番外編第九話『ローザの刃』
旧リュゼーヌ王国の、貧民が集まる
ラド地区にて生まれたローザのはじまりには、
親も金も、ほとんど何もなかった。
ただローザという名前だけしか、
持っていなかった。
だから彼女は目標もなく、ただ生きただけ。
殴られる前に、殴る。
奪われる前に、奪う。
死ぬならそれで良し、死なないならそれも良し。
ローザは淡々と生きているだけだったのだ。
それがほんの少し変わったのは、
ラド地区が国の上層部によって燃やされ
無くなってしまった時だったろうか。
住民ごと燃やされて、消えたラド地区で、
残党狩りの兵士達を狩っていたところを
目を付けられた。
ローザとしては、兵士達が
殺そうとして来たから殺しただけだ。
その腕前を買われて、騎士もどきに
させられるだなんて思っても見なかった。
騎士もどきとなったローザは、
“ラド”と名乗るようになった。
単純に、旧リュゼーヌではローザという名前が
ありふれていたからだ。
ローザには昼、訓練や任務を課せられ、
夜にはとある姫の護衛を任せられていた。
王の数多くいる側室の一人が
産んだ娘で、緋色の目をしている幼い少女。
その名前はスカーレット。
彼女は両親からも、兄弟からも
ほとんど放置されていた。
世話をするのも侍女が一人で、護衛もローザのみ。
最初はローザを怖がっていたが
人懐っこい性格なのか、あっという間に懐かれた。
出会った頃は小さかった姫も、
いつの間にか大きく成長していく。
放置されている事を利用して、時々
城下町に出かけたりし始めたのだ。
(流石に一人では行かず、ローザが非番の昼か、
侍女に着いてきてもらっていたが)
民達の生活を覗き見て、楽しそうに笑う姫を
ローザは静かに眺めていた。
スカーレット姫とローザの未来に
大きな影響を与える出会いがあったのも、
この城下町だった。
姫はとある“存在”と出会い、意気投合する。
それは同じくお忍びで人間の街にやって来ていた
“現象”の竜の姫、光竜エトワスタ。
彼女と姫はすぐに仲良くなった……
お付きの目付きの悪い闇色の竜と、
ローザは同族嫌悪的な感じで仲が悪かったが。
まあ、人が好きだという主君に
強引に連れられて、人間の群れの中にいるのは
気分が悪いだろうから仕方ないが。
元々、世界のちょうど中央に位置する
リュゼーヌには“現象”の竜が多く集まっている。
その姫君と、末席とはいえ人間の姫が
親友になったのはとても良い事であったのに。
国王は最近迎え入れた金髪の側室に唆され、
何をとち狂ったのか、“現象”の竜を殺し始めた。
その最前線にローザは送られる。
自身が従わなければ、王から害されるのは
主人のスカーレット姫。
王を殺しても、側室を殺しても、ローザは勿論
大きな責任はスカーレットに問われる。
王族全てを消したところで、
この国は成り立たなくなって滅ぼされるだけだ。
渡された剣を持ち、“現象”の竜の討伐に
赴くしかローザに道が無い。
幸いだったのは、主人を守る為の行為という事に
エトワスタは理解を示してくれた事だった。
お付きの双子の内、闇色の竜は
やはりローザに突っかかってきたが。
エトワスタとスカーレットは
人間への説得を続けたが、それが実る事は無い。
とうとう竜王が立ち上がり、
リュゼーヌ王国の滅びは決定付けられた
……かに、思われた。
エトワスタの『大樹に変化する』という奇策に、
スカーレットも手を上げた。
自らの命を、王族として国を守る為に
捧げる事を決めたのだ。
一頭と一人の姫は、よく似ている。
護衛の話を少しも聞いてはくれやしない。
竜姫の親友であるスカーレットだけなら、
例えリュゼーヌ王国が滅ぼされても
生き延びる事が出来るのに。
王国を、家族を、生かす事を決めた
緋色の目をした姫君は誰がどう見ても、
立派な王族の一員だった。
そして決戦へと駆り出される前に、ローザは
仲の悪いあの闇色の竜に呼び出される。
内容は、戦場のど真ん中での大決闘。
姫達が変化するまでの時間を稼ぐ、
どちらかが死ぬまでの殺し合い。
ローザは笑って即答した。
「受けて立つ」、と。
騎士もどきにされてから小難しい事で
雁字搦めにされてばかりだったが、
竜から提示されたのは今までで一番分かりやすい。
殴られる前に殴って、奪われる前に奪って、
そして……殺される前に殺せば良い。
やはり、この竜と自分は似た者同士だったのだ。
この竜相手ならば、役不足といった事もない。
常に仏頂面の騎士もどきの笑顔を
初めて見であろうその竜は変なモノを
見る目で見てきたが、その顔もまたおかしくて
ローザは再び笑った。
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『ディルギーヴが勝ったぞ!』
“ラドの刃”を振るい、戦場でも
多くの“現象”の竜の翼や爪を断った事で
恐れられたローザと、竜姫エトワスタの護衛で
強力な闇を司るディルギーヴの対決は、
三日三晩続き、先程ようやく終わりを告げた。
全身傷だらけだが、辛うじて四足で立ち
周囲で見物していた“現象”の竜達の
大歓声を浴びているのは闇竜ディルギーヴ。
だが、ローザの一撃が決まれば
倒れているのはディルギーヴの方だっただろう。
闇の刃で胴体を切り裂かれ、上半身と下半身が
分離してもなお、執念で上半身を動かし、
ディルギーヴの喉元に剣を突きつけようと
迫ってきたローザ。
結局、剣先が喉に軽く突き刺さったところで
ローザは生き絶えたが、あの壮絶な眼を
ディルギーヴはこの先千年、忘れられそうにない。
薄れそうな意識を無理やり保たせながら
ローザの死に様を眼に焼き付けていると、
王城のある方面から突然、膨大な光が溢れ出す。
あぁ、間に合ったのか。
なんだなんだと光に釘付けになる竜達を余所に、
ディルギーヴはローザの遺体に笑いかける。
『見事、だった……ローザ・ラド。』
誰も聞いていないその独り言は
確かに、届いたと思う。




