第五十話『竜薔薇の娘』
『……という事もあったな。』
『あったねぇ。
あの時は大変だったよ。』
あの戦いから二百年、ディルギーヴは
棲み家を訪れた弟シャルドームと
向かい合って思い出話に花を咲かせていた。
竜の姿をした二頭は相変わらず瓜二つで、
表情と鱗の色くらいしか違いがない。
『あの樹を斬った瞬間に娘の孵化が始まり、
流石の我でも慌てたわ。』
『ホントに大慌てだったよね……
他の“現象”の竜達が暴走しかけて。』
大樹を断ち斬った瞬間、ローズの姿が
消えると共にシャーリーの孵化が
本格的に始まった。
そして、ディルギーヴは落下する
シャーリーを受け止めてその翼と闇で
隠したのだ。
何故なら、ジジババ達が竜の幼子に
テンションを上げて、こちらに迫ってくるのが
見えてしまったので。
(シャルドーム達も壁になり、何とか
シャーリーの孵化は無事に終わった)
その様子を高みから見下ろしていた
ヅォーガンだが、実は番が出来たらしい。
番に尻を叩かれてわざわざ竜域まで
出向いたのだとか。
そのままの姿で行こうとしたら番に
怒られたので、近くまで人型で近付いて
その後、変化を解いたのだそう。
幼体可愛いフィーバーから正気に戻った
“現象”の竜達による、世界の綻びの
修復作業には参加せず、そのまま
己の名前を関した山に悠然と帰っていったが。
『で、姪っ子ちゃんはどこ?
エトワスタからもあの子宛のお土産
持たされてるんだけど。』
『今は転移の訓練中だ。
指定の場所へ飛ばずとも移動出来るよう、
練習ついでに知り合いの所を巡るのだとか。』
シャルドームはエトワスタのアプローチに
根負けし、とうとう自ら捕まりに赴いた。
人型に変化した状態で、人間式の
結婚式を行ったのはつい最近の事である。
現在、人間と“現象”の竜の関係は
今まで通りと変わらない。
ただ、シャルドームによる直接的な
リュゼーヌ王国への監視の目は解かれた。
エトワスタとシャルドームは、千年前のように
こっそりと人々の営みに関わっていくのだろう。
一方、“現象”の竜になったシャーリーは
父ディルギーヴと共に暮らし始め、
そろそろ独り立ちの時が近付いていた。
ディルギーヴは空を飛ぶのが好きなので
あまり使わないのだが、飛ばずとも
闇を介せば遠くまで移動出来る。
シャーリーはその移動を練習をしている
最中なのだった。
『この二百年、瞬きの内に
過ぎてしまったわ。
我が子の成長は早いものよ……
喜びと寂しさでどうにかなりそうだ。』
『アハハ、シャーリーちゃんの事だし、
独り立ちして暫くしたら
ひょっこり番連れてくるかもね。』
『嫌だ!
