴェンは
これからもシュラージュを守り続けます。
ジョン様や家族達と、ね。