第七話『リューン公爵』
『決して竜に逆らわぬ』『もしも掟を破る者が
いるならば、例え親でも自らの手で消すべし』、
それがリュゼーヌ王国王家の掟。
祖先達の行った愚かな行為を語り継ぎ、
二度と同じ轍を歩まぬ様、叩き込まれて
育てられる。
「やぁ、シャーリーちゃん!
君のフレシオスおじ様がやって来たよ☆」
「お久しぶりです!フレシオスおじ様!」
『おい貴様……我の娘から離れよ!』
本来、“国王になる筈だった男”。
それがフレシオス・リューンという男である。
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「偶然近くまで来ていたからね。
一応これでも王族の端くれだから、
“現象”の竜にご挨拶を~と思って。」
『そんなもの要らぬわ、
我の眼前から疾く失せよ。』
会って早々にシャーリーから抱きつかれ、
ニコニコと笑いながら頭を撫でるフレシオス。
ディルギーヴは強引に、されど
怪我はさせない様、丁寧にシャーリーを抱き寄せ、
不機嫌全開の表情でフレシオスを睨みつける。
だが、相手は王子様スマイルを絶やさない。
自分の娘のシャーリーに、まるで父親の様に
懐かれているのが気に食わない。
そりゃあ十四年間放置してしまったし、
もし、今更父親面をしてなんなのだと
娘に言われてしまえば何も返せない。
だが身勝手ではあるが、父として、
そして竜としてのプライドはあるのだ。
自分が本当の父親なのであって、
代わりになんぞ負けたくない。
「そうはいかないんですよ、
僕は個人的に、貴方に興味があって。」
『そうか、我には無い。』
「だって貴方はローズの番でしょう?」
何故、フレシオスは王の座を放棄したのか。
理由はひどく単純でシンプル、
だが理解は出来ないだろう。
何故なら、彼はたった一人の人間に
「恋」をしただけなのだから。
その「恋」を〖完璧王子唯一の汚点〗等と
多くの人々は欠点として残念がったが、
本人は一切気にする事など無かった。
しかし彼が恋をした相手は、
多くの令嬢が求めていた約束される王妃の座に
興味を示さず、なんならフレシオスにすら
関心を持つ事なくこの世から姿を消した。
「好きな人の好きな相手は、
一度見ておきたいじゃないですか。」
完璧王子が惚れた相手の名は
ローズ・アーヴェン。
アーヴェン辺境伯家の長女にして、
王国が抱えた最大の厄介事。
フレシオス・リューンは八歳の頃から、
四歳年下のローズを一途に愛している男だった。
『我の番に横恋慕をしている訳か、不毛だな。』
ディルギーヴは一段と冷えた視線を
フレシオスに寄越す。
フレシオスがローズに惚れているのは
辺境どころか王国の皆が知っている事。
この王子様が赤い薔薇の花束を手に、
プロポーズをしては玉砕する姿は
日常茶飯事だったから。
その恋の激しさはというと、彼の部屋は
今もなおローズの肖像画(無断)で
(床と窓を除いて)埋め尽くされている。
正直、異常ともとれる重さの愛。
いくら外堀を埋めようが、ぶち壊して
脱走出来るローズでなければ
絡み取られるしかなかっただろう。
『消すか……。』
「やめてくださいお父様!
フレシオスおじ様を攻撃したら
嫌いになりますよ!」
『命拾いしたな。』
どれだけ強い竜でも、娘に嫌われたくない。
『だがな、シャーリー……
自分の番に思いを寄せる存在など、
心情的に生かしておきたくないものだぞ。
気持ちが悪い。』
「それはそうですわね。」
「お祖母様!?」
まさかの祖母からの同意である。
そういえば祖母が祖父の人柄に惚れ込んで
積極的にアタックしたと聞いたので、
これだけ美しい祖母も、祖父ジョンへ近付く
ライバルにやきもきしていたのかもしれない。
穏やかに見えてかなり過激な面を隠し持つ
ヴィレネッテなのであった。
『すまんな、間男にもなれなかった人間。
ローズはこの我を選んだし、
シャーリーという世界で一番愛らしい
娘までおるのだ。』
「シャーリーちゃんは可愛いですよね、
分かります。」
『……貴様、まさか』
「おっと、誤解しないで下さいね?
僕が愛しているのはローズだけです!」
『やはり消すか……。』
フレシオスがシャーリーを気にかける理由、
それは最愛の人の娘だから。
それだけの理由で、リュゼーヌ王国の
裏王とまで呼ばれる男はシャーリーの為に
動くのだ。
なお、フレシオスは別にローズと
シャーリーを同一視はしておらず、
ローズへの愛だけで動いている。
(似ていないのもあるが、彼が愛しているのは
ローズ1人だけなので。)
父譲りの茶髪と母譲りの赤い目を持った
ローズは母親や兄と違い、
飛び抜けた美しさを持たなかった。
しかし、そんな血薔薇をフレシオスは愛した。
王子様からの求婚に興味を持たなかった
ローズが彼個人をどう思っていたのかは
分からない。
だが、彼女を諦めきれなかったフレシオスは
王太子の座を降りてまでローズを追った。
そしてローズがシャーリーを産み、
帰らぬ人となった後。
残されたシャーリーを守る為、
フレシオスは後見人の一人として
名乗りを上げたのだった。
「ローズにね……「僕が公務を全て
引き受けるから、君は何もしなくていい!