あと四千年は誰とも番って欲しくない!』
『切実な父親の悩みだぁ……。』
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『すみません、お待たせしました!』
『シャリ子オメェよぉ、
人間だった時の癖が抜けてねぇのな。
ネネちゃん達からしたら五分なんて
遅刻のちの字にもなんねぇぜ。』
二百年前に比べるとかなり大人びた
人間の姿をしたシャーリーは、
リュゼーヌ王国の王都にあるカフェに
急いで駆け込む。
すらりとした手足と豊かな髪と、
輝く赤い薔薇の髪飾り。
鋭いが両親よりは穏やかな緋色の目。
美しく成長し、カフェの客達の視線を集める
彼女の目線の先のテラス席には一人、
いや一頭が先に座って待っていた。
シャーリーを待っていたのは
屍竜ネェロネペ、彼女の見た目は
全くと言って良いほど変わっていない。
スケッチブックを手に、約束の時間から少し
遅れてやって来たシャーリーの方は
見向きもせずに絵を描いている。
シャーリーはネェロネペの向かいに座り、
ウェイトレスにこの店自慢だというタルトと
お茶を一杯頼んだ。
背の高い美女にふてぶてしい態度を取る
少女の組み合わせはかなり目立っているが、
本竜達は気にする素振りも見せずに
会話を楽しんでいる。
『最後の最後で出る場所を
間違えてしまいました……
急いだのですが、王都のこのエリアに来るのは
スノウお姉様の結婚式以来で迷ってしまい、
うう……。』
待たせて申し訳ないと縮むシャーリー。
正直、“現象”の竜からすれば数分なんて
ほぼゼロ秒みたいなものだ。
ネェロネペの義弟エドガーと
弟ネェログシムのいる“竜の診療所”の
患者の竜達も、下手したら診察日を
十年単位で間違えていたりする。
シャーリーが孵化してから二百年の間で、
最後にこの王都のエリアに訪れたのは
スノウの結婚式を見た後に寄って以来だった。
病によって死亡した事になっており
参列出来ず、王城の隠し部屋にて
敬愛する従姉妹の花嫁姿を見た後に
父と訪れて以来、久々にこの場所に来た。
(王城やシュラージュには時々赴いていたが)
皇太子モーサスと共にリュゼーヌを
更に発展させたスノウは賢妃、
また剣妃と呼ばれた。
フレシオスやヴィレネッテ、
国中の名だたる貴族達からの支持、
そして女王ステラの厳しい審査を乗り越えて
国のトップになった夫を支え、生涯現役で
リュゼーヌ王国の為に尽くしたという。
二男五女の子宝にも恵まれ、
その内の一人は結局誰とも結婚せずに
独身を貫いた兄ジェイズの元へ養子に入り、
シュラージュを守る辺境伯となった。
(余談だが、そのジェイズの側には
ヴェールで顔を隠した騎士が
常に控えていたという)
シャーリーの祖父ジョンは九十歳、
祖母ヴィレネッテも百歳まで生きた。
祖父母や叔父達と共に生きられなかったが、
最期に立ち会えただけで、シャーリーは
前を向いて歩いていける。
『だからお気になさるなっての。
てか、どっから跳んできたんだよ。』
『メェル共和国からです!
ナンシーさんとガルガランさんが
立ち寄っていらっしゃって。』
ベラドンナ海賊団の女頭目、
ナンシー・ベラドンナはあの一件以降
生まれ故郷メェルの復興に陰ながら
力を貸していた。
ある程度復興が進んだ事を確認した後は、
また海へ繰り出したのだとか。
……ついて来る海竜ガルガランと共に。
団員達が新たな道を見つけたりした時は
その背中を思い切り送り出し、
道に迷う者を新たに拾い。
数々の冒険譚をこの世に生み出していった
ベラドンナ海賊団。
そして長い月日の末、深い海の色から
白い真珠のような髪色になったナンシーは、
ガルガランと番になったらしい。
現在も変わらずガルガランと多くの団員達に
囲まれながら、あっちこっちの悪党達を
懲らしめて回っているのだとか。
『この前、悪徳商人さんの船を
吹っ飛ばしたって仰ってましたよ。』
『なにソイツ! ネネちゃんセンサーが
すごいぴょぴぴょぴしてるぜ!』
『今度一緒に会いに行きましょうね。』
『わーい!』
『今日はエドガーさん達のところへ
定期検診に行って、ニゥニーマさん達の
ところにも行きました!
あとはタィドさん達の集落にも行って
それから……。』
『大冒険じゃねぇのよ。』
命竜による“ラドの大樹”事件が終わった後、
エドガーは怪我をした“現象”の竜の
治療に奔走していた。
悪態をつく竜や治療を受けたがらない竜を、
無言の圧を放ちながら片っ端から
テキパキと診断、説明、治療を
こなしていくエドガーは流石の一言。
しかも孵化したてのシャーリーの診察も
同時にこなしていたし、勿論ネェロネペも
効果は高いが塗ると激痛の薬を塗られ、
包帯でグルグル巻きにされた。
(父の巣に帰ったら仁王立ちの母が
待ち構えており、説教も辛かったが
泣かれたのが一番堪えたのだとか。)
それ以来竜の診療所には更に多くの
“現象”の竜が訪れるようになったとか。
だが前述の通り、時間にルーズな個体も
多いので予約を管理している
ネェログシムは苦労しているのだそう。
ナグラ山に帰ったニゥニーマとジョージは
ほとんど変わっていない。
いつものように、ジョージが
「もう少し大きくなったらね」と
ニゥニーマを宥めている。
多少大きく成長はしたが、
ニゥニーマは自然発生した“現象”の竜なので
シャーリーよりも明らかに成長が遅く、
ジョージに伴侶として見てもらえるように
なるのはまだまだ先のようだった。
タィドとルカには子供が一人生まれており、
幼い彼はシャーリーによく懐いている。
ディルギーヴと共に定期的に集落へ
顔を出すようにしているのだが、
いざ帰る時になると毎回「帰らないで!」と
泣かれてしまうのだ。
今回もとても泣いていたが父タィドに窘められ、
シャーリーに手を振って見送っていた。
父の鋼色と母の青色を受け継いだ
次代の鋼竜は、きっと真っ直ぐ育つだろう。
『この世界の色んなところに
お友達も出来ましたし、お父様からも
様々な事を教えていただきました。
最初はどうなるかと思いましたが
今なら何とか、独り立ち出来そうです。』
『まあ、オメェが独り立ちしても
向こうからわんさか来るだろ、
寂しかねぇよ。』
シャーリーの叔父シャルドームは
竜姫エトワスタの番になったし、
なんなら父達を育てたのは竜王と竜妃。
“現象”の竜一の情報通ネゥロデクスとも
知り合いだし、山にも海にも
空にも地下にも知り合いがいる。
シャーリーは多くの“現象”の竜達から
可愛がられているので退屈なんてしないだろう。
『んじゃ、ネネちゃんそろそろ帰る。
母様からいい加減顔見せろって
言われてるから。』
『確かに、トーマスさんとお会いした時に
「顔を見せてほしい」って仰ってました。
あと、ネゥロデクスさんや
ネェログシムさんも同じ事を……。』
『父様と弟の話やめろや
思い出させんじゃねぇ。』
二百年前の戦いが終わった後、
ネゥロデクスから母と弟に事実が伝えられた。
それ以来母はいつも通りで変わらないが、
問題は父と弟だった。
ネゥロデクスは以前にも増して
過保護と溺愛を繰り出してくるし、
ネェログシムはエドガーと
姉を抱き締めたまま泣き始めて
動かなくなったしで、ネェロネペは
あの事件以降、実家や診療所へ
立ち寄る回数が格段に、明確に減った。
うげぇと舌を出しながら
顔を歪ませたネェロネペは、
自分の分の料金を机に置いて席を立つ。
そして持っていたスケッチブックから
一枚紙を切り離すと、シャーリーに
投げて寄越した。
『……!
すごいですこれ、シュラージュですよね!』
『やるよ、独り立ちのお祝いだ。』
ネェロネペから手渡されたのは、
懐かしいシュラージュの風景が
描かれた紙だった。
繊細なタッチで緻密に描かれたそれは、
美術館や貴族の屋敷に飾られていても
違和感のない見事な絵。
実はネェロネペ、“揺籃の雛”時代から
絵を描くのが非常に得意だったのだ。
ベッドの上でも楽しめるように、と父から
渡されたお絵描きセットで適当に絵を描いて
母に見せたところ、あまりの上手さに
トーマスは絶句した。
どれくらい上手かったかというと、
あのネゥロデクスすら言葉を失うほどの
絵を、幼いネェロネペは描けてしまった。
戦いを求めて放浪するようになってから、
きまぐれに世界中の景色を描いては
家族に贈っている。
(ネゥロデクスの巣や、竜の診療所で
飾られている絵は全てネェロネペが
描いたもの)
『ありがとうございます、嬉しいです!』
『家族以外に絵をやるの初めてなんだぜ?