王妃になってよ!」ってプロポーズした事が
あるんですよ。」
『ハッ、そこら辺の獣でも拾って
愛でたらどうだ?』
「伴侶ってやっぱり似てるんですねぇ。
彼女にもそう鼻で笑われましたよ。
子犬でも飼い殺しにしてろ、と。」
今思えば悪手でしかなかったな、と
フレシオスは反省する。
ローズの武勇伝で最も有名なのは、
20年前に起きた隣国との戦争において
単独で相手の王城に忍び込み、
王族を皆殺しにした事である。
市井では餓死者が続出していたというのに、
ブクブクに肥え太った国王。
若い男達を侍らせる、国王そっくりの王妃。
愚かな馬鹿を操り、甘い汁を吸っていた宰相。
赤ん坊を盾に命乞いをする、飾り立てた愛妾。
そして、生まれたばかりの赤子。
赤子から老人まで、血薔薇は
一切の区別無く首を切り落とした。
あの薔薇は、誰の手も必要とせず。
自由に咲くからこそ美しい野薔薇だった。
狭く堅苦しい庭園に閉じ込められるなど、
絶対に嫌だっただろう。
『下らぬ話はそれで終いか?
我等はこれ以上、貴様の一方通行に
付き合う義理は無いぞ。』
「お待ちになって、ディルギーヴ様。
シャーリーのこれからを考えるのですから
リューン公爵にも、一枚
噛んでおいていただきたいの。
打てる手は多い方が良いでしょう?」
「権力と人脈はあるものでね!」
『……。』
渋々といった様子で、ディルギーヴは
フレシオスから目を逸らした。
どうやら見ていない内に話を進めろ、
という事らしい。
「まず、シャーリーにはこのままだと
見合話がたくさん来ますわ。
ですがシャーリーは……」
「人間として子孫を残す事は
出来ない、んですよね?
お父様から聞きました。」
「そうだね、だから一先ずは
“病気になる”か、“留学をする”かのどちらかだ。
そして、ほとぼりが冷めた頃に
“病気が悪化したか、事故で死んでもらう”。
これが一番安全でしょう。」
こう言ってはなんだが、シャーリーは
辺境伯家でそれ程重要な立ち位置にいる訳ではない。
嫡男の子ではないし、
血を保つ為のスペアも他に多くいる。
ならしばらく身を隠し、頃合いを見計らって
辺境伯家から籍を抜くのが一番の方法だ。
その後は父であるディルギーヴと共に、
“現象”の竜として生きていく。
「このシュラージュを離れないと
いけないのは寂しいですが……
仕方ありませんよね。」
「シャーリー……いつでも戻ってらっしゃい。
ずっと此処にいれなくても、
その可愛い顔を見せに帰ってきなさいな。」
「そうだよ、君は僕にとって
娘みたいなものなんだから。
なんなら、呼んでくれれば
いつでもどこでも会いに行くよ!」
『我の娘だが?』
「すみませんね。
彼女の父親は十四年間いなかったので、つい。」
『このふてぶてしさ、粘着質……
ええい気に食わん! 死竜の奴を思わせる!』
どうやらディルギーヴ、
“死竜”という“現象”の竜と仲が悪いらしい。
やたらとフレシオスに突っかかると
思っていたが、己の番であるローズに
惚れている事やシャーリーに
懐かれている事以上に、死竜を
思わせる所が苦手だったようだ。
口からはグルグルと唸り声が漏れている。
「王都の邸で保護しても
良いんだけど、シャーリーちゃんには
嫌な場所だろうから。」
『王都にも貴様の邸にも、
誰が連れていくか!』
「おじ様のお部屋はお母様の肖像画で
いっぱいなんですよ。」
『即刻燃やせ間男未満。』
「嫌でーす!」
「はいはい、喧嘩をなさらないで。
のちの事を考えるならば、シャーリーは
今の内からディルギーヴ様と
行動を共にした方が良いかもしれません。」
「それなら、エマに身支度の仕方とかを
教えてもらわないと、です……。
一人で出来るようにならないと。」
竜として生きていくなら、
辺境伯家の令嬢という身分も
捨てなければならない。
エマがやってくれていた身支度は勿論、
家事などもある程度は覚えておいた方が
良いだろう。
『丁度、我はこれからローズの死について
調べようと思っておった。
この地には定期的に
戻ってくるつもりだったが、
シャーリーが共に来るのならば
その必要は無くなるな。』
「あらひどい、時々こっそり
連れ帰って下さいませね。」
にこりと微笑む祖母の顔には
「放置していましたのに、今更
一頭占めなんて許しませんよ……?」と
書かれている。気がする。
『……善処は、しよう。
おいフレシオスとやら。
貴様、確かに王族なのだな?
ならば一つ聞きたい事がある。』
ディルギーヴはヴィレネッテの
強い圧から逃げるように顔を背けると、
フレシオスに問い掛けた。
『影竜シャルドームは何処にいる?』