オメェは友達だから特別だ。
新居にでも飾んな、じゃあよ。』
そう言ってネェロネペは手を
ヒラヒラ振りながら去っていく。
シャーリーは頼れる先輩竜の背を見送り、
もう一度貰った絵を眺める。
居城周辺の街並みや人々が生き生きと
描かれており、シュラージュ領で過ごした
日々が蘇る何とも素晴らしい絵。
それを丁寧に、大切に懐へ仕舞うと
シャーリーも会計を済ませて
カフェを出る。
一刻も早く、この絵を父に見せたくなった。
闇竜シャルラハロートは、
転移出来そうな人通りの少ない場所を
急いで探し始める。
すると。
『……あら?』
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そろそろ帰ってくる時間だというのに、
戻ってこない愛娘を心配したディルギーヴは
弟を見送った後、王都へ転移して
シャーリーを探していた。
『確かカフェに寄ると言っていたな、
ならば飲食店のある向かい側か……む?』
『……ます、私は……。』
『シャーリー、どうし……。』
大きな通りから外れた細い路地から
娘の声が聞こえるではないか。
ディルギーヴがそちらに向かうと、
そこには。
『あの、まだ恋愛には興味がないのです。
父が家で私を待っておりますし、
手を離していただいても?』
「せめて、せめてお名前だけでも!」
少し汚れているが高級品と分かる
服を身に付け、金髪に赤い目をした
美しい顔の男がシャーリーに跪いて
その手を取っていた。
男の赤い……緋色の目には
かなりの熱が籠っている。
端から見ても、シャーリーに対して
好意を持っているのは明らかだった。
先程シャーリーが路地に入ったところ
この男が倒れていた為、介抱したのだが
目を覚ました男はシャーリーに
一目惚れをしてしまった。
実はこの国の第三王子であるこの男、
堅苦しい王族生活から逃げだそうとしたが
たった数日も持たずに倒れてしまった。
影に隠れた護衛達に見守られながら
路地にて伸びていたところを
シャーリーに助けられたのである。
目を開けると、そこには美しい女性。
鈴のように軽やかな声でこちらを
心配してくれるシャーリーに惚れてしまった
第三王子は、何とかお近づきになりたいと
必死に、一方的に話しかける。
最低でも名前を聞きたい、平民とは思えない
容姿なのでおそらく貴族の令嬢だろう!
準備や根回しをしなければ、と考えるのに
夢中でシャーリーの声が届いていないのだ。
手も離す気がない。
当のシャーリーは困惑しかない。
第一、自分の言う事に耳を貸さない
この男を好きになる可能性はゼロ。
王子の美しい顔も、“現象”の竜達が
人型に変化した姿を見慣れている
シャーリーからすれば凡人と変わらない。
振り払うのは簡単だが、怪我はさせたくない。
早く手を離してほしい……と思っていた時、
娘の視界に父ディルギーヴが映った。
……とんでもない、闇のオーラを
その身に纏わせたディルギーヴの姿が。
頼れる父は、存在に全く気付いていない
王子殿下の頭を背後から鷲掴む。
「ぎゃっ!?」という間抜けな声が
聞こえたが、一切力は緩めない。
ミシミシと音を立て続ける頭蓋の痛みに
耐えきれなくなったのか、ようやく王子は
シャーリーから手を離した。
慌てた様子の護衛達は、ディルギーヴの
操る闇が足に絡み付いて動けない。
「あのアホ王子にも春が……!」と
止めずに見ていた罰である。ざまあみろ。
『殺すか……。』
『殺しちゃダメです、お父様!』
命からがら逃げ帰った第三王子は、
ディルギーヴからシャルドーム経由で
事の次第を伝えられていた国王から
こっぴどく叱られ、厳しい教育と
他国への早急な婿入りが決められたのだとか。
ディルギーヴと共に巣へ戻った
シャーリーは、晴れて一頭前と認められて
独り立ちをする事が決まった。
そして、強大ではあるがとても心優しく、
多くの竜や人々から愛される
“現象”の竜となった彼女には父と同じ
“闇竜”とは別に、とある名前が
あったとされている。
『竜薔薇の娘』。
それが闇竜シャルラハロートの
代名詞だったという。
END.




